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第1章 民間伝承研究部編
十二乗音の悪足掻き8
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「ただいまー」
やっぱり誰もいない。むしろいたら孤独に苦しみすぎた私の幻覚だろう。そんな不思議な代物との暮らしなんて想像できないが。
「んじゃあ、さっさと終わらせるか」
自分の部屋に戻るや否やリュックから教科書とノートを呼び起こす。まずは数学だ。問題集をパラパラとめくり、今日やった範囲に辿り着く。思い出すのに一瞬かかったものの、卒なく解き進めていく。よかった。ちゃんと理解できていたみたいだ。
「次は理科」
所詮は中学理科。暗記ゲーだ。極めて偏差値の高い高校を目指すならそうはいかないかもしれないが、私の志望校はそんな天才揃いの学校ではない。偏差値は少し高めだが普通の公立高校の範疇を出ない学校だ。
「エヌエープラス……シーエルマイナスっと。終了」
ひとまずこのくらいでいいだろう。後は晩ご飯の後に英語をしてもいいかもしれない。
勉強道具を一旦隅に追いやりパソコンを立ち上げた。
「入ってるかな。おと、いる?」
「いるっすよー」
溌剌とした女の子の声が聞こえて来る。モニターに映るのはその声の持ち主。茶色の癖っ毛が可愛らしい少女だ。
「宿題は?分かんないところは無かった?」
「今日は大丈夫だったっす」
「『今日は』って……まあいいわ。早速始めましょう」
「押忍!」
私たちは「作業」を開始する。今でも不思議な感覚だ。初めて彼女を知った時は憧れの存在でしかなかったというのに。
話は2年の冬頃に遡る。おとと曲を作るようになって数ヶ月が経とうとしていた。
私が曲のデモを作ってそれをおとに聞いてもらう。おとは感じたイメージから大まかなラフを描いて、それからお互い世界をすり合わせていく。概ねこんな感じで作っていた。
そんなある日、おとからメールが届いた。
『ぴたごらすさん、助けてください』
途端に不安になった。作業で何かハプニングか?それともリアルでトラブルに巻き込まれたのだろうか。本人が以前うっかり言っちゃったため、おとの住所は知っている。いざとなれば駆けつける所存だ。
『どうしました?何があったんですか?ひとまず落ち着いて話してください』
もしも私の大事なパートナーを傷つけるような奴がいたら許さない。不服だが十二乗家の力を見せつけてやることにしよう。
『終わりません』
イラストがだろうか。もしかしたらスランプかもしれない。
そんな心配が今にして思えば阿呆らしくさえ思えてくる。だって彼女はこう続けたのだから。
『冬休みのしゅくだいが、終わりません』
「ズコーーーー」
人はこけるのだとその時知った。
『助けてください。ぴたごらすさんのちえをかしてください』
そうだ、彼女は私の知る限り最高のイラストレーターであると同時にまだ10才の小学生でもあるのだ(クリスマスイブが誕生日だった)。年末年始のイベント祭りのせいで碌に勉強しなかったのだろう。宿題が終わるかどうかのためだけに頭の中の算盤が社畜と化す様が目に浮かぶ。
『分かりました。今回だけですよ』
『ありがとうございます!このご恩は一生忘れません!』
なんと大袈裟な。まあ小4ごときの内容だったら受験生の私には恐るるに足らずだろう。成績も安定してる。気分転換がてら先生になってやるとしよう。
こうして私はおとに勉強を教えるようになった。その途中でメールでのやり取りがめんどくさいとなり、やがてボイスチャットへ、そして今のようなビデオ通話へとあっさり移行したのだ。私も大概だけどおともそれはどうかと思う。彼女はまだ10才、ぷにっぷにの小学生なのだ。もしも私が幼き乙女を求める力を持つ怖い大人だったらどうしたのだろう。おかしな話、彼女がネットで初めて仲良くなった相手が私で本当に良かったと思う。
