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第一章 もう一つの世界
12. 捜査官への道
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「流されたってなんだーっ!!」
上記の叫びは青砥が仕事に出た後、自分の部屋に戻ってきた瞬間に樹が叫んだ言葉だ。昨夜のことを思い出してドギマギする樹とは裏腹、今朝の青砥はいつもの真顔で昨日のことが夢だったのではないかと思う程だ。
「夢も……。そうだ、そういう事にしよう」
だいたい男同士でキスなどとあり得ないことなのだ。自分だけが気にしているこの状況が情けない。
青砥の部屋に布団を運んだことで空になったベッドに乗っかって意味もなく悶えていると、部屋のインターホンが鳴った。
「加賀美です」
えぇっ、加賀美さん!?
思いもよらない来客である。自分が普段使っている座布団を加賀美に差し出し、樹は加賀美の正面に正座した。
「そんなにかしこまらなくてもいいのに。どうですか? 調子は」
ざっくりとした質問にはざっくりと答えるしかない。きっと本題は別にあるのだろうと思いながら樹は「ぼちぼちです」と答えた。
「それは良かった。単刀直入に言いますとね、今日は樹君の今後のことを話しにきたんですよ」
「はい」
「先日のN+開花治療でN+が開花したという報告は届いています。それで確認なのですが、樹君はN+捜査官になりたいという意志は変わっていないですか?」
「変わってないです」
「では3か月後に行われるN+捜査官試験を受けませんか?」
「俺、受けられるんですか?」
「そうですねぇ。願書を出す時点で自分のN+能力が何かを知っている必要があるので、特例措置というか……平たく言えば私の権限でねじ込むことにはなりますが」
加賀美はスポーツでいい汗を流した後のような爽やかな笑みを樹に向けた。警察関係者がそんなことをしてもいいだろうかと思わなくはなかったが背に腹は代えられない。樹は一刻も早くN+捜査官になりたいのだ。
「正直言うとね、君の処遇はちょっと悩むところでもありまして。なんたってこの世界の人間ではないですしねぇ。君がどんな人間か分かるまでは警察で囲っておきたいという気持ちもあります。私としても樹君がN+捜査官になってくれると都合が良いのですよねぇ」
「なるほど……」
「言っておくけど、私の力が及ぶのは願書をねじ込むところまでだからね。遅くとも2か月後までには自分のN+能力が何か見つけてください。それと、死ぬほどトレーニングしてね」
爽やかな顔でほほ笑まれること程怖いものはなく、樹はただコクコクと首を縦に振った。
午後になると樹はN+捜査官試験問題集というものを空間中に表示させて頭を抱えていた。覚えることが多すぎて何から手をつければいいのか分からないのだ。
一番厄介なのが法律問題と一般常識だ。この世界で生きてきた人間なら大したことではないかもしれない。だが樹はこの世界の人間ではない。下地が無いだけならまだしも樹には元の世界の常識と下地があるのだ。
「ゴミを1m~2m間上空に投げないで放置する者は罰金5万円以下の刑に処すって、これどういうことだ!? 普通ゴミなんか投げないだろ……」
樹が調べたところ、この世界では上空2m付近に人の目には見えない機械が飛んでいて、人間が投げたゴミをその機械が回収しているのだそうだ。この世界が極力ゴミが出ないような仕組みになっているので実現できていると小学生用の教科書に書いてあった。
「小学生用の教科書……遠い、遠すぎる」
覚えなければならないことの多さに樹が顔面蒼白になっているとまたもや部屋のインターホンが鳴った。
「ふぁい」
「樹? 今日早く仕事が終わったから食事前にトレーニング始めようと思うんだけど。今日の樹担当は俺なんだ」
樹が開けたドアの隙間から顔を覗かせた青砥は、樹の部屋中に浮かぶ問題集に目を大きくした。
「N+捜査官試験受けるんだ。 あれって確かもう願書の提出が終わったよう、なっ」
他に聞かれてはマズいと思い樹は青砥を部屋に引っ張り入れた。きっと青砥に嘘は通用しない。ならば味方になって貰うのが吉だ。
「ちょっと願書を受け取って貰えることになりまして……」
