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第1章 民間伝承研究部編
転生遺族と音階少女2
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「しかしどうして担任のところへ?」
「別にいいでしょ」
放課後、音と作子は理科室にいた。理科室といっても硫酸のような危険な薬品は置かれていない。物理の実験で使うスタンドやウェーブマシンが置かれているだけのため施錠も緩く、科学部が使っていない日は空き教室の1つにすぎない部屋だ。
作子曰く、「ただの教室とは違った趣がある」とのこと。
「縦軸たちと何か話したでしょ? 三角さんあたりが『バキッ、ズドドドドドドドーン!』と解説してくれそうなのに」
「何で物理的ダメージが発生してそうな効果音選ぶのよ。三角って多分強いけど私たちとバトルすることは無いでしょ」
「ツッコミが少し長いわね」
「あと先生が立ち聞きしてたことなら知ってるわよ」
「な、何ィーッ⁉︎」
音の言ったことは事実だった。突然音の両親が乗り込んできたことで作子も心配になり、昼休みにこっそり縦軸たちの会話を民研の部室の前で盗み聞きしていたのだ。
「あ……ありえない! 確かにあのとき周りに人はいなかったはず!」
「三角が気づいてたわよ。急に例の『翻訳』ノート取り出したと思ったら、『部屋の外で原前先生が聞いている』って書き出して」
「かっこいいなおい! しかもあのcool beautyがやってるせいで様になってんじゃあねえか!」
「しれっと担当科目発揮しなくていいから」
この担任が自分を心配してくれていることは音にも分かった。だが立ち聞きされて悪い気がしないかと言われれば別の話だ。
しかしこれ以上作子の奇行について話をしても埒があかない。音はこほんと咳払いをして話題を切り替えた。
「虚と三角、あとついでに先輩も話は聞いてくれたわよ。相談にも乗ってくれた。でもここはやっぱり教師の意見も聞きたいじゃない? 一応生徒の進路相談とかもされる立場の人だし」
「ほえぇ、悪い気はしないわね」
作子は理科室特有の長机に頬杖をつき、足を組んで音と向き合った。行儀は悪いが、音には少し大人っぽく見えた。
「ねえ先生、先生はどう思うの?私が曲作ってて、ゆくゆくはそれを仕事にしたいって思ってること」
「うーん……」
「それともあの親の言う通りにした方がいいって言う?」
「……はぁ」
作子は深く溜め息を吐き、とぼけた調子でこう訊ねた。
「その思考は、我が友李徴子?」
音は激怒した。いや困惑した。この邪智暴虐の教師は何を言ってるんだと。人が真面目に悩んでるときに何をふざけているのだと。
「あはは、ごめんね。十二乗さんってそういう一面もあるんだと思って」
「どういうことよ」
「質問に質問で返しちゃうけど、何でどっちかしか選べないの?」
「え……ああ。そゆこと」
「うんうん。そゆこと」
作子の助言はシンプルだった。両親の強いた道か自分の進みたい道か。そんな2択ではなく両方選べばいい。音にはそれが見えていなかっただけで。
「リーマンやりながらとか学生さんしながらボカロPやってた人もいるんだよ。十二乗さんが音楽に専念したいってんならまた違った方針考えなきゃだけど。どう?」
心が傷ついた、とかの類なら縦軸たちがなんとかしてくれているだろう。ならば自分は現実的な助言をするまで。そう考えての提案だった。
対する音は、意外にもあっさりとした反応だった。
「どうって……それでいいわよ。てか何でこんな簡単なこと思いつかなかったんだろ」
「冷静になってない人ってのはそういうもんよ。あなたの場合はこの話題で熱くなってばっかりだったんじゃないかしら。いっぺん死のうとしてるぐらいだし」
「まあ確かに。言われてみれば」
自分の夢を否定しようとする父親への嫌悪。才能を持った人間への嫉妬で済ませてはならない感情。そんなものに捉われ続けていたことに、音はこのとき気づかされた。
それと同時に、少し気になった。
「かといって十二乗さんの場合はご両親がそれでどうこうなるかは別問題だけどね。またそこら辺についても私や縦軸たちに相談して――」
「ねえ先生」
音は意を決して訊ねてみることにした。
「先生の場合はどうだったの?」
「ずいぶん修飾語の抜けた文だね。もっと具体的に言っておくれよ」
何のことか分かっているのではないか。不敵かつ不適な笑みを浮かべる作子を訝しむ音だったが、先に進むために話を続けることにした。
「人は冷静じゃなかったら案外間抜けなことをやらかす。さっきそういうこと言ったわよね」
「そうだね」
「先生は……虚のお姉さんのことで、今冷静になれてるの?」
「……」
「私の家族のことはとっくに知ってたわよね。あいつの家族と一対一で話してる今この瞬間、怒りで目の前が真っ赤に染まってたりしないわけ?」
作子はしばらくどこか遠くを眺めていたように見えた。何かを悩んでいるとでも言うように。音がやけに険しい表情で返答を待っていると、やがて作子は困ったような表情になって口を開いた。
「質問に質問で返しちゃうけど――」