後もうひとつ。引きこもりは辞めた。まさかのこれもおとがきっかけだ。彼女は覚えこそ少し手間取るが、その分努力するタイプだ。教えたことを次々と吸収していく。そんな彼女を見て想像したのだ。将来、彼女が大きくなっても私との付き合いを続けてくれている世界を。もし私がこのまま引きこもり続けたら、今の私と同い年になったおとに「その……私、15才になったっすよ……」とか「勉強教えて……あ、三平方の定理は習ってなかったっすね」なんて気まずそうに言わせてしまうのか。それはいけない。私も哀れだが気を使う彼女が可哀想だ。私は未来を見据えて外の世界へ再び歩き出したのだった。
そうして彼女との交流も深め、いつしかさん付けも無くなって友達と呼べる仲になったのだった。ついでにおとの無防備さは鋼の意思で叩き直した。今の私なら某国首相と同じく「鉄の~」なんて異名すら授けられただろう。私自身はピンと来ないが、おと曰く「前より気が強くなってかっこよくなった」とのこと。多分彼女のせい(おかげ)だ。
そして現在、未だ完成しない私の2曲目のために知恵を出し合っている。
「なんていうか……パンチに欠けるわね。どう足掻いてもこう、ぐっと惹きつけられるものが生まれないというか。前の曲だといけてたんだけどなー」
「むむむ……確かにっすね。前の曲はどんな風に作ったんすか?それが分かればいけそうっすけど」
「あの曲ねえ……」
あれを作っている間は正直病んでいた。名前も知らない男子に趣味を言い当てられた挙句バンドに誘われて半ば発狂しかけていたのだ。あの状況を再現しろと言われても正直無理だ。そんな告白を聞いたおとは少し悩ましげな顔をした。
「曲作るのって難しいんすね」
「その一言で片付かないくらいにね。嗚呼、誰か私にアイデアを」
「は……ははー」
おと、合掌しなくていいんだよ?それに何処ぞのご隠居が正体を告げたときの悪代官みたいな反応しちゃってるよ?
「あーあ、なーにか刺激的なことが起きねーかなー」
「ぴたごらす、それはフラグってやつでは?」
「あぁん?んなの起こるわけないでしょ。マンガじゃあるまいし」
「だからそういうこと言ってると……」
突然、私の携帯が鳴った。私の番号を知っている人物なんてたかが知れている。感情が漏れるのが表情だけになるように気をつけながら、私は会話に臨んだ。
やっぱり誰もいない。むしろいたら孤独に苦しみすぎた私の幻覚だろう。そんな不思議な代物との暮らしなんて想像できないが。
「んじゃあ、さっさと終わらせるか」
自分の部屋に戻るや否やリュックから教科書とノートを呼び起こす。まずは数学だ。問題集をパラパラとめくり、今日やった範囲に辿り着く。思い出すのに一瞬かかったものの、卒なく解き進めていく。よかった。ちゃんと理解できていたみたいだ。
「次は理科」
所詮は中学理科。暗記ゲーだ。極めて偏差値の高い高校を目指すならそうはいかないかもしれないが、私の志望校はそんな天才揃いの学校ではない。偏差値は少し高めだが普通の公立高校の範疇を出ない学校だ。
「エヌエープラス……シーエルマイナスっと。終了」
ひとまずこのくらいでいいだろう。後は晩ご飯の後に英語をしてもいいかもしれない。
勉強道具を一旦隅に追いやりパソコンを立ち上げた。
「入ってるかな。おと、いる?」
「いるっすよー」
溌剌とした女の子の声が聞こえて来る。モニターに映るのはその声の持ち主。茶色の癖っ毛が可愛らしい少女だ。
「宿題は?分かんないところは無かった?」
「今日は大丈夫だったっす」
「『今日は』って……まあいいわ。早速始めましょう」
「押忍!」
私たちは「作業」を開始する。今でも不思議な感覚だ。初めて彼女を知った時は憧れの存在でしかなかったというのに。
話は2年の冬頃に遡る。おとと曲を作るようになって数ヶ月が経とうとしていた。
私が曲のデモを作ってそれをおとに聞いてもらう。おとは感じたイメージから大まかなラフを描いて、それからお互い世界をすり合わせていく。概ねこんな感じで作っていた。
そんなある日、おとからメールが届いた。
『ぴたごらすさん、助けてください』
途端に不安になった。作業で何かハプニングか?それともリアルでトラブルに巻き込まれたのだろうか。本人が以前うっかり言っちゃったため、おとの住所は知っている。いざとなれば駆けつける所存だ。
