124 / 149
第1章 民間伝承研究部編
転生遺族と少女の覚醒14
しおりを挟む
縦軸、作子、キナの3名は廃墟の一室にいた。それなりの量の塵が舞っていることと壁や天井が一部崩れていることを除けば特に居心地は悪くない。建物自体が崩れはしないのかと縦軸は不安がったが、キナは自分がいるから問題無いと言い放った。何故か作子も彼女の言葉を信じた様子だったので縦軸も流れに身を任せることにした。
「あの人ずっと猫と話してるんだけど。別の場所でゆっくり話そうって言って僕たちをここまで連れて来たのあの人だよな?」
「まあいいんじゃない? エーレがこっち来るの待ってもらうって言ってたし。ていうかエーレ足止めしてくれるなら私は何でもいい」
作子は酷く怯えた様子だった。さっき食べた串焼き肉をそのまま吐き戻してしまいそうなくらい顔色が悪い。
縦軸も流石に心配になってしまった。
「大丈夫そう?」
「一応……」
「作子ってエーレが苦手なのか?」
「ちょっとね。色々あんのよ」
「ふーん。ていうかあの人ってエーレと知り合いだったんだ。姉さんを襲った犯人って聞いてたんだけど」
「……」
仄かにエーレへの警戒心を強める縦軸に、作子は何も答えなかった。
キナはしばらく廃墟にやって来た野良猫に向かって話しかけていたが、やがて猫が帰っていくとようやく縦軸と作子に注意を向けた。
「おまたせー。エーレちゃんしばらく待ってくれるって」
「感謝するよ。ありがとうキナさん」
「いいのよこれぐらい」
空気が重くなる。キナが刀を握った。
「さて、本題に移りましょうか」
「縦軸の身柄だろ。悪いけど魔王側に渡す気は無い」
「その言葉そっくりそのままお返しするわ」
「喧嘩でもする気?」
相手は高い戦闘能力を有した人外だ。魔法も魔物も存在しない世界の平凡な英語教師が物理的に争って勝てる筈が無い。それなのに、縦軸の目に映る作子は死ぬ気も負ける気も微塵も無い様子だった。
「いや、喧嘩はできれば避けたいわ。彼はこちらで保護できなくてもあなたたちから逃がすことができればそれでいいって言われてる。身柄についてはその子自身に決めさせるなりジャンケンするなりで済ませましょう」
「じゃあ何しに来たのあんた?」
「監視役」
キナは刀を抜き、作子にその刃を向けた。
「あなたがタテジク君に変なことしないように、私があなたたちを見張ってる」
「そっか。了解」
その時、遠くで爆発音がした。
「え、何?」
「おーやってるねえ」
「あらあら。あなたのお仲間さん?」
キナの刀が作子の喉元に迫った。しかし作子は怯える様子も無く語り始める。
「縦軸、さっき話しただろ。私らはリリィの仲間を殺すつもりって。それがあれ。1人になった隙を突いて各個撃破してんのよ。取り敢えずリリィの父ちゃん、カールって小僧、イデシメちゃん、それとあのワンちゃんは死ぬかな」
明日の天気を話すように気軽な言い草だった。
「坊や、その人きっと本気よ」
キナに言われるまでもなく縦軸は信じた。縦軸自身にも原因は分からなかったが、この時作子が言ったことは嘘や冗談の類はではないと脳が覚えていたからだ。
そして同時に思い出した。イデシメも、カールも、別々にどこかへ出かけていたことを。おそらくリリィの親も同じだろう。作子の話が本当ならば、彼女の仲間には少なくともイデシメたちが3人と1匹がかりで挑んでも勝てなかったスライムとエルフの少年がいる。4対2で勝てなかった相手に、1対1で襲われたらどうなるか。
「不安要素はセシリアとリリィかな。空間魔法の転移で全員集められたら計画が台無しだから。セシリアの方にはロウソクが向かったっぽいからいいとして――」
作子が縦軸に目をやる。
「リリィは今どうしてんの?」
縦軸は顔を青くした。リリィは来ない。他でもない縦軸自身が魔力を吸収するための杭を彼女に使い、魔力切れで気絶させてしまったからだ。目が覚めるまでどれくらいかかるだろうか? おそらく自分よりも遥かに時間がかかるに違いない。
