転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第1章 民間伝承研究部編

十二乗音の悪足掻き6

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「で……できた」

 曲を作り始めてから間もなく1年、ついに努力は1つの形となった。完成された曲を聴き終え、私は何時ぞや以来の涙を流していた。
 ありきたりで、稚拙で、調声も大して秀でているわけじゃない曲。おまけに曲尺も1分と少しと短い。だけどそんな有象無象の欠点が霞んで見えるくらい私にとって大切な1曲目だ。

「あ、そうだ。投稿しないと」

 これは元々決めていた。どれほど拙い曲であってもできた以上は投稿する。そして絶対に削除しない。もしかしたら何かの間違いで好いてくれる人がいるかもしれないから。
 「動画を投稿する」のボタンを押す。投稿する動画を選ぶよう命じられ、完成した曲を選択する。いざ投稿しようとしたその時、重大な事実に気がついてしまった。

「MV、イラスト、無い……」

 やってしまった。動画として載せる以上、曲は曲そのものだけでは完成しない。絵師の方が曲の世界観を描き出し、その魅力を最大限に引き出すミュージックビデオがあってこそ曲は成り立つのだ。字幕などを一切つけないにしても、それだけで戦えるくらい素敵なイラストがあって然るべきだ。だが今回、そんな物はどこにも存在していなかった。
 今から誰かに依頼するか?無理だ。今の私は人と上手く会話する自信が無い。それにそんな財力は無いし。引きこもり始めてしばらく経つが、両親は完全に私を見捨てていた。児相対策か生活できるだけのお金は渡してくれている。だけど絵師さんに今すぐ依頼できるような余裕は無い。
 ならば私が描くか?それも無理だ。確かにボカロPさんの中には自分でイラストやミュージックビデオを作っている人もいる。しかし私はそんな多才な人間ではないし、多才どころか一才すらも一切持ち合わせていなかった。

「どうしよう……」

 なんて零しながらも、結局答えは決まっていた。実現する方法が無いものを望んでも仕方がない。今すぐ手に入れることに固執する必要は無いんだ。

「今は……これでいこう」

 DAWの画面をそのまま上げることになるとは思わなかった。



 初めて曲を投稿してから1時間経った。再生回数は相変わらず息をしていない。

「こんなものか……」

 力が抜けたような気がした。きっと心の何処かで淡い期待をしてしまっていたのだ。その幻想を抜き取ってもらえて、私自身楽になれたんだ。

「次、頑張ろう」

 そんな決意をしたときだった。再生回数を示す数字が変わった。

「うそ……?」

 たった1回。それでも私の頭を殴りつけるには十分すぎる威力だった。
 次いで起こる第二撃。画面を堂々横切るコメント。

『めっちゃかっこいいっす!』

「あ……」

 膝の力が抜ける。

「あ……あ……ああああああああああ!!!!!」

 なんか発狂した。

「やばいやばいやばい!ああどうしよう?」

 落ち着け私。まだ1回だ。慌てるような事態じゃない。世の中には再生回数2桁台を鬼のように聴きまくっている人間だっているんだ。こんな事態も無くはない。取り乱すな。1と合成数を数えて落ち着くんだ。あれ、57ってどっちだっけ?いやそうじゃなくて!

「……休憩しよう」

 よく考えたら1年がかりの曲を発表し終えたんだ。世間ではこれを「一仕事終えた」と言うんじゃなかろうか。つまり今の私にはだらだらごろごろする権利が与えられている。
 今回は三谷さんに遭遇することなく台所からお菓子とジュースを取ってきた。スマホを開いてSNSの画面へと移動する。

「え、うそ?」

 フォロワーができていた。これまたたった1人。

「もしかして……」

 案の定コメントが来ていた。

『曲きかせてもらったっす!これからも応援してるっす!』

「あのコメントの人だーーーー!」

 そりゃプロフィールにSNSのリンク載せてたよ。とはいえこんなに早くフォローしてくれる?何この人。あなたはどれだけ私を喜ばせてくれるんだ。

「え、ええっと……」

『応援ありがとうございます。これからも楽しみにしててください』

「そ、そっけない?」

 慌てて打ち直す。

『応援ありがとうございます!これからも楽しみにしててください!!!』

「送信。うん、よし」

 感嘆符が限界出力だなんてとんだステータスだ。しかもこれを使うのにすらかなり勇気を振り絞っている。世の中には10万文字中2000個以上「!」を使ってくる作家もいるというのに。

「あ、そうだ。この人フォローしようかな」

 曲の宣伝用にと思って作っただけのアカウントだったため誰もフォローしていなかった。相互フォローを義務づけていく気は毛頭無いけどなんとなくこの人のことはちゃんと記憶しておきたい気がしたのだ。

「フォローっと。名前は……『おと』?」

 同じ名前だった。私のネット上での名前は『音』ではないものの、不思議と親近感が湧いてきた。

「あ、

 とても綺麗だった。枚数はまだ少ないけど、なんていうか、その世界の大気がすーっと駆け抜けて透けていくような透明感があった。

「いいな……」

 欲しいと、そう素直に思った。こんな絵が自分の曲にやって来てくれたらどんなに素晴らしいだろうか。そう思うと胸の奥がぐーっと熱くなって、上手く言えないくすぐったい感覚に襲われた。

「決めた。いつかこの人に描いてもらう」

 今はまだお金が無い。けどそれは努力すればいずれ解決できる問題だ。理想はボカロPとして売れて、そうでなくともアルバイトができるようになったらお金を貯めて行こう。この人が描く、私の創った世界を見てみたいから。

 大したものじゃないけど、空っぽに近かった私の中に1つの目標ができた。



 それから数日後のことだった。私は勉強を軽く済ましてSNSを眺めていた。

「あ、おとさんの投稿だ」

 通知を見て少しワクワクした。しかし問題のおとさんの投稿を見た瞬間、私はスマホを落とした。全身が硬直したのだ。

『ぴたごらすP さんの曲のFAファンアートを描かせていただきました!』

 一瞬で引き込まれる絵だった。曲の世界観がまるでおとさん本人が作曲したのかと思うほどに鮮明に捉えられ、尚且つおとさん本人の解釈も読み取れるようになっていた。間違いなく傑作だった。

 そしてこの素晴らしい絵を描いてもらった人物、ぴたごらすPとは私がネットで使っている名前だった。
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