『どうしました?何があったんですか?ひとまず落ち着いて話してください』
もしも私の大事なパートナーを傷つけるような奴がいたら許さない。不服だが十二乗家の力を見せつけてやることにしよう。
『終わりません』
イラストがだろうか。もしかしたらスランプかもしれない。
そんな心配が今にして思えば阿呆らしくさえ思えてくる。だって彼女はこう続けたのだから。
『冬休みのしゅくだいが、終わりません』
「ズコーーーー」
人はこけるのだとその時知った。
『助けてください。ぴたごらすさんのちえをかしてください』
そうだ、彼女は私の知る限り最高のイラストレーターであると同時にまだ10才の小学生でもあるのだ(クリスマスイブが誕生日だった)。年末年始のイベント祭りのせいで碌に勉強しなかったのだろう。宿題が終わるかどうかのためだけに頭の中の算盤が社畜と化す様が目に浮かぶ。
『分かりました。今回だけですよ』
『ありがとうございます!このご恩は一生忘れません!』
なんと大袈裟な。まあ小4ごときの内容だったら受験生の私には恐るるに足らずだろう。成績も安定してる。気分転換がてら先生になってやるとしよう。
こうして私はおとに勉強を教えるようになった。その途中でメールでのやり取りがめんどくさいとなり、やがてボイスチャットへ、そして今のようなビデオ通話へとあっさり移行したのだ。私も大概だけどおともそれはどうかと思う。彼女はまだ10才、ぷにっぷにの小学生なのだ。もしも私が幼き乙女を求める力を持つ怖い大人だったらどうしたのだろう。おかしな話、彼女がネットで初めて仲良くなった相手が私で本当に良かったと思う。
後もうひとつ。引きこもりは辞めた。まさかのこれもおとがきっかけだ。彼女は覚えこそ少し手間取るが、その分努力するタイプだ。教えたことを次々と吸収していく。そんな彼女を見て想像したのだ。将来、彼女が大きくなっても私との付き合いを続けてくれている世界を。もし私がこのまま引きこもり続けたら、今の私と同い年になったおとに「その……私、15才になったっすよ……」とか「勉強教えて……あ、三平方の定理は習ってなかったっすね」なんて気まずそうに言わせてしまうのか。それはいけない。私も哀れだが気を使う彼女が可哀想だ。私は未来を見据えて外の世界へ再び歩き出したのだった。
そうして彼女との交流も深め、いつしかさん付けも無くなって友達と呼べる仲になったのだった。ついでにおとの無防備さは鋼の意思で叩き直した。今の私なら某国首相と同じく「鉄の~」なんて異名すら授けられただろう。私自身はピンと来ないが、おと曰く「前より気が強くなってかっこよくなった」とのこと。多分彼女のせい(おかげ)だ。
そして現在、未だ完成しない私の2曲目のために知恵を出し合っている。
「なんていうか……パンチに欠けるわね。どう足掻いてもこう、ぐっと惹きつけられるものが生まれないというか。前の曲だといけてたんだけどなー」
「むむむ……確かにっすね。前の曲はどんな風に作ったんすか?それが分かればいけそうっすけど」
「あの曲ねえ……」
あれを作っている間は正直病んでいた。名前も知らない男子に趣味を言い当てられた挙句バンドに誘われて半ば発狂しかけていたのだ。あの状況を再現しろと言われても正直無理だ。そんな告白を聞いたおとは少し悩ましげな顔をした。
「曲作るのって難しいんすね」
「その一言で片付かないくらいにね。嗚呼、誰か私にアイデアを」
「は……ははー」
おと、合掌しなくていいんだよ?それに何処ぞのご隠居が正体を告げたときの悪代官みたいな反応しちゃってるよ?
「あーあ、なーにか刺激的なことが起きねーかなー」
「ぴたごらす、それはフラグってやつでは?」
「あぁん?んなの起こるわけないでしょ。マンガじゃあるまいし」
「だからそういうこと言ってると……」
突然、私の携帯が鳴った。私の番号を知っている人物なんてたかが知れている。感情が漏れるのが表情だけになるように気をつけながら、私は会話に臨んだ。
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