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第1章 民間伝承研究部編
転生遺族と少女の覚醒4
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さて、どう動いたものか。
「覗いててすいませんでしたァー! 虚ォー! 何寝てんだゴラァー!」
十二乗さんは混乱しちゃってる。もちろん仕方のないことだしこんな状況で平然としてる私や積元先輩の方が普通じゃないんだけど。いや先輩は訳が分からないあまりぽかんとしてるだけか。それと十二乗さん、そんなに叩いても虚君はまだ起きないわよ。
「お、落ち着いて。その子の、スキルのことは、分かったから。その、お風呂とかは」
「絶っっっ対覗いてません! 1回リビング見ただけです! 住所知りたかったんです!」
「じゃあ、大丈夫だから。これ、飲んで、落ち着いて」
十二乗さんに土下座をされて困惑していた幽霊がどこからともなく紅茶を取り出した。十二乗さんはそれを受け取ると正座のまま借りてきた猫みたいに大人しく飲み始めた。
「落ち着く薬、入れた」
「それ合法なやつなんですか?」
「彼女が調合したのなら体に害は無いはずよ。私たちの世界に無い植物を使ってるかもだから私たちの国の法律で許されてる訳じゃないけど」
「三角あんた急にやたらと喋るわね。ていうか何で分かるのよ」
「首席だから」
「それ関係あるの……」
言葉は通じるみたい。確か異世界と私たちの世界の間で生まれ変わった場合は一から言語を覚えなくちゃいけないはずだけど。虚君の〈転生師〉で転移したからか。
とにかくまずは自己紹介しないと。エーレは人見知りだって話だし、私たちの方から名乗って話題も振ってあげた方が彼女だって助かる筈だ。
「初めましてエーレ。私は三角ていり。こっちで土下座してるのが十二乗音、そっちで突っ立ってるのが私と十二乗さんの先輩の積元微です」
「あんた紹介ちょっと雑じゃない?」
「こんにちはー」
「それとこの気絶してる人が虚縦軸。こちらに住んでる水色の髪の子の弟でエルフのクォーターの人を生まれ変わらせた張本人です」
「そっか。あ、僕エーレ。えっと、この子が、そうなんだ。リリィの」
「今はリリィさんっていうんですね」
「……うん。ケイコはリムノって名前」
愛さんがリリィさんで傾子さんはリムノさんか。覚えた。
「あ、それと虚君と先輩はこの世界からの転生者で前世ではルネとディファレという名前の兄妹でした。妹の人格は今の先輩の人格とは別に存在していて先輩はいわゆる二重人格です」
「うん。分かった」
「分かったの? すご」
「私たち虚君のスキルで転移してきたんですけど、そのせいで彼が魔力切れを起こしてしまったみたいなんです。子どもの頃からよくこうなってるらしいので今日中に目を覚ますと思います」
「え……うん。分かった」
やっぱりびっくりされたか。虚君やこの世界の人たちにとって魔力は精神と結びつきのある力だ。何度も何度も立て続けに魔力を切らしていては精神に影響する。仮にエーレが虚君の記憶を読んだなら、何故今まで発狂しないでいられたのか不思議に思うかもしれない。
「それと彼の本来の魔力は魔王が霞んで見えるレベルだと思ってください。今のうちに魔力を隠蔽する魔法をかけておくことをお勧めします」
「分かった」
エーレが指を鳴らした。きっと魔法を使ったのだろう。でも――
「終わったよ」
「それをダース単位で重ねがけしても怪しいくらいです。あなたと同等の魔術師なら魔力が強過ぎて吐くぐらいだと思います」
「そんなに……? じゃ、じゃあ、後で、お札貼っとく」
「ありがとうございます」
これで大丈夫か。街中に突然化け物みたいな量の魔力を持った人間が現れたら王都中がパニックになるかもしれない。虚君には悪いけど、少し不便な思いをしてもらおう。
「それと、とりあえず、お腹、空いてない? お昼、まだだから」
「ああ」
そういえばまだ食べてなかったな。ママの手料理がそろそろ恋しい。
「2人は?」
「お腹空いてる!」
「私もお言葉に甘えようかしら。どうせもう紅茶頂いちゃってるし」
「という訳でお願いします」
「うん。すぐ作るね」
エーレがもやのように姿を消した。台所ぐらい歩いて行かないのかな? いや、そもそも家全体に空間魔法をかけてて家の中なら歩いて行くよりずっと手間を省いて移動できるとか? それとも私たちに見えなくなっただけ? うーん……幽霊のこと全然知らないな。
「三角、虚運ぶの手伝って。そこのソファに寝かせましょ」
「縦軸君起きないね」
「時間の問題ですよ。さっきエーレに言った通り彼は昔からよくこうなってたそうですし」
