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第1章 民間伝承研究部編
転生遺族と少女の覚醒2
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ひどい雨です。風も強く、打ち付ける大粒は体温を奪うだけでなく当たるだけでも痛いかのようです。
今、王都西の外壁の上にいます。戦の際に敵を攻撃するために登れるようになっているのだとか。あまりにも雨風が酷いので、今朝方皆さんが着けてきたフード付きマントに〈乾燥〉と〈保温〉と〈視力強化〉のスキルを付与してしまいました。
「東西南北4方向にスライムの大群を確認。それぞれ30分で目視可能」
リムノさんの〈立体座標〉が押し寄せる波の姿を捉えました。雨のせいで視界は最悪ですが彼女のスキルのおかげで魔物たちの行動を正確に把握できます。
「リリィちゃん、伝達お願い」
「分かりました」
空間魔法で私が転移したのは、北の城壁を守る冒険者たちのところです。こちらに配属されたカール君が出迎えてくれました。
「リリィ、待ってたぜ。状況は?」
「スライムの大群が接近中。目視可能距離まであと30分」
「分かった。皆さん、戦闘準備です!」
「「「おう!」」」
「必要な物資はありますか? この後東と南にも向かいますが、その後なら補給に来れます」
「問題無い。また何かあったら頼む」
「了解です。私はこれで」
カール君に別れを告げ、再び転移。
今回の氾濫は王都の東西南北4方向からやってきました。戦闘が起きるのは王都の端。つまり各地点間で支援し合うにはあまりに距離が離れているのです。
そこで私、というより空間魔法を使える魔術師の出番です(尤も今王都内にいるのは私だけですが)。それぞれのポイントを回り、人や物資のやり取りを行うのです。〈無限格納〉が使える私なら家一軒だろうと身軽に運ぶことができますし。
ついでに情報の伝達も頼まれました。本当は魔術師の方々が風魔法で伝達をすれば済むのですが、どうせなら各地点を足で巡回している私に簡単で比較的緊急でないくらいの伝令なら任せてしまおうという魂胆らしいです。むしろ混乱しないのでしょうか。
何はともあれ私が王都中を忙しなく駆け巡ること30分、リムノさんの言った通り戦いの火蓋が切られました。
私はリムノさんと合流すべく西の城壁に戻ってきています。
「前方より魔物の大群を確認! スライム、推定2万匹が接近中!」
「何⁉︎ ︎何故スライムばかりがそんな大量に……いや、むしろ不幸中の幸いだ。お前ら、敵は2万とはいえ所詮は雑魚。範囲攻撃魔法で一気に仕留めるぞ!」
「「「了解!」」」
基本的に各地点で待ち構えているのは魔術師や弓使いなど遠距離戦を得意とする方たちです。剣士や格闘家など近接戦に長けた方たちは万が一敵に攻め込まれた場合の壁役、及び何割かは現在別の任務で出払っています。
ここの指揮を執っている魔術師さんの指示により、他の魔術師の人たちが詠唱を始めていきます。
「リムノ、悪いが詠唱が済むまで時間がかかりそうだ。あんたらでスライムどもの足止めを頼めるか?」
「任せて。リリィちゃん!」
「はい!」
その声を合図により私はヒノキの棒・魔杖を取り出し、リムノさんは矢を番ます。
「取り敢えず」
「前衛を少し削ります」
「魔術付与 炎魔法 爆発!」
リムノさんの矢が赤くそしてやがて白く染まっていきます。
