【SF×BL】碧の世界線 

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第一章 もう一つの世界

4.  新しい腕 1

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 セント中央捜査本部から1キロほど南に向かったところに『お日さま寮』というまるで保育園か何かのようなネーミングの建物がある。行き場の無かった樹に加賀美が紹介してくれた寮だ。

大きな切り株型の建物で部屋は完全個室。食堂付きの有難い寮で、N+捜査官も入寮しているという。二階の角部屋が樹の部屋になった。

「食堂は、朝は6時半~10時って言ってたっけ。30分もあれば食べられるだろ。それにしても、こういうところは同じなんだな」

枕もとの時計が9時半を指していた。この世界の全部が初めてのものではなく、こうして樹に馴染みのある物も存在していることはとても有り難い。

 
 8時過ぎには騒がしかった廊下もこの時間になれば静かで、食堂には樹も含めて4人しか人がいなかった。

ガツーゲン、トトロッコ、野丼……。さっぱりわかんねぇ。

丼とつくものを頼めば間違いないかと口を開いた時、樹の隣に影が現れた。

「野丼セットは片手で運ぶには難しいよ」
「なんでそれ……」

「あぁ、目と口の動きでね。でも運ぶのは俺が手伝うから本当に食べたいなら野丼でいいと思う」

「いや、さっぱり系がいい、です」

男が樹のお茶を持ってくれたことで同じテーブルにつくしかなくなり、そこでようやく男が昨日田口とトレーニングルームにいたあの男だと気が付いた。あっさり系で塩顔のイケメン。

身長は樹よりもほんの少し高いくらいで、細長いきれいな指をしていた。きちんと伸びた背筋が育ちの良さを表しているようで、なんとなく後ろめたさのようなものを覚えた。

なんか、苦手だな、この人。

「記憶無いんだって?」
「あぁ、まぁ、はい」

男の目が鋭く樹を見てから伏せられた。男は正しい箸の持ち方で正しく食べ物を口に運ぶ。

「今日、君を義手製作所に連れて行くようにって加賀美さんに言われている」
「そう、なんですか」

「うん、そのままじゃ不便だろうって。俺、青砥創。みんなはアオって呼ぶ。名前は?」

「藤丘樹です」

「10時25分にここの屋上に集合ね。屋上まではそこのエレベーターで行くといいよ」

 
 芝生が敷き詰められた屋上は所々に花が植えられ、どこかの庭のような雰囲気だ。その中央に樹が立っていると時間ぴったりに青砥がやってきた。黒のパンツに白の薄手の長T、シンプルな服装が良く似合っている。

「あの、俺、お金とか全然無くて」
「あぁ、後で全部加賀美さんに請求するから大丈夫だよ」

青砥の顔に影が映り、樹が空を見上げる。病院の窓から見た電車が体をくねらせていた。
青砥に腕を引かれて後ろに下がると電車が着陸し、腕をつかまれたまま乗り込んだ。車内は結構な乗車率で空いている席もなくつかまるところもない。結果的に二人は出入り口の直ぐそばに立つことにした。

「この乗り物は覚えてる?」
「いえ」
「これはムカデと言うんだ。絶滅した虫にそっくりらしい」

「へぇ」

ムカデか。確かにこの色味といい、体のくねらせ方は良く似ているけど……。

実物を知っている身としてはネーミングが微妙だなと思っていると、ムカデが急に体の向きを変えガクっと車体が傾いた。樹の体が傾く、と、突如現れた手に体をグイッと戻された。

「ムカデってよく揺れるんだよ。このまま俺につかまってていいよ」

「いえ、大丈夫です」

他人と体が密着するのが落ち着かなくて樹は青砥の体を軽く押したが、ムカデが停留所に到着したことで人が動き、またもや樹の体は大きく傾いた。何も言わずに青砥の手が樹の腰に回る。軽く抱きかかえられると長Tの生地の下にしなやかな筋肉を感じた。

そういえばこの人、田口さんとトレーニングしていた時凄い動きだった。田口さんがよろけた時、一瞬で間合いを詰めて次の攻撃へと……。

樹の脳裏に青砥の動きが蘇る。優愛を殺した犯人を見つけるといっても格闘技経験があるわけでもない今の自分ではどうしようもない。あんな風に動けるようにならないと犯人を捕まえるなんて無理だろう。樹は無意識だったが青砥につかまる腕に力が入った。

「筋肉つけたいの?」
「え?」
「俺の体、見てるから」
「あ、いや、その、見てない。見てないです」

思いもよらぬ指摘に樹の耳が朱に染まっていく。朱に染まりあがった耳を見て青砥の口角が少し上がったのに樹は気が付いていなかった。

 
 義手製造所はセント中央病院の直ぐそばにあった。木を模した製作所は1階が義足、2階が義手、それ以外は3階と大きく3つに分かれている。

「桂木さんはいますか? 加賀美の名前で予約が入っていると思うんですけど」

「確認しますので、近くでお待ちください」

二人並んで受付前の椅子に座る。黙って座っているのも気まずくて何か会話を探していると青砥が口を開いた。

「樹はN+捜査官になるの?」

たつき……。食堂で名前を教えたとはいえ、呼び捨てで呼ばれると急速に距離が縮まった気がして変な感じがした。元いた世界では苗字で呼ばれることが殆どで、名前で呼び捨てにされるとはまず無かった。親でさえ、コイツとか、お前ばかりで名前で呼ばれたことは樹が覚えている限り一度もない。

「樹?」
「あ、すみません。N+捜査官ってN+がかかわった事件を捜査するんですよね?」

きっと警察組織の何かだろうと見当をつけて樹が聞くと、そうだよと返ってきた。N+捜査官になれば犯人の情報を得やすいだろう。問題はどうやったらN+捜査官になれるのかという事だ。

「どうやったらN+捜査官になれますか?」

「そうだな。筆記試験と実技試験と面接だね。あとはどんなN+能力を持っているかも大事らしいよ」

「N+を持っていない人はN+捜査官にはなれないんですか?」

青砥が樹を見てパチッと瞬きをした。

「樹はN+じゃないの?」
「ないです」
「そうか、なら、内勤だね。内勤だと警察学校を卒業する必要があるけど」

「学校……内勤……」
「コールセンターで通報を受けるとか、役職付きの人の秘書とか、そういうやつ」

「それって犯人を見つけても捕まえにいけないってことですよね」

「だね、原則的にN+にはN+が対応するってことになってるから。今は全人口の43%がN+だから、捜査官はN+しかいないよ」

それはここにいても犯人を捕まえられないという事じゃないか……。ましてや学校に通うことになったら犯人を捕まえることから長く遠ざかってしまう。それなら何かのしがらみに捕らわれる前にここから出た方がいいのでは……。


「でも、樹は多分、ここにいた方が良いと思うよ」

脳内を読まれたかのような青砥の言葉に樹は青砥の顔を見た。そして口を開きかけた時、2人の前に受付の女性が立った。

「お客様、確認が取れましたので2階へどうぞ」

 
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