99 / 126
第1章 民間伝承研究部編
転生遺族の邂逅5
しおりを挟む
「またか」
久しぶりの明晰夢だった。以前は自分そっくりの何者かが現れたが、今回は縦軸に助言を与える人物は不在らしい。
「ていうかここ、鳩高だよな?」
縦軸はどこかの廊下に立ち尽くしていた。まるで授業中のように物静かだ。いや、授業中よりと言うべきかもしれない。何故なら教室には授業を聞いている生徒も、寝ている生徒を叱る教師もいないのだから。
「1―1、あいつのクラスか。じゃあ7組があっちで部室はこっち……」
「縦軸くーん! おーい!」
縦軸は訂正した。『誰もいない』は偽である。∅は否定された。あまりにもよく知った人物によって。
「先輩? 何でこんなところに?」
「自主規制バージョンです! ネタバレ防止も兼ねております! いきなり本物そっくりを出しちゃうと刺激が強いからね」
「…………は?」
微の発言は何かをぼやかしているようだった。この光景は何かの刺激を緩和している。自分が見ても耐えられるように。尤もそれ以外には何も分からないが。
「それより縦軸君こそこんなところで何してるのさ。ていりちゃんも成ちゃんももう集まってるんだよ」
「そ、そうですか」
「縦軸君も早く部室行こ! さあさあ!」
「ちょ、わっ⁉︎」
微が縦軸の手を引いて走りだす。あまり足の速くない縦軸はつい動きが止まってしまい、そのまま転んでしまった。
「痛たたた」
「大丈夫? 怪我してない?」
微が縦軸へ手を差し伸べた。まるでつまづいて転んだ姫へ騎士がそうするように。
「ありがとうございます。怪我はしてま――」
「チッ」
引っ張られ、腹に衝撃。僅かな時間を空けて激痛。
力点は微の膝だった。要するに蹴られていた。
「ガハッ!」
縦軸は腹を押さえ込んで倒れた。目の前には微が立ちはだかっている。普段の微からは想像もできない、死んだような、親の仇でも見るような目つき。縦軸はそれが怖かった。
「せ、先輩、何を」
「……」
微は一言も発さないまま縦軸に近づき、倒れている縦軸を蹴りつけた。何度も何度も何度も。
夢の中だとは分かっている。この痛みは現実ではない。何も怖くない。理論上はそのはず。しかし痛覚は、せかいに発生していないはずの現実は、縦軸の脳にじわりじわりと染み込んでいく。
縦軸は訳が分からなかった。何故自分はこんな目に遭っているのか。何故微がこんなことをしているのか。一体この光景は何を隠しているのか。
「ゲホッ、ゴホッ、せ、せんぱい……」
「……」
蹴りが止んだ。
「先輩……どうして……」
「ただの仕返しだよ」
「し、仕返し?」
「喜びなよ。特別にこれでおあいこにしてあげるんだから。ほら、立って」
無理矢理手を引っ張られ立たされる。微の吐息がかかりそうなほど近くまで引き寄せられると、今まで無表情だった彼女は優しく微笑んだ。
「分からないことだらけだろうね。今は」
「ええ、まあ」
「それでいい、というかそれがいいんだよ。念のため程度の対策だけどね」
「そうですか」
どうやらこの積元微らしき何者かはこれ以上自分に情報を教えるつもりは無いらしい。縦軸とてそう都合よくはいかないと知っている。
「『これ』はまた発生するから、気長に待ってて」
縦軸はそれを受け入れた。
「はい」
「おっと、そろそろ時間だな。じゃあ」
微はそっと縦軸を放し、彼に背を向けた。
「さようなら。また会えると思うから」
その時はよろしくね、――――
そのとき彼女が自分を何と呼んだのか、それだけは縦軸の頭から抜け落ちていた。
そしてそんなことを気にする間も無く、微は倒れた。
「っ! 先輩!」
縦軸は微に駆け寄ったが、その目に映ったのは体外に溢れてはならないはずの赤い液体だった。腹をぐちゃぐちゃに抉られた積元微の肉体だった。
「し、死んでる? 待てよ、どういうことだよ。誰に刺されたんだ。先輩! 先輩!」
既に瞳から光を失った微の顔を自分に向け、縦軸は腹の底から彼女を呼んだ。
すると、まるでそれに呼応したかのように微の頭が弾け飛んだ。縦軸がその肉片と血を浴びたのは言うまでもない。
「ヒィッ! あ、ああ……」
意味のある言葉を発することも口を閉じることできず、ただ怯える縦軸。
彼の顔を伝った微の血が口へ入り込む。舌に触れる。
――新鮮でない。そんな感想が頭に浮かんだ。
「アアアアアア!!!!!」
夢とはいえ強烈すぎた。既にそんな季節は去ったというのに、体中から汗が噴き出している。
「ハァ、ハァ、何なんだよあれ」
窓には結露ができている。あまりにも理不尽で唐突な微の死はそれとよく似ていた。
久しぶりの明晰夢だった。以前は自分そっくりの何者かが現れたが、今回は縦軸に助言を与える人物は不在らしい。