矢は放たれ、目視できなくなるほどに小さくなっていきました。そしてそれが着弾すると、軽く数百匹はあるだろうスライムたちを炎と爆風で包み込んで行きました。まるで火山でも噴火したみたいです。
「な、なんて威力だ……」
「あらあら、驚くのはこれからよ?」
何故かリムノさんが私見て笑いました。そんなに期待されてるんですか。これは頑張らねば。
「スキル〈魔法伝導〉
空間魔法 不可出門!」
ヒノキの棒・魔杖の先に現れたのはさながら黒すらも超える無であり、全てを貪る羊です。
「うおりゃあああっっっっっ!!!」
160km/hの球でも打つかのように魔杖を振り下ろし、黒い球を投げつけました。
球は静かに、しかし決して遅く無い速さで飛んで行き、スライムたちの上空で静止したかと思うと一瞬で膨張しました。スライムの大群を飲み込んでしまうほどに。
崩れるように球が消滅したそこにはクレーターのような荒々しさすら無い、削れたのではなく減った地面だけが残っていました。
「お、おい、全滅してねえか?」
「もう私たち詠唱破棄してもいいんじゃ……」
「みんな、これがリリィちゃんよ」
「何で全員疲れたような顔してるんですか!」
「リリィちゃん、彼らは常識外れを見てるのよ。そう思えば良心的な反応だわ」
「ルビが酷いです!」
「――ってやってんだろうなあ」
私の置かれている状況を正確に推測しながらカール君は溜息をついていました。
「さてと、俺も仕事しなきゃな」
「おい若いの、カールっていったか?」
「はい」
「お前たちの噂は聞いてる。結構やるそうだな」
「はい。強いですよ、俺たち」
そう言ったカール君の目はいたって普段通りでした。目を輝かせるまでも無いほどの自身の現れ。しかしそれを傲慢にしてしまう程カール君は馬鹿ではありません。
「そうかそうか。それじゃあその実力をここで見せてみろ」
つまり目の前に迫る魔物たちを攻撃してみろということでしょう。
(リリィたちの評判、傷つけらんねえな)
「任せてください。いきます!
すぅ……魔術付与 水魔法 水弾、風魔法 韋駄天!」
二連続の詠唱、吹き荒れる暴風雨。それらが魔法を帯びていきます。
例えば、飛び込みという競技がありますがあれも上手くやるには気をつけないといけません。下手にやると体を打って怪我をするかもしれないからです。
何を言いたいかというと、水も案外硬くなるということです。液体の水を使ったカッターなんてのもありますし。
カール君の魔法もそれを利用しています。降り頻る雨粒を弾丸の如く打ち付ける魔法。風魔法で加速したことによりその威力は増していきます。
空から乱射される銃弾が魔物たちを撃ち抜いていきました。
「3割は削れたと思います。ていうか手答え的に軒並み雑魚ですね。スライムか何かでは?」
「すげえなおい……1年目でこれとか恐ろしいぜ」
「まあ、このくらいできないと」
(リリィたちの役に立てねえからな)
「おっしゃおめえら、第二波が来る前に全滅させるぞ!」
「「「おう!」」」
あれが起きたのはそのときでした。真っ先に反応したのはカール君です。
「ん?」
「どうした若いの」
「いえ、何でも」
丁度その時私が補給にやって来たのでした。
「カール君、西側の敵は殲滅できました。なので向こうの戦力をこちらに」
「リリィ」
「はい?」
耳を貸せという仕草です。何でしょうか。試しにコソコソ話をしてみましょう。
「どうしたんですか?」
「リムノさんに伝えてくれ。一瞬だけど街の中に巨大な魔力が出現したと」
巨大な魔力が出現したですって? つまり元々街の中にいなかった何者かが突然どこからともなく生えてきたと?
