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第1章 民間伝承研究部編
十二乗音の悪足掻き3
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あいつは悔しいが美人だ。一つ一つの所作が絵になる。こんなことを言ってもだ。
「あ、いたの?」
別に悪意は感じられない。だけどこんな素っ気ない台詞で美しいのはずるい。
「来てたんですね、三谷さん」
歳の離れた従姉妹にそう吐き捨てた。
「来てたって、ここも私のお家みたいなものでしょ?叔父さんにも好きに使えって言われてるし」
「ですね。でも一応は客人ですよね。あまり人ん家で迷惑のかかるような立ち振る舞いはしないでくださいね」
「迷惑じゃないわ。仕事してただけよ」
彼女の足元の美しい書のことだ。
「それに迷惑ならあなたの方がかけてるんじゃない?叔父さんも叔母さんもさぞお忙しいでしょうに。あなたみたいな我儘なくせに碌に人と話せないような娘の教育を義務付けられてるなんて。
最近は部屋に篭ってるんですって?まさかとは思うけど、学校行くの止めるとか言わないわよね?そんなことしたらあの2人の評判にどれだけ関わるか……」
「やめてください」
反射で喋っていた。
「私は好きなことをやってるだけです。非難されるいわれはありません。大体、私の行動をあいつらがいちいち気にするとでも?」
「あなたねぇっ!」
やっぱりキレた。いつもこうだ。
「いつもいつもそうやって叔父さんと叔母さんの悪口ばかり!まともな語彙身につけてないわけ?よくそれで十二乗家の娘やってられるわね。DNAに申し訳ないと思ったこと無いの?」
「血筋はどうでもいいタイプなので。それに、産んでもらった感謝は一応してますがあなたみたいに窮地を救われた経験は無いので。
まあ当然ですね。私は自分の身を滅ぼすような後ろめたいことは何ひとつしてないので。自分どころか他人の身を滅ぼしたあなたと違って」
「……!貴様ァッ!!」
顔を醜く歪めた三谷さんが近づいてくる。怒っても筆を投げ捨てない辺りは一応プロらしい。下手したら自分の作品を汚しかねないのだから。
胸ぐらを掴まれる。爛々とした瞳が1 cmもしないところにある。
「あれはあの女が勝手に自滅しただけなのよ!勝手に被害妄想して勝手に死んだ!分かる?私は被害者なの。それをまるで私が悪いみたいに言いやがってェ!」
いつもこうだ。この話題はいつだってこの女の急所。5年以上前のことらしいが威力が衰えることはない。死んだ女性には申し訳ないけど口喧嘩では今後も頼りになるだろう。
「私は悪くないんだよ!全部あいつのせいだ!分かったか!」
「ああ、はいはい。いいから離してください」
「ああん?」
うん、これは煽りすぎた。つくづく面倒くさい女だ。
手を出しはしない。あの両親が何か言ってくるのは明らかだし、そもそも最早この程度で私は感情的になったりはしない。毅然とした態度でいてやることが大事なんだ。
「……ちっ、ほんときしょい」
三谷さんは私への興味を無くしたようだ。
「よく覚えといて。あなたは何やっても無駄。才能無い奴は大人しく勉強頑張るしか無いのよ。それが十二乗家のためだわ」
「なるほど。どうでもいいですね」
再び書道を再開した三谷さんを思考の外に追いやり、私は冷蔵庫を目指すのだった。
夕食の時間、珍しく両親が帰ってきていた。かと言って食卓が賑やかになることは無いのだが。寧ろ普段より殺気立っているくらいだ。
「音」
生物学と戸籍の上では父に該当する男が口を開いた。
「勉強はどうだ?」
「……まあまあね」
「たかが中学だろ。『まあまあ』ではなく『1番』を目指しなさい。勉強なら努力次第でいくらでも勝ち目はあるんだ」
「分かった」
この日の父との会話の全てだ。まさかこんなに話すとは思ってもみなかった。ちなみに母とは0だ。基本的に父の前で大人しくしていれば母は何もしない。何かの間違いで機嫌を損ねると信じられないくらい不快な高音で怒鳴り散らしてくるが。あの時ばかりは仲裁役の父がいてくれて助かるというものだ。
「ご馳走様」
作った以上は全て食べる。いくら両親がいるとはいえそういう人としてのマナーを失するのは嫌だ。
「そうだ音」
部屋に戻ろうとした時、父がポケットから紙切れを取り出して私に向けてきた。
「今度個展を開くらしい。暇なら行ってみるといい」
三谷さんは書道家としては大成功しているらしい。本腰を入れ始めて僅か数年でこの高み。流石は才能を持つタイプの人間だ。