「うん。じゃあ待つね。音ちゃん、私も運ぶよ」
「先輩は足速すぎて私が置いてかれるからナシ。三角!」
十二乗さんを手伝うとしよう。
彼女が手に持ってたティーカップはいつの間にか消えていた。きっとエーレが気づかないうちに回収していたのだろう。人と話すのは苦手と聞いていたけど、気遣いは苦手ではないみたいだ。
「せーので持ち上げましょう」
「オッケー」
「さんはい」
「フェイントかけんな!」
「冗談よ。せーの」
「ほんとに……」
私が「せーの」の「の」を口にしたその瞬間、先程まで部屋の中にいなかった人物が突如として出現した。玄関を通らずどこかから転移してきたらしい。さっきまで青空の下で干していたかのように乾いたコートの下からは雨水の滴る水色の髪が覗いており、眼鏡のレンズにも水滴がついている。そういえばさっきから外で雨の音がしている。さっきまで外に出ていて、コートには水気を飛ばす魔法かスキルでも使ったのだろう。
呆気に取られるという言葉を絵に描いたような顔だ。単に同郷の人間がこの世界にやって来たというだけでもこんな反応になるのかもしれないけど、きっと虚君のことを忘れていなかったのだろう。虚君だって彼女が最後に会った時よりずっと大きくなっているというのに、よく本人だと分かったものだ。
いや、リムノさんが教えたのか。リムノさんは虚君からお姉さんのことは聞いている筈だし、リリィさんに虚君のことを教えているに違いない。虚君はリムノさんに千里眼の力を与えたと言っていたから、リムノさんが何らかのきっかけで私たちの姿を見ればそれを聞いたリリィさんが私たちの元へ飛んでくる。
残るはリムノさんが気づく原因だ。これは簡単。〈転生師〉による転移で発生した魔力か、虚君が魔力を失う直前の彼本来の保有量の魔力を誰かが観測したのだろう。この家にはエーレがいることだし、彼女の元で修行を積んだ優秀な魔術師が他にいても不思議じゃない。その人がリムノさんに魔力の発生源を探すよう頼んだのなら辻褄が合う。
困ったな。弟の腕と脚を掴んでどこかへ運ぼうとしている見ず知らずの人とその仲間と思しき人の計3人。虚君と原前先生から聞いた限りだと彼女は虚君に負けず劣らずのブラコンだし多少過保護の要素が入っている可能性もある。
果たして彼女の目に私たちはどう見えるのか。弟の友達かせめて仲のいい知り合いと思ってくれたらいいんだけど。
……ん? 先輩がディファレに代わった?
「覗いててすいませんでしたァー! 虚ォー! 何寝てんだゴラァー!」
十二乗さんは混乱しちゃってる。もちろん仕方のないことだしこんな状況で平然としてる私や積元先輩の方が普通じゃないんだけど。いや先輩は訳が分からないあまりぽかんとしてるだけか。それと十二乗さん、そんなに叩いても虚君はまだ起きないわよ。
「お、落ち着いて。その子の、スキルのことは、分かったから。その、お風呂とかは」
「絶っっっ対覗いてません! 1回リビング見ただけです! 住所知りたかったんです!」
「じゃあ、大丈夫だから。これ、飲んで、落ち着いて」
十二乗さんに土下座をされて困惑していた幽霊がどこからともなく紅茶を取り出した。十二乗さんはそれを受け取ると正座のまま借りてきた猫みたいに大人しく飲み始めた。
「落ち着く薬、入れた」
「それ合法なやつなんですか?」
「彼女が調合したのなら体に害は無いはずよ。私たちの世界に無い植物を使ってるかもだから私たちの国の法律で許されてる訳じゃないけど」
「三角あんた急にやたらと喋るわね。ていうか何で分かるのよ」
「首席だから」
「それ関係あるの……」
言葉は通じるみたい。確か異世界と私たちの世界の間で生まれ変わった場合は一から言語を覚えなくちゃいけないはずだけど。虚君の〈転生師〉で転移したからか。
とにかくまずは自己紹介しないと。エーレは人見知りだって話だし、私たちの方から名乗って話題も振ってあげた方が彼女だって助かる筈だ。
「初めましてエーレ。私は三角ていり。こっちで土下座してるのが十二乗音、そっちで突っ立ってるのが私と十二乗さんの先輩の積元微です」
「あんた紹介ちょっと雑じゃない?」
「こんにちはー」
「それとこの気絶してる人が虚縦軸。こちらに住んでる水色の髪の子の弟でエルフのクォーターの人を生まれ変わらせた張本人です」
「そっか。あ、僕エーレ。えっと、この子が、そうなんだ。リリィの」
「今はリリィさんっていうんですね」
「……うん。ケイコはリムノって名前」
愛さんがリリィさんで傾子さんはリムノさんか。覚えた。
「あ、それと虚君と先輩はこの世界からの転生者で前世ではルネとディファレという名前の兄妹でした。妹の人格は今の先輩の人格とは別に存在していて先輩はいわゆる二重人格です」
