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第1章 民間伝承研究部編
転生遺族と音階少女5
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「んで、結局その後どうしたのよ?」
その夜、音は縦軸の部屋には乗り込んだ。十二乗家での縦軸と作子の戦いの結末を聞くためだ。
しかし音の予想に反して、縦軸はあまり重たげな雰囲気ではなかった。
「意気投合して終わった」
「…………嘘つき」
「約束破られて落ち込んでるヒロインか。言っとくけど嘘じゃないぞ」
縦軸曰く、姪の話を楽しそうに披露する音の母を見て自分も負けてられないと思ったらしい。そして自分も姉のことを語りに語った結果、仲良くなって終わったとこのことだった。
「負けるも何も……何を争ってるのよ」
「家族への愛だよ」
「いい話で終わりそうなとこ悪いけど、私まだ何も助かってないわよ?」
そう、縦軸と作子が十二乗家を訪れたのも、元はといえば音が音楽をやりたいのを彼女の両親が認めなかったため。いくら縦軸たちが彼らと仲良くなったとしても音が報われなければ意味が無い。
しかし縦軸は余裕である。
「それなら大丈夫だろ。お父さんの方とは作子が何か話してたみたいだけど、最後には2人揃って大泣きしてたぞ。『音に謝りたい』って」
「だから何があったのよ。16年間一緒に暮らした人間の中での2人の人物像が音を立てて崩れてるわよ」
「本当に反省したんじゃないか? どうせなら自分で確かめてみろよ」
縦軸自身、自分の記憶の中の2人は音の語るそれよりもマシに思えていた。彼らに何があったのかは分からない。しかし生まれ変わったという結果は確かだ。後は音本人に任せようと思えるくらいに。
「んん…………」
とても悩む音。腕を組み眉間にシワを寄せていたかと思うと、横になって床を転がり始め、ボサボサ頭の科学者よろしく頭を掻き毟り始めた。
「んあああ……!」
不穏な悲鳴も上げ始めた。
「お、おい十二乗、大丈夫……」
「だぁーーー!」
「うぉわっ⁉︎ 何何何⁉︎」
縦軸は頭をわしゃわしゃされた。普段から全くこだわっていない髪が滅茶苦茶である。わしゃわしゃの前後でどう変わったのか全く分からない有様だ。
「ハァ……ハァ……」
「落ち着いたか?」
「ええ、テンションが著しく下がった上に頭が冷えに冷えて-100Kを下回ったわ」
「物理法則を書き換えるな。破るのは常識だけにしろ」
「格言はさておきシスコンよ、私は決意した」
その後、音は部屋に戻って行った。
その家の門を前にするのは、十二乗音にとって久しぶりのことだった。というか少し前の自分にとっては想定外のことだった。別に虚家に一生世話になろうと考えていた訳ではなかったが、縦軸たちの助けを借りてそれとなく両親と関わらずにいようとしていたからだ。
「ま、そんなの現実味が無さすぎるか」
自分で自分にツッコミを入れることで賢い(あるいは非凡な)人間を演じながら、音は押さなくてもいい筈の呼び鈴に指を当てた。
「あれ、そういえばこの時間いるかな……」
休日とはいえあの両親が家にいるとは限らない。寧ろいない可能性の方が大きいだろう。
「使用人は……元々存在しなかったわね」
そんな記憶は無いぞと脳が文句を垂れる。
いっそ合鍵で中に押し入ってしまおうかと、まるで他人の家に上がり込むときのような思考を音が巡らせ始めたその時、玄関によく知る2人が現れた。
「音……!」
「音、帰ってきたのか」
途端に苦しくなった。気持ちの問題ではない、物理だ。大の大人2人に力一杯抱きしめられているのだから、息がしづらくなるのも頷ける。
尤も音が混乱しているのと酸素が得にくくなったかどうかとは無関係だが。
「は……? え? ふ、2人ともどうしたの?」
「音、ごめんなさい」
