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第1章 民間伝承研究部編
転生遺族と少女の覚醒10
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「待て待て待て待て! 落ち着け十二乗!」
「そっちこそ覚悟決めなさい。逃げてたってどうにもならないわよ」
「逃げるわ! そんなの刺したら血ィ出るだろ!」
縦軸は壁際に追い込まれていた。顔に貼られた札のせいで視界はある程度塞がっているが、それでも刻一刻と少女との距離が詰まっていくのは分かった。
「大丈夫よ。見た目程痛くないってエーレも言ってたわ。それにそのお札じゃ限界があるらしいし、いい加減観念しなさい」
「でも……!」
「ディファレ、抑えて」
「ほいさ」
目にも止まらぬ速さで縦軸が地面に組み伏せられた。必死に抵抗を試みるものの、死にかけの虫のようにジタバタすることすら叶わない。
「お兄ちゃんってばダメだよ。ワタシ以外の人もいるのにかっこ悪い姿晒しちゃうなんて」
「ディファレ……おまっ」
「じゃあさっさと済ませちゃおうか。音ちゃん」
「あいよー」
「待て! まだ心の準備が……あ、あーーーーーーーっ!」
絶叫は家中に響き渡ったという。
「感触は、どう?」
「本当に痛くないね。不快感も無い。けど刺される瞬間はやっぱり怖いかな。せめて痛そうじゃない見た目に変えた方がいいと思う」
「うん。ありがとう」
用済みになった札をエーレに返しながら縦軸は改善点を告げた。
縦軸の首には金属の杭のような物が突き刺さっていた。杭の先からは長いコードのような物が伸びており、どこかの部屋へと続いている。杭の刺さった場所から血が出ている様子は無い。刺したというより埋め込んだという表現の方が自然にすら思える。
「僕の魔力が多すぎて目立つっていうのは分かるんだけど、これで吸った魔力ってどこに行ってるの?」
「街に、放出してる。害は無い」
「はあ。そう」
疑問も興味も無くなったので、縦軸はリリィと一緒に使うことになった彼女の部屋へと戻っていった。
「ちょっとディファレ、あんた本気なの?」
「本気だよー。やっぱり挨拶はしとかないとね」
「するにしたって虚か愛さんが行くべきでしょ。何で部外者の私らなのよ」
「酷いなー。ワタシは愛お姉ちゃんの妹だよ?」
「いや愛さんの弟の妹だけど……うん。妹か」
「そ。だからワタシが行くのは十分妥当ってわけ」
ディファレがリリィの両親の家に行くと言い出したのがほんの数分前のことだ。今まさに向かっている。挨拶をしたいと言う彼女にエーレが何も訊かず二つ返事で住所を教えた時、音は嫌な予感を察知した。故に彼女は今ディファレと行動を共にしている。
リリィの親がどんな人物なのかはディファレも音も知らない。より正確に言えば記憶に無い。彼らがイデシメやフェンリルのコヨと共に傷だらけでエーレの元へ帰還したのは確かだが、顔を合わせたり言葉を交わしたりした記憶は全く無かった。
「一応訊くけど、まさか会って早々喧嘩吹っかけようとか思ってないでしょうね」
「ワタシってそんな風に見えてるの?」
「ちょっと」
「ひっどいな。これでも微とお兄ちゃん想いの優しい妹キャラが売りのつもりだったんだけど」
「先輩と虚には優しいから余計心配なのよ」
何がなんでも愛を連れ戻す。それが縦軸の決断だった。それはたとえ愛自身が拒もうと変わらない。ていりたち民間伝承研究部の面々も彼に協力すると決めた。
故に音はディファレに危機感を抱いていた。彼女は微の半生を見届けている。縦軸が己の決意を示した時もきっと見ていた筈だ。そして彼女は兄である縦軸のことを大切に思っている。
仮にリリィの両親がリリィを連れて彼らの手の届かない場所へ去ろうとする縦軸の行動を拒絶した場合、ディファレが力づくで抵抗するであろうことは想像に難くなかった。
「とにかく喧嘩はダメ。いい?」
「オッケー。ていうか音ちゃん、そんなにワタシの世話焼いてくれるんだ」
「別にあんたの為だけってわけでもないけど」
「あはは、まあそうだよね」
「んーでも、あんたも先輩と一緒で友達だから、あんまり危ない目には遭って欲しくないかも」
「…………へえ」
ディファレの声色が変わったような気がした。音は彼女の方に視線を移すが、何故か音と同じ方向を向いて音が顔を見れないようにしていた。
「何よそっぽ向いて」
「なんでも」
