転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第1章 民間伝承研究部編

十二乗音の悪足掻き0

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 9年ぶりの姉との再会(一方的だが)を果たした翌日、縦軸は至って気持ちよく目を覚ました。
 結局昨晩、夢の中でタテジクと会うことは無かった。まだ疑問は残るものの、彼の言ったことはよく覚えている。

「果報は寝て待てってやつか」

 そんな事を呟いたときだった。部屋のドアがノックされた。

「縦軸、起きてる?」
「起きてるよ。何、母さん?」
「積元さんが来てるわよ」
「先輩が?」

 制服に着替えて1階に降りる。するとそこには音や両親と共に食卓を囲む微の姿があった。

「よっ!おはよう縦軸君!」
「お、おはようございます。でもどうして?」
「いひひ、気分次第です」

 よく笑っている。傾子と再会したときのあの涙が幻覚か何かだったかのように。

「虚、いいからあんたもさっさとご飯食べなさい。遅刻するわよ」
「縦軸君のお母さん、ご飯とっても美味しいです!」
「まあ本当?うふふ、好きなだけおかわりしてね」

 音に促されるまま縦軸も席につき、徐に味噌汁を啜り始める。隣に座る微と体が触れ合いそうだ。

「へえ、新しい部員さんが?」
「うん、成ちゃんっていうんです」
「まあ、賑やかになったわね。うちの縦軸が見劣りしちゃわないかしら」
「縦軸、父さん羨ましいぞ」
「う、うん。賑やかで僕も楽しいよ」

 どこかズレた返答をする縦軸だが、そんなことは気にせず団欒は続いていく。そんな時、ふと素子が呟いた。

「そういえば縦軸、ていりちゃんとはどうなの?」
「ゴフッ!」
「……」
「ほえ?」

 縦軸は思わず吹き出した。面倒くさいと速判断した音は沈黙に徹し、その場には微だけが取り残されている。

「だって縦軸ったら、全然話してくれないんだもん」
「素子、気持ちは分かるがここは縦軸の自由に……」
「どこまで行ったの?手は繋いだわよね。キス?キスしたの?キャー!あんなに可愛かった息子がついに」
「母さん、何も言ってないから。ていうか朝からするような話じゃないでしょ」
「……!朝からするような話じゃない……」

 途端に深刻な表情になる素子。音と微は首を傾げているが縦軸だけは嫌な予感をいち早く察知していた。

「朝からするような話じゃない……アサカラスルヨウナハナシジャナイ……アサカラ……朝!つまりその逆は……」
「か、母さん……ななな、何を考えてるの?」
「あなた、これは一大事よ」
「どうしたんだ素子?」

 真顔の素子が秀樹に告げる。あたかも天動説優位の時代に地動説を推したコペルニクスやガリレオの如く。

「縦軸はね、大人になったのよ」
「な、なんだとーーー⁉︎」
「母さん⁉︎父さん⁉︎」
「うわあ……」
「音ちゃん、どういうこと?」
「何というか……勘違いよ」
「はっ!なるほど」

 文字通りはっとした様子の微は縦軸の両親の誤解に気が付いた。成を巻き込んだ先の一件については微も知っていたからだ。この2人はまだ縦軸とていりが恋人同士だと思っているのだろう。教えてあげなければ。そう考えてしまった。

「縦軸君のご両親!縦軸君とていりちゃんは付き合ってないです!」

 その瞬間、虚家の朝の食卓に静寂が訪れた。

「縦軸、いつかもっといい人が現れるさ」
「クラスも部活も同じでしょ?気まずくなってない?」
「いや、あの、どうしてこうなった……」

「先輩、やりやがったわね」
「音ちゃん、どういうこと?」
「いや、もういいわ」

 騒がしい朝。微がいるせいで一層翻弄されるというのに、音は何故か疲労よりも楽しさの方を覚えていた。

(こういうの、無かったな)

 家にはまだ戻りたくはない。虚家に迷惑をかけてしまうというのは分かっているのに、こんな日常を寄越されたらますますそんな思いが強くなってしまう。
 縦軸は弁解に必死だ。微は深く考えるのをやめて再び食事に目を輝かせている。そんな彼らの声が、不思議と遠ざかっていくようだった。



「行ってきます……」

 朝食を食べたばかりだというのに、縦軸の顔には生命が宿っていないかのようだった。

「縦軸君、大丈夫?」
「大丈夫です……気にしないでください」
「あんたも大変ね」

 他愛の無い会話。しかし音にとってそれに心地よいをものになっていた。
 まだ日が昇りきらず日陰に涼しさの残る中、本人の知らぬ間に誰にも知られず音は笑っていた。



「初めまして、原前と申します」

 前任の者が産休を取った。それが作子が1組の担任を任された理由だった。別にそれが嫌というわけではない。寧ろ責任ある仕事を任されたことが誇らしく、身の引き締まる思いだった。愛のような生徒を助けたい。それが彼女が「先生」を志した理由だったからだ。

「本日はどういったご用件ですか、十二乗さん」

 そんな彼女は学校に乗り込んできた音の両親の対応をさせられていた。可も無く不可も無い笑顔を見せながら、今晩は缶ビールの残骸が舞いそうだと頭を悩ませる作子であった。
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