「やっと分かったんだ。父さんたちが間違ってたって」
「音にばかり辛い思いをさせて、本当にごめんなさい」
謝罪をされている。それも誠心誠意だ。記者会見の形だけのそれとは訳が違う。大口の取引先相手の土下座でもない。
自分たちの利益が減ってしまうのではという利己的な恐怖に突き動かされたそれではなく、ただ本当に愛する者を自分が傷つけたと知ったときのような、義務感と愛情とが混ざり合ったあれを向けられている。
音は怖くなった。
「誰だお前ら?」
「音? どうしたんだ?」
「まるで素子さんと秀樹さんみたいだな。私がずっと欲しかった、娘のことを愛してくれる理想の親だよ」
「音……! ああ、そう言ってもらえて父さんたちも嬉し……」
「だから気持ち悪いんだよ」
そう言って音は両親を突き放した。2人は呆気にとられ、動けなかった。自分たちが音にしてきたことが、親の仇でも見るかのような彼女の視線からよく分かったからだ。
「私を何とも思わないあんたたちは当然好きじゃなかった。でもだからってさあ、何なのそれ?」
恐怖とは、生物が生きる上で欠かせない存在。歩くために足があるように、見るために目があるように、「怖いもの」を感知して逃れるために恐怖という感情はある。
この時、音は恐怖を感じていた。つまり、彼女の脳はどこかで結論づけたのだ。我が身が可愛いければ逃げるか取り除けと。
「目的は何? それとも本当に改心したの? だったらお生憎様。手順が成ってないわよ」
選択は「取り除く」だ。目の前に蔓延る有害な何かについて、正体を突き止め命じる。「2度と私の前に現れるな」と。
音はそれこそが正解だと信じてやまなかった、と言えばあまり正しくはないが、間違いなく必死だった。
「私はね、いい子じゃないの。だから1度嫌いになった奴は簡単に許せないし、急に素直に謝られたら気持ち悪さとやるせなさでいっぱいいっぱいになるの。悪かったわね」
全て、まとめてぶつける。
「もう1回言ってあげる。気持ち悪いんだよ」
十二乗音という少女が、今までで最も家族に気持ちを曝け出した瞬間かもしれなかった。
その夜、音は縦軸の部屋には乗り込んだ。十二乗家での縦軸と作子の戦いの結末を聞くためだ。
しかし音の予想に反して、縦軸はあまり重たげな雰囲気ではなかった。
「意気投合して終わった」
「…………嘘つき」
「約束破られて落ち込んでるヒロインか。言っとくけど嘘じゃないぞ」
縦軸曰く、姪の話を楽しそうに披露する音の母を見て自分も負けてられないと思ったらしい。そして自分も姉のことを語りに語った結果、仲良くなって終わったとこのことだった。
「負けるも何も……何を争ってるのよ」
「家族への愛だよ」
「いい話で終わりそうなとこ悪いけど、私まだ何も助かってないわよ?」
そう、縦軸と作子が十二乗家を訪れたのも、元はといえば音が音楽をやりたいのを彼女の両親が認めなかったため。いくら縦軸たちが彼らと仲良くなったとしても音が報われなければ意味が無い。
しかし縦軸は余裕である。
「それなら大丈夫だろ。お父さんの方とは作子が何か話してたみたいだけど、最後には2人揃って大泣きしてたぞ。『音に謝りたい』って」
「だから何があったのよ。16年間一緒に暮らした人間の中での2人の人物像が音を立てて崩れてるわよ」
「本当に反省したんじゃないか? どうせなら自分で確かめてみろよ」
縦軸自身、自分の記憶の中の2人は音の語るそれよりもマシに思えていた。彼らに何があったのかは分からない。しかし生まれ変わったという結果は確かだ。後は音本人に任せようと思えるくらいに。
「んん…………」
とても悩む音。腕を組み眉間にシワを寄せていたかと思うと、横になって床を転がり始め、ボサボサ頭の科学者よろしく頭を掻き毟り始めた。
「んあああ……!」
不穏な悲鳴も上げ始めた。
「お、おい十二乗、大丈夫……」
「だぁーーー!」
「うぉわっ⁉︎ 何何何⁉︎」
縦軸は頭をわしゃわしゃされた。普段から全くこだわっていない髪が滅茶苦茶である。わしゃわしゃの前後でどう変わったのか全く分からない有様だ。
「ハァ……ハァ……」
「落ち着いたか?」
「ええ、テンションが著しく下がった上に頭が冷えに冷えて-100Kを下回ったわ」
「物理法則を書き換えるな。破るのは常識だけにしろ」
「格言はさておきシスコンよ、私は決意した」
その後、音は部屋に戻って行った。
その家の門を前にするのは、十二乗音にとって久しぶりのことだった。というか少し前の自分にとっては想定外のことだった。別に虚家に一生世話になろうと考えていた訳ではなかったが、縦軸たちの助けを借りてそれとなく両親と関わらずにいようとしていたからだ。
「ま、そんなの現実味が無さすぎるか」
自分で自分にツッコミを入れることで賢い(あるいは非凡な)人間を演じながら、音は押さなくてもいい筈の呼び鈴に指を当てた。
「あれ、そういえばこの時間いるかな……」
休日とはいえあの両親が家にいるとは限らない。寧ろいない可能性の方が大きいだろう。
「使用人は……元々存在しなかったわね」
そんな記憶は無いぞと脳が文句を垂れる。
いっそ合鍵で中に押し入ってしまおうかと、まるで他人の家に上がり込むときのような思考を音が巡らせ始めたその時、玄関によく知る2人が現れた。
「音……!」
「音、帰ってきたのか」
途端に苦しくなった。気持ちの問題ではない、物理だ。大の大人2人に力一杯抱きしめられているのだから、息がしづらくなるのも頷ける。
尤も音が混乱しているのと酸素が得にくくなったかどうかとは無関係だが。
「は……? え? ふ、2人ともどうしたの?」
「音、ごめんなさい」
「やっと分かったんだ。父さんたちが間違ってたって」
「音にばかり辛い思いをさせて、本当にごめんなさい」
謝罪をされている。それも誠心誠意だ。記者会見の形だけのそれとは訳が違う。大口の取引先相手の土下座でもない。
自分たちの利益が減ってしまうのではという利己的な恐怖に突き動かされたそれではなく、ただ本当に愛する者を自分が傷つけたと知ったときのような、義務感と愛情とが混ざり合ったあれを向けられている。
音は怖くなった。
「誰だお前ら?」
「音? どうしたんだ?」
「まるで素子さんと秀樹さんみたいだな。私がずっと欲しかった、娘のことを愛してくれる理想の親だよ」
「音……! ああ、そう言ってもらえて父さんたちも嬉し……」
「だから気持ち悪いんだよ」
そう言って音は両親を突き放した。2人は呆気にとられ、動けなかった。自分たちが音にしてきたことが、親の仇でも見るかのような彼女の視線からよく分かったからだ。
「私を何とも思わないあんたたちは当然好きじゃなかった。でもだからってさあ、何なのそれ?」
恐怖とは、生物が生きる上で欠かせない存在。歩くために足があるように、見るために目があるように、「怖いもの」を感知して逃れるために恐怖という感情はある。
この時、音は恐怖を感じていた。つまり、彼女の脳はどこかで結論づけたのだ。我が身が可愛いければ逃げるか取り除けと。
「目的は何? それとも本当に改心したの? だったらお生憎様。手順が成ってないわよ」
選択は「取り除く」だ。目の前に蔓延る有害な何かについて、正体を突き止め命じる。「2度と私の前に現れるな」と。
音はそれこそが正解だと信じてやまなかった、と言えばあまり正しくはないが、間違いなく必死だった。
「私はね、いい子じゃないの。だから1度嫌いになった奴は簡単に許せないし、急に素直に謝られたら気持ち悪さとやるせなさでいっぱいいっぱいになるの。悪かったわね」
全て、まとめてぶつける。
「もう1回言ってあげる。気持ち悪いんだよ」
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