「照れてんの?」
「んん、しょうがないでしょ。前世じゃ仕事とか家の用事が忙しくて友達なんて縁が無かったんだから」
「仕事か。ちなみに何してたかって訊いていい?」
ディファレがふと足を止めた。並んで歩いていた音は一瞬遅れて止まった。少しだけ音の方が前に出ている。
音はディファレの視線がまたしても進行方向とは異なるどこかに向けられているのに気がついた。適当に顔を逸らしていた先程とは違い、まさにそのただ1方向を漠然としながらも眺める理由があるような様子だった。
すぐ近くではない。どこか遠く離れた場所だ。彼女の意図を知るべく、音も彼女の見ている何かがあるであろう場所を見た。こちらが多少移動してもそれ自体はほとんど動いていないように見えるぐらい遠くに、いかにも王族が住んでいると言わんばかりの城が聳え立っていた。
「本当はね、王様やお姫様を側で守る仕事の筈だったんだよ」
「え……?」
「けどあんまりにも強かったから、いっぱい戦わされたんだ。それでいっぱい殺しちゃった」
「ディファレ」
「騎士になったって言ったらね、お兄ちゃんすごく喜んでくれたんだ。悪く言わないであげてね。いつもベッドの上に寝かせられて、常識を身につける機会に恵まれなかったら、誰だってお兄ちゃんみたく物語の主人公を思い浮かべちゃうよ」
「ねえ」
ディファレの顔が見えない。
「お兄ちゃんは大切。微も大切。音ちゃんも、ていりちゃんも、成ちゃんも、傾子さんと区分さんも、それに微の友達も。皆ワタシにとって大切な人だから、守ってあげたいって思っちゃう」
振り向いた。
「治らないもんだね。職業病って」
ディファレは一瞬笑顔を作ろうとして、結局悲しげな表情になった。
「ごめんね。こんな関係無い話しちゃって。仕事の愚痴吐ける相手なんて前世じゃほとんどいなかったから止まらなくて」
「私でいいならいくらでも聞くわよ。虚とか先輩とか、皆も聞いてくれそうだけど」
「あはは、確かに。たまには甘えてみてもいいかもね」
今度は笑った。作り笑顔ではない。音にも分かった。
「ところで音ちゃん」
「ん?」
「着いたよ。ほれ」
ディファレは1件の民家を指差していた。音には周りの家との違いは特に分からなかったが、そこの住人が誰なのかは凡そ察しがついた。
「よーっしゃ行くぞー!」
「あ、こら! 喧嘩行く直前みたいに肩ぐるんぐるんすんじゃないわよ! 不安になるでしょ! ねえ!」
「そっちこそ覚悟決めなさい。逃げてたってどうにもならないわよ」
「逃げるわ! そんなの刺したら血ィ出るだろ!」
縦軸は壁際に追い込まれていた。顔に貼られた札のせいで視界はある程度塞がっているが、それでも刻一刻と少女との距離が詰まっていくのは分かった。
「大丈夫よ。見た目程痛くないってエーレも言ってたわ。それにそのお札じゃ限界があるらしいし、いい加減観念しなさい」
「でも……!」
「ディファレ、抑えて」
「ほいさ」
目にも止まらぬ速さで縦軸が地面に組み伏せられた。必死に抵抗を試みるものの、死にかけの虫のようにジタバタすることすら叶わない。
「お兄ちゃんってばダメだよ。ワタシ以外の人もいるのにかっこ悪い姿晒しちゃうなんて」
「ディファレ……おまっ」
「じゃあさっさと済ませちゃおうか。音ちゃん」
「あいよー」
「待て! まだ心の準備が……あ、あーーーーーーーっ!」
絶叫は家中に響き渡ったという。
「感触は、どう?」
「本当に痛くないね。不快感も無い。けど刺される瞬間はやっぱり怖いかな。せめて痛そうじゃない見た目に変えた方がいいと思う」
「うん。ありがとう」
用済みになった札をエーレに返しながら縦軸は改善点を告げた。
縦軸の首には金属の杭のような物が突き刺さっていた。杭の先からは長いコードのような物が伸びており、どこかの部屋へと続いている。杭の刺さった場所から血が出ている様子は無い。刺したというより埋め込んだという表現の方が自然にすら思える。
「僕の魔力が多すぎて目立つっていうのは分かるんだけど、これで吸った魔力ってどこに行ってるの?」
「街に、放出してる。害は無い」
「はあ。そう」
疑問も興味も無くなったので、縦軸はリリィと一緒に使うことになった彼女の部屋へと戻っていった。
「ちょっとディファレ、あんた本気なの?」
「本気だよー。やっぱり挨拶はしとかないとね」
「するにしたって虚か愛さんが行くべきでしょ。何で部外者の私らなのよ」
「酷いなー。ワタシは愛お姉ちゃんの妹だよ?」
