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第1章 民間伝承研究部編
十二乗音の悪足掻き12
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何故か民間伝承研究部とかいう部活に入ることになった。つい昨日のことだ。
荷解きもほぼ終わり、私はこれから自分の部屋となる場所で一息ついた。慣れない重労働のせいか、額には汗が浮かんでいる。自分よりずっと真面目に働いてくれたあの虚とかいう男子に申し訳ない。
ここ数日は原前先生の家に泊めてもらった。担任って訳でもないのにそこまでよくしてくれるとは。
「ふう……」
汗を拭う腕には、まだ包帯が巻かれていた。黒髪さん改め三角ていりが巻いたものではない。既に取り替えられている。ちなみに巻いているのは傷が目立つからだ。マシになったら取ろうと思う。
「……」
死にたくなかった。助けて欲しかった。どうしてあいつには分かったのだろうか。お姉さんを喪ったという過去のせいか、それとも本人が優しさの天才なのか。
「虚愛さん……バド部で……いじめられて……自殺」
まさか、ね。いくらあの行方不明者と同じ部活で同い年であいつにいじめられてた人と同じ時期に亡くなっててあいつと同じ中学だからって……どう考えてもあの人だわ。
「うおお……まじかぁ……」
流石に従姉妹だったら遠いから怒らないと思うけど、血縁者としてただならぬ罪悪感を覚えてしまう。虚縦軸さん、さっき知り合った素子さんと秀樹さん、あと原前先生、私の親族の愚行で愛さんの命を奪う結果となってしまい、本当にごめんなさい。
「どうしたの十二乗さん? 蹲って」
「うおおおおっ⁉︎」
しまった、ドア開けてた。
「どこか痛むの? まさか腕の傷口が……」
「ち、ち、違うわよ! 流石にもう大丈夫だから!」
「そうか、よかった」
何なのよその暖かい笑みは。本当にさっきまで電話越しに幼馴染教師に文句垂れてた人間の顔? もしかしてとんでもないお人好しなんじゃないの?
「んで、何の用よ。わざわざレディの部屋に踏み込むなんて」
「あ、ご、ごめん。母さんが晩ご飯が出来たから十二乗さんも一緒にって」
「そう、分かったわ。すぐに行く。それと、私の部屋に入るときはノックぐらいしなさいよね」
「う、うん。分かった」
「あと友達とよく通話するから1人で喋ってる声が聞こえても気にしないで」
「分かった。母さんと父さんにも伝えといてね」
「うす」
1階から美味しそうな匂いが漂ってくる。どうやら今晩はカレーみたいだ。唯一中身の取り出されていない段ボール箱を一瞥し、私はドアを閉めた。
嗚呼……こりゃどうやって治めたものだろう。状況は混乱を極めている。私は防戦一方だ。なんとか目の前の相手を鎮めなければならないが、私には決定打が欠けていた。
そうこうしている間にも、ヘッドフォン越しの絶叫は激しさを増す。
「自殺じようどじだっでどういうごどっずがー!」
「だーかーらー、両親と……」
「急に連絡でぎなぐなるがらー心配じだんずよー!」
「それはパソコンが……」
「あだじに相談じでぐれだっでいいじゃないっずかー!」
「うるさーい! いいから話を聞けーい! あと涙拭いて鼻をかみなさーい!」
私の自殺未遂報告に絶叫するおとを宥めるのに、結局30分ほどかかってしまった。
「つまり……その親切な人の家に住まわせてもらうってことで丸く治まったんすね?」
「そうよ。もう死のうなんて思ってないから安心して」
虚についてはクラスメイトって以外は名前すらも言わないでおいた。何て言うか、「縦軸君っていう賢者っぽいシスコンと同棲することになりました!」と言ってしまったら、またおとが発狂しそうだったからだ。
もちろん〈転生師〉とかいう変な力についても教えていない。私は先輩の力で異世界の風景を見せられたから信じるようになったが、つい最近死のうとした人間の口から説明されるだけだったら余計心配させてしまう。これ以上おとの心に傷をつけてしまうのは嫌だ。
「えっと……おと?」
「約束」
「?」
「約束して欲しいっす。『もう死のうとしない。何かあったら絶対私に相談する』って。ネットだからどうこうってのはもう無しっす!」
「お、落ち着いて、分かったから!」
ここまで私のことに必死になってくれていることがちょっとだけ嬉しいのは内緒だ。
