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第一章 もう一つの世界
17. ちょっとした息抜き
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匂わせ投稿の件を霧島が青砥に報告して5日が経った。青砥はこれといって何か行動を起こすわけでもなく安藤の送り迎えを続けており、二人が一緒に過ごす時間は長くなるばかりだ。
その証拠に安藤のSNSには二人分の食事や玄関の置物を写した時に見切れている男物の靴など、匂わせ投稿が続いている。
「ひょっとして本当に付き合っちゃうんじゃないの~」
空中ペンを投げたりキャッチしたりしながら霧島が飽きてきたわ、と呟いた。
「捜査はこういう地味な作業が大事なのよぅ」
「そんなこと知ってるわよ。それでも飽きたの。大体アオは何をしているのよっ」
青砥から連絡があったのはそんな時だった。
翌日、青砥が樹たちに来るように指定したのはセント中央病院の近くにある若者に人気の創作居酒屋だ。宝石のような花をモチーフにした居酒屋は透明感に溢れ夜の街に浮かびあがる。まるで夜の海を泳ぐ熱帯魚になったみたいだと樹は思った。
「こっち」
軽く手を上げた青砥の元へ行くと隣にいるはずの人物がいない。樹が視線を泳がせると「安藤は今トイレに行ってる」と青砥が言った。
「インフルエンサーって大変よね。あっ、きっと写真を撮るだろうから私もお手洗いに行ってこようっ」
「お化粧を直さなくても茜ちゃんは十分キレイよぅ」と山口が声にしたが、霧島の足が止まることはなかった。
「とりあえず座りましょうか」
青砥に促され席に座ると樹の隣に青砥が座った。
「久しぶりじゃん、よく眠れてるか?」
「眠れていますけど」
樹がそっけなく言う。嘘はついていない、眠れているのは本当のことだ。ただ、眠るまでに時間を要するようになっただけだ。
眠る時間になると周りの静けさに妙に落ち着かなくなってしまう。静かというのは無音のことではない。デジタルの時計の電磁音、風の音、聴こえてくるそれらの音の中に何ひとつ人間の気配がしないことで、樹は外に放り出されたような気持になってしまうのだ。
「ふぅん、寂しいんじゃないかと思って。樹って部屋に誰かいた方が良いタイプだと思ったんだけど」
「そんなことないですよ。今はゆっくり眠ってます」
今は、をつけたのは完全に樹の強がりだ。ツン、とした樹をなだめるかのように青砥の手が樹の頭を撫でると、トイレから二人が戻ってきた。トイレでお店について聞いてきたのだろう、席に着くなり霧島が「ここ、オリジナルカクテルが美味しいらしいよ」とご機嫌だ。
「青砥君に皆で食事をするのにいいお店はないかって聞かれて、ここ予約したんです。お酒も美味しいっていう噂だし、店内も綺麗でいいかなって。気に入って貰えるといいんですけど」
「今日は俺の驕りなんで好きなだけ飲んで下さい。って言っても飲み放題だけど。樹はソフトドリンクな」
「いいのですかぁ」と恐縮する山口や、「流石だ」と感心する霧島、「いいの?」と上目遣いに青砥を見る安藤に、青砥は「たまには息抜きしないとね」と言った。
事件についての何かが話されるのかと思いきやそんなこともなく、当たり障りのない話題でただご飯を食べるだけ。席を立った青砥を無意識に目で追いながら、こんな会なら寮に残って勉強をしていれば良かったと樹が思っていると安藤が樹の義手をちょん、と触った。
「凄いね、この義手。ロボットみたいでカッコいい」
「どうも、です」
何と答えれば良いか分からず、適当に礼を言うと安藤がにっこりと微笑んだ。
「樹君ってN+捜査官の動画には出てないよね?」
「俺、捜査官じゃないんで」
「えっ、そうなの? じゃあ、今度私の動画に出てくれないかな。樹君、イケメンだし人気出ると思うんだよね。そうだ、義手について話して欲しいな。どんな義手にするか悩んでいる人の助けになるかもしれないし」
