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第2章 スウガク部編
ゲンカクエンカウンター【5】
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「まあまあ倒れてないで座りなさいな」
いつの間にか机と椅子が出現していた。学校で使われているそれだ。机は1台、椅子は2脚。1人で教科書やノートを広げるギリギリの広さしか無い机を挟む形で椅子が配置されている。さながら生徒と教師の面談のようだ。
車も通る道にこんな障害物を置いてしまっては交通事故か事故が起きる前に警察に通報されるかの2択かと思われたが、不思議なことに車どころか階差たち以外の人1人現れる気配も無かった。普段のこの場所をどれぐらいの人や車が通るのか階差は知らないが、目の前の女性がいないか時間帯が夜だったならば間違い無くあまりの不気味さに取り乱しかけていたことだろう。
「よっこらセット・アヴェンg」
「……」
階差は一礼してから椅子を引いて座ろうとした。適当にそれっぽい礼儀をしてみただけだ。しかし椅子に座る直前で自分がリュックを背負ったままだったことを思い出し、若干慌てながらも机の横のフックにリュックをかけた。
今度こそ座った。
「初めまして。私は原前作子」
「あ、一別階差です」
少し早口に名乗った。
「よろしく、一別さん。さて、訊きたいことは色々あるよね」
「あ、はい」
また何も考えず反射で返す。
「では私が一から説明して進ぜよう。あ、これノートね。あげる」
「あ、ありがとうございます」
階差は机の横のリュックをガサゴソとか漁り筆箱を取り出した。リュックがフックに引っ張られているせいかファスナーが開けづらく、また筆箱がかなり底の方にあったため、教科書やノートの妨害を受けながら取り出す羽目になった。
筆箱からいつも使っているシャーペンを取り出す。筆箱の中にはシャーペンが2本と短くて先の丸まった鉛筆が3、4本入っているが、基本的にいつも同じ1本を使っているせいでその他の出番はほとんど無い。
階差が書く物と消す物を取り出しノートを広げ作子の方に視線を戻すと、今度は道の真ん中にある訳が無いキャスター付きのホワイトボードがいつの間にか出現していた。通行の邪魔になりそうな点を除けば授業を受けるのに申し分無い状況だ。
「では単刀直入に言おう。私たちは怪獣を探してる。やっつけるためにね」
作子がホワイトボードの左上に「目的:怪獣を探してやっつける」と書き込んだ。階差はそれをそっくりそのままノートの1ページ目に書き写した。
「んでさ、君らって会ったよね? 怪獣に」
「あ、はい…………っ!」
階差は自分と心音が怪獣に襲われていたことを思い出した。ものすごい勢いで血の気が引いていく。
「ああ心配しないで。ウチの部員が助けに向かったってメールがさっき届いたから。あの癖っ毛の子は無事だよ」
生き返る心地がした。一刻の猶予も無い訳ではないらしい。
「でも問題は残ってる」
目的1の下に「問題:」と書き加えられた。階差は板書を続行する。
「怪獣と戦える部員が今いないのよ。迷子になっちゃって」
作子の握るペンは目にも留まらぬ速さで動き回り、「問題:」の横に「戦力不足」の4文字が付け加えられた。
「癖っ毛ちゃんを助けた子も一応単独で戦えるには戦えるんだけどさ。あの子気遣い上手っていうかサポートで輝くっていうか、とにかく漢のタイマン勝負って柄じゃないんだよね。今は逃げに徹してる筈」
作子によると、心音を連れて逃げている部員が体力の限界を迎える前に怪獣を倒したいらしい。
「あいつが見つかれば苦労は無えんだがなあ。パンチ1発でやっつけられるのに」
「はあ」
「君も見てない? ツインテールで、おでこ広くて、胸と身長は控えめで、あーそれと、めちゃくちゃ足が速いの!」
作子は身振り手振りで探している人物の特徴を表現し始めた。実は彼女が言っている部員とは先日心音が遭遇したセキモト先輩と名乗る人物のことなのだが、無論この程度のヒントでピンと来るほど階差の観察眼や推理力等は卓越していない。
