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第一章 もう一つの世界
2. この世界とあの世界
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樹が加賀美と再会したのは2日後だった。榊から話を聞いていたのだろう、樹が退院する時間ぴったりに病院に現れたのだ。
「さぁ、行きましょう」
加賀美の後をついて10階に上がる。廊下の一番奥の扉を開けると風と音が一気に樹に訪れた。
うわぁ……すげぇ。
一瞬、樹は何もかも忘れそうになった。
建物の内部から見ていた時とは迫力が違う。煩いとは違う低い電磁音、電車や車が縦横無尽に飛び、その内部の人々は最新鋭のファッションショーのような奇抜なファッションをしていた。加賀美が手を上げる。一台の車が葉先に停まり、その車に乗り込んだ。
「お疲れ様です。このまま本部に戻っていいですか?」
「えぇ、いいですよ。田所さんはもう来ていますか?」
「はい、いらっしゃっています。難しい顔をしてソファに座っていましたが、ちょうど戻ってきた青砥さんを捕まえてトレーニングルームへ引っ張っていきましたよ」
「そうですか。来ているならまぁ、いいでしょう。彼には説明責任がありますからね」
加賀美は宙を見上げて「私たちが戻ったら直ぐに話が出来る状態だといいのですけどねぇ」と呟くと樹の方を向いた。
「本部までは車で30分かかります。その間にこの世界のことを説明しましょうか」
車内にはクラッシック調の音楽が話の邪魔にならない程度にかかっていた。よく見れば加賀美のスーツのデザインや樹が乗っているこの車の外見も樹がいた世界とまるっきり違うわけではない。まるで樹のいた世界を少しずらして進化させたような感じだ。
「確認ですが、樹君はこの世界の住人ではないですよね?」
樹が頷く。それを確認して加賀美は言葉を続けた。
「樹君がいた世界がどんな世界だったか、ほんの僅かな知識しか私にはありません。ですが、私の印象からするにこの世界は樹君のいた世界をずっと進化させた世界だと思っていいと思います。まずはこの世界がどこにあるのか、ですかね」
加賀美はペンを取り出すと空中に細長い箱を描いた。空中に浮かんだ青白い線に樹が目を大きくすると「あぁ、これは空気に文字が書けるんですよ」と説明を付け加え、箱の隣に少しずらしてもう一つ箱を描いていく。
「この一つ目の箱が樹君のいた世界だとしましょう。その隣の箱、これは樹君の世界とは少し違うもう一つの世界です。このようにして時空を変えて世界は幾つも存在していると我々は考えています」
「この他にも世界は存在するということですか?」
「そうです。いくつあるのか……数十個とも数万個とも言われていて我々にも分かってはいません。ですが、世界が幾つ存在しようがそれぞれが干渉せずに歩んでいるのですから、当然、問題はありませんでした」
そこまで言うと加賀美は声色を落とし真剣な眼差しで樹を見た。
「問題は干渉する術を持つ人間が現れてしまったことにあります」
「干渉、ですか?」
「その前に少しだけこの世界の歴史をお話しさせてください」
この世界は昔、樹君が住む世界と大きく変わりはありませんでした、と加賀美は話し始めた。
「当たり前のように自然が存在し、土を耕して食料を得て、陽が落ちれば寝床につくような生活です」
樹は教科書で学んだような昔の日本の生活を思い浮かべていた。だからこの世界が発見と発明を繰り返し人々の生活が飛躍的に便利になったことも容易に想像がついた。
そこから続く環境破壊や資源エネルギーの問題は自分の世界の話を聞いているような気すらした。
「環境破壊や資源の問題、それらでさえも我々は科学技術の発展によってクリアしてきました。植物が少なくなれば酸素は自分たちで創り出せば良かったし、食事は錠剤にした栄養素だけを体内に取り込めばよかった。自然を顧みずに私たちはテクノロジーに溢れた未来を躍進したのです」
樹は加賀美から視線を外すともう一度窓の外を見た。樹の世界よりも高度な文明を持っているのは確かだが、植物が少ないどころかむしろあちこちに植物はあるし、畑のようなものも見える。
「くす、そんな風に見えませんか?」
「そう、ですね。自然と上手く共存しているようにも見えます」
「それはここ15年くらいのことです。15年前までは街中で植物を見ることはありませんでしたから」
加賀美が困ったように笑った。
「医療の進歩も目覚ましく、人間が病気で死ぬことも殆どなくなりました。でも、その裏で精神に異常をきたす人が増加していったのです。沢山の医者が様々な治療法を生み出し、様々な薬が開発されましたが薬では増加を止めることはできませんでした」
思わず、原因は? と樹が呟くと加賀美は「なんでしょうね?」と宙を見上げた。
「ただ、文明の進化と共に精神に異常をきたす人が増えたのは事実。我々の文化は自然を切り捨てた文化になっていましたから、それを取り戻すように軌道修正したわけです。そして重要なことがもうひとつ」
加賀美は車にあったサイドボックスから飲み物を取り出すと一口飲んだ。
「精神異常を治療する過程で我々は脳の未知の領域を開拓することに成功したのです。つまり、その治療をすることで人口の43%は何らかの力を持つことができます。何らかの力を持つ人類をN+と我々は呼んでいるのですが、今では5歳になると誰もがその治療を受けているのですよ」
「それってこの間病室で加賀美さんが花瓶を引き寄せたやつのことですか」
「ですね。まぁ、能力については追々お話ししますよ」
いくつもの植物型高層ビルを抜けると先ほどまで周りを飛んでいた電車や車が急激に少なくなった。植物型の高層ビルもなくなり、もはや森である。その森の中央に開けた場所があり、開けた場所の中央にもう一つ森があった。
