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第1章 民間伝承研究部編
十二乗音の悪足掻き10
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投稿が終わる。脱力感が押し寄せてくるのに体はまだ動きたいと言う。
『ぴたごらす、お疲れっす』
『ありがとう。早速だけど3曲目始めるわね』
『え⁉︎速っ!』
びっくりしすぎて誤字がある。
そりゃそうなるよね。私自身も信じられない。けどあの時、天才に勝ちたいって思った時、どんな作品を作りたいかに繋げられたんだと思う。何を言いたいか、どう言えばいいか、それが手に取るように分かる……嘘だ。かなり盛った。けど何となくどんな曲を作りたいかは見えてきたような気がする。
『こういうのはノッてるときにやるべきなのよ』
『それは分かるっす。でも無理しちゃだめっすよ』
『おっけー』
数週間後、3曲目が完成した。私の圧倒的な作業スピードにおとは心底驚き、「おっしゃ、任せろっす!」と負けず劣らずのスピードで絵を仕上げた。最近は動画の編集も勉強し始めたらしく、2作目よりも凝った字幕が付いていた。
依頼してる身で言うのもなんだけど、あんた本当に勉強してる?作品のレベルが上がるのはそりゃ嬉しいけどさ、学業は疎かにしないでほしいんだよね。私が何のために引きこもり辞めたと思ってるの?まあ勉強教えてる分にはサボってる気配は無いけど。
『今後の予定は?』
『ちょっと休む。流石にぶっ続けで2曲作ったら疲れたわ』
『了解っす。お互い勉強頑張るっす!』
「うっ……」
そっちから言われると堪えるわね。とはいえ私も受験生。おとが気まずい空気に苦しまないように、第一志望に受かってやるとするか。おとの家庭教師ライフで鍛えた私の学力、試験官どもに魅せてやるわ。
「お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします……」
塾とか行っとけばよかった。しかも面接であんなに噛むなんて思わないじゃない。「じゅうにじょ……十二乗音です」とかどういう自己紹介よ。自分の名前を間違える受験生が過去にいただろうか、いや、いない。
ああお願いだから名前だけはあってくれ。最悪普通科じゃなくていいから。おとには鳩乃杜高校を受けるとしか言ってないから、せめて音楽科に受かってればまだ胸張って顔向けできるッ!
「1059番……1059番……1059番……あっ!」
あった。あったよぉ……
「ぶわあああああああああああああ!!!!!」
おと、私、ずっとあんたと一緒にいられそうだよ(錯乱)。
「そこのあなた」
この世に生を受けて15年と数ヶ月、ひたむきに勉学に励んできた成果が現れるなんて……
「ねえ、聞いてるかしら」
この喜びをうちのボーカロイドに歌ってもらいます。聴いてください。合格戦隊オ……
「試験番号1059番さん」
「は、はいっ!」
後ろに人いた。私と同じ受験生らしい。私の握りしめていた受験票を覗き込んで番号で呼んだみたいだ。サラッサラの黒髪ストレートで、物凄い美人。なんか無表情の中に仄かな苛立ちが見て取れるんだけど……。
「邪魔。どいてくれない?」
「あっ……ご、ごめんなさい!」
叱られてしまった。そりゃそうだよね。他の子たちは皆慎ましく少し離れたところではしゃいでいるってのに、私と来たら合格者番号の張り出された板のすぐ前で泣き崩れてたんだから。
黒髪さん(仮名)は3秒ほど番号の大群に目を泳がせた後、何事もなかったかのように踵を返した。あの立ち振る舞いで不合格だったら面の皮の厚さを褒め称えるわ。
「あ、それと」
私の横を通り過ぎる直前、黒髪さんが足を止めた。
「訊きたいことがあるんだけど」
「私に……ですか?」
「そうね。まあ誰でもいいんだけど。折角だから教えてほしいの」
「は、はあ……」
初対面の号泣受験生に何を教えてほしいというのだろう。まさかとは思うけど、「どうやったら受験ごときでそんなに一喜一憂できるの?」なんて言ってこないでしょうね。そんな奴と3年間同じ高校だなんて私病むわよ。
「あなた……」
異世界について何か知らない?
…………ん?
これは何かの聞き間違いでないことがあろうか、いや、聞き間違いでないことなどない。それともあれか?新作のライトノベルについて教えてほしいということだろうか。いや待て。ラノベってのは異世界ものだけじゃない。古来より現代恋愛の強さは動かざること山の如しなのだ。ってそうではなく!
