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第二章 N+捜査官
10. 大黒寺事件終幕
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「んはぁ~、やり切れない事件だったわよねぇ」
「ちょっと山さん、ため息が酒臭いんですけど。まさかわざと自家発電で飲んでるんじゃないでしょうね!?」
綾乃さんのお茶を取りに捜査課のディスクに戻ると、アルコールに敏感な霧島が山口を小突いているところだった。私だって飲みたいのに、と目には謎の気迫が宿っている。
「アオは?」
「今、仮眠室で休憩してます」
「あぁ、そうか。仮眠時間か。綾乃さんはどう? 調書の確認は進んでる?」
「はい、今、最終確認してます。隠さずにちゃんと話してくれていますよ」
事件当日、綾乃はなんとしてでも誕生日というこの日を被害者に越させたくなかったのだという。一つ歳をとる、長生きするということが許せなかったらしい。
「殺害方法は掃除に使っている洗剤で毒殺しようと最初から決めていました。劇薬だという事は知っておりましたし、敢えて自分で用意する必要もないですから」
事件当日の自分の行動について話す綾乃は淡々としたものだった。被害者の体に何かあった時に鳴るアラームは数日前に破壊、洗剤も致死量を調べて小瓶に入れてポケットに忍ばせておいたのだという。
「あの日、着替える為に寝室に戻った奥様が「喉が渇いたわ」と呟くのが聴こえました。今がチャンスだと思ったのです。毒入りの飲み物を用意しロボットに持たせました。木島が特別に仕入れた健康に良い薬草茶だという言葉をロボットに録音すると、奥様の寝室へ行くようにセットしたのです。新しい薬草茶だと言えば多少味が変でも飲み干すと思いましたから」
樹が説明すると霧島が「そう……か」としんみりとした声を出した。目を伏せて霧島らしくない表情である。
「リサイクル業者から回収したロボットの移動記録を復元して、裏も取れました」
「じゃあ、計画的殺人になるわね。罪が軽くなることはない、か」
「どんなに悲しい事件でも人がひとり亡くなっているわけだからねぇ」
山口の目が心配そうに霧島を見る。霧島も綾乃と同じN+能力を持っているのだ。しかも聞こえる範囲は綾乃よりずっと広い。樹も霧島の心のうちが気になって霧島を見つめた。
「なによ、みんなしてそんな目で見て」
「心配してるのよぅ」
「……です。茜さんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫って何がよ」
「聞きたくないことが聴こえるのってしんどくないですか?」
霧島ははぁっと大きく息を吐いたあと、頭をワシャワシャっとした。
「そりゃあ、しんどいわよ。聞きたくないこと、知らなくていいことなんてこの世の中にたくさん、たぁーっくさんあるんだから。だから耳栓をしたり、大きな音の音楽を流したりした時もあったけどさ……この耳は助けを求める声も聴こえるから」
次の瞬間、霧島はいつものニカっと笑った。
「助けを求めた声に手を伸ばせた時、自分を凄く褒めてやるのよ。この能力だからできたんだってさ。さすがに全部の声を拾うのは無理だから、そこはまぁ、臨機応変にだけど。この仕事があるから私は自分の能力に負けたりしないわよ」
「茜ちゃん、カッコイイぃ~、んもう、そういうところ大好きなのよぅ」
キャッと飛び跳ねた山口を霧島が引いた目で見ていた。
自分の能力……か。
その日の夜、樹はトレーニングルームでピンポン玉大のボールを上空に向けて吹き上げていた。寝転がった状態で大きく息を吸い込んでから唇の先にボールを置いてフーッと息を吐くのだ。ボールが上がる高さを呼吸量の目安にしながら毎夜行っているトレーニングである。
吹き矢、なんとか手に入らないかな……。
