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第一章 もう一つの世界
19. 侵入者
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「青砥君になんか分からないわよ!! 学生時代から何も努力しなくても皆に注目される青砥君になんか……。今だってそう、N+捜査官になって、GYUBUのチャンネル登録数561万人、今でも人気者なんて……」
興奮に顔を真っ赤にして安藤が青砥を見る。ギュッと握った手が微かに震えていて、安藤の中の怒りがまだ収まっていないことを示していた。
「地味だ、ブス、消えてしまえ……誰にも相手にされなかった高校時代を見返したくて、ようやくここまで昇りつめたの。可愛いねってお洒落だねって皆が言ってくれて……。コウキと付き合えてようやく私は皆に認めて貰えたんだって思えた」
嬉しかった、と安藤は囁くように言った。
「でも間もなくして、ブスとか元カノの方が可愛かったってコメントが来るようになった、学生の頃みたいに私を否定するような言葉。だから私、頑張ったのよ。もっとみんなに認めて貰えるようにってファションも、インテリアも、コウキにだって尽くしたのに……どうしたら、どうしたらもっと皆に認めて貰えるんだろう」
安藤はそこで一度言葉を切ると、小さな声で「だから」と呟いて青砥のいるソファに駆けるようにしてやってくるとそのまま青砥を押し倒した。
「私と付き合って。人気者の青砥君と付き合えたら私、また輝ける」
体重をかけて両腕を押さえつけられているとはいえ、押さえつけているのは女性の手だ。普段から鍛えている青砥なら、強引に拘束を解くことは可能だ。
でも安藤は今興奮状態にある。拘束を解こうと力を入れた時に安藤が大きく抵抗したら安藤に怪我をさせてしまう恐れがある。加えて安藤が青砥を殺害するなどの強行に出る可能性は限りなくゼロだ。
このような状況から青砥はそのままの体勢でいることを選択した。
「……安藤は綺麗になったよ。きっと凄く努力したんだと思う。だから周りの言葉に惑わされなくてもいい。分母が大きくなればその分、アンチが増えるのは仕方ないことなんだ。そんなこと気にしなくていい」
安藤の目から涙が溢れ、青砥の服に落ちた。反射的に安藤の手が青砥から離れ、服の染みを拭う。几帳面でちょっと潔癖、こういうところはあの頃の安藤と変わっていないなと青砥が思っていると、脳がパッと玄関の鏡の像を出した。
少しずれた鏡、サイドボードの上にある縫いぐるみのリリー、正面を向かずにソファの方を見て……。
「青砥君は昔から変わらないね……」
青砥の上に乗ったままの安藤がギュッと青砥の服を握った時、安藤の背後に中肉中背の男がヌッと姿を現した。右手を大きく振り上げて青砥めがけて振り下ろす。
「侵入者だ!!」
青砥は大きな声で叫んだ。大きな声を出さなくても十分に聴こえたとは思うが、驚きにそうせずにはいられない。
振り下ろされた男の腕を、首を曲げることで避けはしたが男の腕がソファにめり込み青砥の体は必然的に男の腕の方向へと流れた。流れを利用し安藤を抱えたまま受け身をとる。
「中肉中背、30代前半、N+は腕の筋肉!!」
青砥は男の特徴を叫んだ。
青砥が叫ぶ少し前、霧島たちは安藤のマンションの最上階に車を停め、二人の様子を聴いていた。
「本当にストーカーは自作自演なんですか?」
「まぁねー。青砥があれだけ貼りついても何もないしね。夜道につけられているっていうのも着信も安藤ちゃんの言葉だけですし」
「安藤さん一人くらいなら、青砥君だけで対応できそうですけどねぇ。何かあるのでしょうか」
「それは……まぁ、時間じゃない? タイムリミットが来て寝落ちした時の回収要員とか」