「もう自殺なんてしません。悩んだらちゃんと相談します」
「誰に?」
お、重いな。デレさせてやりたい。
「いひ、大好きな、お・と・に(はーと)」
「ひゃい⁉︎」
お、チョロいな。
「ししし、仕方ないっすね。こ、今回はこれで許してやるっす」
「うん、ありがと」
「うひょー、感情が眩しいっす!」
おと、あんた私が死のうとしたことでショック受けてない? なんだかいつもよりエモーショナルになり過ぎてるわよ。
「しっかしぴたごらすも金持ちっすよね。早速新しいパソコン買ってもらったなんて」
「そのことなんだけど……」
「ん?」
「これ、私がずっと使ってたパソコンなのよ」
「…………はい?」
「つまり、捨てられたと思ってたパソコンが戻って来たってわけ」
「……理解が追いつかないっす」
私だって何言ってるか分からない。私が愛用していたそれは父が業者に引き取らせたはずだ。もちろん曲のデータなどのバックアップも取らずに(これは私にも責任があるが)。
父の暴挙には死ぬほど腸が煮え繰り返ったがそれでは何も帰ってはこない。生き物もデータも、1度なくなったらそれでお終いなのだ。前者については虚縦軸というバグが現れてしまったが。
だから諦め、開き直っていた。また一から作り直せばいいと。曲は頭に入っている。また機器とソフト一式を揃えて出直せばいい。ただ何となく、次に買うソフトは別のキャラにしたいと思ったが。
異変に気付いたのはこの家に引っ越してきてからだ。原前先生の家でしっかりと確認した筈なのに、ここに到着してから見てみると段ボールが1つ増えていたのだ。しかも引越し業者のロゴも無い。スーパーで手に入るような果物か何かのそれのようだった。
中を開けてみると、ご丁寧にソフト一式をパッケージまで含めて梱包されていた。
「不思議なこともあるもんすね。もしかしてあれっすか?実はお父さんがこっそり……」
「いや、それは無い。絶対に無い」
それだとそもそもあいつがパソコンを捨てる理由が無くなる。
「じゃあ一体誰が」
「さあね。私は別に考えなくてもいいかなって思ってる」
「まあ……それもそうっすね!」
誰かの優しいに助けられた。相手が名乗らないから正体は分からない。だったらそのままでいいじゃないか。求められてもいない、もしかしたら拒まれているかもしれないお礼なんて無理にする必要は無い。私たちは今まで通り作品を作るだけだ。
「それじゃあ次の曲のデモが出来たら連絡するわね」
「了解っす。また最高の絵を描いてやるっす!」
ボカロPになりたいと、そして生きたいと、私なりに足掻き続けた。まだ理想には程遠いけど、少しは素敵な場所に来られたのかもしれない。
「あ、そうだおと」
「ん?」
「ごめんね。無理させちゃって」
「むり?」
「三谷さんがいなくなった日にさ、あんた言ってきたじゃない。何も無かったって言う私に『嘘っすよね?』って」
「ああ、言われてみれば」
「でもその後何も訊かなかった。あれさ、だいぶ無理して堪えたでしょ?」
「ぎくっ」
うむ、分かりやすい反応だ。
そもそも私の事情について興味が無いなら私の嘘なんて無視すればいい。あの時わざわざ嘘だと指摘したのは、本当は踏み込みたかったからだと思う。私の問題に無理矢理入り込んで、自分の手で解決したかったんだと思う。
それをぐっと抑えたのは、私と彼女がネット上だけの付き合いだからだろう。そういう関係ではある程度距離を置くもの。SNSで知り合った相手(本当に私でよかった)に個人情報を喋りまくっていたおとに私が教えたマナーの1つだ。
「あなたに合わないことをさせてしまった。本当にごめんなさい」
「ぴたごらす……」
「音」
「え?」
「十二乗音。私の名前」
「ひとめぐり……おと?」
「そ。あんたのハンドルネームと同じ」
どうして教えたのかは訊かれなかった。きっとおとも分かってくれたんだと思う。
「おと、本名明かしたついでに1ついいこと教えたげる」
「何すか?」
「さっき言った親切な人に助けられてね、こんな考察をしたの。『余計なお世話をしないと助けられないときもある』ってね。おと、あんたは踏み込んでいい。助けていいんだ」
私が助けを求める声を勝手に聞いた虚みたいに、これで彼女が誰かを救ってくれたらどんなに素敵だろう。そんな空想だ。
「よし、じゃああんたも本名教えな」