自分の能力をどうしたらもっと攻撃に繋げられるだろうか、そんなことを考え続けて一週間前にようやく思い出したのが吹き矢だった。当然売っていると思って検索したのだが、そもそもこの世界には吹き矢という物がなかった。
「ねぇ、アオさん、吹き矢って知ってます?」
「何それ?」
隣でトレーニングしていた青砥が筋トレの手を止めて樹を見た。樹が身振り手振りと使って吹き矢を説明すると「なるほどな」と青砥が頷づく。
「桂木さんに相談してみたらいいんじゃん。桂木さんは武器制作許可証を持ってるから上への届け出もスムーズだろうし。明日って確か義手のメンテナンス日だろ?」
「そうですけど……武器制作許可証って?」
「この世界では殺傷能力のある武器を所持することは勿論、製造することも禁止されている。でも特例として警察官は武器を持つことができ、その武器は武器制作許可証を持っている人が作るという決まりになっている。勿論、武器完成後には届け出も必須だ」
そう言いながらドリンクを口にした青砥につられて樹もドリンクに手を伸ばした。
「届け出も必要なんだ……、桂木さん、作ってくれますかね?」
「うーん、桂木さんなら面白が手作ってくれそうだけどな。俺も病院で街まで行くから付いてってやるよ」
「うっ……」
「うって何だよ、うって」
青砥のことは嫌いではない。苦手な気持ちもなくなった。だからこそ一緒に過ごす時間が多くなればなるほど、この関係が違うものに変わっていってしまうような気がして気が引けてしまうのだ。
「う、嬉しいな、の『う』です」
「ふうん、ならいいけど」
何とかひねり出した理由は及第点を貰えたらしい。
「じゃ、明日10時に屋上な」
翌朝は生憎の雨だった。生憎……というのだろうか。こちらの世界には傘という物はない。代わりにクルップという小さなカプセルがあり、指先で潰すと大きな風船のような膜を吐き出す。その中に入って3分経つと膜は体にぴったりと密着し、濡れることはないのだ。しかも装着感は殆どない。
こんな物があったら、天気に左右されることなんて殆どないよなぁ。
樹はどんよりとした空を見上げると、そのまま雨の中に体を進めた。
「ちょっと山さん、ため息が酒臭いんですけど。まさかわざと自家発電で飲んでるんじゃないでしょうね!?」
綾乃さんのお茶を取りに捜査課のディスクに戻ると、アルコールに敏感な霧島が山口を小突いているところだった。私だって飲みたいのに、と目には謎の気迫が宿っている。
「アオは?」
「今、仮眠室で休憩してます」
「あぁ、そうか。仮眠時間か。綾乃さんはどう? 調書の確認は進んでる?」
「はい、今、最終確認してます。隠さずにちゃんと話してくれていますよ」
事件当日、綾乃はなんとしてでも誕生日というこの日を被害者に越させたくなかったのだという。一つ歳をとる、長生きするということが許せなかったらしい。
「殺害方法は掃除に使っている洗剤で毒殺しようと最初から決めていました。劇薬だという事は知っておりましたし、敢えて自分で用意する必要もないですから」
事件当日の自分の行動について話す綾乃は淡々としたものだった。被害者の体に何かあった時に鳴るアラームは数日前に破壊、洗剤も致死量を調べて小瓶に入れてポケットに忍ばせておいたのだという。
「あの日、着替える為に寝室に戻った奥様が「喉が渇いたわ」と呟くのが聴こえました。今がチャンスだと思ったのです。毒入りの飲み物を用意しロボットに持たせました。木島が特別に仕入れた健康に良い薬草茶だという言葉をロボットに録音すると、奥様の寝室へ行くようにセットしたのです。新しい薬草茶だと言えば多少味が変でも飲み干すと思いましたから」
樹が説明すると霧島が「そう……か」としんみりとした声を出した。目を伏せて霧島らしくない表情である。
「リサイクル業者から回収したロボットの移動記録を復元して、裏も取れました」
「じゃあ、計画的殺人になるわね。罪が軽くなることはない、か」
「どんなに悲しい事件でも人がひとり亡くなっているわけだからねぇ」
