転生遺族の循環論法

はたたがみ

文字の大きさ
上 下
92 / 140
第1章 民間伝承研究部編

転生遺族と音階少女2

しおりを挟む
「しかしどうして担任わたしのところへ?」
「別にいいでしょ」

 放課後、音と作子は理科室にいた。理科室といっても硫酸のような危険な薬品は置かれていない。物理の実験で使うスタンドやウェーブマシンが置かれているだけのため施錠セキュリティも緩く、科学部が使っていない日は空き教室の1つにすぎない部屋だ。
 作子曰く、「ただの教室とは違った趣がある」とのこと。

「縦軸たちと何か話したでしょ? 三角さんあたりが『バキッ、ズドドドドドドドーン!』と解説してくれそうなのに」
「何で物理的ダメージが発生してそうな効果音選ぶのよ。三角って多分強いけど私たちとバトルすることは無いでしょ」
「ツッコミが少し長いわね」
「あと先生が立ち聞きしてたことなら知ってるわよ」
「な、何ィーッ⁉︎」

 音の言ったことは事実だった。突然音の両親が乗り込んできたことで作子も心配になり、昼休みにこっそり縦軸たちの会話を民研の部室の前で盗み聞きしていたのだ。

「あ……ありえない! 確かにあのとき周りに人はいなかったはず!」
「三角が気づいてたわよ。急に例の『翻訳』ノート取り出したと思ったら、『部屋の外で原前先生が聞いている』って書き出して」
「かっこいいなおい! しかもあのcool beautyがやってるせいで様になってんじゃあねえか!」
「しれっと担当科目発揮しなくていいから」

 この担任が自分を心配してくれていることは音にも分かった。だが立ち聞きされて悪い気がしないかと言われれば別の話だ。
 しかしこれ以上作子の奇行について話をしても埒があかない。音はこほんと咳払いをして話題を切り替えた。

「虚と三角、あとついでに先輩も話は聞いてくれたわよ。相談にも乗ってくれた。でもここはやっぱり教師の意見も聞きたいじゃない? 一応生徒の進路相談とかもされる立場の人だし」
「ほえぇ、悪い気はしないわね」

 作子は理科室特有の長机に頬杖をつき、足を組んで音と向き合った。行儀は悪いが、音には少し見えた。

「ねえ先生、先生はどう思うの?私が曲作ってて、ゆくゆくはそれを仕事にしたいって思ってること」
「うーん……」
「それともあの親の言う通りにした方がいいって言う?」
「……はぁ」

 作子は深く溜め息を吐き、とぼけた調子でこう訊ねた。

「その思考は、我が友李徴子?」

 音は激怒した。いや困惑した。この邪智暴虐の教師は何を言ってるんだと。人が真面目に悩んでるときに何をふざけているのだと。

「あはは、ごめんね。十二乗さんってそういう一面もあるんだと思って」
「どういうことよ」
「質問に質問で返しちゃうけど、何でどっちかしか選べないの?」
「え……ああ。そゆこと」
「うんうん。そゆこと」

 作子の助言はシンプルだった。両親の強いた道か自分の進みたい道か。そんな2択ではなく両方選べばいい。音にはそれが見えていなかっただけで。

「リーマンやりながらとか学生さんしながらボカロPやってた人もいるんだよ。十二乗さんが音楽に専念したいってんならまた違った方針考えなきゃだけど。どう?」

 心が傷ついた、とかの類なら縦軸たちがなんとかしてくれているだろう。ならば自分は現実的な助言をするまで。そう考えての提案だった。
 対する音は、意外にもあっさりとした反応だった。

「どうって……それでいいわよ。てか何でこんな簡単なこと思いつかなかったんだろ」
「冷静になってない人ってのはそういうもんよ。あなたの場合はこの話題で熱くなってばっかりだったんじゃないかしら。いっぺん死のうとしてるぐらいだし」
「まあ確かに。言われてみれば」

 自分の夢を否定しようとする父親への嫌悪。才能を持った人間への嫉妬で済ませてはならない感情。そんなものに捉われ続けていたことに、音はこのとき気づかされた。

 それと同時に、少し気になった。

「かといって十二乗さんの場合はご両親がそれでどうこうなるかは別問題だけどね。またそこら辺についても私や縦軸たちに相談して――」
「ねえ先生」

 音は意を決して訊ねてみることにした。

「先生の場合はどうだったの?」
「ずいぶん修飾語の抜けた文だね。もっと具体的に言っておくれよ」

 何のことか分かっているのではないか。不敵かつ不適な笑みを浮かべる作子を訝しむ音だったが、先に進むために話を続けることにした。

「人は冷静じゃなかったら案外間抜けなことをやらかす。さっきそういうこと言ったわよね」
「そうだね」
「先生は……虚のお姉さんのことで、今冷静になれてるの?」
「……」
「私の家族のことはとっくに知ってたわよね。あいつの家族と一対一で話してる今この瞬間、怒りで目の前が真っ赤に染まってたりしないわけ?」

 作子はしばらくどこか遠くを眺めていたように見えた。何かを悩んでいるとでも言うように。音がやけに険しい表情で返答を待っていると、やがて作子は困ったような表情になって口を開いた。

「質問に質問で返しちゃうけど――」

 確かめるように、一文字も間違わないように。口角を上げながら。

「『私が三谷を殺した』って言ったら、あなたはどうする?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 風月学園女子寮。 私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…! R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。 おすすめする人 ・百合/GL/ガールズラブが好きな人 ・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人 ・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人 ※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。 ※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

処理中です...