転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第1章 民間伝承研究部編

観測少女の修学旅行7

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「んーーーっ! 可ん愛いーーッ!」
「作子、苦しい」

 生徒たちはそれぞれの朝食を取ってテーブルに着いていた。発生源の分からない雑談が場の喧騒という掴むことのできないものへと変化してゆく。その集合体を形作る彼ら彼女らは、揃って目を背けていた。小学生の少女を抱きしめて離さない自分たちの引率から。

「選んだの私だし似合うとは思ってたけどさ、まさか斯様な天使が降臨なさるたぁびっくりですよ! 私の中の可愛いランキングで質屋のCMに出てくる犬抜いたわこれ」
「あの犬なら最近地方の芸人に挿げ替えられたぞ」
「は?」

 硬直する教師とその隙をついて彼女の拘束から脱出している小学生。その傍ら、微はいつまでも箸が進まないでいた。

「ありゃ、あんたって少食だったっけ?」
「成が心配なんだろ。好きなように食べるのは心に余裕がある奴の特権だからな」
「やめなさいよ追い詰められてる人見た事あるぞと言わんばかりのそのセリフ」

 カンナと作子もそれぞれ自分の分の朝食を口に運び始める。
 2口程食べたところで、カンナが箸を止めて微に話しかけた。

「よほど応えたようだな」
「……分かる?」
「容易くな。無理はするなと
「へえ、分かるんだ」

 微が口の端を吊り上げる。

「君、さては賢いね?」
「そっちの主人格が馬鹿なだけだ。名前はあるか? それとさっき着替えを手伝わせたのは何だ?」
「名前はまだ秘密。今は『賢い方の微』とでも呼びなよ。着替えのやつはただの悪ふざけ。困らせてみたかったから」

 あまり賢そうには聞こえない仮名を設定した彼女は、カンナに向けて意地悪そうに笑って見せた。



 微のグループだけ別行動になるという計画は変更された。作子が成の捜索とカンナの世話を引き受け、微は生徒会の3人と共に行動することになったのだ。
 生徒達を複数の移動バスに乗せた結果、人数が他より少なくなった最後の1台の1番後ろにて、賢い方の微は幼馴染達に取り囲まれていた。

「訊くまでもないけどさ、ってもしかして嫌われてる?」
「これからのお前の発言次第だ」

 すぐ隣に座る指村しむらついが賢い方を睨みつけた。

「一応確認しとく。お前は微の別人格、即ち微は二重人格だったってことか?」
「そうだよ。君たちの前で出てくるのは初めてだけど」
「本人は知らないのかい?」

 次に口を開いたのは生徒会長の入江いりえげんだった。

「彼女のことだから、自分に別の人格が宿っていると知ったら嬉々として僕たちに紹介すると思うんだけど」
「お察しの通りあの子は知らないよ。もちろん傾子さんも知らない。ワタシ、普段は奥に控えてるから」

 賢い方はポケットから携帯電話を取り出し、自分や生徒会の面々の写真を撮り始めた。彼らと知り合った記念らしい。

「えへへ、よく撮れてる。これからよろしくね!」
「どうして出てきたんです?」
「あれ、君ってもっと空気読んで話す方じゃなかったっけ? 左位さくらいしるす君」

 引き続き携帯電話を触る賢い方。3人の目は見ていない。

「まあ理由ならそうだね、休ませるためかな」

 賢い方の手が止まった。

「君らも知っての通り、この子はなかなか辛い思いしてきたわけじゃん?」

 この子というのが普段の微を指している事、そして賢い方の言う『辛い思い』がいかなるものだったのか、対達にとっては訊ねるまでもなかった。この世界で最もよく知っていると言っても過言ではないかもしれない。