霧島の言葉に山口がう~ん、と納得いかなそうに頭を傾ける。
「あ、女心が爆発した時の為かも」
「なんですか、それ」
樹のボソッとしたツッコミに「だってほら、青砥って女心が分からなそうじゃん。人の気持ちは予測が難しいんですって前に言ってたし」と人差し指を立ててフンっと息を吐いた。その言葉に全員が頷いた時、立てていた人差し指を口の前に移動させた霧島が「はじまったと」囁いた。
そこからは青砥の言葉と安藤の言葉を通訳でもするかのように霧島が二人に伝えた。緊張感のある言葉、明かされる理由。樹はまるで小説の朗読でも聞いているかのような気持ちになっていた。
「あ……」
「どうしたのぉ?」
「多分だけど、押し倒された」
「えぇっ」
驚きよりも、トキメキの混ざったような山口の「えぇっ」だ。霧島の体も前のめりになり音に集中しているのが分かる。
「で? どうなのよぅ?」
「私と付き合って、だって」
「えぇーっ、告白じゃないっ」
樹はこの空気感から逃れたくて窓の外を見つめた。夜空を眺めているはずなのに、ニコッと笑う安藤の顔がちらつく。青砥に跨る安藤、きっと涙目になって自分と付き合ってくれと懇願しているに違いない。想像した二人の姿は樹の心を揺らして、樹は思わず自分の唇に手を当てた。
車内の空気が変わったのは樹が唇に手を当てた直後のことだった。
「侵入者! N+は腕の筋肉、突入するわよ!!」
霧島の声に山口が一番に車を降りて部屋まで駆け出す。霧島が同スピードで続き、霧島の声に驚いていた樹はワンテンポ遅れて二人に続いた。
「部屋の中で暴れている音がする。中肉中背、30代、男」
マンションのドアの前で立ち止まると、山口が頷き、応えるように霧島も頷いた。
「樹君はここにいて」
樹が頷いている間に霧島は安藤の隣の部屋のインターホンを押し、出てきた住人に手短に事情を説明すると住民はあっさりと二人を部屋の中に招き入れた。大きな音が何度も聴こえて怖かったのだという。
そのうちガラスの割れる音が聴こえて、二人がベランダから安藤の部屋に乗り込んだのだと察しがついた。
興奮に顔を真っ赤にして安藤が青砥を見る。ギュッと握った手が微かに震えていて、安藤の中の怒りがまだ収まっていないことを示していた。
「地味だ、ブス、消えてしまえ……誰にも相手にされなかった高校時代を見返したくて、ようやくここまで昇りつめたの。可愛いねってお洒落だねって皆が言ってくれて……。コウキと付き合えてようやく私は皆に認めて貰えたんだって思えた」
嬉しかった、と安藤は囁くように言った。
「でも間もなくして、ブスとか元カノの方が可愛かったってコメントが来るようになった、学生の頃みたいに私を否定するような言葉。だから私、頑張ったのよ。もっとみんなに認めて貰えるようにってファションも、インテリアも、コウキにだって尽くしたのに……どうしたら、どうしたらもっと皆に認めて貰えるんだろう」
安藤はそこで一度言葉を切ると、小さな声で「だから」と呟いて青砥のいるソファに駆けるようにしてやってくるとそのまま青砥を押し倒した。
「私と付き合って。人気者の青砥君と付き合えたら私、また輝ける」
体重をかけて両腕を押さえつけられているとはいえ、押さえつけているのは女性の手だ。普段から鍛えている青砥なら、強引に拘束を解くことは可能だ。
でも安藤は今興奮状態にある。拘束を解こうと力を入れた時に安藤が大きく抵抗したら安藤に怪我をさせてしまう恐れがある。加えて安藤が青砥を殺害するなどの強行に出る可能性は限りなくゼロだ。
このような状況から青砥はそのままの体勢でいることを選択した。
「……安藤は綺麗になったよ。きっと凄く努力したんだと思う。だから周りの言葉に惑わされなくてもいい。分母が大きくなればその分、アンチが増えるのは仕方ないことなんだ。そんなこと気にしなくていい」
安藤の目から涙が溢れ、青砥の服に落ちた。反射的に安藤の手が青砥から離れ、服の染みを拭う。几帳面でちょっと潔癖、こういうところはあの頃の安藤と変わっていないなと青砥が思っていると、脳がパッと玄関の鏡の像を出した。
少しずれた鏡、サイドボードの上にある縫いぐるみのリリー、正面を向かずにソファの方を見て……。
「青砥君は昔から変わらないね……」
青砥の上に乗ったままの安藤がギュッと青砥の服を握った時、安藤の背後に中肉中背の男がヌッと姿を現した。右手を大きく振り上げて青砥めがけて振り下ろす。
「侵入者だ!!」
青砥は大きな声で叫んだ。大きな声を出さなくても十分に聴こえたとは思うが、驚きにそうせずにはいられない。
振り下ろされた男の腕を、首を曲げることで避けはしたが男の腕がソファにめり込み青砥の体は必然的に男の腕の方向へと流れた。流れを利用し安藤を抱えたまま受け身をとる。
「中肉中背、30代前半、N+は腕の筋肉!!」
青砥は男の特徴を叫んだ。
青砥が叫ぶ少し前、霧島たちは安藤のマンションの最上階に車を停め、二人の様子を聴いていた。
「本当にストーカーは自作自演なんですか?」
「まぁねー。青砥があれだけ貼りついても何もないしね。夜道につけられているっていうのも着信も安藤ちゃんの言葉だけですし」
「安藤さん一人くらいなら、青砥君だけで対応できそうですけどねぇ。何かあるのでしょうか」
「それは……まぁ、時間じゃない? タイムリミットが来て寝落ちした時の回収要員とか」
霧島の言葉に山口がう~ん、と納得いかなそうに頭を傾ける。
「あ、女心が爆発した時の為かも」
「なんですか、それ」
樹のボソッとしたツッコミに「だってほら、青砥って女心が分からなそうじゃん。人の気持ちは予測が難しいんですって前に言ってたし」と人差し指を立ててフンっと息を吐いた。その言葉に全員が頷いた時、立てていた人差し指を口の前に移動させた霧島が「はじまったと」囁いた。
そこからは青砥の言葉と安藤の言葉を通訳でもするかのように霧島が二人に伝えた。緊張感のある言葉、明かされる理由。樹はまるで小説の朗読でも聞いているかのような気持ちになっていた。
「あ……」
「どうしたのぉ?」
「多分だけど、押し倒された」
「えぇっ」
驚きよりも、トキメキの混ざったような山口の「えぇっ」だ。霧島の体も前のめりになり音に集中しているのが分かる。
「で? どうなのよぅ?」
「私と付き合って、だって」
「えぇーっ、告白じゃないっ」
樹はこの空気感から逃れたくて窓の外を見つめた。夜空を眺めているはずなのに、ニコッと笑う安藤の顔がちらつく。青砥に跨る安藤、きっと涙目になって自分と付き合ってくれと懇願しているに違いない。想像した二人の姿は樹の心を揺らして、樹は思わず自分の唇に手を当てた。
車内の空気が変わったのは樹が唇に手を当てた直後のことだった。
「侵入者! N+は腕の筋肉、突入するわよ!!」
霧島の声に山口が一番に車を降りて部屋まで駆け出す。霧島が同スピードで続き、霧島の声に驚いていた樹はワンテンポ遅れて二人に続いた。
「部屋の中で暴れている音がする。中肉中背、30代、男」
マンションのドアの前で立ち止まると、山口が頷き、応えるように霧島も頷いた。
「樹君はここにいて」
樹が頷いている間に霧島は安藤の隣の部屋のインターホンを押し、出てきた住人に手短に事情を説明すると住民はあっさりと二人を部屋の中に招き入れた。大きな音が何度も聴こえて怖かったのだという。
そのうちガラスの割れる音が聴こえて、二人がベランダから安藤の部屋に乗り込んだのだと察しがついた。
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