「ていうかここ、鳩高だよな?」
縦軸はどこかの廊下に立ち尽くしていた。まるで授業中のように物静かだ。いや、授業中よりと言うべきかもしれない。何故なら教室には授業を聞いている生徒も、寝ている生徒を叱る教師もいないのだから。
「1―1、あいつのクラスか。じゃあ7組があっちで部室はこっち……」
「縦軸くーん! おーい!」
縦軸は訂正した。『誰もいない』は偽である。∅は否定された。あまりにもよく知った人物によって。
「先輩? 何でこんなところに?」
「自主規制バージョンです! ネタバレ防止も兼ねております! いきなり本物そっくりを出しちゃうと刺激が強いからね」
「…………は?」
微の発言は何かをぼやかしているようだった。この光景は何かの刺激を緩和している。自分が見ても耐えられるように。尤もそれ以外には何も分からないが。
「それより縦軸君こそこんなところで何してるのさ。ていりちゃんも成ちゃんももう集まってるんだよ」
「そ、そうですか」
「縦軸君も早く部室行こ! さあさあ!」
「ちょ、わっ⁉︎」
微が縦軸の手を引いて走りだす。あまり足の速くない縦軸はつい動きが止まってしまい、そのまま転んでしまった。
「痛たたた」
「大丈夫? 怪我してない?」
微が縦軸へ手を差し伸べた。まるでつまづいて転んだ姫へ騎士がそうするように。
「ありがとうございます。怪我はしてま――」
「チッ」
引っ張られ、腹に衝撃。僅かな時間を空けて激痛。
力点は微の膝だった。要するに蹴られていた。
「ガハッ!」
縦軸は腹を押さえ込んで倒れた。目の前には微が立ちはだかっている。普段の微からは想像もできない、死んだような、親の仇でも見るような目つき。縦軸はそれが怖かった。
「せ、先輩、何を」
「……」
微は一言も発さないまま縦軸に近づき、倒れている縦軸を蹴りつけた。何度も何度も何度も。
夢の中だとは分かっている。この痛みは現実ではない。何も怖くない。理論上はそのはず。しかし痛覚は、せかいに発生していないはずの現実は、縦軸の脳にじわりじわりと染み込んでいく。
縦軸は訳が分からなかった。何故自分はこんな目に遭っているのか。何故微がこんなことをしているのか。一体この光景は何を隠しているのか。
「ゲホッ、ゴホッ、せ、せんぱい……」
「……」
蹴りが止んだ。
「先輩……どうして……」
「ただの仕返しだよ」
「し、仕返し?」
「喜びなよ。特別にこれでおあいこにしてあげるんだから。ほら、立って」
無理矢理手を引っ張られ立たされる。微の吐息がかかりそうなほど近くまで引き寄せられると、今まで無表情だった彼女は優しく微笑んだ。
「分からないことだらけだろうね。今は」
「ええ、まあ」
「それでいい、というかそれがいいんだよ。念のため程度の対策だけどね」
「そうですか」
どうやらこの積元微らしき何者かはこれ以上自分に情報を教えるつもりは無いらしい。縦軸とてそう都合よくはいかないと知っている。
「『これ』はまた発生するから、気長に待ってて」
縦軸はそれを受け入れた。
「はい」
「おっと、そろそろ時間だな。じゃあ」
微はそっと縦軸を放し、彼に背を向けた。
「さようなら。また会えると思うから」
その時はよろしくね、――――
そのとき彼女が自分を何と呼んだのか、それだけは縦軸の頭から抜け落ちていた。
そしてそんなことを気にする間も無く、微は倒れた。
「っ! 先輩!」
縦軸は微に駆け寄ったが、その目に映ったのは体外に溢れてはならないはずの赤い液体だった。腹をぐちゃぐちゃに抉られた積元微の肉体だった。
「し、死んでる? 待てよ、どういうことだよ。誰に刺されたんだ。先輩! 先輩!」
既に瞳から光を失った微の顔を自分に向け、縦軸は腹の底から彼女を呼んだ。
すると、まるでそれに呼応したかのように微の頭が弾け飛んだ。縦軸がその肉片と血を浴びたのは言うまでもない。
「ヒィッ! あ、ああ……」
意味のある言葉を発することも口を閉じることできず、ただ怯える縦軸。
彼の顔を伝った微の血が口へ入り込む。舌に触れる。
――新鮮でない。そんな感想が頭に浮かんだ。
「アアアアアア!!!!!」
夢とはいえ強烈すぎた。既にそんな季節は去ったというのに、体中から汗が噴き出している。
「ハァ、ハァ、何なんだよあれ」
窓には結露ができている。あまりにも理不尽で唐突な微の死はそれとよく似ていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
9
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる