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第1章 民間伝承研究部編
十二乗音の悪足掻き1
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自分は人と関わるのが苦手だ。そう自覚したのは中学生になってからのことだった。小学生の頃は多少は赤の他人と話すこともできた。きっといい意味で空気が読めなかったのだろう。今の私は賢くなりすぎてしまった。人の顔色とか悪意とか、分かるようになってしまったのだ。
(帰りたい……)
よく言われる冗談を本気で思った。この教室に居場所はない。この私、十二乗音が居心地よくなれる理由なんてあるはずが無いのだ。
いつも通り教室の隅で大人しくしている。国語の授業では音読が怖くなり、先生に注意されない範囲で存在感を薄めた朗読を披露してみせた。誰も何も言わない。当然だ。どうでもいいのだ。こんな私が噛んだかどうかなんて誰も気にしていないし、そもそも自分の番の直前程度でない限り誰も聞いていない。
(うぅ……)
それでも何故か私は負傷する。咄嗟にどうでもいいことを考え始めたことで、何とか数分で復活して授業をちゃんと聞くことができた。
帰りのHRが終われば家に直行だ。部活には入っていない。そもそも私の学校は部活のレパートリーに欠けまくっているのだ。やりたいことなんて見つかるわけもない。
走り込みに励む野球部が見えた。自分とは違う世界の住人たちへの理解を拒みつつ、私は何故か顔を俯かせたまま家へと歩みを進めた。
「ただいま」
とはいえ誰もいない。両親は共働きのため帰ってくるにはまだ時間があるのだ。私は宿題を終える気にもなれず、今日も自分の部屋でダラダラゴロゴロと過ごすことに決めた。
両親には去年の誕生日にパソコンを買ってもらった。母はまだ早すぎるのではないかと渋っていたが、小6にもなってインターネットに碌に触れていないのは逆に危ないという父の主張に納得したようだった。
普段は専ら某動画サイトへ足を運んでいる。とはいえ特にお気に入りの動画やチャンネルがあるわけではない。ただ動画を見るという行為が頭を空っぽにしてくれるのが好きなのだ。
「あんまいいの無いな」
何故かおすすめに流れるのは自分と縁のない動画ばかり。悪いが飯テロには興味が無いのだ。ゲーム実況も気分じゃない。今は人のはしゃぐ声を楽しむ精神は持ち合わせていないからだ。
淡々と画面を下へ下へなぞっていく。タイトルを読むのも億劫になりサムネイル画像だけで判断するただの羊と化す。指が疲れてスクロールが一瞬止まった。それが幸運だった。
「あ、この動画」
1、2年ほど前だ。所謂ボーカロイド曲のMV。作った人の名前はよく知っていた。
「……これでいいか」
死んだ目で再生を押す。0と1の語りが読み込まれる。Loadingのランドルト環がぐるぐると回り、顔も知らない人の想いを伝達しだした。
人ならざる声が幕を閉じる。動画サイトを閉じ無機質なホーム画面に出迎えられると、私は限界を迎えた。きっと酷い顔だったに違いない。涙だけならまだ美しいかもしれないが、生憎鼻水まですすってそれを一心不乱に手で拭き取っていたのだから。自分がこんなに脆くて浅はかだなんて予想できなかった。
主人公は嫌われ者だった。しかしボーカロイドはそんな主人公に手を差し伸べた。かつての嫌われ者は機械の声の力を借りて救われていく。こんな感じの歌だった。
救いを求めてしまった。私は嫌われ者なんかじゃない。ただ無視されているだけだ。それでも、私自身のダメなところなんてあり得ないほど浮かんでくる。そのせいで私が私を嫌いになる。私のことなんかみんな嫌いだと説かれる。そんな私に、この歌は道を教えてくれたのだ。
「わたし……だって……」
天才が跋扈する絶望的な砂漠。音楽なんて才能が9割。私はそこら辺の木乃伊になるのが当然の結末。それなのに、
「あなたに……会いたいです」