「分かりました。直ちに。空間魔法 転移」
仮に誰かがいたとしたら保護しなければ。戦闘に巻き込まれたら怪我をしています。
というわけで再び西門です。
「おかえりリリィちゃん。随分早いようだけど」
「リムノさん、頼みがあります」
「頼み?」
私はカール君から言われたことをそのまま伝えました。
「分かった。任せて。スキル発動――〈立体座標〉」
リムノさんの目がオッドアイへと変化しました。これで魔法の主の正体が分かるのもすぐに判明s……
「リリィちゃん」
とても深刻な顔です。〈立体座標〉を使った時にこんな顔になるのは、決まって彼女が何かとんでもないものを見た時です。特に悪い知らせを表す何かを。
「落ち着いて聞いてちょうだい」
衝撃の真実を告げる時の決まり文句。リムノさんがそれに続けて告げた事実は、前置き通りの衝撃の真実でした。
この時まできっと、私は忘れていたんです。リリィという少女が生きている今この時も、虚愛は決して死んでいないということに。
今、王都西の外壁の上にいます。戦の際に敵を攻撃するために登れるようになっているのだとか。あまりにも雨風が酷いので、今朝方皆さんが着けてきたフード付きマントに〈乾燥〉と〈保温〉と〈視力強化〉のスキルを付与してしまいました。
「東西南北4方向にスライムの大群を確認。それぞれ30分で目視可能」
リムノさんの〈立体座標〉が押し寄せる波の姿を捉えました。雨のせいで視界は最悪ですが彼女のスキルのおかげで魔物たちの行動を正確に把握できます。
「リリィちゃん、伝達お願い」
「分かりました」
空間魔法で私が転移したのは、北の城壁を守る冒険者たちのところです。こちらに配属されたカール君が出迎えてくれました。
「リリィ、待ってたぜ。状況は?」
「スライムの大群が接近中。目視可能距離まであと30分」
「分かった。皆さん、戦闘準備です!」
「「「おう!」」」
「必要な物資はありますか? この後東と南にも向かいますが、その後なら補給に来れます」
「問題無い。また何かあったら頼む」
「了解です。私はこれで」
カール君に別れを告げ、再び転移。
今回の氾濫は王都の東西南北4方向からやってきました。戦闘が起きるのは王都の端。つまり各地点間で支援し合うにはあまりに距離が離れているのです。
そこで私、というより空間魔法を使える魔術師の出番です(尤も今王都内にいるのは私だけですが)。それぞれのポイントを回り、人や物資のやり取りを行うのです。〈無限格納〉が使える私なら家一軒だろうと身軽に運ぶことができますし。
ついでに情報の伝達も頼まれました。本当は魔術師の方々が風魔法で伝達をすれば済むのですが、どうせなら各地点を足で巡回している私に簡単で比較的緊急でないくらいの伝令なら任せてしまおうという魂胆らしいです。むしろ混乱しないのでしょうか。
何はともあれ私が王都中を忙しなく駆け巡ること30分、リムノさんの言った通り戦いの火蓋が切られました。
私はリムノさんと合流すべく西の城壁に戻ってきています。
「前方より魔物の大群を確認! スライム、推定2万匹が接近中!」
「何⁉︎ ︎何故スライムばかりがそんな大量に……いや、むしろ不幸中の幸いだ。お前ら、敵は2万とはいえ所詮は雑魚。範囲攻撃魔法で一気に仕留めるぞ!」
「「「了解!」」」
基本的に各地点で待ち構えているのは魔術師や弓使いなど遠距離戦を得意とする方たちです。剣士や格闘家など近接戦に長けた方たちは万が一敵に攻め込まれた場合の壁役、及び何割かは現在別の任務で出払っています。
ここの指揮を執っている魔術師さんの指示により、他の魔術師の人たちが詠唱を始めていきます。
「リムノ、悪いが詠唱が済むまで時間がかかりそうだ。あんたらでスライムどもの足止めを頼めるか?」
「任せて。リリィちゃん!」
「はい!」
その声を合図により私はヒノキの棒・魔杖を取り出し、リムノさんは矢を番ます。
「取り敢えず」
「前衛を少し削ります」
「魔術付与 炎魔法 爆発!」
リムノさんの矢が赤くそしてやがて白く染まっていきます。
矢は放たれ、目視できなくなるほどに小さくなっていきました。そしてそれが着弾すると、軽く数百匹はあるだろうスライムたちを炎と爆風で包み込んで行きました。まるで火山でも噴火したみたいです。
「な、なんて威力だ……」
「あらあら、驚くのはこれからよ?」
何故かリムノさんが私見て笑いました。そんなに期待されてるんですか。これは頑張らねば。
