転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第1章 民間伝承研究部編

転生遺族のスタート4

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 その日、民研の部室は静かだった。

「……」
「……」

「……」
「……うぅ、みんな、何か喋ろうよー!静かすぎてやだよーーー!」

 堪らず悲鳴を上げる積元微。賑やかな環境を好む彼女にとって、全員が負のオーラを放ちながら黙り込んでいるこの状況はかなり苦しかったのだ。

「ああ、ごめんなさい先輩。虚君たちがあまりにも静かだったので」
「今ちょっと考え事してます」
「話す気分じゃ無い」

「そ、そんなぁ……」

 微とて学力はあまり高くは無いが人間関係が壊れるタイプの馬鹿では無い。縦軸たちの放つ「頼むから放っておいてくれ」というオーラは彼女を黙らせるのには十分だった。



「……で、あたしたちに泣きついたと?」
「ゔん、だずげでづゔぃーーー!」

 生徒会室にて、文字通り微に泣きつかれているのは微の幼馴染で生徒会副会長の指村しむらつい。生徒会長のげんは対の隣で温かく見守り、書記のしるすはお茶を入れている。

 部室の空気に気圧された翌日、微は生徒会を訪ねてきた。小さい頃から一緒で、傾子が入院してからは空回りしていたものの微を救おうとしてくれた対たちを微が頼るのは自然なことだった。

「はあ……お前と四六時中一緒にいるからそれなりに器のでけえ奴らだと思ってたんだけどな。にしても、虚の奴に姉がいたとは」
「しかも微と同じスキル持ちとは。あまり特徴の無い方だと思っていましたけど、いやはや、微に勝るとも劣らないびっくり箱ですね」
「ふむ……記の言う通り、中々興味深い少年だね」

 微から縦軸の過去と目的、それを巡る件の騒動を聞いた生徒会たちは概ね同じような反応を見せていた。

 そんな中、弦がある考えを呟く。

「だから彼は助けてくれたのかもね」
「ふぇ?」
「彼は幼い頃にお姉さんが亡くなったんだろ?つまり家族を失う痛みをよく分かってるってことだ。そんな彼だから、微と僕たちのことも、十二乗さんのことも助けてくれたんだと思うよ」

 弦の考えは的を射ていた。昨日今日知り合った高校の先輩が、友人と揉めていようと身内に病人がいようと大抵はあまり踏み込まない。せいぜい見舞いに行ったり心配してやるくらいである。
 しかし縦軸は違った。微と対たちがすれ違いを乗り越えるために尽力し、傾子も助からないなりに助けてくれた。異世界転生という形で。
 音に敢えて死という選択肢を突きつけ彼女すら気付かなかった命への執着を顕にさせたのも、愛の自殺による後悔が故である。

「そうだったんだ。縦軸君、優しいな」
「んで、結局あんたはどうしたいわけ?」
「ハッ、そうだった!対、弦君、記君、お願い助けて!縦軸君と音ちゃんが喧嘩したままなんてやだよ!」
「まあ落ち着け」

 やや呆れながらも微を優しく宥める対。彼女にとっても微が困ったときに自分たちを頼ってきたのは、微には少し悪いが嬉しいことだった。
 ここ最近、微は縦軸たちとよく一緒にいたかわりに対たちとは少し疎遠になりつつあった。あの一件を乗り越えて微が未だに自分たちを親友と思ってくれていることが伝わってきたことに、対も弦も記も心の中では喜んでいたのだ。

 そんな中、弦が再び口を開いた。

「よし、じゃあ微。少しずつ整理していこう」
「うん。」
「まず1つ目、虚君と十二乗さんは喧嘩している。そうだね?」
「うん」
「2つ目、微は彼らを仲直りさせたい」
「うん。」
「3つ目、でもその方法が分からない」
「うん」

 そこまで聞くと、弦は少し考え込んだ。まるで事件を解決するときの探偵みたいだと、微は思った。

「うーん、そうだね。微、それじゃあ1つアドバイスだ」
「うん!教えて教えて!」
「いいかい?微」


 放っておけ


 弦の回答に、微は困惑した。

「ど、どういうこと?弦君、酷いよ。私、縦軸君のこと助けてあげたいのに!」

 焦る微。そんな彼女に弦は語りかける。優しく、童話を読み聞かせるように。

「微、よく聞いて。僕が思うに、今回の虚君と十二乗さんの喧嘩は喧嘩というより問答に近い」
「もんどー?」
「ああそうだ。つまり十二乗さんの主張はこういうことだろ?『お前は姉が不幸せになるかもしれなくても彼女を連れ戻すのか?』と」
「う、うん」
「それはね、虚君にとってとても大事な問いだと思うよ。実際僕でもそこは気になる」

 弦は1年の頃から生徒会長の座に君臨している。それは彼の優秀さあってこそだ。そんな彼だからこそ、音の質問の真っ当さは理解できた。

「じゃ、じゃあ、縦軸君は……」
「落ち着いて。きっと虚君は、よく考えてるんじゃないかな?」
「かんがえてる?」
「虚君も十二乗さんの言葉は筋が通ってるって分かってるんだよ。だからきっと、よーく考えてるんだ。十二乗さんも自分も納得できる、そんな答えを見つけられるように」

 弦が説明すると、微はどこか納得した様子だった。

「じゃあもしかして、放っておくっていうのは」
「その通りだ。これは虚縦軸本人が答えを見つけなければいけない。微、心配なのは分かるけど君が急かしたり口を出したりするのは逆効果だと思うよ。彼のことを思うなら、だからこそ今はそっとしといてやるんだ。分かったかい?」

「…………うん!分かった!弦君、対も記君もありがとう!それじゃあ私もう行くね」
「うん、それじゃあ」
「また何かあったら遠慮するなよ」
「いつでも僕たちを頼ってくださいね」
「うん!3人とも大好き!じゃあね!」



 微が出て行った後、少しの静寂の後、対が口を開いた。

「なあ、どう思う?」
「これは、驚きましたね」
「全くだよ。あんな微、初めてじゃないか?」

 3人は同意見であると互いに分かった。

「微のやつ、あんなに誰かのことで必死になったのって傾子さん以来じゃないかい?」
「確かに、微のあの焦り具合、民研廃部危機の時を軽く超えてましたね」
「お前ら見たか?『縦軸君、優しいな』って言ったときの微の顔」
「ああ見たさ。おまけに『助けてあげたい』って言ってたよね」

「……自覚はあると思うか?」
「いや、まだ無いだろう。彼女はえらく無垢だからね。きっと今回も無自覚で動いてる。そうに違いない」
「どうするよ?」
「うむ、流石に微のことを邪魔するのは憚られます。彼女が気付くまでは取り敢えずこのことにはノータッチでいくのはいかがでしょう?」
「そうだな。気づいた時は、まあその時さ」
「ひとまず、虚の野郎どうするよ?」
「そうだね……記、確かなかなか処理できずに残ってた業務がいくつかあったよね」
「はい。ありますよ」
「ふふふ、人手が必要だねえ」
「そんじゃあ、知り合いで借りるとすっか。ああそうだ!虚なんてどうだ?」
「おおそうだな。そいつはいい案だ。彼にはたくさん働いてもらうとしよう!」

 この日から、縦軸は何故か生徒会の仕事を手伝うこととなり、数日間忙殺される日々を送ることになった。
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