「あぁ、着きましたね。続きは場所を移動してという事で」
「さぁ、行きましょう」
加賀美の後をついて10階に上がる。廊下の一番奥の扉を開けると風と音が一気に樹に訪れた。
うわぁ……すげぇ。
一瞬、樹は何もかも忘れそうになった。
建物の内部から見ていた時とは迫力が違う。煩いとは違う低い電磁音、電車や車が縦横無尽に飛び、その内部の人々は最新鋭のファッションショーのような奇抜なファッションをしていた。加賀美が手を上げる。一台の車が葉先に停まり、その車に乗り込んだ。
「お疲れ様です。このまま本部に戻っていいですか?」
「えぇ、いいですよ。田所さんはもう来ていますか?」
「はい、いらっしゃっています。難しい顔をしてソファに座っていましたが、ちょうど戻ってきた青砥さんを捕まえてトレーニングルームへ引っ張っていきましたよ」
「そうですか。来ているならまぁ、いいでしょう。彼には説明責任がありますからね」
加賀美は宙を見上げて「私たちが戻ったら直ぐに話が出来る状態だといいのですけどねぇ」と呟くと樹の方を向いた。
「本部までは車で30分かかります。その間にこの世界のことを説明しましょうか」
車内にはクラッシック調の音楽が話の邪魔にならない程度にかかっていた。よく見れば加賀美のスーツのデザインや樹が乗っているこの車の外見も樹がいた世界とまるっきり違うわけではない。まるで樹のいた世界を少しずらして進化させたような感じだ。
「確認ですが、樹君はこの世界の住人ではないですよね?」
樹が頷く。それを確認して加賀美は言葉を続けた。
「樹君がいた世界がどんな世界だったか、ほんの僅かな知識しか私にはありません。ですが、私の印象からするにこの世界は樹君のいた世界をずっと進化させた世界だと思っていいと思います。まずはこの世界がどこにあるのか、ですかね」
加賀美はペンを取り出すと空中に細長い箱を描いた。空中に浮かんだ青白い線に樹が目を大きくすると「あぁ、これは空気に文字が書けるんですよ」と説明を付け加え、箱の隣に少しずらしてもう一つ箱を描いていく。
「この一つ目の箱が樹君のいた世界だとしましょう。その隣の箱、これは樹君の世界とは少し違うもう一つの世界です。このようにして時空を変えて世界は幾つも存在していると我々は考えています」
「この他にも世界は存在するということですか?」
「そうです。いくつあるのか……数十個とも数万個とも言われていて我々にも分かってはいません。ですが、世界が幾つ存在しようがそれぞれが干渉せずに歩んでいるのですから、当然、問題はありませんでした」
そこまで言うと加賀美は声色を落とし真剣な眼差しで樹を見た。
「問題は干渉する術を持つ人間が現れてしまったことにあります」
「干渉、ですか?」
「その前に少しだけこの世界の歴史をお話しさせてください」
この世界は昔、樹君が住む世界と大きく変わりはありませんでした、と加賀美は話し始めた。
「当たり前のように自然が存在し、土を耕して食料を得て、陽が落ちれば寝床につくような生活です」
樹は教科書で学んだような昔の日本の生活を思い浮かべていた。だからこの世界が発見と発明を繰り返し人々の生活が飛躍的に便利になったことも容易に想像がついた。
そこから続く環境破壊や資源エネルギーの問題は自分の世界の話を聞いているような気すらした。
「環境破壊や資源の問題、それらでさえも我々は科学技術の発展によってクリアしてきました。植物が少なくなれば酸素は自分たちで創り出せば良かったし、食事は錠剤にした栄養素だけを体内に取り込めばよかった。自然を顧みずに私たちはテクノロジーに溢れた未来を躍進したのです」
樹は加賀美から視線を外すともう一度窓の外を見た。樹の世界よりも高度な文明を持っているのは確かだが、植物が少ないどころかむしろあちこちに植物はあるし、畑のようなものも見える。
「くす、そんな風に見えませんか?」
「そう、ですね。自然と上手く共存しているようにも見えます」
「それはここ15年くらいのことです。15年前までは街中で植物を見ることはありませんでしたから」
加賀美が困ったように笑った。
「医療の進歩も目覚ましく、人間が病気で死ぬことも殆どなくなりました。でも、その裏で精神に異常をきたす人が増加していったのです。沢山の医者が様々な治療法を生み出し、様々な薬が開発されましたが薬では増加を止めることはできませんでした」
思わず、原因は? と樹が呟くと加賀美は「なんでしょうね?」と宙を見上げた。
「ただ、文明の進化と共に精神に異常をきたす人が増えたのは事実。我々の文化は自然を切り捨てた文化になっていましたから、それを取り戻すように軌道修正したわけです。そして重要なことがもうひとつ」
加賀美は車にあったサイドボックスから飲み物を取り出すと一口飲んだ。
「精神異常を治療する過程で我々は脳の未知の領域を開拓することに成功したのです。つまり、その治療をすることで人口の43%は何らかの力を持つことができます。何らかの力を持つ人類をN+と我々は呼んでいるのですが、今では5歳になると誰もがその治療を受けているのですよ」
「それってこの間病室で加賀美さんが花瓶を引き寄せたやつのことですか」
「ですね。まぁ、能力については追々お話ししますよ」
いくつもの植物型高層ビルを抜けると先ほどまで周りを飛んでいた電車や車が急激に少なくなった。植物型の高層ビルもなくなり、もはや森である。その森の中央に開けた場所があり、開けた場所の中央にもう一つ森があった。
「あぁ、着きましたね。続きは場所を移動してという事で」
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