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第1章 民間伝承研究部編
キナとフルレイド3
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セシリアの魔法によって拘束されたキナは、それでいて余裕を崩さなかった。そうしながら策を練っていたからだ。
「さて、何から訊こうか?」
「なぁんでも訊いてちょうだい。教えるとは保証できないけど。そうねえ、私の名前はキナ。好きな食べ物はおにぎりで、趣味は家でまったりすること。今は家事を勉強してて……」
「黙りなさい。私たちがあなたを殺さないとでも思ってるの?」
ゴードンとセシリアからはとてつもない殺気が向けられている。その原因ぐらいキナにも分かる。愛する我が子を傷つけられて怒らない親などいない。自分だってそうなるだろう。
「まあまあそう怒らない。訊きたいことがあるんでしょう?」
「そうだな。じゃあまず、巡る白熊ってのは何だ?」
「黙秘」
「だろうな。それじゃあ……」
その後もしばらくゴードンたちの尋問は続いた。キナは怯えた様子もなければ暴れることもなく、ただただ余裕を見せながら黙秘を繰り返した。
「やっぱり吐かねえか。しゃあねえ。殺したいのは山々だがその前にこの固い口を叩き割ってやる。セシリア、空間魔法を頼む。こいつを指定の場所まで持ってくぞ」
「任せて」
セシリアが空間魔法を唱えようとしたその時、キナは今しかないと確信した。先程の闇魔法で力を抜かれた拍子に落とした刀は、ギリギリ手の届かない場所にある。必死で魔法の拘束に抗い、活路を見出そうとする。
「させるか!」
ゴードンが異変を察知した。流石はAランク。些細な異変でも見逃さないという実力と自信があるからこそ、先程の尋問も行えたのだろう。
彼の剣が、伸ばそうとしたキナの右腕に迫る。利き腕を落とす。そうして抵抗の意思を奪うためだ。
「そう来ると思ったわ」
剣が肉を叩き斬ろうとしたその直前、キナの姿がブレる。気がつくと、彼女はいつの間にか拘束を脱出し刀も取り返していた。
「ふう。でもやっぱり体は重いわね。呪縛は抜け出せても弱者の枷はダメなんだ。やっぱりメインは位置をずらすことなのかしら?」
そう言うキナの体には相変わらず黒い霧がまとわりついている。動きも体力もまだ本調子ではなかった。
「ちっ、また逃げやがったか」
「でも、体は碌に動かせないはずよ。こうなったら仕方がないわ。ウルタールからも許可は出てる。ゴードン、ここで倒すわよ!」
「おう!」
再び剣を構えるゴードンと、杖を構えるセシリア。そんな2人を前にして、キナは不敵に微笑む。腹の中の策を悟らせないために。
目下の課題は脱出だ。しかし今のままでは一瞬で取り押さえられるだろう。先程食らった闇魔法がいい仕事をしている。自分の魔力を餌にしているのか、ずっと魔力がじわじわ減っている。これを解かないことには己の勝ちはない。
そう悟った彼女の行動は早かった。
刀を逆手に持ち替え強く握りしめると、己の腹に突き刺した。
「なっ!」
「まさか!」
「あああああっ!」
鬼のような表情になりながら、何度も何度も刺していく。時に趣向を変えて切り刻む。腹だけでは飽き足らず、腕、脚、胸、あらゆる場所が傷つけられた。彼女の着ていた和服は、腹部を中心に真っ赤に染まっていた。
10回ほど刺した後、キナは倒れた。意地でも情報を教えまいとする者の覚悟のように、2人には感じられた。
「死んだのか?」
ゴードンがそう思うのも無理は無かった。実際並みの冒険者ならば、彼女の気迫に巻き込まれて冷静に判断できなかっただろう。
真っ先に気づいたのはセシリアだった。
「待ってゴードン、そいつの狙いは……」
その文章を言い切る時間はなかった。それぐらい早く、キナは体を起こし、セシリアめがけて走り出した。
「はあああぁっ!」
刀を振りかぶり、セシリアの首目掛けてその斬撃を流し込んでいく。しかし、それは届き切ることなく見えない壁に弾かれた。
