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第1章 民間伝承研究部編
観測少女の修学旅行4
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ココアを飲み終わると、カンナは何も言わずに歩き出した。当然のようについて来る微。が、追い返す気にはならない。
駅と地続きな外に出る。雪が世界を白に塗り潰し、ここがまるで白昼夢の中かのように気持ちの悪い温かさを広げてくる……ということはなかった。十彩町は雪が滅多に降らないのだ。
「どうして追いかけて来た?」
「んーとね、走ってるのが見えたから。それで逃げてるっぽいなって思って」
「それだけ? 目的は?」
「もくてき……? 無いけど?」
カンナは驚いた。自分が今までで最もじっとりとした目つきになれたことに。
「じゃあ今度は私が質問するね。カンナちゃんってこの辺の子?」
「この辺とは? 具体的にどのくらいの範囲だ?」
「うーん……自転車で来れるぐらい」
「じゃあこの辺だ」
そう答えると、微の目が輝いた。齢10年のカンナには分かる。これは「楽しい」とか「嬉しい」とかの顔だ。
「I have a お願いがあります!」
「えっと、お願い? 何だ?」
「私ね、十彩町に初めて来たんだ。だから」
「案内か。別に構わない」
「本当⁉︎ やったー!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる微。その姿はカンナにとってはまるで、自分の同級生かそれより下の子がこの『お姉さん』の体を借りているかのようだった。
「あ、そうだ! 私の友達も呼んでいい?」
「あ、ああ。問題ない」
「さっすがカンナちゃん。ではでは、早速電話を」
微が携帯の画面をピコピコと押し、それを耳に当てる。
その直後――
「ねえねえ成ちゃ……」
「どこほっつき歩いとるんじゃいこのスットコドッコイヤー!」
思いっきり音漏れしていた。あまりに迫力ある怒鳴り声に、カンナも思わず体がびくんと反応してしまった。
「あ、先生。今どこ?」
「こっちのセリフだよそれはぁ! 何一瞬で姿眩ましてんの?」
「どやぁ」
「どやちゃうわ! せめて平方さんか私に一言入れるとか、もっとこう……あるだろ!」
電話越しに聞こえるため息。作子は出し切っていた。
「はあ、よく聞け」
やりとりが終わったのは、微が何度か「はーい」と返事をした頃だった。
「今の電話は?」
「友達の成ちゃん、のはずだったけど先生だった」
「そうか。で?」
「んとね――」
作子曰く、他の生徒や教師たちは既にホテルへ移動したとのことだった。微の扱いに慣れた作子と成だけが残ったらしい。
「というわけで、今から成ちゃんと先生の元へ行っちゃうのであります」
「なるほど。大体分かった」
カンナは知っていた。厄介ごとは慣れている者は押し付ける。自分は関わりたくない。そう思う人は少なくないと。
「行くぞ、微」
「あ、待ってよカンナちゃん!」
酷いものを見ませんように、そう願うカンナであった。
微は正座させられていた。
「何で私に説教されてるか分かるか?」
「ええっと……よく分かんないけど分かったぜ!」
「どっから出てきた熱血主人公! ったく、仕方ないからもっかい懇切丁寧に教えるぞ」
「ところで先輩」
「何?」
「この子、誰ですか?」
成の両手は1人の少女の肩に置かれていた。何故か腕を組み、脚を肩幅より少し広く広げて立つ少女の肩に。
「その子はカンナちゃん。さっき友達になったんだ」
「だそうですけど、そうなんですか?」
「友達になってくれと頼まれた覚えは無いが、まあ微がそう言うならそうなんだろ」
「ええ……」
成は困惑していた。子どもが少し目を離した隙にどこかへ行ってしまうというのはよくある話だ。しかし微は一味違った。どこかへ行き、小さな女の子を連れて帰って来たのだ。
「あのね、カンナちゃんはね、この町を案内してくれるんだよ」
「微に頼まれたので引き受けた。不満は無い」
「先輩、団体行動ってご存じですか? 私たちが何時にどこへ行くかはもう決まってるんですよ」
「えー、でも」
「でもじゃないです。最終日の自由行動ならまだしも、それまではこの子の出番無いですよ。そもそも今日はホテルに移動したらそれで終了ですし」
反論の余地も無い。微の提案が生き残る術はもう存在しないかのように思われた。
だが、その教師だけは諦めなかった。
「問題ニータカナッシングだよ、みんな!」
「「原前先生!」」
「微、こっちおいで」
「はーい!」
作子は微を引き寄せると、彼女の口元に自分の携帯電話わ近づけた。
作子の指がボタンの上を移動していく。
「微、私の言う通りにお願いするんだよ」
「うん。わかった」
着信音が終わり、声が聞こえだす。作子が微の耳元で囁き、微はその通りに話した。
「あたしらに任せろ」
指村対の心強い一言が聞こえたのは、それからすぐのことだった。
「カンナ、あんたは微と同室ね。他の部屋は埋まっちゃってるから」
「分かった」
「え! カンナちゃんと同じ部屋⁉︎ やったー!」
ちょうどの時間にバスがあったことは、微たちにとってその日1番の幸運だったと言えるだろう。しかも微たちが元々泊まる予定だったホテルのすぐ近くまで行くときた。
しかしそんなバスの中、1人浮かない顔の人物がいた。
「3人とも、盛り上がってるところ申し訳ありませんが」
「わたしを含むな」
「この子、絶対親御さんが探してますよ。このままじゃ私たち誘拐犯ですからね?」
成は前の席から顔を覗かせながら訊ねた。流石に警察沙汰はまずい。生徒会が介入するとしても一筋縄では済まなくなる。
しかし当のカンナ本人はどこ吹く風だ。バスの窓辺に肘を突き、拳の上に顎を乗せて窓の外を眺めている。おまけにこう言ってのけた。まるで大人が子ども扱うかのように。
「成だったな。その心配ならしなくていいぞ」
「それは何故でしょうか」
カンナは成にこう返した。
「生まれてからの10年間、わたしは一度たりとも母に愛されなかったからだ」
まるで自慢でもするかのように。
駅と地続きな外に出る。雪が世界を白に塗り潰し、ここがまるで白昼夢の中かのように気持ちの悪い温かさを広げてくる……ということはなかった。十彩町は雪が滅多に降らないのだ。
「どうして追いかけて来た?」
「んーとね、走ってるのが見えたから。それで逃げてるっぽいなって思って」
「それだけ? 目的は?」
「もくてき……? 無いけど?」
カンナは驚いた。自分が今までで最もじっとりとした目つきになれたことに。
「じゃあ今度は私が質問するね。カンナちゃんってこの辺の子?」
「この辺とは? 具体的にどのくらいの範囲だ?」
「うーん……自転車で来れるぐらい」
「じゃあこの辺だ」
そう答えると、微の目が輝いた。齢10年のカンナには分かる。これは「楽しい」とか「嬉しい」とかの顔だ。
「I have a お願いがあります!」
「えっと、お願い? 何だ?」
「私ね、十彩町に初めて来たんだ。だから」
「案内か。別に構わない」
「本当⁉︎ やったー!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる微。その姿はカンナにとってはまるで、自分の同級生かそれより下の子がこの『お姉さん』の体を借りているかのようだった。
「あ、そうだ! 私の友達も呼んでいい?」
「あ、ああ。問題ない」
「さっすがカンナちゃん。ではでは、早速電話を」
微が携帯の画面をピコピコと押し、それを耳に当てる。
その直後――
「ねえねえ成ちゃ……」
「どこほっつき歩いとるんじゃいこのスットコドッコイヤー!」
思いっきり音漏れしていた。あまりに迫力ある怒鳴り声に、カンナも思わず体がびくんと反応してしまった。
「あ、先生。今どこ?」
「こっちのセリフだよそれはぁ! 何一瞬で姿眩ましてんの?」
「どやぁ」
「どやちゃうわ! せめて平方さんか私に一言入れるとか、もっとこう……あるだろ!」
電話越しに聞こえるため息。作子は出し切っていた。
「はあ、よく聞け」
やりとりが終わったのは、微が何度か「はーい」と返事をした頃だった。
「今の電話は?」
「友達の成ちゃん、のはずだったけど先生だった」
「そうか。で?」
「んとね――」
作子曰く、他の生徒や教師たちは既にホテルへ移動したとのことだった。微の扱いに慣れた作子と成だけが残ったらしい。
「というわけで、今から成ちゃんと先生の元へ行っちゃうのであります」
「なるほど。大体分かった」
カンナは知っていた。厄介ごとは慣れている者は押し付ける。自分は関わりたくない。そう思う人は少なくないと。
「行くぞ、微」
「あ、待ってよカンナちゃん!」
酷いものを見ませんように、そう願うカンナであった。
微は正座させられていた。
「何で私に説教されてるか分かるか?」
「ええっと……よく分かんないけど分かったぜ!」
「どっから出てきた熱血主人公! ったく、仕方ないからもっかい懇切丁寧に教えるぞ」
「ところで先輩」
「何?」
「この子、誰ですか?」
成の両手は1人の少女の肩に置かれていた。何故か腕を組み、脚を肩幅より少し広く広げて立つ少女の肩に。
「その子はカンナちゃん。さっき友達になったんだ」
「だそうですけど、そうなんですか?」
「友達になってくれと頼まれた覚えは無いが、まあ微がそう言うならそうなんだろ」
「ええ……」
成は困惑していた。子どもが少し目を離した隙にどこかへ行ってしまうというのはよくある話だ。しかし微は一味違った。どこかへ行き、小さな女の子を連れて帰って来たのだ。
「あのね、カンナちゃんはね、この町を案内してくれるんだよ」
「微に頼まれたので引き受けた。不満は無い」
「先輩、団体行動ってご存じですか? 私たちが何時にどこへ行くかはもう決まってるんですよ」
「えー、でも」
「でもじゃないです。最終日の自由行動ならまだしも、それまではこの子の出番無いですよ。そもそも今日はホテルに移動したらそれで終了ですし」
反論の余地も無い。微の提案が生き残る術はもう存在しないかのように思われた。
だが、その教師だけは諦めなかった。
「問題ニータカナッシングだよ、みんな!」
「「原前先生!」」
「微、こっちおいで」
「はーい!」
作子は微を引き寄せると、彼女の口元に自分の携帯電話わ近づけた。
作子の指がボタンの上を移動していく。
「微、私の言う通りにお願いするんだよ」
「うん。わかった」
着信音が終わり、声が聞こえだす。作子が微の耳元で囁き、微はその通りに話した。
「あたしらに任せろ」
指村対の心強い一言が聞こえたのは、それからすぐのことだった。
「カンナ、あんたは微と同室ね。他の部屋は埋まっちゃってるから」
「分かった」
「え! カンナちゃんと同じ部屋⁉︎ やったー!」
ちょうどの時間にバスがあったことは、微たちにとってその日1番の幸運だったと言えるだろう。しかも微たちが元々泊まる予定だったホテルのすぐ近くまで行くときた。
しかしそんなバスの中、1人浮かない顔の人物がいた。
「3人とも、盛り上がってるところ申し訳ありませんが」
「わたしを含むな」
「この子、絶対親御さんが探してますよ。このままじゃ私たち誘拐犯ですからね?」
成は前の席から顔を覗かせながら訊ねた。流石に警察沙汰はまずい。生徒会が介入するとしても一筋縄では済まなくなる。
しかし当のカンナ本人はどこ吹く風だ。バスの窓辺に肘を突き、拳の上に顎を乗せて窓の外を眺めている。おまけにこう言ってのけた。まるで大人が子ども扱うかのように。
「成だったな。その心配ならしなくていいぞ」
「それは何故でしょうか」
カンナは成にこう返した。
「生まれてからの10年間、わたしは一度たりとも母に愛されなかったからだ」
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