「あー、見てないです」
「見てないかー。チキショーめ。Take it show men」
作戦会議らしきものが何も成果を出せないまま、無情にも時間だけが過ぎていく。相変わらず人や車が近づく気配は全くしないが、日陰になっていた階差たちの机が徐々に日光に照らされ始めた。汗っかきの階差にはとって好ましくない事態だ。それに机に反射した日光が眩しい。
「……反射」
氾濫した。もしくは囚われた。階差の脳内では自分が怪獣を倒す妄想が、階差自身はなるべく映さないような画角で始まった。
舞台は今いるような住宅街もしくは市街地。たまたま付近の窓に反射した日光が怪獣の視覚を奪い、それが十分な隙となる。次のシーンでは怪獣がすでに倒されていた。ただしそのシーンは映像が存在せず「怪獣が倒された」という情報が階差の頭に浮かんでいるだけだが。
その妄想の中で階差はどう立ち回るのか。彼女自身にもそれは分からない。案としては何年か前に見た特撮作品に出てくる武器を使う、最近好きになったアニメに出てくる特殊能力を使うなどが挙げられた。その作品の主人公が使っている武器や能力は使わないというのがポイントだ。それらを使うとまるで自分がその主人公に為り変わったようになってしまう。あくまでも作品内の本来のキャラクターたちとは別人として存在することを好む階差の趣味ではない。
「Hey, 一別さん」
「あ、はい」
途端に引き戻された。視覚や聴覚が、たった今まであたかも麻痺しているかの様だったというのに、一転して常識的な量の情報の洪水を流し込んでくる。いつの間にか思考の底に沈んでいたことに気づいて現実に戻ってくる瞬間は、いつも突然で言葉にしづらい衝撃に襲われるものだ。しかも今回は自発的にではなく作子に声をかけられたことがきっかけだったため、普段は感じないような何とも言えない歯切れの悪い感覚が階差の頭にこびりついていた。
「ほーん。どうやら君は思考の底まで深く落ちて行ける子のようだね」
「あー……」
「周りの音が聞こえなくなるくらい頭の中の世界に入り込める。いい才能だよ。研究者とか、後は小説とか漫画とかの物語作るのにも向いてる」
「あ、ありがとうございます!」
「でさ――」
その時の作子の目は、何か面白いことを見つけてニヤニヤ笑っている悪役の様であった。階差にとってはあまり得意でない表情だ。
「ここいらで方針変えてみようと思うんだ」
「はあ」
「めちゃくちゃ強いあいつを見つけるんじゃなくて、あいつがいなくても倒せる方法を考える。今癖っ毛ちゃんを連れて逃げ回ってる子だけでね」
「はあ」
「となるとその子が逃げ回らなくていいようにしたいんだよねー。何というかこう、隙を作れないかなーって」
いつの間にかホワイトボードの横にもう1台の机が出現しており、その上には運動部の練習で使われる様な両手で抱えるサイズのタイマーが赤い「00:00」の文字を浮かび上がらせていた。ちなみに小等部時代の階差のクラスでも教室に同じ物が置かれており、担任がピッピタイマーと呼んで授業中に時折使用していた。
「取り敢えず5分あげるからさ、考えてよ。怪獣の隙を作る方法を」
「あー、はい」
作子はタイマーの隅に敷き詰められたボタンを心做しか力強く押し、残り時間を5分に設定した。
「はいよーい、スタート」
タイマーが時を刻み出した。
階差の脳内。答えはもう決まっている。答えは決まったと認識してしまった時点で彼女の脳はそれ以上深く考えてくれない。これはどうしようも無い。既に出た答えを疑ったり誤りが無いか確認しようとしたら途中でノイズの様に関係無い情報が頭の中を占拠する。今まさに昨日聴いた音楽が鳴り止まなくなった。振り払おうとすると今度は少し前に見たドラマのとあるセリフが何故か蘇ってくる。あまりに目立ちすぎて当初の目的を早くも忘れてしまった。思い出したのはタイムアップの1分どころか数十秒前。残り時間が無さすぎて新しい答えを用意する気力が湧かない。結局何もできなかった。