こういう時、察しが良い青砥は助かる。深く追求しないと決めたようで願書うんぬんについて追及されることはなかった。
「しかし、凄い量の資料だな。って小学生の教科書もあるじゃん」
「実は俺、一般常識とかの記憶も殆ど残ってないんですよね」
「3か月でこれ全部覚えるつもりなのか?」
「やるしかないんで……」
青砥はちょっと考えたあと、やれないこともないか、と呟いた。
「勝率ありますか!?」
青砥にあると言って貰えれば心強い。俄然目を輝かせた樹を見て、青砥ははぁ、とため息を吐いた。
「全部覚えるのは厳しいだろうな。でも試験は満点を取ることが重要なんじゃない。合格ラインに入ることが重要なんだ。だから、全部を覚える必要はない。仕方ない、どうせ一緒にいるし協力してやるよ」
「本当ですか? うわー、良かった、助かった」
心底ほっとしていると青砥の手が樹の頭をポンと撫でた。
青砥とのトレーニングは柔軟から始まる。柔軟、体感トレーニング、実践練習、ランニングの流れだ。霧島も山口も準備体操くらいはするが体感トレーニングなどのメニューは樹がしているのを見ているだけだ。それに対して青砥は樹のメニューを自分もこなす。むしろ、樹よりしんどいメニューをこなすことすらある。
「次、実践練習で」
こうして青砥と向き合うと以前のトレーニングで山口が「青砥はやりづらいよね」と言っていたことが良く分かった。決して動きが物凄く早いわけでも、一撃の破壊力が凄いわけでもない。
青砥の視線が下がり、樹は反射的に義手でお腹をガードした。青砥の腕がお腹ではなく顔面に飛び、
樹は避けることでかわそうと背後に下がる。後ろに移動した体重、その瞬間、背後から足元をすくわれ樹は思いっきり尻もちをついた。胸ぐらをつかまれた樹は手を前に出して青砥を見上げる。
「まいった」
青砥との実践練習はいつもこんな感じだ。詰将棋みたいだと樹は思う。青砥の繰り出す攻撃、いくつものフェイント、最善と思って避けても結局最後はこうしてつかまってしまうのだ。
「そろそろ時間か」
青砥が時間を確認して呟いた時、青砥のブレスレットが青く光った。これは青砥に連絡が来ていることを示す。
「悪い、先に走ってて」
青砥に言われてその場を離れる瞬間、青砥のブレスレットから微かに女性の声が聴こえた。
上記の叫びは青砥が仕事に出た後、自分の部屋に戻ってきた瞬間に樹が叫んだ言葉だ。昨夜のことを思い出してドギマギする樹とは裏腹、今朝の青砥はいつもの真顔で昨日のことが夢だったのではないかと思う程だ。
「夢も……。そうだ、そういう事にしよう」
だいたい男同士でキスなどとあり得ないことなのだ。自分だけが気にしているこの状況が情けない。
青砥の部屋に布団を運んだことで空になったベッドに乗っかって意味もなく悶えていると、部屋のインターホンが鳴った。
「加賀美です」
えぇっ、加賀美さん!?
思いもよらない来客である。自分が普段使っている座布団を加賀美に差し出し、樹は加賀美の正面に正座した。
「そんなにかしこまらなくてもいいのに。どうですか? 調子は」
ざっくりとした質問にはざっくりと答えるしかない。きっと本題は別にあるのだろうと思いながら樹は「ぼちぼちです」と答えた。
「それは良かった。単刀直入に言いますとね、今日は樹君の今後のことを話しにきたんですよ」
「はい」
「先日のN+開花治療でN+が開花したという報告は届いています。それで確認なのですが、樹君はN+捜査官になりたいという意志は変わっていないですか?」
「変わってないです」
「では3か月後に行われるN+捜査官試験を受けませんか?」
「俺、受けられるんですか?」
「そうですねぇ。願書を出す時点で自分のN+能力が何かを知っている必要があるので、特例措置というか……平たく言えば私の権限でねじ込むことにはなりますが」
加賀美はスポーツでいい汗を流した後のような爽やかな笑みを樹に向けた。警察関係者がそんなことをしてもいいだろうかと思わなくはなかったが背に腹は代えられない。樹は一刻も早くN+捜査官になりたいのだ。
「正直言うとね、君の処遇はちょっと悩むところでもありまして。なんたってこの世界の人間ではないですしねぇ。君がどんな人間か分かるまでは警察で囲っておきたいという気持ちもあります。私としても樹君がN+捜査官になってくれると都合が良いのですよねぇ」
「なるほど……」
「言っておくけど、私の力が及ぶのは願書をねじ込むところまでだからね。遅くとも2か月後までには自分のN+能力が何か見つけてください。それと、死ぬほどトレーニングしてね」
爽やかな顔でほほ笑まれること程怖いものはなく、樹はただコクコクと首を縦に振った。
午後になると樹はN+捜査官試験問題集というものを空間中に表示させて頭を抱えていた。覚えることが多すぎて何から手をつければいいのか分からないのだ。
一番厄介なのが法律問題と一般常識だ。この世界で生きてきた人間なら大したことではないかもしれない。だが樹はこの世界の人間ではない。下地が無いだけならまだしも樹には元の世界の常識と下地があるのだ。
「ゴミを1m~2m間上空に投げないで放置する者は罰金5万円以下の刑に処すって、これどういうことだ!? 普通ゴミなんか投げないだろ……」
樹が調べたところ、この世界では上空2m付近に人の目には見えない機械が飛んでいて、人間が投げたゴミをその機械が回収しているのだそうだ。この世界が極力ゴミが出ないような仕組みになっているので実現できていると小学生用の教科書に書いてあった。
「小学生用の教科書……遠い、遠すぎる」
覚えなければならないことの多さに樹が顔面蒼白になっているとまたもや部屋のインターホンが鳴った。
「ふぁい」
「樹? 今日早く仕事が終わったから食事前にトレーニング始めようと思うんだけど。今日の樹担当は俺なんだ」
樹が開けたドアの隙間から顔を覗かせた青砥は、樹の部屋中に浮かぶ問題集に目を大きくした。
「N+捜査官試験受けるんだ。 あれって確かもう願書の提出が終わったよう、なっ」
他に聞かれてはマズいと思い樹は青砥を部屋に引っ張り入れた。きっと青砥に嘘は通用しない。ならば味方になって貰うのが吉だ。
「ちょっと願書を受け取って貰えることになりまして……」
こういう時、察しが良い青砥は助かる。深く追求しないと決めたようで願書うんぬんについて追及されることはなかった。
「しかし、凄い量の資料だな。って小学生の教科書もあるじゃん」
「実は俺、一般常識とかの記憶も殆ど残ってないんですよね」
「3か月でこれ全部覚えるつもりなのか?」
「やるしかないんで……」
青砥はちょっと考えたあと、やれないこともないか、と呟いた。
「勝率ありますか!?」
青砥にあると言って貰えれば心強い。俄然目を輝かせた樹を見て、青砥ははぁ、とため息を吐いた。
「全部覚えるのは厳しいだろうな。でも試験は満点を取ることが重要なんじゃない。合格ラインに入ることが重要なんだ。だから、全部を覚える必要はない。仕方ない、どうせ一緒にいるし協力してやるよ」
「本当ですか? うわー、良かった、助かった」
心底ほっとしていると青砥の手が樹の頭をポンと撫でた。
青砥とのトレーニングは柔軟から始まる。柔軟、体感トレーニング、実践練習、ランニングの流れだ。霧島も山口も準備体操くらいはするが体感トレーニングなどのメニューは樹がしているのを見ているだけだ。それに対して青砥は樹のメニューを自分もこなす。むしろ、樹よりしんどいメニューをこなすことすらある。
「次、実践練習で」
こうして青砥と向き合うと以前のトレーニングで山口が「青砥はやりづらいよね」と言っていたことが良く分かった。決して動きが物凄く早いわけでも、一撃の破壊力が凄いわけでもない。
青砥の視線が下がり、樹は反射的に義手でお腹をガードした。青砥の腕がお腹ではなく顔面に飛び、
樹は避けることでかわそうと背後に下がる。後ろに移動した体重、その瞬間、背後から足元をすくわれ樹は思いっきり尻もちをついた。胸ぐらをつかまれた樹は手を前に出して青砥を見上げる。
「まいった」
青砥との実践練習はいつもこんな感じだ。詰将棋みたいだと樹は思う。青砥の繰り出す攻撃、いくつものフェイント、最善と思って避けても結局最後はこうしてつかまってしまうのだ。
「そろそろ時間か」
青砥が時間を確認して呟いた時、青砥のブレスレットが青く光った。これは青砥に連絡が来ていることを示す。
「悪い、先に走ってて」
青砥に言われてその場を離れる瞬間、青砥のブレスレットから微かに女性の声が聴こえた。
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