「いや愛さんの弟の妹だけど……うん。妹か」
「そ。だからワタシが行くのは十分妥当ってわけ」
ディファレがリリィの両親の家に行くと言い出したのがほんの数分前のことだ。今まさに向かっている。挨拶をしたいと言う彼女にエーレが何も訊かず二つ返事で住所を教えた時、音は嫌な予感を察知した。故に彼女は今ディファレと行動を共にしている。
リリィの親がどんな人物なのかはディファレも音も知らない。より正確に言えば記憶に無い。彼らがイデシメやフェンリルのコヨと共に傷だらけでエーレの元へ帰還したのは確かだが、顔を合わせたり言葉を交わしたりした記憶は全く無かった。
「一応訊くけど、まさか会って早々喧嘩吹っかけようとか思ってないでしょうね」
「ワタシってそんな風に見えてるの?」
「ちょっと」
「ひっどいな。これでも微とお兄ちゃん想いの優しい妹キャラが売りのつもりだったんだけど」
「先輩と虚には優しいから余計心配なのよ」
何がなんでも愛を連れ戻す。それが縦軸の決断だった。それはたとえ愛自身が拒もうと変わらない。ていりたち民間伝承研究部の面々も彼に協力すると決めた。
故に音はディファレに危機感を抱いていた。彼女は微の半生を見届けている。縦軸が己の決意を示した時もきっと見ていた筈だ。そして彼女は兄である縦軸のことを大切に思っている。
仮にリリィの両親がリリィを連れて彼らの手の届かない場所へ去ろうとする縦軸の行動を拒絶した場合、ディファレが力づくで抵抗するであろうことは想像に難くなかった。
「とにかく喧嘩はダメ。いい?」
「オッケー。ていうか音ちゃん、そんなにワタシの世話焼いてくれるんだ」
「別にあんたの為だけってわけでもないけど」
「あはは、まあそうだよね」
「んーでも、あんたも先輩と一緒で友達だから、あんまり危ない目には遭って欲しくないかも」
「…………へえ」
ディファレの声色が変わったような気がした。音は彼女の方に視線を移すが、何故か音と同じ方向を向いて音が顔を見れないようにしていた。
「何よそっぽ向いて」
「なんでも」
「照れてんの?」
「んん、しょうがないでしょ。前世じゃ仕事とか家の用事が忙しくて友達なんて縁が無かったんだから」
「仕事か。ちなみに何してたかって訊いていい?」
ディファレがふと足を止めた。並んで歩いていた音は一瞬遅れて止まった。少しだけ音の方が前に出ている。
音はディファレの視線がまたしても進行方向とは異なるどこかに向けられているのに気がついた。適当に顔を逸らしていた先程とは違い、まさにそのただ1方向を漠然としながらも眺める理由があるような様子だった。
すぐ近くではない。どこか遠く離れた場所だ。彼女の意図を知るべく、音も彼女の見ている何かがあるであろう場所を見た。こちらが多少移動してもそれ自体はほとんど動いていないように見えるぐらい遠くに、いかにも王族が住んでいると言わんばかりの城が聳え立っていた。
「本当はね、王様やお姫様を側で守る仕事の筈だったんだよ」
「え……?」
「けどあんまりにも強かったから、いっぱい戦わされたんだ。それでいっぱい殺しちゃった」
「ディファレ」
「騎士になったって言ったらね、お兄ちゃんすごく喜んでくれたんだ。悪く言わないであげてね。いつもベッドの上に寝かせられて、常識を身につける機会に恵まれなかったら、誰だってお兄ちゃんみたく物語の主人公を思い浮かべちゃうよ」
「ねえ」
ディファレの顔が見えない。
「お兄ちゃんは大切。微も大切。音ちゃんも、ていりちゃんも、成ちゃんも、傾子さんと区分さんも、それに微の友達も。皆ワタシにとって大切な人だから、守ってあげたいって思っちゃう」
振り向いた。
「治らないもんだね。職業病って」
ディファレは一瞬笑顔を作ろうとして、結局悲しげな表情になった。
「ごめんね。こんな関係無い話しちゃって。仕事の愚痴吐ける相手なんて前世じゃほとんどいなかったから止まらなくて」
「私でいいならいくらでも聞くわよ。虚とか先輩とか、皆も聞いてくれそうだけど」
「あはは、確かに。たまには甘えてみてもいいかもね」
今度は笑った。作り笑顔ではない。音にも分かった。
「ところで音ちゃん」
「ん?」
「着いたよ。ほれ」
ディファレは1件の民家を指差していた。音には周りの家との違いは特に分からなかったが、そこの住人が誰なのかは凡そ察しがついた。
「よーっしゃ行くぞー!」
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