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第二章 N+捜査官
7. 善意の悪意味
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警視庁の屋上にある駐車場からN+捜査課の車に乗り込むと、青砥の運転で発進した。
「樹、そっちの座席の下からペロンタ取って」
「座席の下に引出しとかあるんですか?」
「スイッチがあるからそれを押せば引出しが出てくる」
座席の下を左手で弄るもスイッチが見つからずにいると、青砥の体が樹の方に倒れ、手を座席の下に入れた。
「ちょ、ちょっと前っ、前見てっ」
「ん? あぁ、自動運転だから大丈夫」
そうなんだ、とホッとした途端、青砥との近い距離に樹の体がこわばった。甘いものを良く摂取するからか青砥の体からはいつも仄かに甘い香りがする。夕べのことが思い起こされた樹は座席に体を押し付け、無駄な抵抗だと知りながら青砥と距離をとった。
「樹、そういうことされると虐めたくなるからやめて」
「え?」
驚いて青砥を見ると、青砥は自分の席に正しく座ってペロンタの袋を破った。
「昨日、樹から抱きついてきたくせに」
「抱きつい……違います。抱きついたんじゃなくて抱きしめたんですけど」
「へぇ、抱きしめたんだ、俺を」
青砥の口角が上がったのを見て樹はからかわれたのだと察した。ムッと口を尖らせる。
「それより、これはどこに向かっているんですか?」
「中本さんの家だよ」
「中本さんって食遊会の?」
「そう、皆が親切だっていう被害者が苦手意識を持っていた相手ってちょっと気にならないか?」
「確かに気になりますね……」
中本の家は棘の無いサボテンのような建物だった。1階にある玄関の前に車を停めると窓越しに庭でお茶を飲んでいた中本と目が合った。
「あら、刑事さん。さっき会ったというのにまた私に会いたくなったの?」
「何度もすみません。大黒寺さんについて詳しくお聞きしたいと思いまして。誰に聞いても皆さん、親切な方だったとしか言いませんが中本さんは何か他の思いもお持ちでしょう?」
青砥が意味ありげに言うと、中本は声を上げて笑った。
「どうぞ、中へ」
先ほどまで中本がお茶を飲んでいた庭に通されるとロボットがやってきて「オチャハイカガデスカ」と聞いてくる。要らないことを伝えるとロボットはスッと建物の中へと下がった。
「大黒寺さんのことよね。私、彼女が大嫌いだったのよ」
「気持ち良いくらいはっきり言いますね」
驚いた樹が言うと中本はまた声を上げて笑った。
「彼女の親切はただの押しつけよ。人の気持ちなんて考えないんだから」
「詳しく教えて貰えますか?」
中本が言うにはこうだ。
困った人を助けるのは良いが、被害者は暗黙にお返しを求めるのだという。〇〇さんからはお返しにコレを貰った、お返しにコレをしてくれた、そんな話を毎回言いふらすものだから親切を受けた者はそれ相応のお返しをしなくてはいけないという義務を感じるのだ。
「それに手袋がボロボロだからと新しい手袋を貰った藤井さん。藤井さんの手袋は亡くなった奥様が買ってくれた物なのよ。だからボロボロでも大事に使っていたの。その理由を話して断ったのに「亡くなった奥様もボロボロの手袋をご主人がつけていたら悲しむわ」の一点張りで」
結局、藤井さんは押し切られちゃったのよね、とため息を吐いた。
「大黒寺さんは親切だけどちょっとズレてるのよ。行動もあながち間違っているわけでもないし、大騒ぎするようなことをされたわけでもない。でも地味にストレスが溜まる」
中本はそう言って眉間にシワを寄せた。
確かに善意からの行動というのは間違っていてもなかなか指摘しづらい。親切のお返しだって、これを頂いて嬉しかったのという世間話であれば、話すのを止めて欲しとも言えないだろう。
「なるほど……悪意がないからこそ余計にたちが悪いというやつですね」
「そう、それなのよ!」
青砥の言葉に中本は強く頷いた。
「大黒寺さんを無邪気だといった人たちはそういう部分を感じたのかもしれないですね」
中元の家を後にして車に戻ると、青砥はまたペロンタを口にくわえた。1時間前に食べたばかりという事を考えるとカロリーの消耗が激しいのだろう。
「みんな親切だって言っていたのに、大黒寺さんにはあんな側面もあったんですね。長所が短所でもあるというか……」
「そうだな」
「でもそれが殺人を引き起こすまでになるんでしょうか? アオさんは殺人だと思っているんでしょう?」
青砥はペロンタの最後の一口を口の中に放り込むと口の周りについたチョコを舌でぬぐい取った。
「どんなことが理由になってもおかしくない。殺人ってそういうものなんだよ」
車がビルの間を縫うように左折する。もうすぐ警視庁へ着くというところで青砥のブレスレットが振動した。通話の相手は霧島だ。
「アオに言われたことを調べて見たけど、アオの想像通りだったわ。動機に繋がるような過去も発見したから資料を送っておく」
「わかりました」
返事をしながら青砥は霧島が送った資料を呼び出した。その資料には可愛らしい親子の画像があり、昔の画像ではあるがそこにはあの人の面影がしっかりとあった。
「直接向かう?」
「はい、そうしようかと」
「じゃあ、私たちもすぐそっちに向かうから。大丈夫だと思うけど無理はしないで」
青砥は返事をするとそのまま警視庁を通り過ぎた。
「樹、そっちの座席の下からペロンタ取って」
「座席の下に引出しとかあるんですか?」
「スイッチがあるからそれを押せば引出しが出てくる」
座席の下を左手で弄るもスイッチが見つからずにいると、青砥の体が樹の方に倒れ、手を座席の下に入れた。
「ちょ、ちょっと前っ、前見てっ」
「ん? あぁ、自動運転だから大丈夫」
そうなんだ、とホッとした途端、青砥との近い距離に樹の体がこわばった。甘いものを良く摂取するからか青砥の体からはいつも仄かに甘い香りがする。夕べのことが思い起こされた樹は座席に体を押し付け、無駄な抵抗だと知りながら青砥と距離をとった。
「樹、そういうことされると虐めたくなるからやめて」
「え?」
驚いて青砥を見ると、青砥は自分の席に正しく座ってペロンタの袋を破った。
「昨日、樹から抱きついてきたくせに」
「抱きつい……違います。抱きついたんじゃなくて抱きしめたんですけど」
「へぇ、抱きしめたんだ、俺を」
青砥の口角が上がったのを見て樹はからかわれたのだと察した。ムッと口を尖らせる。
「それより、これはどこに向かっているんですか?」
「中本さんの家だよ」
「中本さんって食遊会の?」
「そう、皆が親切だっていう被害者が苦手意識を持っていた相手ってちょっと気にならないか?」
「確かに気になりますね……」
中本の家は棘の無いサボテンのような建物だった。1階にある玄関の前に車を停めると窓越しに庭でお茶を飲んでいた中本と目が合った。
「あら、刑事さん。さっき会ったというのにまた私に会いたくなったの?」
「何度もすみません。大黒寺さんについて詳しくお聞きしたいと思いまして。誰に聞いても皆さん、親切な方だったとしか言いませんが中本さんは何か他の思いもお持ちでしょう?」
青砥が意味ありげに言うと、中本は声を上げて笑った。
「どうぞ、中へ」
先ほどまで中本がお茶を飲んでいた庭に通されるとロボットがやってきて「オチャハイカガデスカ」と聞いてくる。要らないことを伝えるとロボットはスッと建物の中へと下がった。
「大黒寺さんのことよね。私、彼女が大嫌いだったのよ」
「気持ち良いくらいはっきり言いますね」
驚いた樹が言うと中本はまた声を上げて笑った。
「彼女の親切はただの押しつけよ。人の気持ちなんて考えないんだから」
「詳しく教えて貰えますか?」
中本が言うにはこうだ。
困った人を助けるのは良いが、被害者は暗黙にお返しを求めるのだという。〇〇さんからはお返しにコレを貰った、お返しにコレをしてくれた、そんな話を毎回言いふらすものだから親切を受けた者はそれ相応のお返しをしなくてはいけないという義務を感じるのだ。
「それに手袋がボロボロだからと新しい手袋を貰った藤井さん。藤井さんの手袋は亡くなった奥様が買ってくれた物なのよ。だからボロボロでも大事に使っていたの。その理由を話して断ったのに「亡くなった奥様もボロボロの手袋をご主人がつけていたら悲しむわ」の一点張りで」
結局、藤井さんは押し切られちゃったのよね、とため息を吐いた。
「大黒寺さんは親切だけどちょっとズレてるのよ。行動もあながち間違っているわけでもないし、大騒ぎするようなことをされたわけでもない。でも地味にストレスが溜まる」
中本はそう言って眉間にシワを寄せた。
確かに善意からの行動というのは間違っていてもなかなか指摘しづらい。親切のお返しだって、これを頂いて嬉しかったのという世間話であれば、話すのを止めて欲しとも言えないだろう。
「なるほど……悪意がないからこそ余計にたちが悪いというやつですね」
「そう、それなのよ!」
青砥の言葉に中本は強く頷いた。
「大黒寺さんを無邪気だといった人たちはそういう部分を感じたのかもしれないですね」
中元の家を後にして車に戻ると、青砥はまたペロンタを口にくわえた。1時間前に食べたばかりという事を考えるとカロリーの消耗が激しいのだろう。
「みんな親切だって言っていたのに、大黒寺さんにはあんな側面もあったんですね。長所が短所でもあるというか……」
「そうだな」
「でもそれが殺人を引き起こすまでになるんでしょうか? アオさんは殺人だと思っているんでしょう?」
青砥はペロンタの最後の一口を口の中に放り込むと口の周りについたチョコを舌でぬぐい取った。
「どんなことが理由になってもおかしくない。殺人ってそういうものなんだよ」
車がビルの間を縫うように左折する。もうすぐ警視庁へ着くというところで青砥のブレスレットが振動した。通話の相手は霧島だ。
「アオに言われたことを調べて見たけど、アオの想像通りだったわ。動機に繋がるような過去も発見したから資料を送っておく」
「わかりました」
返事をしながら青砥は霧島が送った資料を呼び出した。その資料には可愛らしい親子の画像があり、昔の画像ではあるがそこにはあの人の面影がしっかりとあった。
「直接向かう?」
「はい、そうしようかと」
「じゃあ、私たちもすぐそっちに向かうから。大丈夫だと思うけど無理はしないで」
青砥は返事をするとそのまま警視庁を通り過ぎた。
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