転生遺族の循環論法

はたたがみ

文字の大きさ
上 下
75 / 145
第1章 民間伝承研究部編

十二乗音の悪足掻き1

しおりを挟む
 自分は人と関わるのが苦手だ。そう自覚したのは中学生になってからのことだった。小学生の頃は多少は赤の他人と話すこともできた。きっとのだろう。今の私は賢くなりすぎてしまった。人の顔色とか悪意とか、分かるようになってしまったのだ。

(帰りたい……)

 よく言われる冗談を本気で思った。この教室に居場所はない。この私、十二乗音が居心地よくなれる理由なんてあるはずが無いのだ。

 いつも通り教室の隅で大人しくしている。国語の授業では音読が怖くなり、先生に注意されない範囲で存在感を薄めた朗読を披露してみせた。誰も何も言わない。当然だ。どうでもいいのだ。こんな私が噛んだかどうかなんて誰も気にしていないし、そもそも自分の番の直前程度でない限り誰も聞いていない。

(うぅ……)

 それでも何故か私は負傷する。咄嗟にどうでもいいことを考え始めたことで、何とか数分で復活して授業をちゃんと聞くことができた。



 帰りのHRホームルームが終われば家に直行だ。部活には入っていない。そもそも私の学校は部活のレパートリーに欠けまくっているのだ。やりたいことなんて見つかるわけもない。
 走り込みに励む野球部が見えた。自分とは違う世界の住人たちへの理解を拒みつつ、私は何故か顔を俯かせたまま家へと歩みを進めた。



「ただいま」

 とはいえ誰もいない。両親は共働きのため帰ってくるにはまだ時間があるのだ。私は宿題を終える気にもなれず、今日も自分の部屋でダラダラゴロゴロと過ごすことに決めた。

 両親には去年の誕生日にパソコンを買ってもらった。母はまだ早すぎるのではないかと渋っていたが、小6にもなってインターネットに碌に触れていないのは逆に危ないという父の主張に納得したようだった。
 普段は専ら某動画サイトへ足を運んでいる。とはいえ特にお気に入りの動画やチャンネルがあるわけではない。ただ動画を見るという行為が頭を空っぽにしてくれるのが好きなのだ。

「あんまいいの無いな」

 何故かおすすめに流れるのは自分と縁のない動画ばかり。悪いが飯テロには興味が無いのだ。ゲーム実況も気分じゃない。今は人のはしゃぐ声を楽しむ精神は持ち合わせていないからだ。
 淡々と画面を下へ下へなぞっていく。タイトルを読むのも億劫になりサムネイル画像だけで判断するただの羊と化す。指が疲れてスクロールが一瞬止まった。それが幸運だった。

「あ、この動画」

 1、2年ほど前だ。所謂ボーカロイド曲のMV。作った人の名前はよく知っていた。

「……これでいいか」

 死んだ目で再生を押す。0と1の語りが読み込まれる。Loadingのランドルト環がぐるぐると回り、顔も知らない人の想いを伝達しだした。



 人ならざる声が幕を閉じる。動画サイトを閉じ無機質なホーム画面に出迎えられると、私は限界を迎えた。きっと酷い顔だったに違いない。涙だけならまだ美しいかもしれないが、生憎鼻水まですすってそれを一心不乱に手で拭き取っていたのだから。自分がこんなに脆くて浅はかだなんて予想できなかった。
 主人公は嫌われ者だった。しかしボーカロイドはそんな主人公に手を差し伸べた。かつての嫌われ者は機械の声の力を借りて救われていく。こんな感じの歌だった。
 救いを求めてしまった。私は嫌われ者なんかじゃない。ただ無視されているだけだ。それでも、私自身のダメなところなんてあり得ないほど浮かんでくる。そのせいで私が私を嫌いになる。私のことなんかみんな嫌いだと説かれる。そんな私に、この歌は道を教えてくれたのだ。

「わたし……だって……」

 天才が跋扈する絶望的な砂漠。音楽なんて才能が9割。私はそこら辺の木乃伊になるのが当然の結末。それなのに、

「あなたに……会いたいです」

私は求めてしまった。私の生存本能は死しか見えない道を歩けと叫んできた。諦めは死んだ。ここから先はどう足掻いても「よし、もう一回」だ。
 ボカロPという職業は将来の夢に食べられた。いつまでもギュッと抱き抱えていたい、まるで私のお誕生日みたいな記念日だ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...