「セシリア!」
少し遅れて反応したゴードンが確実にキナの首を狙いに行く。結局剣は当たらず、再びキナは距離を離した。
「牆璧かしら?咄嗟に無詠唱で放てるなんて。魔法が自然に扱えてる証拠ね。リリィちゃんの成長も楽しみだわ」
そう話すキナの体からは、一切の傷が消えていた。所々無残に破れた服からは、雪のように白い肌が見えている。
「あなた、さては使えるのね?回復魔法」
「だいっせいか~い!」
キナの自傷行為の狙いはこれだった。弱者の枷は対象者の魔力を維持コストにする。これは一見魔力すらも奪われる恐ろしい性質のようだが、裏を返せば魔力がとても少なくなれば解除されるということだ。
キナは何度も自分を傷つけた。そしてそれを癒すため、何度も回復魔法を使った。あえて魔力を枯渇させるために、それだけの回復魔法を使うために自らを瀕死の状態まで追い込んだのだ。
「ぶっとんだ奴だな。だが、魔力が元に戻るまでは時間がかかるはずだ。今なら勝てる!」
「あーら残念。あなたたちは勝てないわ。だって……」
素早く身を翻し、セシリアの詠唱すら間に合わない勢いで走り出す。
「もう帰るからーーーー!」
全力で駆け出すキナ。
「クソッ!逃がすか。待て!」
「落ち着いてゴードン。向こうにも仲間が待ち構えてるわ。あいつ1人で逃げられるわけがない」
「くっ……そうだな」
一方その頃、少し外れた場所ではキナを包囲するべく辺りを包囲していた冒険者たちの間に緊張が走り始めていた。
「獣使いから報告!例の吸血鬼がこっちに向かってくるぞ!」
「ゴードンとセシリアなら大分弱らせてくれてる筈だ。魔術師、支援を頼む!前衛構えろ!ここで仕留めるぞ!」
「「「おう!」」」
Aランクの名にふさわしい歴戦の戦士たちが守りを固める中、遂にキナが衝突した。
「来たぞー!かかれーーー!」
「悪いけど、通させてもらうわよ!」
刀をすらりと抜き放ち、目を見開いて人の塊へと突っ込む。瞬間、魔術師たちの拘束が迫る。
「それはもう慣れたわ!」
飛んでくる鎖の間を抜け、手近な前衛へ向けて刀を構える。相手は両手で巨大な斧を構えている。
「来い化け物!」
「お・ね・え・さ・ん!」
襲いかかる斧はその巨大さを感じさせない速度だ。だが当たらない。斧の高さまで跳躍し、斧自体を踏み台としてさらに高くへ移動する。相手そのものの頭上を飛び越えたのち、落下しながら振り返る。
「取り敢えず1人!」
「なっ……ぐあああ!!」
キナが着地すると同時に、背中を深く斬られた斧使いが膝をつく。相手の生死を確かめるまもなく再びキナは走り出す。
「まだ生きてる、回復術士急げ!残りは囲め!」
リーダーと思われる男の素早い指示により、冒険者たちがキナの周りを取り囲んだ。流石にキナも足を止める。
「これで終わりだ!楽に死にたきゃ大人しくしろ!」
「あらあら、怖い怖い」
状況は一見芳しくない。それでいてキナは余裕を崩さない。冒険者たちは、ここまで来て尚弱みを見せないキナに僅かばかりの敬意を持った。
キナは刀を納め、にやりと笑ってこう言った。
「動きも魔法も見事よ。流石はAランク。七光りとかじゃなくて安心したわ。でもまだダメ。即席ってすぐ分かるくらい連携がぐだぐだよ。数の有利で押そうとしたツケね」
「へえ、この期に及んで説教かい?そんな余裕があるとは思えないが」
「ふふふ、そうかしら?ああところで、これ、なんだと思う?」
そう言ってキナは左掌を冒険者たちに見せてきた。そこには彼女自身がつけたであろう切り傷と、そこから滴る赤い血の流れがあった。
「へっ、その傷がどうした?」
「傷じゃなくて、血を見たら?」
キナのその一言に、冒険者の1人が青ざめた。彼はこの瞬間、この中で最も聡明だっただろう。
「ま、まさか……!」
「その、まさかよ!!!」
「アウウウーーーーーーーー!」
犬は鼻がいい。犬の仲間の狼もだ。そして、その狼の形質を持つある魔物もまた、匂いを探知することが得意だった。例えば、広大な森の中で数滴の血の匂いを辿れるほど。
人はその魔物を、人狼と呼ぶ。
