転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第1章 民間伝承研究部編

十二乗音の悪足掻き7

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『うおおおお!!!すごい嬉しいです!こんなに素敵な絵を描いてもらえるなんて夢みたいです!』

「……いや、やっぱダメ!」

 おとさんにファンアートを描いてもらってから十数分、私は何てコメントを送るかどうかで死ぬほど悩んでいた。いや、もちろんお礼は言うべきなんだけど何て言ったら良いかが分かんないのだ。

「どう伝えたらいいんだろ……」

 今の私の感想を、想いを、伝える方法を私は知らない。何を以て「正しい」伝え方なのかなんて分からない。私が何に怯えているのかも。
 スマートフォンを持つ手がぷるぷると震えていた。胸が苦しい。眼球が小刻みに揺れて視界が不安定だ。暑くもないのにやたらと汗をかいている。自分でもびっくりするくらい動揺しているのが分かる。

 頑張れ私。こんなところで悩んでも何も始まらないじゃないか。伝えるんだ、私の思ったことを。それで嫌われたって後悔するな。怒らせてしまったらその時はまた私の言葉で謝るまでだ。せめてここで止まるな。前へ出ろ。話すんだ。

「すぅ……」

 目を閉じ、深く息を吸い、意識がぴんとなったのを確かめてから目を開ける。公開されたコメントではやく相手しか見れないDMダイレクトメールの画面にする。「送信」のマークを押し、おとさんに言葉を伝えた。

『FA拝見しました。初めて作った曲で分からないことだらけだったので、見てくださっただけでなくあんなに素敵な絵を描いてもらえるなんて夢みたいです。私はあなたの絵が大好きになりました。今度は正式に私の曲に絵を描いていただきたいです。今はお金が無いですが、いつかあなたに依頼します』

 不思議と視界が澄んだ。曲を投稿した時の感覚と何処か似ている。もう悩まなくていい、悩みたくても悩めないという強制的な解放感だ。
 DMを送って5分と経たないうちに返信が来た。

「くっ……」

 読めない。いや、読むんだ。こんな程度じゃ人は死なない。勇気を出せ。

「よし!」

 文章と向き合った。

『見てもらえてうれしいっす!それとお金なんていらないっす。ぴたごらすPさんがいいならまた絵をかかせてほしいっす!』

「また……描かせてほしい?」

『いいんですか?』
『もちろんっす!というかわたしはお金もらえないっす。お母さんとお父さんが許してくれないっす』

「……は?」

 子どもの仕事に口出しするとはなんて親だろう。まるで私の家みたいだ。
 そんなことを一瞬考えたが、その直後にある可能性が頭に浮かんできた。自分でも無いとは思うけど、もし当たってたら確かめておかなければいけない。おとさんへの依頼の仕方にも少なからず影響してくるだろうから。

『マナー違反かもしれませんが教えてください。おとさんって何才ですか?』

 返信はやっぱりすぐに来た。

『9才っす』

「ばっ……!」

 変な声が出た。と同時に不思議と腑に落ちた。あの絵の世界観を創り出していたのはある種の「幼さ」だったのだ。子どもだけが感じられるもの。この世界にひっそりと隠れている魔法。そういったものを掬い上げてあの絵の中に描き出していたんだ。
 そりゃもちろんこの場所はネットの中だ。おとさんがこんなことを言っていても本当は定年を迎えたおっさんだなんて可能性も充分ある。実際漫画家が小学生の妹(架空)になりきっていることもある。だが取り敢えずは信じよう。おとさんは9才。そういう体でいこう。

『それでこんどはどんな絵をかいたらいいんすか?』

「いや、早い早い!」

『ごめんなさい!まだできてません。またある程度曲が出来たら連絡します』
『じゃあいっしょにつくりませんか?』

「………………はい?」

『ボカロPさんの中にはグループの人たちっていますよね。そのメンバーに絵師さんがいることもあるっす。わたしたちもあれをやるっす!』

 言ってることは分かった。確かにおとさんの言う通りユニットで楽曲を作っているボカロPさんも存在する。メンバーの1人であるイラストレーターとして参加してもらえれば、今後私の曲に絵を描いてもらう上で都合のいいこともあるだろう。
 でも、いいんだろうか。私と組むことがおとさんに迷惑をかけてしまわないだろうか。そんな漠然とした不安がよぎった。

『それはもちろん大歓迎ですけど、いいんですか?他に依頼とかあったときに迷惑になったりするかもしれませんよ?私との仕事は後回しにしてもらってかまいませんけど』
『迷惑だなんてとんでもないっす。絵は趣味でかいてるし、依頼もきたことがないっす。それにわたしはぴたごらすPさんの曲が好きになったんす。あなたの曲を聞いたとき、頭の中に曲の世界がぶわーって広がったんす。あの世界をわたしはかいてみたいっす』

 9才にここまで言わせてしまってはノーとは言えない。それに言ってみれば両想いなんだ。ここで断って双方不幸になるなんてラストは気に食わない。

『分かりました。よろしくお願いします。あ、でも学校の勉強を優先してくださいね。そうしないとご両親がダメって言っちゃいますから』
『分かったっす!宿題なんて一瞬で終わらせてやるっす!』

 もしかしたら本当に小学生かもしれないな。
 そんな想像をしながら私は微笑ましい気分になった。

『じゃあついでに。できればでいいんですけど、家族やお友達とも仲良くしてくださいね?』
『もちろんす!お母さんとお父さんはよく勉強教えてくれるっす!それに幼稚園からいっしょのススキとヨータローっていう友だちもいて今でも大親友っす!
 それとよかったらいつか会わないっすか?わたしは十彩町といろちょうって所に住んでるっす。ぴたごらすさんはどこに住んでるんすか?』

「…………」

 幼馴染にススキとヨータローなる人物がいる。

 十彩町という町に住んでいる。

 軽率にこちらの住所を訊ねてくる。

 うん、訂正。この振る舞いはかなりの確率で世間知らずな子どもだ。私が顔の見えない世界の恐ろしさとマナーをきっちり教えとかないといけない。
 私がおとさんを守るんだ。そんな決意をしてしまった。
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