【SF×BL】碧の世界線 

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第一章 もう一つの世界

10. 義手の完成

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「あ、リリーだ」

  義手製作所1階の売店で見つけて、樹はつい立ち止まった。昨晩、青砥の部屋で大量に見たからだ。

あのクールな青砥が可愛らしいリス系ぬいぐるみが好きだとは想像もしていなくて、この世界に来てから一番笑った。

 青砥の生活は規則正しい。
夜は11時半に眠り、朝7時半に起きる。7時40分には食堂へ行き8時10分には家を出る。

脳全体がN+能力の範囲の青砥にとって睡眠とエネルギー摂取は死活問題になるほど重要なのだ。だから青砥にはもう一つ欠かせないものがある。

樹はリリーの隣に置いてあったペロンタに視線を移した。

「飽きないのかな……」

 青砥に欠かせない物、それはペロンタというピンク色の豚のような生き物をキャラクター化したチョコレート菓子だ。

脳を駆使する青砥はカロリーの消費量も膨大らしく常にこのお菓子を携帯している。事実、青砥の部屋ではこのペロンタが一人用の冷蔵の半分を占めていた。

一緒に生活するという事は、俺もアオさんのことを知っていくということなのか……。

 前の世界にも児童福祉センターの人や学校の先生、樹を気にかけてくれる人はいた。それでもその人を知るなんていう気持ちになったことはない。

微かな不安のような濁りが樹の中に広がり、振り切る様に売店を後にした。



「お、来たのぅ」

 製作所の2階のドアを開けると桂木がひょこっと顔を覗かせ、待ちきれなかったというように小走りに工房の奥へ駆けていった。

「結構な自信作じゃよ。本物の腕のような見た目にしてくれという人も多いんじゃが、そうすると特殊なカバーで表面を覆うことになる。カバーをつけると多少なりとも重くなるんでな。樹君の場合は余計なものを極力排除して軽量化を目指した」

桂木が持って来た義手は腕というよりも機械だ。メタリックなそのボディはロボットの腕と言った方が正しい。

上腕部分も一本の筒ではなく何本物筒で形成されているのが分る。樹の視線に気が付いた桂木が口を開いた。

「攻撃を受けて損傷した時に、一か所の損傷で全ての機能が失われない様に分けてあるんじゃ」

桂木に促されて装着するとずっしりとした重みが右腕にかかった。

「これで1.12キロじゃ。結構ずっしりくるじゃろ。通常の上腕タイプの義手が400グラム前後だから3倍以上か。この前腕部分のカバーを外せば400グラムの減量にはなるがこれがあることで盾の役割もこなす」

ゲーマーの血が騒いでちょっと作ってしまった、と桂木は楽しそうに笑った。

「ありがとうございます。ここからは、俺がこの義手を使いこなす為に頑張る番ですね」

桂木の目じりの皺が濃くなる。

「じゃあ、装着してみますかの?」


 その後、義手の細かな調整と練習を行い樹が寮に戻ってきたのは19時を少し回ったところだった。 

青砥が見当たらなかったこともあり、パンを一枚かじってから寮に併設されているトレーニングルームに向かう。入り口には霧島が立っていて樹の見知らぬ男性と談笑していた。

「お、来た来た。へぇー義手つけたんだー」
「はい、今日取りに行って来たんです」
「かっこいいじゃん、強そう」

樹自身も気に入っている義手を褒められて、樹はこそばゆい気持ちになった。

「これを使いこなせるようにならないとだな。今日は特別コーチを連れて来てやったぞ」

「特別コーチだなんてそんな大したものでは」
「大したものだろうがよ。体術で日本1位になったこともあるくせに」

「学生時代の話ですよ。むっ、昔のはなしですっ」

うねった黒髪、眼鏡、ガッツリ細マッチョ、気が弱そう、おネエ。樹が脳裏に書いた文字はこんなところだ。霧島の言葉にクネクネと体を揺らす様は1ミリの強さも感じることが出来ない。

「藤丘樹です。よろしくお願いします」
「山口勇気です」

 結論から言うと山口は圧倒的に強かった。樹の動きが無駄な動きの塊なのに対し山口の動きには無駄がない。無駄がないという事は次の攻撃にも防御にもスムーズに移行することが出来き、樹一人がバタバタと動いている始末だ。

義手の右腕は振り上げるので精いっぱいで相手の攻撃を防御するには樹の動きの全てが遅すぎる。はぁ、はぁ、と樹が息を吐く音だけがトレーニングルームに響いた。

「どう? 山さん相手だと自分の至らなさが思い知れて燃えるでしょ」

霧島はお酒を片手に今日も楽しそうだ。

確かに燃える。

樹は汗をぬぐった。ここまで強くなれれば犯人と対峙しても臆することなく動ける。樹の中で強さの目標が定まったことで一気に目の前が開けた気がした。

「もう一度お願いします!」
「んー、ちょっと待って」

気合を入れ直した樹とは反対に山口はタオルをクルクルと回しながら樹に近づいた。そしてTシャツの襟元を引っ張ると「やっぱりね」と呟いた。

「義手初日でしょ。使いすぎだよ。接続部分がちょっと赤くなってる。義手は重さもあるから徐々に慣らしていかないといけないんだ。今日はもう終わりにしよう」

まだ続けたい気持ちはあったが無理をして怪我をしては元も子もない、山口の助言を聞き入れて大人しくその日のトレーニングは終了することにした。

 自分の部屋で義手を外し、青砥の部屋に向かう。だが、部屋のインターホンを何度鳴らしても青砥が出てくることはなかった。

ちょっと走りにでも行くか。

山口とトレーニングした熱がまだ樹の中に残っていて、このまま部屋でのんびりする気にはなれなかった。

 トレーニングウエアのまま寮を出て走る。辺りはすっかり暗いが人が通ればセンサーが反応して街灯の明かりが強くなる。こういうのも犯罪抑止に繋がるのだろうなと思っていると、遠くに青砥の姿を見つけた。

ムカデで帰ってくるんじゃないんだ……。

声をかけるべきか迷っていると青砥の隣に女性がいるのが見えて樹はドキッとした。青砥だって男だ。

クールで常に真顔で何を考えているのか分からなくても、女性とデートすることもあるだろう。樹は走ろうと思っていたコースを慌てて変更した。


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