「「「アウウウーーーーーーーー!」」」
獣のそれとよく似た遠吠えが森の中で木霊する。音源は全方向からやってきていた。
「ひ、怯むな!体勢を整え……」
少し遅かった。男が指示を出し終わる前に、1匹の人狼の爪が男の腹を肉を抉った。
そこは混沌と化した。現れた増援は合計5匹。彼らが本調子ならば造作もない数だ。しかし今回は様子が違った。
「こ、こいつっ!」
「後ろだー!」
「何⁉︎うわぁ!」
彼らは連携が取れていた。狼そのものが集団で狩りをするように、互いの隙を埋め合い攻めの機会を奪っていた。
そしてもう一体、この場には厄介な敵がいた。
「足元注意!」
「う、うわぁ!」
「後ろよ!」
「ぐあぁ!」
人狼たちに紛れ、キナは戦場をかき乱していた。飛び散った血の中に、魔物のものはほとんど含まれていなかった。
「そろそろ頃合いね。帰るわよ!」
「「「アウウウーーーーーーーー!」」」
思わぬ増援によってキナ討伐戦は失敗に終わり、Aランク冒険者たちの間には多くの負傷者が出た。
「んんーーー!つっかれたーーー!」
「無茶しすぎですお頭」
「キナって呼んで!それで、怪我は平気?私が治すわよ」
「問題ありません。手持ちの回復薬で事足ります。そもそもお頭、魔力カラカラじゃないですか。よく気を失いませんね」
「そうね、家帰ったら速攻寝る。ソファで寝てやる。晩ご飯は後よ」
「せめて着替えと風呂は済ませてください。その服のままで寝られたらアラクネーたちが泣きます」
土塗れで穴だらけの着物を見ながら、人狼の1人がため息を吐いた。際どい場所が破れていないだけ救いである。
「むぅ、分かったよぅ。んで、あいつらは大丈夫よね?」
「当たり前でしょ。指示通り誰も殺してませんよ」
「そう。それと、何でグリフォンは来なかったわけ?陸路はめんどくさいよ」
「無理言わないでください。いくつの都市の上通りすぎることになると思ってんですか。緊急クエスト発行されちまいますよ」
「だってぇ~!」
駄々をこねながら、キナの頭はゆっくりと整頓を始めた。そうして浮かんだのは、やはりあの少女と、そしてもう1人だった。
「はぁ……頑張ってねリリィちゃん。弟くんを泣かせちゃダメよ」
「さて、何から訊こうか?」
「なぁんでも訊いてちょうだい。教えるとは保証できないけど。そうねえ、私の名前はキナ。好きな食べ物はおにぎりで、趣味は家でまったりすること。今は家事を勉強してて……」
「黙りなさい。私たちがあなたを殺さないとでも思ってるの?」
ゴードンとセシリアからはとてつもない殺気が向けられている。その原因ぐらいキナにも分かる。愛する我が子を傷つけられて怒らない親などいない。自分だってそうなるだろう。
「まあまあそう怒らない。訊きたいことがあるんでしょう?」
「そうだな。じゃあまず、巡る白熊ってのは何だ?」
「黙秘」
「だろうな。それじゃあ……」
その後もしばらくゴードンたちの尋問は続いた。キナは怯えた様子もなければ暴れることもなく、ただただ余裕を見せながら黙秘を繰り返した。
「やっぱり吐かねえか。しゃあねえ。殺したいのは山々だがその前にこの固い口を叩き割ってやる。セシリア、空間魔法を頼む。こいつを指定の場所まで持ってくぞ」
「任せて」
セシリアが空間魔法を唱えようとしたその時、キナは今しかないと確信した。先程の闇魔法で力を抜かれた拍子に落とした刀は、ギリギリ手の届かない場所にある。必死で魔法の拘束に抗い、活路を見出そうとする。
「させるか!」
ゴードンが異変を察知した。流石はAランク。些細な異変でも見逃さないという実力と自信があるからこそ、先程の尋問も行えたのだろう。
彼の剣が、伸ばそうとしたキナの右腕に迫る。利き腕を落とす。そうして抵抗の意思を奪うためだ。
「そう来ると思ったわ」
剣が肉を叩き斬ろうとしたその直前、キナの姿がブレる。気がつくと、彼女はいつの間にか拘束を脱出し刀も取り返していた。
「ふう。でもやっぱり体は重いわね。呪縛は抜け出せても弱者の枷はダメなんだ。やっぱりメインは位置をずらすことなのかしら?」