「はいじゃあ答えを聞こうか」
「――窓の」
語り出した。とても覚束なく。作戦を。
いつの間にか机と椅子が出現していた。学校で使われているそれだ。机は1台、椅子は2脚。1人で教科書やノートを広げるギリギリの広さしか無い机を挟む形で椅子が配置されている。さながら生徒と教師の面談のようだ。
車も通る道にこんな障害物を置いてしまっては交通事故か事故が起きる前に警察に通報されるかの2択かと思われたが、不思議なことに車どころか階差たち以外の人1人現れる気配も無かった。普段のこの場所をどれぐらいの人や車が通るのか階差は知らないが、目の前の女性がいないか時間帯が夜だったならば間違い無くあまりの不気味さに取り乱しかけていたことだろう。
「よっこらセット・アヴェンg」
「……」
階差は一礼してから椅子を引いて座ろうとした。適当にそれっぽい礼儀をしてみただけだ。しかし椅子に座る直前で自分がリュックを背負ったままだったことを思い出し、若干慌てながらも机の横のフックにリュックをかけた。
今度こそ座った。
「初めまして。私は原前作子」
「あ、一別階差です」
少し早口に名乗った。
「よろしく、一別さん。さて、訊きたいことは色々あるよね」
「あ、はい」
また何も考えず反射で返す。
「では私が一から説明して進ぜよう。あ、これノートね。あげる」
「あ、ありがとうございます」
階差は机の横のリュックをガサゴソとか漁り筆箱を取り出した。リュックがフックに引っ張られているせいかファスナーが開けづらく、また筆箱がかなり底の方にあったため、教科書やノートの妨害を受けながら取り出す羽目になった。
筆箱からいつも使っているシャーペンを取り出す。筆箱の中にはシャーペンが2本と短くて先の丸まった鉛筆が3、4本入っているが、基本的にいつも同じ1本を使っているせいでその他の出番はほとんど無い。
階差が書く物と消す物を取り出しノートを広げ作子の方に視線を戻すと、今度は道の真ん中にある訳が無いキャスター付きのホワイトボードがいつの間にか出現していた。通行の邪魔になりそうな点を除けば授業を受けるのに申し分無い状況だ。
「では単刀直入に言おう。私たちは怪獣を探してる。やっつけるためにね」
作子がホワイトボードの左上に「目的:怪獣を探してやっつける」と書き込んだ。階差はそれをそっくりそのままノートの1ページ目に書き写した。
「んでさ、君らって会ったよね? 怪獣に」
「あ、はい…………っ!」
階差は自分と心音が怪獣に襲われていたことを思い出した。ものすごい勢いで血の気が引いていく。
「ああ心配しないで。ウチの部員が助けに向かったってメールがさっき届いたから。あの癖っ毛の子は無事だよ」
生き返る心地がした。一刻の猶予も無い訳ではないらしい。
「でも問題は残ってる」
目的1の下に「問題:」と書き加えられた。階差は板書を続行する。
「怪獣と戦える部員が今いないのよ。迷子になっちゃって」
作子の握るペンは目にも留まらぬ速さで動き回り、「問題:」の横に「戦力不足」の4文字が付け加えられた。
「癖っ毛ちゃんを助けた子も一応単独で戦えるには戦えるんだけどさ。あの子気遣い上手っていうかサポートで輝くっていうか、とにかく漢のタイマン勝負って柄じゃないんだよね。今は逃げに徹してる筈」
作子によると、心音を連れて逃げている部員が体力の限界を迎える前に怪獣を倒したいらしい。
「あいつが見つかれば苦労は無えんだがなあ。パンチ1発でやっつけられるのに」
「はあ」
「君も見てない? ツインテールで、おでこ広くて、胸と身長は控えめで、あーそれと、めちゃくちゃ足が速いの!」
作子は身振り手振りで探している人物の特徴を表現し始めた。実は彼女が言っている部員とは先日心音が遭遇したセキモト先輩と名乗る人物のことなのだが、無論この程度のヒントでピンと来るほど階差の観察眼や推理力等は卓越していない。
「あー、見てないです」
「見てないかー。チキショーめ。Take it show men」