「うん。分かった」
「分かったの? すご」
「私たち虚君のスキルで転移してきたんですけど、そのせいで彼が魔力切れを起こしてしまったみたいなんです。子どもの頃からよくこうなってるらしいので今日中に目を覚ますと思います」
「え……うん。分かった」
やっぱりびっくりされたか。虚君やこの世界の人たちにとって魔力は精神と結びつきのある力だ。何度も何度も立て続けに魔力を切らしていては精神に影響する。仮にエーレが虚君の記憶を読んだなら、何故今まで発狂しないでいられたのか不思議に思うかもしれない。
「それと彼の本来の魔力は魔王が霞んで見えるレベルだと思ってください。今のうちに魔力を隠蔽する魔法をかけておくことをお勧めします」
「分かった」
エーレが指を鳴らした。きっと魔法を使ったのだろう。でも――
「終わったよ」
「それをダース単位で重ねがけしても怪しいくらいです。あなたと同等の魔術師なら魔力が強過ぎて吐くぐらいだと思います」
「そんなに……? じゃ、じゃあ、後で、お札貼っとく」
「ありがとうございます」
これで大丈夫か。街中に突然化け物みたいな量の魔力を持った人間が現れたら王都中がパニックになるかもしれない。虚君には悪いけど、少し不便な思いをしてもらおう。
「それと、とりあえず、お腹、空いてない? お昼、まだだから」
「ああ」
そういえばまだ食べてなかったな。ママの手料理がそろそろ恋しい。
「2人は?」
「お腹空いてる!」
「私もお言葉に甘えようかしら。どうせもう紅茶頂いちゃってるし」
「という訳でお願いします」
「うん。すぐ作るね」
エーレがもやのように姿を消した。台所ぐらい歩いて行かないのかな? いや、そもそも家全体に空間魔法をかけてて家の中なら歩いて行くよりずっと手間を省いて移動できるとか? それとも私たちに見えなくなっただけ? うーん……幽霊のこと全然知らないな。
「三角、虚運ぶの手伝って。そこのソファに寝かせましょ」
「縦軸君起きないね」
「時間の問題ですよ。さっきエーレに言った通り彼は昔からよくこうなってたそうですし」
「うん。じゃあ待つね。音ちゃん、私も運ぶよ」
「先輩は足速すぎて私が置いてかれるからナシ。三角!」
十二乗さんを手伝うとしよう。
彼女が手に持ってたティーカップはいつの間にか消えていた。きっとエーレが気づかないうちに回収していたのだろう。人と話すのは苦手と聞いていたけど、気遣いは苦手ではないみたいだ。
「せーので持ち上げましょう」
「オッケー」
「さんはい」
「フェイントかけんな!」
「冗談よ。せーの」
「ほんとに……」
私が「せーの」の「の」を口にしたその瞬間、先程まで部屋の中にいなかった人物が突如として出現した。玄関を通らずどこかから転移してきたらしい。さっきまで青空の下で干していたかのように乾いたコートの下からは雨水の滴る水色の髪が覗いており、眼鏡のレンズにも水滴がついている。そういえばさっきから外で雨の音がしている。さっきまで外に出ていて、コートには水気を飛ばす魔法かスキルでも使ったのだろう。
呆気に取られるという言葉を絵に描いたような顔だ。単に同郷の人間がこの世界にやって来たというだけでもこんな反応になるのかもしれないけど、きっと虚君のことを忘れていなかったのだろう。虚君だって彼女が最後に会った時よりずっと大きくなっているというのに、よく本人だと分かったものだ。
いや、リムノさんが教えたのか。リムノさんは虚君からお姉さんのことは聞いている筈だし、リリィさんに虚君のことを教えているに違いない。虚君はリムノさんに千里眼の力を与えたと言っていたから、リムノさんが何らかのきっかけで私たちの姿を見ればそれを聞いたリリィさんが私たちの元へ飛んでくる。
残るはリムノさんが気づく原因だ。これは簡単。〈転生師〉による転移で発生した魔力か、虚君が魔力を失う直前の彼本来の保有量の魔力を誰かが観測したのだろう。この家にはエーレがいることだし、彼女の元で修行を積んだ優秀な魔術師が他にいても不思議じゃない。その人がリムノさんに魔力の発生源を探すよう頼んだのなら辻褄が合う。
困ったな。弟の腕と脚を掴んでどこかへ運ぼうとしている見ず知らずの人とその仲間と思しき人の計3人。虚君と原前先生から聞いた限りだと彼女は虚君に負けず劣らずのブラコンだし多少過保護の要素が入っている可能性もある。
果たして彼女の目に私たちはどう見えるのか。弟の友達かせめて仲のいい知り合いと思ってくれたらいいんだけど。
……ん? 先輩がディファレに代わった?
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