「それがこの1年、正確にはに会ってからびっくりするぐらい変わったんだよ。とってもとってもいい方向に」

 賢い方の言う通りだった。微が部長を務める民間伝承研究部の部員達、その中でも最古参の部員の1人である縦軸が与えた影響は計り知れなかった。微と同じくこの世界ではあり得ないとされるような能力を持ち、それが嘘や妄想でない事を対達にも証明してみせたのだ。
 それだけでなく彼女の母、積元せきもと傾子けいこが病気で亡くなった際には彼の力で傾子を別の世界に生まれ変わらせたと言っている。それが微にとってどれだけの救いで、どれだけ自分達には不可能な芸当なのか、幼い頃から微と一緒にいた彼らは彼らなりに理解しているつもりだった。

「あいつの言ってる事ならちゃんと信じてる。あたしらだって感謝してるんだ。傾子さんと微を救ってくれたことに」
「君らが感謝してるかとかどうでもいいんだよ。まあ兎に角さ、この子の後輩達がこの子にとってどれだけ大切かって話」

 賢い方の微はようやく顔を上げ、指村対の眼鏡越しにある目を覗いた。

「お別れしなきゃいけないと思ってた家族とまた会う機会を作ってくれて、ついでにギスギスしてた幼馴染達とも仲直りさせてくれたんだよ。7つの頃から10年続いてた苦しみをほんの一瞬も同然の内に消してくれた友達。そりゃあ大事にしすぎちゃうでしょ」
「……っ」

 対は言葉に詰まり、スカートを強く握りしめていた。記は沈んだ顔で俯き、弦は険しい顔で外の景色を見ていた。
 彼らは薄々ながら勘付いたのだ。もう辛い気持ちを押し殺さなくても笑えるようになったと思っていた幼馴染が、特定の人物に強く依存するようになっていたことに。そして彼らが彼女の周りにいないと、どうしようもなく不安定になってしまうということに。

「成ちゃんのことは後で何発か殴ってやりたいんだけどねー。微が嫌がりそうだしていりちゃんが怖いんだよねー。文句言うだけにしといてやるか」

 だが、そんな事はついでに明かされたに過ぎなかった。今の微が形作られたのは、10年もの間助けてもらえなかったから。厳密に言えば彼女のことを思いやる人間がいたとしても、決して彼女が望むだけの結果を与えられなかったからだ。
 密かに自覚するのと他人から指摘されるのは違った苦しさを持つ。そしてとっくに自覚していることを他人が遅れて指摘してくることは耐え難い苦痛と怒りを呼び起こす。もしかすると、自分が本来より低く評価されたかのように感じるからかもしれない。

「お前は……」
「微に心配してもらったくせに生意気な態度だったあの餓鬼は揶揄うだけにしてやったけど、成ちゃんはどんな風に叱れば反省する子なんだろ」

 何かを噛み殺すかのような震えた声が溢れる。賢い方はそんなの聞こえないとばかりに喋るのをやめない。

「いっそていりちゃんに訊いてみるか。あ、今授業中」
「お前はぁ!」

 対の叫び声がバスの中に木霊する。数人の生徒が後ろを振り返る。
 対が微の体を押し倒していた。微を挟んで反対側に座っていた弦が少し退いている。

「悪目立ちしそうで嫌なんだけど。あんまり見ないで欲しいな」

 振り返っていた生徒達が次々と前を向いた。

「で、君は何の用?」
「お前は! お前は何かしたのか!」
「というと?」
「あたしらだって頑張ったんだ! 異世界がどうのなんて妄想、やめさせようと必死だったんだ! 他に何ができる? あんな話、肯定して引き返せなくさせる方がよっぽど酷いだろ」

 今にも泣きそうだった。人には見せられないくらい顔を歪ませていた。物体が上から下へ落ちるように、彼女が吐き出した言葉も全てそのまま賢い方に降り注いでいるようだった。

「うるさいし邪魔」

 そんな彼女を賢い方の微は跳ね除けた。床にぶつかる直前、前の席で頭を打つ。
 対は立ち上がることもせず、打った頭を押さえながら声を殺して泣いていた。

「うっわ。すごい顔」

 賢い方の微も起き上がる事無く、横目で辛うじて対を視界に入れつつ携帯電話を触っていた。

「あ、やっと連絡来た」
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