「思いっきりマナー無視っすか⁉︎」
「何を今更。十彩町在住の小6さん、早く教えてくださいよ」
「しょ、しょうがないっすね。じゃあ言うっすよ。私の名前は――」
荷解きもほぼ終わり、私はこれから自分の部屋となる場所で一息ついた。慣れない重労働のせいか、額には汗が浮かんでいる。自分よりずっと真面目に働いてくれたあの虚とかいう男子に申し訳ない。
ここ数日は原前先生の家に泊めてもらった。担任って訳でもないのにそこまでよくしてくれるとは。
「ふう……」
汗を拭う腕には、まだ包帯が巻かれていた。黒髪さん改め三角ていりが巻いたものではない。既に取り替えられている。ちなみに巻いているのは傷が目立つからだ。マシになったら取ろうと思う。
「……」
死にたくなかった。助けて欲しかった。どうしてあいつには分かったのだろうか。お姉さんを喪ったという過去のせいか、それとも本人が優しさの天才なのか。
「虚愛さん……バド部で……いじめられて……自殺」
まさか、ね。いくらあの行方不明者と同じ部活で同い年であいつにいじめられてた人と同じ時期に亡くなっててあいつと同じ中学だからって……どう考えてもあの人だわ。
「うおお……まじかぁ……」
流石に従姉妹だったら遠いから怒らないと思うけど、血縁者としてただならぬ罪悪感を覚えてしまう。虚縦軸さん、さっき知り合った素子さんと秀樹さん、あと原前先生、私の親族の愚行で愛さんの命を奪う結果となってしまい、本当にごめんなさい。
「どうしたの十二乗さん? 蹲って」
「うおおおおっ⁉︎」
しまった、ドア開けてた。
「どこか痛むの? まさか腕の傷口が……」
「ち、ち、違うわよ! 流石にもう大丈夫だから!」
「そうか、よかった」
何なのよその暖かい笑みは。本当にさっきまで電話越しに幼馴染教師に文句垂れてた人間の顔? もしかしてとんでもないお人好しなんじゃないの?
「んで、何の用よ。わざわざレディの部屋に踏み込むなんて」
「あ、ご、ごめん。母さんが晩ご飯が出来たから十二乗さんも一緒にって」
「そう、分かったわ。すぐに行く。それと、私の部屋に入るときはノックぐらいしなさいよね」
「う、うん。分かった」
「あと友達とよく通話するから1人で喋ってる声が聞こえても気にしないで」
「分かった。母さんと父さんにも伝えといてね」
「うす」
1階から美味しそうな匂いが漂ってくる。どうやら今晩はカレーみたいだ。唯一中身の取り出されていない段ボール箱を一瞥し、私はドアを閉めた。
嗚呼……こりゃどうやって治めたものだろう。状況は混乱を極めている。私は防戦一方だ。なんとか目の前の相手を鎮めなければならないが、私には決定打が欠けていた。
そうこうしている間にも、ヘッドフォン越しの絶叫は激しさを増す。
「自殺じようどじだっでどういうごどっずがー!」
「だーかーらー、両親と……」
「急に連絡でぎなぐなるがらー心配じだんずよー!」
「それはパソコンが……」
「あだじに相談じでぐれだっでいいじゃないっずかー!」
「うるさーい! いいから話を聞けーい! あと涙拭いて鼻をかみなさーい!」
私の自殺未遂報告に絶叫するおとを宥めるのに、結局30分ほどかかってしまった。
「つまり……その親切な人の家に住まわせてもらうってことで丸く治まったんすね?」
「そうよ。もう死のうなんて思ってないから安心して」
虚についてはクラスメイトって以外は名前すらも言わないでおいた。何て言うか、「縦軸君っていう賢者っぽいシスコンと同棲することになりました!」と言ってしまったら、またおとが発狂しそうだったからだ。
もちろん〈転生師〉とかいう変な力についても教えていない。私は先輩の力で異世界の風景を見せられたから信じるようになったが、つい最近死のうとした人間の口から説明されるだけだったら余計心配させてしまう。これ以上おとの心に傷をつけてしまうのは嫌だ。
「えっと……おと?」
「約束」
「?」
「約束して欲しいっす。『もう死のうとしない。何かあったら絶対私に相談する』って。ネットだからどうこうってのはもう無しっす!」
「お、落ち着いて、分かったから!」
ここまで私のことに必死になってくれていることがちょっとだけ嬉しいのは内緒だ。
「もう自殺なんてしません。悩んだらちゃんと相談します」
「誰に?」
お、重いな。デレさせてやりたい。
「いひ、大好きな、お・と・に(はーと)」
「ひゃい⁉︎」