「最近のおすすめだったら通り魔に刺されたサラリーマンが……」
「違う、そうじゃない。あとそれはとっくに人気作」
「お盆休みにパソコンの壊れた主人公が……」
「それもとっくに人気作。あとそれ異世界ものじゃないでしょ」
うわぁ、目つきが厳しくなっている。
「私が訊きたいのは本物の異世界の話。私はあれが小説の中だけの話じゃなくて実在すると思ってる。あなた何か知ってたりしないかしら?」
あ、危ない人だった。
「ぞ、存じ上げないです」
「そう。じゃあもういいわ。それじゃあ」
「は?」
行ってしまった。訳の分からない会話だったけど、あまり絡まれずに済んでよかったかもしれない。せいぜい私が物凄く流行に疎い人になってしまった程度だ。それでいい。あんなのと年がら年中関わるなんてあり得ないだろう。入学したらなるべく距離を置いて3年間を過ごすことになるに違いない。
ちょっと面倒くさい変な人との邂逅を終えた私は帰路についた。
ちなみにこの夜私は殴られる。酷く取り乱した父によって。
『ぴたごらす、お疲れっす』
『ありがとう。早速だけど3曲目始めるわね』
『え⁉︎速っ!』
びっくりしすぎて誤字がある。
そりゃそうなるよね。私自身も信じられない。けどあの時、天才に勝ちたいって思った時、どんな作品を作りたいかに繋げられたんだと思う。何を言いたいか、どう言えばいいか、それが手に取るように分かる……嘘だ。かなり盛った。けど何となくどんな曲を作りたいかは見えてきたような気がする。
『こういうのはノッてるときにやるべきなのよ』
『それは分かるっす。でも無理しちゃだめっすよ』
『おっけー』
数週間後、3曲目が完成した。私の圧倒的な作業スピードにおとは心底驚き、「おっしゃ、任せろっす!」と負けず劣らずのスピードで絵を仕上げた。最近は動画の編集も勉強し始めたらしく、2作目よりも凝った字幕が付いていた。
依頼してる身で言うのもなんだけど、あんた本当に勉強してる?作品のレベルが上がるのはそりゃ嬉しいけどさ、学業は疎かにしないでほしいんだよね。私が何のために引きこもり辞めたと思ってるの?まあ勉強教えてる分にはサボってる気配は無いけど。
『今後の予定は?』
『ちょっと休む。流石にぶっ続けで2曲作ったら疲れたわ』
『了解っす。お互い勉強頑張るっす!』
「うっ……」
そっちから言われると堪えるわね。とはいえ私も受験生。おとが気まずい空気に苦しまないように、第一志望に受かってやるとするか。おとの家庭教師ライフで鍛えた私の学力、試験官どもに魅せてやるわ。
「お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします……」
塾とか行っとけばよかった。しかも面接であんなに噛むなんて思わないじゃない。「じゅうにじょ……十二乗音です」とかどういう自己紹介よ。自分の名前を間違える受験生が過去にいただろうか、いや、いない。
ああお願いだから名前だけはあってくれ。最悪普通科じゃなくていいから。おとには鳩乃杜高校を受けるとしか言ってないから、せめて音楽科に受かってればまだ胸張って顔向けできるッ!
「1059番……1059番……1059番……あっ!」
あった。あったよぉ……
「ぶわあああああああああああああ!!!!!」
おと、私、ずっとあんたと一緒にいられそうだよ(錯乱)。
「そこのあなた」
この世に生を受けて15年と数ヶ月、ひたむきに勉学に励んできた成果が現れるなんて……
「ねえ、聞いてるかしら」
この喜びをうちのボーカロイドに歌ってもらいます。聴いてください。合格戦隊オ……
「試験番号1059番さん」
「は、はいっ!」
後ろに人いた。私と同じ受験生らしい。私の握りしめていた受験票を覗き込んで番号で呼んだみたいだ。サラッサラの黒髪ストレートで、物凄い美人。なんか無表情の中に仄かな苛立ちが見て取れるんだけど……。
「邪魔。どいてくれない?」
「あっ……ご、ごめんなさい!」
叱られてしまった。そりゃそうだよね。他の子たちは皆慎ましく少し離れたところではしゃいでいるってのに、私と来たら合格者番号の張り出された板のすぐ前で泣き崩れてたんだから。
黒髪さん(仮名)は3秒ほど番号の大群に目を泳がせた後、何事もなかったかのように踵を返した。あの立ち振る舞いで不合格だったら面の皮の厚さを褒め称えるわ。
「あ、それと」
私の横を通り過ぎる直前、黒髪さんが足を止めた。
「訊きたいことがあるんだけど」
「私に……ですか?」
「そうね。まあ誰でもいいんだけど。折角だから教えてほしいの」
「は、はあ……」
初対面の号泣受験生に何を教えてほしいというのだろう。まさかとは思うけど、「どうやったら受験ごときでそんなに一喜一憂できるの?」なんて言ってこないでしょうね。そんな奴と3年間同じ高校だなんて私病むわよ。
「あなた……」
異世界について何か知らない?
…………ん?
これは何かの聞き間違いでないことがあろうか、いや、聞き間違いでないことなどない。それともあれか?新作のライトノベルについて教えてほしいということだろうか。いや待て。ラノベってのは異世界ものだけじゃない。古来より現代恋愛の強さは動かざること山の如しなのだ。ってそうではなく!
「最近のおすすめだったら通り魔に刺されたサラリーマンが……」
「違う、そうじゃない。あとそれはとっくに人気作」
「お盆休みにパソコンの壊れた主人公が……」
「それもとっくに人気作。あとそれ異世界ものじゃないでしょ」
うわぁ、目つきが厳しくなっている。
「私が訊きたいのは本物の異世界の話。私はあれが小説の中だけの話じゃなくて実在すると思ってる。あなた何か知ってたりしないかしら?」
あ、危ない人だった。
「ぞ、存じ上げないです」
「そう。じゃあもういいわ。それじゃあ」
「は?」
行ってしまった。訳の分からない会話だったけど、あまり絡まれずに済んでよかったかもしれない。せいぜい私が物凄く流行に疎い人になってしまった程度だ。それでいい。あんなのと年がら年中関わるなんてあり得ないだろう。入学したらなるべく距離を置いて3年間を過ごすことになるに違いない。
ちょっと面倒くさい変な人との邂逅を終えた私は帰路についた。
ちなみにこの夜私は殴られる。酷く取り乱した父によって。
応援ありがとうございます!
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