自分のせいで、助かる筈だった命が犠牲になってしまう。
「その様子じゃ来れないみたいだね。じゃあ安心だ」
「黙れ」
「あ、リリィとセシリアは殺すなって言ってるから。あんたのお姉ちゃんは助かるよ」
「黙れ」
「それとていりちゃんたちのことも殺さないよう言ってるから心配しなくて大丈夫だよ。生徒を守るのは先生の役目だからね」
「黙れ黙れ黙れ! キレてるの分かんねえのか!」
縦軸は作子の髪を掴んでその顔を睨みつけた。しかし作子は全く意に介さない。
「当ててやろうか。あんたの馬鹿みたいな量の魔力を目立たなくする道具をエーレに作ってもらったんだろ。顔に貼っついてるその札と違って実際に吸収して量減らすやつだ。
んでもってそいつをリリィに使った。1人になりたいのにあいつが鬱陶しく付きまとおうとしたからだ。当然リリィは魔力切れを起こして気絶。しばらく助けに来れない」
作子はニヤリと笑った。
「言っとくが魔法は使ってないぜ? あんたの思考もエーレ一家の家庭事情も、私はよぉく知ってんだ。あんたも薄々分かってるだろ。あの子に何が起きてるのか」
作子の髪を掴んでいた縦軸の手から、徐々に力が失われていく。段々乱暴でなくなってゆく。
縦軸は手を離して項垂れた。
作子はそんな彼を優しく包み込むように抱き寄せ、頭を優しく撫でた。
「分かるよ。あんたの気持ち。情が湧いたんだよね。だから死ぬのが悲しい。会えなくなるのが悲しい。生きてたらどんなに離れ離れになってもいつかまた会えるかもしれないけど、死んだらまた会う機会はやって来ない。それがたまらなく嫌なんだよね」
「やめろ……」
「安心して。連中が死んだって事実も、それを手助けしたっていうあんたの罪悪感も、全部私が忘れさせてあげる」
抵抗しようとしても、体に力が入らない。思うように動かせない。
「あんたの仕事は1つだけ。大人しく私に捕まること。黙って私についてくればいいの。それだけ」
作子から、逃れられない。しかし――
「ちょっといいかしら?」
キナの言葉が空気を破った。
「あの人ずっと猫と話してるんだけど。別の場所でゆっくり話そうって言って僕たちをここまで連れて来たのあの人だよな?」
「まあいいんじゃない? エーレがこっち来るの待ってもらうって言ってたし。ていうかエーレ足止めしてくれるなら私は何でもいい」
作子は酷く怯えた様子だった。さっき食べた串焼き肉をそのまま吐き戻してしまいそうなくらい顔色が悪い。
縦軸も流石に心配になってしまった。
「大丈夫そう?」
「一応……」
「作子ってエーレが苦手なのか?」
「ちょっとね。色々あんのよ」
「ふーん。ていうかあの人ってエーレと知り合いだったんだ。姉さんを襲った犯人って聞いてたんだけど」
「……」
仄かにエーレへの警戒心を強める縦軸に、作子は何も答えなかった。
キナはしばらく廃墟にやって来た野良猫に向かって話しかけていたが、やがて猫が帰っていくとようやく縦軸と作子に注意を向けた。
「おまたせー。エーレちゃんしばらく待ってくれるって」
「感謝するよ。ありがとうキナさん」
「いいのよこれぐらい」
空気が重くなる。キナが刀を握った。
「さて、本題に移りましょうか」
「縦軸の身柄だろ。悪いけど魔王側に渡す気は無い」
「その言葉そっくりそのままお返しするわ」
「喧嘩でもする気?」
相手は高い戦闘能力を有した人外だ。魔法も魔物も存在しない世界の平凡な英語教師が物理的に争って勝てる筈が無い。それなのに、縦軸の目に映る作子は死ぬ気も負ける気も微塵も無い様子だった。
「いや、喧嘩はできれば避けたいわ。彼はこちらで保護できなくてもあなたたちから逃がすことができればそれでいいって言われてる。身柄についてはその子自身に決めさせるなりジャンケンするなりで済ませましょう」
「じゃあ何しに来たのあんた?」
「監視役」