「いや、それは……」
前のめりに話しまくる安藤にタジタジになっていると、戻ってきた青砥が樹の体をグイッと自分の手の中に収めた。
「こいつはダメだよ。すぐ緊張するから動画向きじゃないし。強引に迫ってもだめ」
「そうよぅ、樹は捜査官の卵なんだから。はい、ピンクドルフィン。奇麗なカクテルでしょ。安藤ちゃんのぶんも頼んでおいたの」
「ありがとうございます。樹君、強引に誘ってごめんね。私、ちょっと酔ってるのかも」
未だ樹の首もとにある青砥の腕。密着した体から青砥の熱が伝わり、青砥の部屋の匂いがする。それは即効性のある麻薬か何かの様に樹の体に沁み込み、一瞬にして開かずの扉を揺さぶった。
「いえ、大丈夫です」
安藤に言いながら青砥の腕を首元から外すと、ようやく居酒屋の空間が樹の元へと返ってきた。
「そう言えば青砥から言われて、安藤ちゃんのSNSとかチェックしたんだけど、インフルエンサーって大変ねー。アンチコメントも多いし」
「え? チェックしてくださったんですか?」
安藤が驚くと青砥が「何かあったら大変だから皆にも協力して貰っているんだ」と説明した。
「お仕事もあるのに、なんかすみません」
「いいのよ、ストーカーなんて一人暮らしの女に子には怖すぎるもの。今はどう? 何もされてない?」
「大丈夫です。青砥君が一緒にいてくれるし」
「あーっ!! この間、コメントで青砥のこと問い詰められてたよねー。手が写真に写ってるって。ごめんねぇ、気か効かないというか、無頓着というか……」
「普段はしっかりしているのに、アオ君は時々、物凄くウッカリしますからねぇ」
「んふふ、そんなことないですよ。今回のは私が青砥君の手が写っていることに気が付かなくて投稿しちゃったのが原因なので。思っていたよりもずっと再生数も回っちゃって、むしろご迷惑をかけたんじゃないかと心配していたんです」
「やーん、こっちは大丈夫だから何も心配しないで」
首を傾けてニコッと笑った霧島だったが次の瞬間、声のトーンを下げて「それなのよねぇ」と呟いた。
「ストーカーが犯人なら青砥が一緒にいるのは当然知っていると思うのに、エスカレートするどころか何もしてこないなんて……」
その証拠に安藤のSNSには二人分の食事や玄関の置物を写した時に見切れている男物の靴など、匂わせ投稿が続いている。
「ひょっとして本当に付き合っちゃうんじゃないの~」
空中ペンを投げたりキャッチしたりしながら霧島が飽きてきたわ、と呟いた。
「捜査はこういう地味な作業が大事なのよぅ」
「そんなこと知ってるわよ。それでも飽きたの。大体アオは何をしているのよっ」
青砥から連絡があったのはそんな時だった。
翌日、青砥が樹たちに来るように指定したのはセント中央病院の近くにある若者に人気の創作居酒屋だ。宝石のような花をモチーフにした居酒屋は透明感に溢れ夜の街に浮かびあがる。まるで夜の海を泳ぐ熱帯魚になったみたいだと樹は思った。
「こっち」
軽く手を上げた青砥の元へ行くと隣にいるはずの人物がいない。樹が視線を泳がせると「安藤は今トイレに行ってる」と青砥が言った。
「インフルエンサーって大変よね。あっ、きっと写真を撮るだろうから私もお手洗いに行ってこようっ」
「お化粧を直さなくても茜ちゃんは十分キレイよぅ」と山口が声にしたが、霧島の足が止まることはなかった。
「とりあえず座りましょうか」
青砥に促され席に座ると樹の隣に青砥が座った。
「久しぶりじゃん、よく眠れてるか?」
「眠れていますけど」
樹がそっけなく言う。嘘はついていない、眠れているのは本当のことだ。ただ、眠るまでに時間を要するようになっただけだ。
眠る時間になると周りの静けさに妙に落ち着かなくなってしまう。静かというのは無音のことではない。デジタルの時計の電磁音、風の音、聴こえてくるそれらの音の中に何ひとつ人間の気配がしないことで、樹は外に放り出されたような気持になってしまうのだ。
「ふぅん、寂しいんじゃないかと思って。樹って部屋に誰かいた方が良いタイプだと思ったんだけど」
