転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第1章 民間伝承研究部編

観測少女の修学旅行2

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 修学旅行生の朝は早い。人智を超える程の早朝に駅(場合によっては空港)に集合させられ、先生の話が始まるまで仲のいい者たち同士で戯れることもある。

「えへへ。おはよう、成ちゃん!」
「ふわぁ、おふぁようございまふせんふぁい。朝からお元気れふね」

 成は微に肩を貸されていた。足元がおぼつかない。早朝だというのに、未成年だというのに、その姿はさながら飲み過ぎた上司と介抱する部下である。

「成ちゃん、朝苦手?」
「いえ。お姉様と4泊5日別行動というのが中々堪えまして」
「滑舌復活したね」
「ですがご安心ください。私はこのくらいで、くっ……」

 成の気力は限界を迎えていた。もはや立っているだけで奇跡、生まれたての子鹿の力をその身に宿したかのようである。
 しかし、彼女はまだ終わらない。それを告げるかのように彼女の端末が電話の訪れを告げた。

「おはようございますお姉様! はい、成は元気いっぱいです! ええ、心得ました。それではご機嫌よう。お土産買ってきます」

 成は全回復した。微はわくわくが増し、目の輝きが強くなった。

「先程はお見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした。ここからは楽しんでいきましょう!」
「押忍! 早速駅弁を買わせてもらっちゃってやろうではありませんか!」
「日本語が怪しいですよ」

 駅には微の同級生である2年生らが集まり始めている。彼らは「何やら可愛い声の子がいる」とざわつき始め、隣の積元微に振り回されていないと気づくや否や只者ではないと察した。当事者の2人の内、それを知っていたのは成だけだった。



 外の景色が音を立てるかのように流れていく。
 微の同級生らは寝ているか雑談にいそしむか、外の景色を眺めているのが大半だ。
 成だって本当は流れ去る外を頬杖をつきながら眺めていたかった。が、しかし彼女は今通路側にいる。窓側はいつも世話になっている部長に譲ったからだ。

「はあ……もしかして新幹線初めてですか?」
「……」
「いや、失礼。話しかけるべきではありませんでしたね」
「……」
「いいですよ、気にしなくて。吐きそうになったら言ってください」

 隣の席の微は口を押さえてうずくまっている。ていりたちに比べると付き合いは少し浅い成だが、こんなに弱っている微を見るのは自分が初めてに違いないと確信していた。

(しっかし暇だなあ。お姉様成分が足りない。いや、それに加えて――)

 微が静か。その違和感が大きかった。
 普段の部室では大抵微が何かしら騒ぎ、縦軸とていりが捌いている。2人に対しては音が適宜ツッコミを入れている。
 まるでどうでもいい解説のようだが、つまり退屈できないような仕組みが自然と作られているということだ。

 民間伝承研究部――隣で数日前の産物が舞い戻りそうになっている少女が立ち上げたこの不思議な部活はいい集団だ。間違いなく。
 縦軸と微には再会という目的がある。ていりは言うまでもない。音は行方不明の従姉妹を捜すのに縦軸らの力を、そして音は――


「お母さんの力?」
「そ。虚が先輩のお母さんに授けたんでしょ? 人探しの力。お姉さん捜してもらうために。それが要るのよ」
「うん。何で?」
「い・と・こ! さ・が・す! お分かり?」
「おお……! お分かりであります!」


あわよくば異世界の人々が持つ異能を借りたい。あの一件の後、本人が決めて告げたことだ。

 では自分は何だ?

 いや、答えなんて簡単。ていりを助けたいから……そのはずだ。断じて彼女を怒らせると怖いからではない。自分は三角ていりを助けたい者だと、本能的に演じているからではない。決して……

「いや、考えすぎか。私ったら何やってんだろ」
「……?」
「ああ、いえ。こっちの話です。先輩は気にしないでください。それよりほら、大人しくしてないと嘔吐かえりますよ」

 微は再び大人しくなった。
 その丸まった背中を眺めながら、こっそりため息を吐く。どうやら自分も疲れているらしい。
 吐き気と折り合いをつけ続ける微と心がくたびれた成。そんな2人を乗せて、列車はまだ始まったばかりの旅を進めていた。



 鳩高は休み時間を迎えていた。

「ねえ三角さん」
「ん? どうしたの虚君」
「何で平方さんを同行させたの? 先輩に」

 例の「翻訳」ノートに何やら書き込んでいたていりはその手を止め、天井を眺めてしばし黙り込んだ。

「……」

 ゆっくりと口を開き、音声を発する。

「ちょっと見てきてほしいものがあったの」
「見てきてほしいもの?」
「ええ」

 ていりは取り出した携帯をポチポチといじり、縦軸に1枚の写真を示した。

「全国三大しょんぼり名所の橋。そのうち行ってみたいから下見にね」
「そんなこと⁉︎ 下見って……」
「大丈夫。いつか私が実際に行けば無駄にならないわ」
「そういう問題じゃないでしょ」

 何か予想外なことをしても取り敢えず説得力がある。きっと何か意図があると。そう思い込めるほどに、信じられるほどに仲のいい縦軸だからこそ疑うことはなかった。

「ちょっとお手洗い」
「あ、うん」

 適当に理由をつけて廊下に出た。縦軸がこっそり後ろをついて来ていないかの確認などするまでもなく、ていりは電話をかけた。

「私。うん、予定通りお願い。頑張って」

 簡潔な電話を終え、廊下の喧騒にあっさり溶ける声で呟いた。

「後はお願いね、成」
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