お、チョロいな。
「ししし、仕方ないっすね。こ、今回はこれで許してやるっす」
「うん、ありがと」
「うひょー、感情が眩しいっす!」
おと、あんた私が死のうとしたことでショック受けてない? なんだかいつもよりエモーショナルになり過ぎてるわよ。
「しっかしぴたごらすも金持ちっすよね。早速新しいパソコン買ってもらったなんて」
「そのことなんだけど……」
「ん?」
「これ、私がずっと使ってたパソコンなのよ」
「…………はい?」
「つまり、捨てられたと思ってたパソコンが戻って来たってわけ」
「……理解が追いつかないっす」
私だって何言ってるか分からない。私が愛用していたそれは父が業者に引き取らせたはずだ。もちろん曲のデータなどのバックアップも取らずに(これは私にも責任があるが)。
父の暴挙には死ぬほど腸が煮え繰り返ったがそれでは何も帰ってはこない。生き物もデータも、1度なくなったらそれでお終いなのだ。前者については虚縦軸というバグが現れてしまったが。
だから諦め、開き直っていた。また一から作り直せばいいと。曲は頭に入っている。また機器とソフト一式を揃えて出直せばいい。ただ何となく、次に買うソフトは別のキャラにしたいと思ったが。
異変に気付いたのはこの家に引っ越してきてからだ。原前先生の家でしっかりと確認した筈なのに、ここに到着してから見てみると段ボールが1つ増えていたのだ。しかも引越し業者のロゴも無い。スーパーで手に入るような果物か何かのそれのようだった。
中を開けてみると、ご丁寧にソフト一式をパッケージまで含めて梱包されていた。
「不思議なこともあるもんすね。もしかしてあれっすか?実はお父さんがこっそり……」
「いや、それは無い。絶対に無い」
それだとそもそもあいつがパソコンを捨てる理由が無くなる。
「じゃあ一体誰が」
「さあね。私は別に考えなくてもいいかなって思ってる」
「まあ……それもそうっすね!」
誰かの優しいに助けられた。相手が名乗らないから正体は分からない。だったらそのままでいいじゃないか。求められてもいない、もしかしたら拒まれているかもしれないお礼なんて無理にする必要は無い。私たちは今まで通り作品を作るだけだ。
「それじゃあ次の曲のデモが出来たら連絡するわね」
「了解っす。また最高の絵を描いてやるっす!」
ボカロPになりたいと、そして生きたいと、私なりに足掻き続けた。まだ理想には程遠いけど、少しは素敵な場所に来られたのかもしれない。
「あ、そうだおと」
「ん?」
「ごめんね。無理させちゃって」
「むり?」
「三谷さんがいなくなった日にさ、あんた言ってきたじゃない。何も無かったって言う私に『嘘っすよね?』って」
「ああ、言われてみれば」
「でもその後何も訊かなかった。あれさ、だいぶ無理して堪えたでしょ?」
「ぎくっ」
うむ、分かりやすい反応だ。
そもそも私の事情について興味が無いなら私の嘘なんて無視すればいい。あの時わざわざ嘘だと指摘したのは、本当は踏み込みたかったからだと思う。私の問題に無理矢理入り込んで、自分の手で解決したかったんだと思う。
それをぐっと抑えたのは、私と彼女がネット上だけの付き合いだからだろう。そういう関係ではある程度距離を置くもの。SNSで知り合った相手(本当に私でよかった)に個人情報を喋りまくっていたおとに私が教えたマナーの1つだ。
「あなたに合わないことをさせてしまった。本当にごめんなさい」
「ぴたごらす……」
「音」
「え?」
「十二乗音。私の名前」
「ひとめぐり……おと?」
「そ。あんたのハンドルネームと同じ」
どうして教えたのかは訊かれなかった。きっとおとも分かってくれたんだと思う。
「おと、本名明かしたついでに1ついいこと教えたげる」
「何すか?」
「さっき言った親切な人に助けられてね、こんな考察をしたの。『余計なお世話をしないと助けられないときもある』ってね。おと、あんたは踏み込んでいい。助けていいんだ」
私が助けを求める声を勝手に聞いた虚みたいに、これで彼女が誰かを救ってくれたらどんなに素敵だろう。そんな空想だ。
「よし、じゃああんたも本名教えな」
「思いっきりマナー無視っすか⁉︎」
「何を今更。十彩町在住の小6さん、早く教えてくださいよ」
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