「そんなことないですよ。今はゆっくり眠ってます」
今は、をつけたのは完全に樹の強がりだ。ツン、とした樹をなだめるかのように青砥の手が樹の頭を撫でると、トイレから二人が戻ってきた。トイレでお店について聞いてきたのだろう、席に着くなり霧島が「ここ、オリジナルカクテルが美味しいらしいよ」とご機嫌だ。
「青砥君に皆で食事をするのにいいお店はないかって聞かれて、ここ予約したんです。お酒も美味しいっていう噂だし、店内も綺麗でいいかなって。気に入って貰えるといいんですけど」
「今日は俺の驕りなんで好きなだけ飲んで下さい。って言っても飲み放題だけど。樹はソフトドリンクな」
「いいのですかぁ」と恐縮する山口や、「流石だ」と感心する霧島、「いいの?」と上目遣いに青砥を見る安藤に、青砥は「たまには息抜きしないとね」と言った。
事件についての何かが話されるのかと思いきやそんなこともなく、当たり障りのない話題でただご飯を食べるだけ。席を立った青砥を無意識に目で追いながら、こんな会なら寮に残って勉強をしていれば良かったと樹が思っていると安藤が樹の義手をちょん、と触った。
「凄いね、この義手。ロボットみたいでカッコいい」
「どうも、です」
何と答えれば良いか分からず、適当に礼を言うと安藤がにっこりと微笑んだ。
「樹君ってN+捜査官の動画には出てないよね?」
「俺、捜査官じゃないんで」
「えっ、そうなの? じゃあ、今度私の動画に出てくれないかな。樹君、イケメンだし人気出ると思うんだよね。そうだ、義手について話して欲しいな。どんな義手にするか悩んでいる人の助けになるかもしれないし」
「いや、それは……」
前のめりに話しまくる安藤にタジタジになっていると、戻ってきた青砥が樹の体をグイッと自分の手の中に収めた。
「こいつはダメだよ。すぐ緊張するから動画向きじゃないし。強引に迫ってもだめ」
「そうよぅ、樹は捜査官の卵なんだから。はい、ピンクドルフィン。奇麗なカクテルでしょ。安藤ちゃんのぶんも頼んでおいたの」
「ありがとうございます。樹君、強引に誘ってごめんね。私、ちょっと酔ってるのかも」
未だ樹の首もとにある青砥の腕。密着した体から青砥の熱が伝わり、青砥の部屋の匂いがする。それは即効性のある麻薬か何かの様に樹の体に沁み込み、一瞬にして開かずの扉を揺さぶった。
「いえ、大丈夫です」
安藤に言いながら青砥の腕を首元から外すと、ようやく居酒屋の空間が樹の元へと返ってきた。
「そう言えば青砥から言われて、安藤ちゃんのSNSとかチェックしたんだけど、インフルエンサーって大変ねー。アンチコメントも多いし」
「え? チェックしてくださったんですか?」
安藤が驚くと青砥が「何かあったら大変だから皆にも協力して貰っているんだ」と説明した。
「お仕事もあるのに、なんかすみません」
「いいのよ、ストーカーなんて一人暮らしの女に子には怖すぎるもの。今はどう? 何もされてない?」
「大丈夫です。青砥君が一緒にいてくれるし」
「あーっ!! この間、コメントで青砥のこと問い詰められてたよねー。手が写真に写ってるって。ごめんねぇ、気か効かないというか、無頓着というか……」
「普段はしっかりしているのに、アオ君は時々、物凄くウッカリしますからねぇ」
「んふふ、そんなことないですよ。今回のは私が青砥君の手が写っていることに気が付かなくて投稿しちゃったのが原因なので。思っていたよりもずっと再生数も回っちゃって、むしろご迷惑をかけたんじゃないかと心配していたんです」
「やーん、こっちは大丈夫だから何も心配しないで」
首を傾けてニコッと笑った霧島だったが次の瞬間、声のトーンを下げて「それなのよねぇ」と呟いた。
「ストーカーが犯人なら青砥が一緒にいるのは当然知っていると思うのに、エスカレートするどころか何もしてこないなんて……」
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