転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第1章 民間伝承研究部編

転生遺族と少女の覚醒15

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「あまりにも容易い任務だなあ」

 プリンキピアの言葉には苛立ちが滲み出ていた。見た目は幼いエルフの少年の彼だが、一派の中では頭ひとつ抜きん出た経験と知識を有しているつもりだった。
 故に突然何処からか湧いてきた原前作子という人物が〈転生師トラックメイカー〉を持つ少年の捕獲を指揮することになるのはあまりにも理解し難い事態だったのだ。私情を優先しては作戦に支障が生じることぐらいは当然分かっていたので大人しく彼女の指示には従ったが、課された任務があまりにも順調に進んでいることがむしろ彼の不満をさらに増幅させていた。

「この僕を割いてまで実行する作戦か、これ。この程度の魔物ならニコラだけでよかっただろ。あーもうあいつ連れてくればよかった」

 イデシメは見つけられなかった。しかし目の前にいるフェンリルが実質的な彼女の戦力であり、こいつを倒せばいい話だとプリンキピアは考えた。

「飼い主の指示が無ければただの力持ちな犬だ。さっさと片付けてやる」

 プリンキピアの目がコヨを捉えた。



 人混みに紛れて自分を尾行している者がいる。カールは早々に気づいた。
 この王都には廃墟ばかりで長年誰の手もつけられていない地区がいくつかある。何故そうなっているのかは明かされていない。人々の間では貴族が金を出し惜しみしているだけだとか、大きな犯罪組織が密かに根城にしていて王国も手を出したがらないとか推測されている。挙げ句の果てには王都に侵入した魔物を密かに押し込め、警備の評判に傷がつないようにしているという噂まである始末だ。
 ともあれ王都では貴重な人がいない広い場所だ。派手に戦ったとしても誰も困らない。

「誰だよあんた」

 カールが振り返った先には、もはや姿を隠す気も無い男が1人立っていた。
 背は低く、ずんぐりとした体型。立派な髭を蓄えている。とある種族の特徴だ。もちろんそういう容姿をしたただの人間という可能性も大いにあるため、カールは本人に答えを訊いた。

「ドワーフか?」
「いかにも」

 ドワーフ――エルフと同じく、人間に似て非なる種族だ。鍛治の才能に優れたものが多く、ドワーフが作った武器はどこの国でも高値で取引されている。

「俺に何か用か?」
「……いい杖だな」
「は?」

 ドワーフの男はカールが持っていた杖に言及した。

「誰が作った?」
「俺に魔法を教えてくれた先生だ」
「そうか。優秀な魔術師のようだ」
「まあな。というか本当に何の用だ?」

 男が殺意を向けていることは始めから分かっていた。それどころかどのように自分を殺そうとしており、それが誰の指示なのかも全て知っていた。だからこそさっさと戦闘に移らないことが疑問だった。

「すまない。職業病だ」
「いやそれは分かってるけど。ダメだろ集中しないと。大事な仕事なんだろ」
「いかにも。故にたった今――」

 そこら中の廃墟が、砕けて瓦礫となる。

「終わらせる」

 当たれば骨が砕け散りそうな速さで、瓦礫が四方八方からカールに吸い寄せられるように集まりだした。その1つがカールの頭に迫る。今にもぶつかろうとしている。

「させるかよ」

 瓦礫が粉々に四散した。カールを起点とした突風がドワーフの男の髪と髭を激しく振り乱してゆく。その風が自然発生したものでないことは明らかであり、男はカールの魔法の技術に胸の内で敬意を表した。

「そういや自己紹介がまだだったな。知ってると思うが俺はカール。あんたは? 教えてくれよ」
「クロイ=ヌハル」

 ドワーフの男ことクロイ=ヌハルは不思議とカールの要求に応じてしまった。事前に聞いていた情報にあったカールのスキル〈交渉〉の能力だと気づく。どのくらい言うことを聞かせやすくなるかは個人差があるようだが、この程度なら自分も危ういらしい。

「了解。どうだ、便利だろ〈交渉〉。派手じゃねえけど警戒には値すると思うが?」
「ふむ……」

 カールの狙いが自身の注意を〈交渉〉に向けさせてその他の攻撃への警戒度を下げることだと、クロイ=ヌハルは推測した。ではそんな彼の中で〈交渉〉はどのくらいの危険度に属するかだが、実はそこまでではない。不意打ちに注意する程度だ。
 彼がそう考えることはカールも予想していた。故にカールも大して動揺はしていない。2人とも至って平常だ。

「んじゃ」
「いざ」

 そして今、両者ともに――

「「勝負だ」」

 宣言した。



 エウレアール王国の王都には野良猫が多く住んでいる。しかも彼らの多くは何故か魔法の素質を持っており、その特別な才能に目をつけた元獣使いテイマーにして王都の冒険者ギルドのギルドマスターを務めるウルタールが自身の知識と経験を活かした訓練を彼らに施した。
 故に王都の野良猫たちは魔法を使うことができる。ただしこのことは犯罪者による悪用を防ぐため、限られた人間にしか知らされていない。ウルタールが信頼するごく一部の部下、そしてこの国に冒険者ギルドを創設した初代ギルドマスターのエーレだけである。

「……分かった」

 エーレはキナからの連絡を受け、風魔法を利用して伝言を届けてくれた猫を撫でていた。
 猫たちの力は限られた人間にしか知らされていない。しかしウルタールから知らされることなく勝手にその事実に辿り着いた者がいないという訳ではない。この街で暗躍している魔物たちがそれだ。

「あいつが……」

 作子について、既に魔王側は得られる限りの情報を入手していた。それをキナから伝えられたエーレは、幽霊となってから200年間感じたことが無いくらいに感情が激しく揺れ動いていた。
 今まで何人も家族が生まれた。彼らの苦悩も幸福も山程見届け、自分よりずっと後に生まれた命を何人も看取ってきた。
 しかしそれらと肩を並べる程に、下手をすると追い越してしまうくらいに、エーレの心はまさに今現在激しく掻き乱されていた。
 キナには少し待って欲しいと言われた。縦軸に作子と話をさせる時間を作ってやりたいのと、彼の安全をなるべく穏便な形で確保するためだそうだ。縦軸には返しきれない恩があるかもしれない。エーレは今すぐにでも作子の元へ向かいたい気持ちを押し殺してその要求を飲んだ。
 しかしこの場でじっとしていては、溢れんばかりの感情が行き場を失ってどうにかなってしまう。ぶつける相手が必要だ。

「目標を確認。任務開始」

 ロウソクと名乗るこの女はどうやら殺意を抱いているようだ。隠す様子も無い。ウルタールが訓練した野良猫はいつも通りいつの間にか逃げている。今この場で戦いを仕掛けるつもりなのだろう。ならばこちらも暴れることに問題は無い筈だ。身を守るためなのだから。

「ゴードンには死んでもらう。お前は生かせと言われているので安心しろ、セシリア」
「だそうだ。加勢はいるか?」

 隣に立つゴードンが問うた。

「いらない。ロウソク。あなたは、たった今から、サンドバッグ」

 セシリアの体に憑依したエーレは暴力を振るう決断をした。
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