「スキル〈魔法伝導〉
空間魔法 不可出門!」
ヒノキの棒・魔杖の先に現れたのはさながら黒すらも超える無であり、全てを貪る羊です。
「うおりゃあああっっっっっ!!!」
160km/hの球でも打つかのように魔杖を振り下ろし、黒い球を投げつけました。
球は静かに、しかし決して遅く無い速さで飛んで行き、スライムたちの上空で静止したかと思うと一瞬で膨張しました。スライムの大群を飲み込んでしまうほどに。
崩れるように球が消滅したそこにはクレーターのような荒々しさすら無い、削れたのではなく減った地面だけが残っていました。
「お、おい、全滅してねえか?」
「もう私たち詠唱破棄してもいいんじゃ……」
「みんな、これがリリィちゃんよ」
「何で全員疲れたような顔してるんですか!」
「リリィちゃん、彼らは常識外れを見てるのよ。そう思えば良心的な反応だわ」
「ルビが酷いです!」
「――ってやってんだろうなあ」
私の置かれている状況を正確に推測しながらカール君は溜息をついていました。
「さてと、俺も仕事しなきゃな」
「おい若いの、カールっていったか?」
「はい」
「お前たちの噂は聞いてる。結構やるそうだな」
「はい。強いですよ、俺たち」
そう言ったカール君の目はいたって普段通りでした。目を輝かせるまでも無いほどの自身の現れ。しかしそれを傲慢にしてしまう程カール君は馬鹿ではありません。
「そうかそうか。それじゃあその実力をここで見せてみろ」
つまり目の前に迫る魔物たちを攻撃してみろということでしょう。
(リリィたちの評判、傷つけらんねえな)
「任せてください。いきます!
すぅ……魔術付与 水魔法 水弾、風魔法 韋駄天!」
二連続の詠唱、吹き荒れる暴風雨。それらが魔法を帯びていきます。
例えば、飛び込みという競技がありますがあれも上手くやるには気をつけないといけません。下手にやると体を打って怪我をするかもしれないからです。
何を言いたいかというと、水も案外硬くなるということです。液体の水を使ったカッターなんてのもありますし。
カール君の魔法もそれを利用しています。降り頻る雨粒を弾丸の如く打ち付ける魔法。風魔法で加速したことによりその威力は増していきます。
空から乱射される銃弾が魔物たちを撃ち抜いていきました。
「3割は削れたと思います。ていうか手答え的に軒並み雑魚ですね。スライムか何かでは?」
「すげえなおい……1年目でこれとか恐ろしいぜ」
「まあ、このくらいできないと」
(リリィたちの役に立てねえからな)
「おっしゃおめえら、第二波が来る前に全滅させるぞ!」
「「「おう!」」」
あれが起きたのはそのときでした。真っ先に反応したのはカール君です。
「ん?」
「どうした若いの」
「いえ、何でも」
丁度その時私が補給にやって来たのでした。
「カール君、西側の敵は殲滅できました。なので向こうの戦力をこちらに」
「リリィ」
「はい?」
耳を貸せという仕草です。何でしょうか。試しにコソコソ話をしてみましょう。
「どうしたんですか?」
「リムノさんに伝えてくれ。一瞬だけど街の中に巨大な魔力が出現したと」
巨大な魔力が出現したですって? つまり元々街の中にいなかった何者かが突然どこからともなく生えてきたと?
「分かりました。直ちに。空間魔法 転移」
仮に誰かがいたとしたら保護しなければ。戦闘に巻き込まれたら怪我をしています。
というわけで再び西門です。
「おかえりリリィちゃん。随分早いようだけど」
「リムノさん、頼みがあります」
「頼み?」
私はカール君から言われたことをそのまま伝えました。
「分かった。任せて。スキル発動――〈立体座標〉」
リムノさんの目がオッドアイへと変化しました。これで魔法の主の正体が分かるのもすぐに判明s……
「リリィちゃん」
とても深刻な顔です。〈立体座標〉を使った時にこんな顔になるのは、決まって彼女が何かとんでもないものを見た時です。特に悪い知らせを表す何かを。
「落ち着いて聞いてちょうだい」
衝撃の真実を告げる時の決まり文句。リムノさんがそれに続けて告げた事実は、前置き通りの衝撃の真実でした。
この時まできっと、私は忘れていたんです。リリィという少女が生きている今この時も、虚愛は決して死んでいないということに。
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