山口の目が心配そうに霧島を見る。霧島も綾乃と同じN+能力を持っているのだ。しかも聞こえる範囲は綾乃よりずっと広い。樹も霧島の心のうちが気になって霧島を見つめた。
「なによ、みんなしてそんな目で見て」
「心配してるのよぅ」
「……です。茜さんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫って何がよ」
「聞きたくないことが聴こえるのってしんどくないですか?」
霧島ははぁっと大きく息を吐いたあと、頭をワシャワシャっとした。
「そりゃあ、しんどいわよ。聞きたくないこと、知らなくていいことなんてこの世の中にたくさん、たぁーっくさんあるんだから。だから耳栓をしたり、大きな音の音楽を流したりした時もあったけどさ……この耳は助けを求める声も聴こえるから」
次の瞬間、霧島はいつものニカっと笑った。
「助けを求めた声に手を伸ばせた時、自分を凄く褒めてやるのよ。この能力だからできたんだってさ。さすがに全部の声を拾うのは無理だから、そこはまぁ、臨機応変にだけど。この仕事があるから私は自分の能力に負けたりしないわよ」
「茜ちゃん、カッコイイぃ~、んもう、そういうところ大好きなのよぅ」
キャッと飛び跳ねた山口を霧島が引いた目で見ていた。
自分の能力……か。
その日の夜、樹はトレーニングルームでピンポン玉大のボールを上空に向けて吹き上げていた。寝転がった状態で大きく息を吸い込んでから唇の先にボールを置いてフーッと息を吐くのだ。ボールが上がる高さを呼吸量の目安にしながら毎夜行っているトレーニングである。
吹き矢、なんとか手に入らないかな……。
自分の能力をどうしたらもっと攻撃に繋げられるだろうか、そんなことを考え続けて一週間前にようやく思い出したのが吹き矢だった。当然売っていると思って検索したのだが、そもそもこの世界には吹き矢という物がなかった。
「ねぇ、アオさん、吹き矢って知ってます?」
「何それ?」
隣でトレーニングしていた青砥が筋トレの手を止めて樹を見た。樹が身振り手振りと使って吹き矢を説明すると「なるほどな」と青砥が頷づく。
「桂木さんに相談してみたらいいんじゃん。桂木さんは武器制作許可証を持ってるから上への届け出もスムーズだろうし。明日って確か義手のメンテナンス日だろ?」
「そうですけど……武器制作許可証って?」
「この世界では殺傷能力のある武器を所持することは勿論、製造することも禁止されている。でも特例として警察官は武器を持つことができ、その武器は武器制作許可証を持っている人が作るという決まりになっている。勿論、武器完成後には届け出も必須だ」
そう言いながらドリンクを口にした青砥につられて樹もドリンクに手を伸ばした。
「届け出も必要なんだ……、桂木さん、作ってくれますかね?」
「うーん、桂木さんなら面白が手作ってくれそうだけどな。俺も病院で街まで行くから付いてってやるよ」
「うっ……」
「うって何だよ、うって」
青砥のことは嫌いではない。苦手な気持ちもなくなった。だからこそ一緒に過ごす時間が多くなればなるほど、この関係が違うものに変わっていってしまうような気がして気が引けてしまうのだ。
「う、嬉しいな、の『う』です」
「ふうん、ならいいけど」
何とかひねり出した理由は及第点を貰えたらしい。
「じゃ、明日10時に屋上な」
翌朝は生憎の雨だった。生憎……というのだろうか。こちらの世界には傘という物はない。代わりにクルップという小さなカプセルがあり、指先で潰すと大きな風船のような膜を吐き出す。その中に入って3分経つと膜は体にぴったりと密着し、濡れることはないのだ。しかも装着感は殆どない。
こんな物があったら、天気に左右されることなんて殆どないよなぁ。
樹はどんよりとした空を見上げると、そのまま雨の中に体を進めた。
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