そう言うキナの体には相変わらず黒い霧がまとわりついている。動きも体力もまだ本調子ではなかった。
「ちっ、また逃げやがったか」
「でも、体は碌に動かせないはずよ。こうなったら仕方がないわ。ウルタールからも許可は出てる。ゴードン、ここで倒すわよ!」
「おう!」
再び剣を構えるゴードンと、杖を構えるセシリア。そんな2人を前にして、キナは不敵に微笑む。腹の中の策を悟らせないために。
目下の課題は脱出だ。しかし今のままでは一瞬で取り押さえられるだろう。先程食らった闇魔法がいい仕事をしている。自分の魔力を餌にしているのか、ずっと魔力がじわじわ減っている。これを解かないことには己の勝ちはない。
そう悟った彼女の行動は早かった。
刀を逆手に持ち替え強く握りしめると、己の腹に突き刺した。
「なっ!」
「まさか!」
「あああああっ!」
鬼のような表情になりながら、何度も何度も刺していく。時に趣向を変えて切り刻む。腹だけでは飽き足らず、腕、脚、胸、あらゆる場所が傷つけられた。彼女の着ていた和服は、腹部を中心に真っ赤に染まっていた。
10回ほど刺した後、キナは倒れた。意地でも情報を教えまいとする者の覚悟のように、2人には感じられた。
「死んだのか?」
ゴードンがそう思うのも無理は無かった。実際並みの冒険者ならば、彼女の気迫に巻き込まれて冷静に判断できなかっただろう。
真っ先に気づいたのはセシリアだった。
「待ってゴードン、そいつの狙いは……」
その文章を言い切る時間はなかった。それぐらい早く、キナは体を起こし、セシリアめがけて走り出した。
「はあああぁっ!」
刀を振りかぶり、セシリアの首目掛けてその斬撃を流し込んでいく。しかし、それは届き切ることなく見えない壁に弾かれた。
「セシリア!」
少し遅れて反応したゴードンが確実にキナの首を狙いに行く。結局剣は当たらず、再びキナは距離を離した。
「牆璧かしら?咄嗟に無詠唱で放てるなんて。魔法が自然に扱えてる証拠ね。リリィちゃんの成長も楽しみだわ」
そう話すキナの体からは、一切の傷が消えていた。所々無残に破れた服からは、雪のように白い肌が見えている。
「あなた、さては使えるのね?回復魔法」
「だいっせいか~い!」
キナの自傷行為の狙いはこれだった。弱者の枷は対象者の魔力を維持コストにする。これは一見魔力すらも奪われる恐ろしい性質のようだが、裏を返せば魔力がとても少なくなれば解除されるということだ。
キナは何度も自分を傷つけた。そしてそれを癒すため、何度も回復魔法を使った。あえて魔力を枯渇させるために、それだけの回復魔法を使うために自らを瀕死の状態まで追い込んだのだ。
「ぶっとんだ奴だな。だが、魔力が元に戻るまでは時間がかかるはずだ。今なら勝てる!」
「あーら残念。あなたたちは勝てないわ。だって……」
素早く身を翻し、セシリアの詠唱すら間に合わない勢いで走り出す。
「もう帰るからーーーー!」
全力で駆け出すキナ。
「クソッ!逃がすか。待て!」
「落ち着いてゴードン。向こうにも仲間が待ち構えてるわ。あいつ1人で逃げられるわけがない」
「くっ……そうだな」
一方その頃、少し外れた場所ではキナを包囲するべく辺りを包囲していた冒険者たちの間に緊張が走り始めていた。
「獣使いから報告!例の吸血鬼がこっちに向かってくるぞ!」
「ゴードンとセシリアなら大分弱らせてくれてる筈だ。魔術師、支援を頼む!前衛構えろ!ここで仕留めるぞ!」
「「「おう!」」」
Aランクの名にふさわしい歴戦の戦士たちが守りを固める中、遂にキナが衝突した。
「来たぞー!かかれーーー!」
「悪いけど、通させてもらうわよ!」
刀をすらりと抜き放ち、目を見開いて人の塊へと突っ込む。瞬間、魔術師たちの拘束が迫る。
「それはもう慣れたわ!」
飛んでくる鎖の間を抜け、手近な前衛へ向けて刀を構える。相手は両手で巨大な斧を構えている。
「来い化け物!」
「お・ね・え・さ・ん!」