確かめるように、一文字も間違わないように。口角を上げながら。
「『私が三谷を殺した』って言ったら、あなたはどうする?」
「別にいいでしょ」
放課後、音と作子は理科室にいた。理科室といっても硫酸のような危険な薬品は置かれていない。物理の実験で使うスタンドやウェーブマシンが置かれているだけのため施錠も緩く、科学部が使っていない日は空き教室の1つにすぎない部屋だ。
作子曰く、「ただの教室とは違った趣がある」とのこと。
「縦軸たちと何か話したでしょ? 三角さんあたりが『バキッ、ズドドドドドドドーン!』と解説してくれそうなのに」
「何で物理的ダメージが発生してそうな効果音選ぶのよ。三角って多分強いけど私たちとバトルすることは無いでしょ」
「ツッコミが少し長いわね」
「あと先生が立ち聞きしてたことなら知ってるわよ」
「な、何ィーッ⁉︎」
音の言ったことは事実だった。突然音の両親が乗り込んできたことで作子も心配になり、昼休みにこっそり縦軸たちの会話を民研の部室の前で盗み聞きしていたのだ。
「あ……ありえない! 確かにあのとき周りに人はいなかったはず!」
「三角が気づいてたわよ。急に例の『翻訳』ノート取り出したと思ったら、『部屋の外で原前先生が聞いている』って書き出して」
「かっこいいなおい! しかもあのcool beautyがやってるせいで様になってんじゃあねえか!」
「しれっと担当科目発揮しなくていいから」
この担任が自分を心配してくれていることは音にも分かった。だが立ち聞きされて悪い気がしないかと言われれば別の話だ。
しかしこれ以上作子の奇行について話をしても埒があかない。音はこほんと咳払いをして話題を切り替えた。
「虚と三角、あとついでに先輩も話は聞いてくれたわよ。相談にも乗ってくれた。でもここはやっぱり教師の意見も聞きたいじゃない? 一応生徒の進路相談とかもされる立場の人だし」
「ほえぇ、悪い気はしないわね」
作子は理科室特有の長机に頬杖をつき、足を組んで音と向き合った。行儀は悪いが、音には少し大人っぽく見えた。
「ねえ先生、先生はどう思うの?私が曲作ってて、ゆくゆくはそれを仕事にしたいって思ってること」
「うーん……」
「それともあの親の言う通りにした方がいいって言う?」
「……はぁ」
作子は深く溜め息を吐き、とぼけた調子でこう訊ねた。
「その思考は、我が友李徴子?」
音は激怒した。いや困惑した。この邪智暴虐の教師は何を言ってるんだと。人が真面目に悩んでるときに何をふざけているのだと。
「あはは、ごめんね。十二乗さんってそういう一面もあるんだと思って」
「どういうことよ」
「質問に質問で返しちゃうけど、何でどっちかしか選べないの?」
「え……ああ。そゆこと」
「うんうん。そゆこと」
作子の助言はシンプルだった。両親の強いた道か自分の進みたい道か。そんな2択ではなく両方選べばいい。音にはそれが見えていなかっただけで。
「リーマンやりながらとか学生さんしながらボカロPやってた人もいるんだよ。十二乗さんが音楽に専念したいってんならまた違った方針考えなきゃだけど。どう?」
心が傷ついた、とかの類なら縦軸たちがなんとかしてくれているだろう。ならば自分は現実的な助言をするまで。そう考えての提案だった。
対する音は、意外にもあっさりとした反応だった。
「どうって……それでいいわよ。てか何でこんな簡単なこと思いつかなかったんだろ」
「冷静になってない人ってのはそういうもんよ。あなたの場合はこの話題で熱くなってばっかりだったんじゃないかしら。いっぺん死のうとしてるぐらいだし」
「まあ確かに。言われてみれば」
自分の夢を否定しようとする父親への嫌悪。才能を持った人間への嫉妬で済ませてはならない感情。そんなものに捉われ続けていたことに、音はこのとき気づかされた。
それと同時に、少し気になった。
「かといって十二乗さんの場合はご両親がそれでどうこうなるかは別問題だけどね。またそこら辺についても私や縦軸たちに相談して――」
「ねえ先生」
音は意を決して訊ねてみることにした。
「先生の場合はどうだったの?」
「ずいぶん修飾語の抜けた文だね。もっと具体的に言っておくれよ」
何のことか分かっているのではないか。不敵かつ不適な笑みを浮かべる作子を訝しむ音だったが、先に進むために話を続けることにした。
「人は冷静じゃなかったら案外間抜けなことをやらかす。さっきそういうこと言ったわよね」
「そうだね」
「先生は……虚のお姉さんのことで、今冷静になれてるの?」
「……」
「私の家族のことはとっくに知ってたわよね。あいつの家族と一対一で話してる今この瞬間、怒りで目の前が真っ赤に染まってたりしないわけ?」
作子はしばらくどこか遠くを眺めていたように見えた。何かを悩んでいるとでも言うように。音がやけに険しい表情で返答を待っていると、やがて作子は困ったような表情になって口を開いた。
「質問に質問で返しちゃうけど――」
確かめるように、一文字も間違わないように。口角を上げながら。
「『私が三谷を殺した』って言ったら、あなたはどうする?」
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