転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第2章 スウガク部編

スウガクノート【2】

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「いや誰⁉︎ 誰っすか⁉︎」
「ちっ、見られたか」
「見られたって何すか! 見られちゃダメなやつなんすか⁉︎」
「ンーッ! ンンーッ!」
 ロッカーに放り込まれていた男は必死に体をくねらせながら叫び声を上げていた。手足をガムテープで縛られ、口もガムテープで塞がれている。その顔は恐怖というよりも焦りといった印象が強い。
「あーその人おまわりさん。私らのこと嗅ぎ回ってたからとらまえといた」
「拉致じゃねーか!」
「いいだろ拉致ったって! 謝礼も出すから!」
「罪は金で支払えないから罪なんすよ。はあ。部長、手伝ってください」
「え? あ、うん」
 心音と階差は男の拘束を解き始めた。作子はその様子を止めようとせず、ただ黙って眺めていた。



「えっと、俺の名前は堆積たいせき経太けいた。刑事をしている」
「梶尾心音っす」
「あー、一別階差です」
「ここ、中等部で天文部の先輩後輩っす。私が後輩」
もほはひひふふうほ原前作子えいおおひえへあーふ英語教えてまーす
「食べながら喋るのは下品っすよ……」
「ごくっ……わりィ」
 どこの学校でも見かけるような学習机4つを2×2の形に敷き詰め、それを囲んで4人は腰掛けていた。心音、階差、経太には作子がどこかで淹れた茶が湯呑みで差し出され、作子本人は茶に加えてアダムスキー型のUFOのような形をしたパンを齧っている。
「ていうか、何で経太さんはロッカーの中に?」
「それが俺も分かんないんだよ。急にここへ連れて来られたと思ったらそこの人、原前先生でしたっけ? に突然ロッカーへぶち込まれたんだ」
「何やってんすかあんた」
「しゃーねーじゃん。こいつ私らのこと嗅ぎ回ってたんだから。部のことを知られちまったからにゃあ放ってはおけないよ」
 そんな作子に対し、心音の背後からヨータローとススキはヤジを飛ばしていた。
「おいおい! お前まさか心音のこともタダでは帰さねえつもりか?」
「ムムムムム……ココちゃんに酷いことしたら許さないよ!」
(あはは……2人とも落ち着いてもらって)
「梶尾さん?」
 作子が首を傾げる。
「どしたの冷や汗かいて」
「あーいや、ちょっと……」
「?」
「……」
 ちょっととは何か、とは訊いてこない。何でもないと言えばそれ以上は食い下がってこない人間なのだと、心音の中で作子の印象が少し良くなった。
 とはいえ、何となく心地が悪い。隠すようなことでもない以上、今言ってしまうのがいいのではないか。そう思い立ち、心音は根負けするかのように口を開いた。
「あのー、幻覚たちが五月蝿くて」
「「幻覚?」」
「……っ」
 一別階差は知っていた。心音の事情を2人よりずっと前から知っていた。そしてその秘密でも何でもない話を心音が2人にすることが、何故かどうしようもなく嫌だった。
「私、実在しない幼馴染の幻覚が見えてるんすよ」
「ほう。具体的には?」
「ススキっていう女子と、ヨータローっていう男子。どっちも私と同い歳っす」
「なるほどなるほど」
 心音に2人の幻覚が見え始めたのは彼女が9歳の頃だ。親や特に親しい人物の中には彼女に幻覚が見えていることを知る者もいる。例えば部活の先輩である階差や従姉妹の環名が該当する。心音の担任である千歳に対しても心音の両親が説明していた。
「ちなみに確認なんだけど、ススキちゃんとヨータロー君本人はどこか別の場所にいるけどあたかも今ここにいるかのような幻覚が見えてるってことじゃ」
「違います。そんな人たちは実在しません」
「だよねー」
「まあ日常生活には特に支障無いんで、気にしないで欲しいっす」
「うぃーっす。了解。さてと――」
 無理矢理話題を切り替えるかのように、作子は経太へと向き直った。
「おまわりさんのお兄さァん。君はどうして怪獣のこと嗅ぎ回ってたのかな?」
「あん? それは……まあ、ちょっと気になってな」
「私が把握してる限り一般人による怪獣の目撃情報こそはあっても、写真や動画の類はうちの部員がそこの梶尾さんに誤送信しちゃったのを除けば一切流出していなかった筈だよ。というか部員以外が撮影に成功したことは無い。つまり怪獣が実在してる証拠なんてどこにも無い」
「……」
「もしかして君自身が怪獣の目撃者? ノン。目撃者の中に君はいなかった筈」
「…………それは」
「なのにどうして、お仕事の時間を割いてまでそんな都市伝説のことを調べてたの?」
「……」
「あーいいのいいの。理由は見当ついてるから」
 この間、階差は完全に蚊帳の外だった。心音も何の話かと言わんばかりに首を傾げていた。
「君さあ、いっぺん死んで生まれ変わってるでしょ。奥さんも」
「ああ、そうだ……て、はぁ⁉︎」
「アハハ! なーに驚いてんの。もしかして事情説明しても信じてもらえないと思って黙ってた?」
「当たり前だろ!」
「あのねぇ、あんたふん縛る時に私魔法使ってたでしょ? の住人と関係あるとか思わなかったわけ?」
「そう言われたら……確かに」
「私なんだよ」
 1トーン下がるような、そんな言い方だ。
「君と違って前世の人格は別に存在してて、私は今世から新しく生えてきたんだけど、一応生まれ変わり経験者だよ」
「おいそれって!」
「もっと面白いこと教えてやろうか。私の前世はノヴァだよ。君もご存じのね」
「何ィ⁉︎」
 声が大きい。心音と階差は思わず耳を塞いだ。
「いやーいいリアクションするねー」
「当たり前だろ! ていうか、マジなのか?」
「大マジよ。あ、ちなみにあの後ノヴァはエーレとくっついて子供もできたらしいよ」
「本当かよ! よかったじゃねえか!」
「ほんでタカシ君はリカイと結婚した」
「そうかタカシさんもリカイとけっこ……え? はああ⁉︎」
「いや、告ったのはリカイの方だよ? そんでタカシ君はちゃんと向こうが成人するまで待って、それでも気持ちが変わってなかったからOKしたんだよ? リカイの方が進化の関係で成長スピード遅くなって、式の絵面がちょっとアレになっちゃったけど」
「それなら……まあいっか」