キナは刀を抜き、作子にその刃を向けた。
「あなたがタテジク君に変なことしないように、私があなたたちを見張ってる」
「そっか。了解」
その時、遠くで爆発音がした。
「え、何?」
「おーやってるねえ」
「あらあら。あなたのお仲間さん?」
キナの刀が作子の喉元に迫った。しかし作子は怯える様子も無く語り始める。
「縦軸、さっき話しただろ。私らはリリィの仲間を殺すつもりって。それがあれ。1人になった隙を突いて各個撃破してんのよ。取り敢えずリリィの父ちゃん、カールって小僧、イデシメちゃん、それとあのワンちゃんは死ぬかな」
明日の天気を話すように気軽な言い草だった。
「坊や、その人きっと本気よ」
キナに言われるまでもなく縦軸は信じた。縦軸自身にも原因は分からなかったが、この時作子が言ったことは嘘や冗談の類はではないと脳が覚えていたからだ。
そして同時に思い出した。イデシメも、カールも、別々にどこかへ出かけていたことを。おそらくリリィの親も同じだろう。作子の話が本当ならば、彼女の仲間には少なくともイデシメたちが3人と1匹がかりで挑んでも勝てなかったスライムとエルフの少年がいる。4対2で勝てなかった相手に、1対1で襲われたらどうなるか。
「不安要素はセシリアとリリィかな。空間魔法の転移で全員集められたら計画が台無しだから。セシリアの方にはロウソクが向かったっぽいからいいとして――」
作子が縦軸に目をやる。
「リリィは今どうしてんの?」
縦軸は顔を青くした。リリィは来ない。他でもない縦軸自身が魔力を吸収するための杭を彼女に使い、魔力切れで気絶させてしまったからだ。目が覚めるまでどれくらいかかるだろうか? おそらく自分よりも遥かに時間がかかるに違いない。
自分のせいで、助かる筈だった命が犠牲になってしまう。
「その様子じゃ来れないみたいだね。じゃあ安心だ」
「黙れ」
「あ、リリィとセシリアは殺すなって言ってるから。あんたのお姉ちゃんは助かるよ」
「黙れ」
「それとていりちゃんたちのことも殺さないよう言ってるから心配しなくて大丈夫だよ。生徒を守るのは先生の役目だからね」
「黙れ黙れ黙れ! キレてるの分かんねえのか!」
縦軸は作子の髪を掴んでその顔を睨みつけた。しかし作子は全く意に介さない。
「当ててやろうか。あんたの馬鹿みたいな量の魔力を目立たなくする道具をエーレに作ってもらったんだろ。顔に貼っついてるその札と違って実際に吸収して量減らすやつだ。
んでもってそいつをリリィに使った。1人になりたいのにあいつが鬱陶しく付きまとおうとしたからだ。当然リリィは魔力切れを起こして気絶。しばらく助けに来れない」
作子はニヤリと笑った。
「言っとくが魔法は使ってないぜ? あんたの思考もエーレ一家の家庭事情も、私はよぉく知ってんだ。あんたも薄々分かってるだろ。あの子に何が起きてるのか」
作子の髪を掴んでいた縦軸の手から、徐々に力が失われていく。段々乱暴でなくなってゆく。
縦軸は手を離して項垂れた。
作子はそんな彼を優しく包み込むように抱き寄せ、頭を優しく撫でた。
「分かるよ。あんたの気持ち。情が湧いたんだよね。だから死ぬのが悲しい。会えなくなるのが悲しい。生きてたらどんなに離れ離れになってもいつかまた会えるかもしれないけど、死んだらまた会う機会はやって来ない。それがたまらなく嫌なんだよね」
「やめろ……」
「安心して。連中が死んだって事実も、それを手助けしたっていうあんたの罪悪感も、全部私が忘れさせてあげる」
抵抗しようとしても、体に力が入らない。思うように動かせない。
「あんたの仕事は1つだけ。大人しく私に捕まること。黙って私についてくればいいの。それだけ」
作子から、逃れられない。しかし――
「ちょっといいかしら?」
キナの言葉が空気を破った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる