転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第1章 民間伝承研究部編

観測少女の修学旅行1

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 衣替えからしばらく経った。毎朝布団から出るのに不屈の精神が必要になり、登下校時にマフラーと手袋が欠かせない。
 毎朝音を起こすのにも苦労が絶えなくなった。最近では好きな音楽を爆音で流しても起きないことがあるのだ。そんな時は仕方ないので、母にお玉とフライパン(使用中だったら鍋)を借りて「朝ごはんできたぞー」とカンカン鳴らしている。ただしこれをやった時は大体機嫌が悪くなる。

 縦軸がいつも通り着替えを済ませて音の部屋の前に立つ。アラームを音量最大にセットして音の部屋へと投げ入れた。

「今日は起きるかな……」

 半ばおみくじ感覚でやっていることに何故か罪悪感を覚える縦軸。
 アラームが爆音で鳴り響いた直後、停止した。ドアの前で待っていると、少し寝癖のついた音が半開きの目を擦りながらスマホを返してきた。

「ありがとう」
「ん。朝ごはんもうすぐできるから。早く降りてこいよ」
「ねえ」

 立ち去ろうとしたところで呼び止められる。

「何かあった?」

 機嫌の悪そうな顔のままそう訊ねる音。

「顔色、死にそうよ」
「え?」

 恐ろしく勘のいい十二乗音。いや、彼女の言う通り縦軸の顔色が著しく悪いのだ。寝起きで回転が鈍りに鈍った脳でも分かる程に。

「……酷い夢を見た」
「ふうん……よくあるの?」
「いや、前に1回だけ。多分異世界絡み」
「あっそ」

 それだけ言うと音はドアを閉めた。ここで無闇にドアを開ければ蹴られて殴られることは知っている。触らぬ神に祟りなしと、縦軸は1階に降りて行った。



「おーし皆席につけー」

 物理の函田がHRホームルームの始まりを告げる。どうせ大したこともなくこの時間は過ぎていく。縦軸はもちろんていりでさえそう考えていた。
 だが、この日は少し違った。

「函田先生、ちょっといいですか?」
「お? どうした指村?」

 生徒会副会長指村対――校内屈指の権力を持つ人間の1人。そんな彼女が何故か1年の教室にやって来ていた。
 約2名、彼女が自分に用があると察した。

「突然すみません。虚と三角を借りても?」
「ああ、いいぞ。虚、三角」

 大したことが起きる間も無く、縦軸とていりは対に連行されていった。



「さあて、説明させてもらおうか」

 ここは生徒会室。圧迫面接で相手を吐かせようとしているかのように対は縦軸とていりを睨みつけていた。

「そういうのって普通こっちが言うセリフじゃ……」
「黙ってろ虚。三角ていりはともかくこの場でてめえに口答えは認めねえ」
「残念だったわね虚君」
「受け入れないで三角さん!」

 ここ最近の生徒会の縦軸への当たりはますます強まっていた。無論生徒会とて縦軸と一緒にいる微の楽しそうな顔を見ていると現状を受け入れざるを得なくなる。だが彼らも人の子。微の話題の中に必ず「縦軸君」という言葉が入っているのにムッとするのだ。

「本題に入る前に1つ訊かせてくれ。虚、傾子さんとお姉さんの様子はどうだ?」
「元気そうですよ。仲良くやってるみたいです」
「そうか」

 ほんの一瞬、縦軸には対の表情が柔らかくなったように見えた。本当に優しい顔になっていたことに気づいたのはていりだけらしい。

「ま、あたしらが異世界あっちのことをとやかく言ってもしゃーねーか。それじゃあ本題だ」

 対はどこからともなく数枚の紙束を取り出した。

「今年の修学旅行のスケジュールだ」
「ああ、今年から2年が行くようになったんでしたっけ?」
「そうだ。去年までは1年が行ってたんだけどな」

 対が縦軸の意見を肯定する。そういえば何故そんな変更があったのか――縦軸がふと頭に浮かんだ疑問を口にするより前にていりがそれに答えた。

「行く予定だった場所でテロリストが事件を起こしたのよ。先輩たちが出発する直前に」
「何だ三角、知ってたのか」
「首席なので」
「それ関係あるのか……と、それはさておき」

 対は紙をペラペラとめくりながら話を始めた。

「三角、許可が降りたぞ、例の件」
「そうですか。ありがとうございます」

 縦軸は例の件とやらが何かを訊こうとしたが、またもていりがそれを見越した。

「修学旅行のことでちょっと生徒会に相談してたのよ」
「三角さんは人の心でも読んでるの? それともタイムリープ経験者?」
「相手が何を言いたいかを読み尽くす。面接の基本よ」
「何で僕を面接官としてるのさ? ていうか必要最低限の能力と誰でも持ってる能力がイコールとは限らないし、そもそも三角さんだってどちらかというと相手を自分の方へ歩み寄らせるタイプだよね?」
「ツッコミが長いわね」
「何故かセリフに既視感!」

「おい、あたしを置いていくな」

「「あっ」」

 対は会話の主導権を取り戻した。ついでにていりから生徒会へ持ち込まれた『頼み』の詳細を縦軸に告げた。

「積元先輩に同行?」
「そうだ。民研おまえらの中から1人、微と一緒に行かせてやってほしいってな」
「いいんですか?」
「抜ける授業の分は既に濃いめのレポートもらってるし、何より微が喜んでくれるからな」
「なるほど。それで誰が一緒に――」

 その時、大して不思議でもないことが起きた。申し訳程度に生徒会室のドアがノックされ、対が「入れ」と言う時間すらも置き去った1人の少女が入ってきたのだ。

「お姉様! 呼ばれた訳ではありませんが空気を読んで来ちゃいました」
「ふふ、素敵なタイミングよ。成」

 一度聞いたら忘れられない声の少女は、ていりが褒めてくれたことに目を輝かせた。
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