「部長、何の話か分かります?」
「あー、いや」
「私もです」
 心音と階差を置いてけぼりにして、作子と経太の会話は白熱を極めていた。
 まずい。階差の胸中に焦りが湧く。このままでは時間がかかりそうだ。いずれ天文部の活動が普通にある日と同じくらい、最悪の場合それより遅い時間に帰る羽目になってしまう。夜道が怖いという問題は心音が一緒に帰ってくれれば大丈夫だが、それでも本来もっと早く帰れる筈だったのがスウガク部という突然降りかかってきたイレギュラーによって捻じ曲げられるのは嫌だった。
 それを察したのか、心音は不意に口を開いた。
「スゥ――2人とも!」
「「あ」」
「後にしてもらっていいっすか?」
「「ご、ごめんなさい……」」
 軌道は修正された。



 作子はいかにも教師らしく、チョークを手に取って黒板に意味の羅列を記し始めた。怪獣に襲われている際に階差へ講義を始めた時と同じような様子だ。
「――つまり怪獣って、特定の人間しか襲わないのよね」
「へえ。じゃあ私と部長が狙われたのって」
「珍しいと思うよ。そんな人間あんまりいないから。私の知る限りだとうちの部員以外には見たこと無いかな」
「じゃあ私と部長をスウガク部ってのに誘ったのは」
「君らの身を守るためだね。君たちだってどうせ怪獣に狙われるなら、奴らと戦った経験のある私たちと一緒に行動するのが賢明でしょ」
「確かに……」
 心音が作子の言い分に理解を示す横で、経太は熱心にメモを取っていた。というより何度か口を挟もうとはしたものの、取り敢えず最後まで聞けと言わんばかりの眼力で作子から睨まれたため、仕方なくメモに勤しむしかなくなっていた。
「それと怪獣が暴れることによる被害って実は生まれないんだよね」
「え? どういうことっすか?」
「例えばどれだけ暴れても周りの建物は壊れないかすぐ直ってるし、近くにいた人、野良猫、野良犬等が戦いに巻き込まれて死ぬことも無いのよ」
「ほえー。便利っすね。ていうか、そんなに無害ならほっといてもいいんじゃないすか?」
「よくぞ訊いてくれました!」
 作子の目が輝く。ドヤ顔とはこんな顔だと辞書に載せてもいいぐらいに堂々した面をしていた。
「それについて説明しようと思ってたのよ。順を追って話すからちょーっと長くなるけど、いいよね?」
 心音の返事を待たず、作子が続ける。
「まず怪獣って、私が作ってんのよ」
「へー………………え?」
「だーかーらー、怪獣を作ってるのはわ・た・し。君らを襲った化け物は私が作ったの」
「はあああああああああああああっ⁉︎」
「びっくりした?」
「当たり前じゃ!」
「だよねー。そんで生み出した怪獣に襲わせる人間を指定するのも私。つまり君らが狙われたのはレアではあるけど偶然ではないってワケよ」
「敵じゃないっすか……」
「敵じゃないよ。敵を生み出してるってだけの味方」
「いやいやいやいや」
 心音が露骨に驚き、経太が思わずメモを取る手を止めてしまう一方、階差は作子の言葉を上手く飲み込めないでいた。目の前の人間が怪獣を作っているという常識的に考えればあり得ない情報。それが単なる聞き間違いではないかと彼女の脳が判断してしまい、明らかに聞き間違いでないことを示すかのような心音と作子の会話を処理できなくなっていたのだ。
「何で私らを襲わせたんすか?」
「環名が写真間違えて送っちゃったから。怪獣けしかけつついい感じのところで助けてこんな風に巻き込もうと思ったのよ」
「環名、あんにゃろ……ちなみに原前先生が怪獣を作ったり退治したりする目的は」
「復讐。昔私と友達をいじめた奴らへの」
「おもっきし私怨じゃねーか! いやいやせめてこう……世界中から悪人を根絶するとか、地球温暖化を止めるとか、そういう世のため人のため的なのは」
「無え」
「無え!」
 心音が頭を抱えて叫んだ頃、階差はようやく作子が怪獣を作っているというのが自分の聞き間違いでない可能性に気づき始めた。しかし同時に自分がそのことに気づくまでの間の会話を全て聞いていなかったことに軽く絶望した。
「刑事さん。この人今すぐ逮捕できないっすか?」
「いや逮捕したいのは山々なんだけど、証拠が」
「こんなオカルト紛いの話を証言したってだけじゃそりゃ無理だよねー。もっとすごいこと教えてやろうか? 怪獣って元は人間なんだよ」
「おいこら詳しく聞かせろ逮捕すんぞ!」
「だー! うるちゃい!」
 怪獣は元は人間、階差も確かにそう聞き取った。しかし実は自分が聞き逃した部分に何か大事な前置きがあり、それを考慮しないと正しい意味にならないのではないかという不安がほんの少しだけ彼女の頭をよぎった。
「さっき言ったでしょ。いじめっ子への復讐に怪獣作ってるって。そいつらが怪獣の正体。捕らえて怪獣にして部員たちに退治させてるの。殺しはしてないけどね」
「拉致監禁だな。てめえの自宅調べさせろ!」
「令状取れたらお好きにどうぞぉ? どんな理由で発行してもらうのかさっぱり見当つかないけどねぇ。それに自宅調べられた程度で証拠見つけられるような馬鹿じゃねえよ私は」
 勝ち誇る作子。経太は刑事ドラマで凶悪事件の容疑者を取り調べる警官の如き表情をしていた。人によっては、例えば階差のような小心者がこの顔で睨まれたら卒倒したり無条件で泣き出したりしたことだろう。
「そんなに私の尻尾掴みたいなら君もスウガク部に入ったらどうだい?」
「あぁん?」
「一緒に行動してればそのうちボロ出すかもよ。それにうちは人数も無制限で募集条件も特に無いし」
「ふざけんなどう考えても罠だろ。誰がそんな提案」
「あ、千歳にもよろしく言っといて。君さえよければ今度でも用意しとくから」
「っ!」
「君はともかく彼女の方は戦ってた頃の感覚なんてもうほとんど覚えてないでしょ。今とんでもないのに襲われたらどうなっちゃうかな」
「てめえ……」
「堆積経太さん、スウガク部へようこそ」
「……ぜってぇてめえのこととっ捕まえてやる」
「頑張れー。お祈りしとくから」
 経太の入部が決定した。
「君らはどうする? 入る?」
 作子が心音に問う。階差は返答に悩んでいる。
「少し、時間が欲しいっす」
「いいよ。いくらでも悩んで。その間怪獣には襲わせないようにしとく。あ、でもこのこと誰かに言いふらしたら別だから」
「分かりました。それじゃ。部長、帰りましょう」
「え、ああ」
 心音は階差の手を取り、2人揃って部室を後にした。
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