襲いかかる斧はその巨大さを感じさせない速度だ。だが当たらない。斧の高さまで跳躍し、斧自体を踏み台としてさらに高くへ移動する。相手そのものの頭上を飛び越えたのち、落下しながら振り返る。
「取り敢えず1人!」
「なっ……ぐあああ!!」
キナが着地すると同時に、背中を深く斬られた斧使いが膝をつく。相手の生死を確かめるまもなく再びキナは走り出す。
「まだ生きてる、回復術士急げ!残りは囲め!」
リーダーと思われる男の素早い指示により、冒険者たちがキナの周りを取り囲んだ。流石にキナも足を止める。
「これで終わりだ!楽に死にたきゃ大人しくしろ!」
「あらあら、怖い怖い」
状況は一見芳しくない。それでいてキナは余裕を崩さない。冒険者たちは、ここまで来て尚弱みを見せないキナに僅かばかりの敬意を持った。
キナは刀を納め、にやりと笑ってこう言った。
「動きも魔法も見事よ。流石はAランク。七光りとかじゃなくて安心したわ。でもまだダメ。即席ってすぐ分かるくらい連携がぐだぐだよ。数の有利で押そうとしたツケね」
「へえ、この期に及んで説教かい?そんな余裕があるとは思えないが」
「ふふふ、そうかしら?ああところで、これ、なんだと思う?」
そう言ってキナは左掌を冒険者たちに見せてきた。そこには彼女自身がつけたであろう切り傷と、そこから滴る赤い血の流れがあった。
「へっ、その傷がどうした?」
「傷じゃなくて、血を見たら?」
キナのその一言に、冒険者の1人が青ざめた。彼はこの瞬間、この中で最も聡明だっただろう。
「ま、まさか……!」
「その、まさかよ!!!」
「アウウウーーーーーーーー!」
犬は鼻がいい。犬の仲間の狼もだ。そして、その狼の形質を持つある魔物もまた、匂いを探知することが得意だった。例えば、広大な森の中で数滴の血の匂いを辿れるほど。
人はその魔物を、人狼と呼ぶ。
「「「アウウウーーーーーーーー!」」」
獣のそれとよく似た遠吠えが森の中で木霊する。音源は全方向からやってきていた。
「ひ、怯むな!体勢を整え……」
少し遅かった。男が指示を出し終わる前に、1匹の人狼の爪が男の腹を肉を抉った。
そこは混沌と化した。現れた増援は合計5匹。彼らが本調子ならば造作もない数だ。しかし今回は様子が違った。
「こ、こいつっ!」
「後ろだー!」
「何⁉︎うわぁ!」
彼らは連携が取れていた。狼そのものが集団で狩りをするように、互いの隙を埋め合い攻めの機会を奪っていた。
そしてもう一体、この場には厄介な敵がいた。
「足元注意!」
「う、うわぁ!」
「後ろよ!」
「ぐあぁ!」
人狼たちに紛れ、キナは戦場をかき乱していた。飛び散った血の中に、魔物のものはほとんど含まれていなかった。
「そろそろ頃合いね。帰るわよ!」
「「「アウウウーーーーーーーー!」」」
思わぬ増援によってキナ討伐戦は失敗に終わり、Aランク冒険者たちの間には多くの負傷者が出た。
「んんーーー!つっかれたーーー!」
「無茶しすぎですお頭」
「キナって呼んで!それで、怪我は平気?私が治すわよ」
「問題ありません。手持ちの回復薬で事足ります。そもそもお頭、魔力カラカラじゃないですか。よく気を失いませんね」
「そうね、家帰ったら速攻寝る。ソファで寝てやる。晩ご飯は後よ」
「せめて着替えと風呂は済ませてください。その服のままで寝られたらアラクネーたちが泣きます」
土塗れで穴だらけの着物を見ながら、人狼の1人がため息を吐いた。際どい場所が破れていないだけ救いである。
「むぅ、分かったよぅ。んで、あいつらは大丈夫よね?」
「当たり前でしょ。指示通り誰も殺してませんよ」
「そう。それと、何でグリフォンは来なかったわけ?陸路はめんどくさいよ」
「無理言わないでください。いくつの都市の上通りすぎることになると思ってんですか。緊急クエスト発行されちまいますよ」
「だってぇ~!」
駄々をこねながら、キナの頭はゆっくりと整頓を始めた。そうして浮かんだのは、やはりあの少女と、そしてもう1人だった。
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