作戦会議らしきものが何も成果を出せないまま、無情にも時間だけが過ぎていく。相変わらず人や車が近づく気配は全くしないが、日陰になっていた階差たちの机が徐々に日光に照らされ始めた。汗っかきの階差にはとって好ましくない事態だ。それに机に反射した日光が眩しい。
「……反射」
氾濫した。もしくは囚われた。階差の脳内では自分が怪獣を倒す妄想が、階差自身はなるべく映さないような画角で始まった。
舞台は今いるような住宅街もしくは市街地。たまたま付近の窓に反射した日光が怪獣の視覚を奪い、それが十分な隙となる。次のシーンでは怪獣がすでに倒されていた。ただしそのシーンは映像が存在せず「怪獣が倒された」という情報が階差の頭に浮かんでいるだけだが。
その妄想の中で階差はどう立ち回るのか。彼女自身にもそれは分からない。案としては何年か前に見た特撮作品に出てくる武器を使う、最近好きになったアニメに出てくる特殊能力を使うなどが挙げられた。その作品の主人公が使っている武器や能力は使わないというのがポイントだ。それらを使うとまるで自分がその主人公に為り変わったようになってしまう。あくまでも作品内の本来のキャラクターたちとは別人として存在することを好む階差の趣味ではない。
「Hey, 一別さん」
「あ、はい」
途端に引き戻された。視覚や聴覚が、たった今まであたかも麻痺しているかの様だったというのに、一転して常識的な量の情報の洪水を流し込んでくる。いつの間にか思考の底に沈んでいたことに気づいて現実に戻ってくる瞬間は、いつも突然で言葉にしづらい衝撃に襲われるものだ。しかも今回は自発的にではなく作子に声をかけられたことがきっかけだったため、普段は感じないような何とも言えない歯切れの悪い感覚が階差の頭にこびりついていた。
「ほーん。どうやら君は思考の底まで深く落ちて行ける子のようだね」
「あー……」
「周りの音が聞こえなくなるくらい頭の中の世界に入り込める。いい才能だよ。研究者とか、後は小説とか漫画とかの物語作るのにも向いてる」
「あ、ありがとうございます!」
「でさ――」
その時の作子の目は、何か面白いことを見つけてニヤニヤ笑っている悪役の様であった。階差にとってはあまり得意でない表情だ。
「ここいらで方針変えてみようと思うんだ」
「はあ」
「めちゃくちゃ強いあいつを見つけるんじゃなくて、あいつがいなくても倒せる方法を考える。今癖っ毛ちゃんを連れて逃げ回ってる子だけでね」
「はあ」
「となるとその子が逃げ回らなくていいようにしたいんだよねー。何というかこう、隙を作れないかなーって」
いつの間にかホワイトボードの横にもう1台の机が出現しており、その上には運動部の練習で使われる様な両手で抱えるサイズのタイマーが赤い「00:00」の文字を浮かび上がらせていた。ちなみに小等部時代の階差のクラスでも教室に同じ物が置かれており、担任がピッピタイマーと呼んで授業中に時折使用していた。
「取り敢えず5分あげるからさ、考えてよ。怪獣の隙を作る方法を」
「あー、はい」
作子はタイマーの隅に敷き詰められたボタンを心做しか力強く押し、残り時間を5分に設定した。
「はいよーい、スタート」
タイマーが時を刻み出した。
階差の脳内。答えはもう決まっている。答えは決まったと認識してしまった時点で彼女の脳はそれ以上深く考えてくれない。これはどうしようも無い。既に出た答えを疑ったり誤りが無いか確認しようとしたら途中でノイズの様に関係無い情報が頭の中を占拠する。今まさに昨日聴いた音楽が鳴り止まなくなった。振り払おうとすると今度は少し前に見たドラマのとあるセリフが何故か蘇ってくる。あまりに目立ちすぎて当初の目的を早くも忘れてしまった。思い出したのはタイムアップの1分どころか数十秒前。残り時間が無さすぎて新しい答えを用意する気力が湧かない。結局何もできなかった。
「はいじゃあ答えを聞こうか」
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