転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第1章 民間伝承研究部編

十二乗音の悪足掻き5

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 ボカロPを目指し始めて2か月、だいぶDTMにも慣れて来た。まだ使いこなせていない機能も少なくないけど。調声は相変わらず難しい。適当な歌詞を打ち込んで練習してはいるものの、何を言っているか分からないのが現状だ。

「頑張れ、私」

 何でこんな恥ずかしいことを言っているのだろう。そんな疑問が胸をよぎった。やってしまった。これはだ。
 ただただ厄介な疑問や非難が次から次へと押し寄せてくる。
 何でお前はこんなことをやってるんだ。本当に夢を叶えたいなら努力が足りないんじゃないか。才能があるとでも思っているのか。才能も無いくせにこんな無駄なこと続けてて恥ずかしくないのか。本当はそんなに好きじゃないんじゃないのか。一時の気持ちの昂りで手を出しただけに過ぎない。どうせ3年後にはすっかり辞めている。今も気持ちが冷めていってるんじゃないか。今辞めたら恥ずかしいから続けているんじゃないか。

「……さい」

 体が震えていた。

「うるさいうるさいうるさああああい!」

 誰もいなくて嬉しかった。こんなところを両親に見られでもしたらどうなるか分かったもんじゃない。あの母親なら今の私以上に狂うだろう。父親は……大して変わりないか。視線なんてとうに死んでいる。

「やってやるよ。才能持ちが強いんでしょ?上等だよ。たかが大金星ぐらい、いつか勝ち取ってやる」

 あの時はきっと脳が無駄に興奮していたのだろう。どうせ目はやけに元気そうで、息遣いも荒くなっていたに違いない。
 大したきっかけがあるわけでもなかった。感想を書く紙を全行埋められるほどの経験なんて無かった。だけどこの時、私の中で何かが転がり始めんだ。



 私自身の人生にそれなりの変化が起きる中、それでも学校での毎日はあんまり変わらない。教室の中はやけにうるさくて、私は自分の席で机の面を眺めている。誰も気にしない。そもそもいるのに気づかれてるかも怪しいものだ。

「なあなあお前ら」

 すぐ近くで男子たちが何やら話している。特にすることも無いので何となくその会話にこっそり耳を傾ける。

「俺、ギターやってんだけどさ、お前らベースとドラムやらない?」
「お、何それ面白そう!」
「おーやるやる。どうせ暇だし」

 どうやら未来あるバンドの結成の瞬間に立ち会えたようだ。軽いな。そんなノリで始めたバンドなんてあっという間に消えてしまうとなぜ分からないのだろう。どうせ歌詞もありきたりなものに決まってる。きっと「星屑の……」とか歌うのだろう。社会人になる頃には辞めてるかもしれない。それで同窓会で再会して、「あの頃はバンドなんかやってたな」って暗黒時代みたいに話すんだろう。ひょっとしたらメンバーの誰かがばっくれているかもしれない。それって、ダサいな。

(……あれ?)

 私、何で鹿
 おいおいふざけんなよ。私だって同じじゃないか。たまたま動画サイトで出会った曲にあっさり感化されて音楽の道に進もうとしている。それでいて青春も人生も全て賭けるような覚悟を持っていない。他人に教えを乞うわけでもない。なのにその上から目線は何なんだ。


 私の中に、三谷さんと同じものが宿っているのか?


 誰も見ていないはずの中、私は密かに呼吸を乱した。



 ほとんど誰も真面目にやらない「起立、礼」が1日の終わりを告げた。部活に向かう人、帰る気配も無く談笑する人、私みたいにそそくさと帰る人、これこそ多様性ってやつかもしれない。
 置き勉はせず、リュックに教科書とノートをいつも通りの順番で詰め込んで帰宅の準備を完了させる。席を立ってリュックを背負ったときだった。

「ええっと、だったよな?」

 誰だそいつは。よく見ると件のバンドの卵どもだ。

「な、何ですか」

 ダメだ。こんな会話には慣れてない。

「俺らさあ、バンドやるんだよね」
「そ、そうですか」
「それでちょっと相談なんだけどさ、お前も入らない?」
「……え?」

 何でそうなった?私がボカロ好きなことはクラスの誰も知らないはずなのに。そもそもこの男子たちとは会話すらしたことがない。中学になってから初めて会った連中だ。

「ど、どうして、ですか」
「え、だってお前よく本読んでんじゃん。国語点数いいし作詞とないけるかなーって」
「あとなんかよくインターネット見てそうだし。ボカロとかよく聴いてんじゃね?」
「……!」

 多分当てずっぽうだ。私が所謂陰キャだから言ってるのだろう。だが、大当たりだ。

 足が震えていた。不思議と後ずさってしまう。そんなつもりは無いだろうに、男子たちの視線がいやらしく見えてしまう。早く。これ以上この場にいたら取り乱して周りの視線も集めてしまう。

「なあ、どうよ?」

「ええっと……ご、ごめんなさい、さようなら!」

 体育の時間にもこんなに走ったことは無かった。廊下を塞いでのんびり歩く生徒たちの間を割って進み、階段もつまずきそうなくらい速く駆け下りた。玄関で靴を履き替える時間がもどかしかった。

 そこから先の記憶はあんまり無い。けどこの日、私は学校が怖くなった。不登校になったのは、曲作りにとっては良かったかもしれない。
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