「……ん」
一応チケットを受け取り、部屋を後にする。この日、私の部屋のゴミ箱に1枚の紙切れが投下された。
「あ、いたの?」
別に悪意は感じられない。だけどこんな素っ気ない台詞で美しいのはずるい。
「来てたんですね、三谷さん」
歳の離れた従姉妹にそう吐き捨てた。
「来てたって、ここも私のお家みたいなものでしょ?叔父さんにも好きに使えって言われてるし」
「ですね。でも一応は客人ですよね。あまり人ん家で迷惑のかかるような立ち振る舞いはしないでくださいね」
「迷惑じゃないわ。仕事してただけよ」
彼女の足元の美しい書のことだ。
「それに迷惑ならあなたの方がかけてるんじゃない?叔父さんも叔母さんもさぞお忙しいでしょうに。あなたみたいな我儘なくせに碌に人と話せないような娘の教育を義務付けられてるなんて。
最近は部屋に篭ってるんですって?まさかとは思うけど、学校行くの止めるとか言わないわよね?そんなことしたらあの2人の評判にどれだけ関わるか……」
「やめてください」
反射で喋っていた。
「私は好きなことをやってるだけです。非難されるいわれはありません。大体、私の行動をあいつらがいちいち気にするとでも?」
「あなたねぇっ!」
やっぱりキレた。いつもこうだ。
「いつもいつもそうやって叔父さんと叔母さんの悪口ばかり!まともな語彙身につけてないわけ?よくそれで十二乗家の娘やってられるわね。DNAに申し訳ないと思ったこと無いの?」
「血筋はどうでもいいタイプなので。それに、産んでもらった感謝は一応してますがあなたみたいに窮地を救われた経験は無いので。
まあ当然ですね。私は自分の身を滅ぼすような後ろめたいことは何ひとつしてないので。自分どころか他人の身を滅ぼしたあなたと違って」
「……!貴様ァッ!!」
顔を醜く歪めた三谷さんが近づいてくる。怒っても筆を投げ捨てない辺りは一応プロらしい。下手したら自分の作品を汚しかねないのだから。
胸ぐらを掴まれる。爛々とした瞳が1 cmもしないところにある。
「あれはあの女が勝手に自滅しただけなのよ!勝手に被害妄想して勝手に死んだ!分かる?私は被害者なの。それをまるで私が悪いみたいに言いやがってェ!」
いつもこうだ。この話題はいつだってこの女の急所。5年以上前のことらしいが威力が衰えることはない。死んだ女性には申し訳ないけど口喧嘩では今後も頼りになるだろう。
「私は悪くないんだよ!全部あいつのせいだ!分かったか!」
「ああ、はいはい。いいから離してください」
「ああん?」
うん、これは煽りすぎた。つくづく面倒くさい女だ。
手を出しはしない。あの両親が何か言ってくるのは明らかだし、そもそも最早この程度で私は感情的になったりはしない。毅然とした態度でいてやることが大事なんだ。
「……ちっ、ほんときしょい」
三谷さんは私への興味を無くしたようだ。
「よく覚えといて。あなたは何やっても無駄。才能無い奴は大人しく勉強頑張るしか無いのよ。それが十二乗家のためだわ」
「なるほど。どうでもいいですね」
再び書道を再開した三谷さんを思考の外に追いやり、私は冷蔵庫を目指すのだった。
夕食の時間、珍しく両親が帰ってきていた。かと言って食卓が賑やかになることは無いのだが。寧ろ普段より殺気立っているくらいだ。
「音」
生物学と戸籍の上では父に該当する男が口を開いた。
「勉強はどうだ?」
「……まあまあね」
「たかが中学だろ。『まあまあ』ではなく『1番』を目指しなさい。勉強なら努力次第でいくらでも勝ち目はあるんだ」
「分かった」
この日の父との会話の全てだ。まさかこんなに話すとは思ってもみなかった。ちなみに母とは0だ。基本的に父の前で大人しくしていれば母は何もしない。何かの間違いで機嫌を損ねると信じられないくらい不快な高音で怒鳴り散らしてくるが。あの時ばかりは仲裁役の父がいてくれて助かるというものだ。
「ご馳走様」
作った以上は全て食べる。いくら両親がいるとはいえそういう人としてのマナーを失するのは嫌だ。
「そうだ音」
部屋に戻ろうとした時、父がポケットから紙切れを取り出して私に向けてきた。
「今度個展を開くらしい。暇なら行ってみるといい」
三谷さんは書道家としては大成功しているらしい。本腰を入れ始めて僅か数年でこの高み。流石は才能を持つタイプの人間だ。
「……ん」
一応チケットを受け取り、部屋を後にする。この日、私の部屋のゴミ箱に1枚の紙切れが投下された。
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