転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第1章 民間伝承研究部編

転生遺族と自称ライバル10

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 恐怖する縦軸、気怠そうな音、変わらないていり、敵意を隠さない成。虚家のリビングは差し引きマイナスの感情に支配されていた。

「ふぅ」

 成は湯呑みに少し口をつけると、落ち着いた様子で話を始めた。

「さっきは取り乱してごめんなさい。方だなあって思っちゃって」
「そうだったの」

 恋は盲目。ていりは現在の成の状態をなんとなく察した。

「で、あなたは結局除くんのこと好きなんですか?」
「いいえ」

 判断が早い。ていりは成の質問に間髪入れず答える。だからといって成のていりに対する好感度が上がるわけではないのだが。

「互君が一方的に言い寄ってるだけ。には彼を諦めさせるために恋人役を頼んだわ」
「ふうん……十二乗さんから聞いた話とも合ってるわね。分かりました、信じます」

(疑っていたのか……)

 いきなりハサミで刺そうとしてきたせいか、縦軸は成に対して若干の恐怖を抱いていた。愛の深さはここまで突飛な行動すらさせてしまうのかーーなどと思っている縦軸だが、この少年だけには言われたくないというものである。

「それで」

 成の声がまた一段と冷たくなる。幼女のようで、癒しを与えうる声だからこそ恐ろしい。その声を聞いた縦軸と音は思わず体に力が入ったが、唯一成の視界に映っていたていりだけは表情が変わらなかった。

「どうします? これから」

 笑った。一方のていりはーー

「互君のことが好きなんでしょ? だったらさっさと貰って。迷惑だから」

 笑いもしなければ泣きもしないし顔の1つも歪まない。漸化式の問題を等比数列に持ち込んでいくかのようだ。

「それができたら苦労は無いんです!」

「途端に立ち上がる平方成……だわね」

「私にとってもそれが最善策なの。でもあなたのせいで……あんたのせいで!」

「ちょ、ちょっと平方さん落ち着いて」
「黙らっしゃい」
「うっ!」

 音が成の頭を引っ叩いた。

「私ら、特にこの三角ってやつもあの互ってやつのせいで色々面倒なことになってんのよ。虚は楽しそうだけど」
「おい十二乗」
「こいつは確かに美人よ。それは認める。けど、まだ戦の結果は分からないわ。大枚叩いて軍艦買っても刀1振りに殺られることだってあるんだし」
「じゃ、じゃあ、どうすれば……」


「攻めな」


「え?」
「そもそもあんたがヘタレてるから三角にあいつの恋心が向いてるのよ。こいつの顔に嫉妬してるみとれてる暇があったらさっさと本丸落としなさいっ!」

 その時、成の体に衝撃が走った。もはや雷どころかスプライトのようである。ずっと正しいと思っていた、だけどなかなか実行出来なかったことを音がやれと言ってくれた。成は少し楽になった気がした。
 一方の音はーーただ楽になりたかっただけだった。色恋沙汰ほどめんどくさいものは無い。パソコン越しの長い付き合いであるあの変わった友人とのやりとりには楽しさがある。だが恋はどうだろう? 自分のことならいざ知らず、他人の恋ほどどうでもいいことは無い。そんなことに自分が巻き込まれてしまうならせめてさっさと解決してやろうと考えたのだ。

「それから三角、虚」
「何かしら?」
「は、はい!」
「あんたらはもっとイチャつけ! 互に失恋という名の絶望を叩きつけるのよ!」
「ぜ、絶望って……流石に大袈裟じゃ」
「何怯えてんのよ。特にあんたらが鍵なのよ」
「は?」

 音は自棄ヤケになっていた。その上で素晴らしいものを生み出せるのは彼女の才能かもしれない。

「元来人間は絶望してるときが1番弱くなるの。その隙になら恋敵だろうが怪人だろうがつけ込み放題!」

「! て、てことはその時私が除くんに告白すれば……」

「本丸が落ちる可能性は高くなるッ! 絶望を与えろ! 手中に収めるためにッ!」

「十二乗さん! いえねえさん!」

「ね、姐さんって……」
「私、絶対除くんを手に入れます! もう私が家に帰っただけで発狂するくらいに依存させてみせます!」
「……そうね、その意気だわ!」

(どうにでもなれーーー!)

 後に縦軸は語る。このときの音は何かから解放されたようだったと。
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