私は求めてしまった。私の生存本能は死しか見えない道を歩けと叫んできた。諦めは死んだ。ここから先はどう足掻いても「よし、もう一回」だ。
ボカロPという職業は将来の夢に食べられた。いつまでもギュッと抱き抱えていたい、まるで私のお誕生日みたいな記念日だ。
(帰りたい……)
よく言われる冗談を本気で思った。この教室に居場所はない。この私、十二乗音が居心地よくなれる理由なんてあるはずが無いのだ。
いつも通り教室の隅で大人しくしている。国語の授業では音読が怖くなり、先生に注意されない範囲で存在感を薄めた朗読を披露してみせた。誰も何も言わない。当然だ。どうでもいいのだ。こんな私が噛んだかどうかなんて誰も気にしていないし、そもそも自分の番の直前程度でない限り誰も聞いていない。
(うぅ……)
それでも何故か私は負傷する。咄嗟にどうでもいいことを考え始めたことで、何とか数分で復活して授業をちゃんと聞くことができた。
帰りのHRが終われば家に直行だ。部活には入っていない。そもそも私の学校は部活のレパートリーに欠けまくっているのだ。やりたいことなんて見つかるわけもない。
走り込みに励む野球部が見えた。自分とは違う世界の住人たちへの理解を拒みつつ、私は何故か顔を俯かせたまま家へと歩みを進めた。
「ただいま」
とはいえ誰もいない。両親は共働きのため帰ってくるにはまだ時間があるのだ。私は宿題を終える気にもなれず、今日も自分の部屋でダラダラゴロゴロと過ごすことに決めた。
両親には去年の誕生日にパソコンを買ってもらった。母はまだ早すぎるのではないかと渋っていたが、小6にもなってインターネットに碌に触れていないのは逆に危ないという父の主張に納得したようだった。
普段は専ら某動画サイトへ足を運んでいる。とはいえ特にお気に入りの動画やチャンネルがあるわけではない。ただ動画を見るという行為が頭を空っぽにしてくれるのが好きなのだ。
「あんまいいの無いな」
何故かおすすめに流れるのは自分と縁のない動画ばかり。悪いが飯テロには興味が無いのだ。ゲーム実況も気分じゃない。今は人のはしゃぐ声を楽しむ精神は持ち合わせていないからだ。
淡々と画面を下へ下へなぞっていく。タイトルを読むのも億劫になりサムネイル画像だけで判断するただの羊と化す。指が疲れてスクロールが一瞬止まった。それが幸運だった。
「あ、この動画」
1、2年ほど前だ。所謂ボーカロイド曲のMV。作った人の名前はよく知っていた。
「……これでいいか」
死んだ目で再生を押す。0と1の語りが読み込まれる。Loadingのランドルト環がぐるぐると回り、顔も知らない人の想いを伝達しだした。
人ならざる声が幕を閉じる。動画サイトを閉じ無機質なホーム画面に出迎えられると、私は限界を迎えた。きっと酷い顔だったに違いない。涙だけならまだ美しいかもしれないが、生憎鼻水まですすってそれを一心不乱に手で拭き取っていたのだから。自分がこんなに脆くて浅はかだなんて予想できなかった。
主人公は嫌われ者だった。しかしボーカロイドはそんな主人公に手を差し伸べた。かつての嫌われ者は機械の声の力を借りて救われていく。こんな感じの歌だった。
救いを求めてしまった。私は嫌われ者なんかじゃない。ただ無視されているだけだ。それでも、私自身のダメなところなんてあり得ないほど浮かんでくる。そのせいで私が私を嫌いになる。私のことなんかみんな嫌いだと説かれる。そんな私に、この歌は道を教えてくれたのだ。
「わたし……だって……」
天才が跋扈する絶望的な砂漠。音楽なんて才能が9割。私はそこら辺の木乃伊になるのが当然の結末。それなのに、
「あなたに……会いたいです」
私は求めてしまった。私の生存本能は死しか見えない道を歩けと叫んできた。諦めは死んだ。ここから先はどう足掻いても「よし、もう一回」だ。
ボカロPという職業は将来の夢に食べられた。いつまでもギュッと抱き抱えていたい、まるで私のお誕生日みたいな記念日だ。
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