転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第1章 民間伝承研究部編

転生少女と研修6

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「よく聞きなさいリリィちゃん」

 キナは私にそう言ってきました。全身を斬られて碌に動くこともできず倒れ込む私に。

「今回のあなたの戦い、どこが良くてどこがダメだったと思う?」
「……何のつもりですか?」
「あら、言葉のままよ。ゴブリン、そして私と戦って、良かったところと悪かったところがあるでしょ?まず良かったところは強力な魔法とスキル。一撃で確実にゴブリンを仕留めてたものね。空間魔法を不意打ちに使ったり、私の刀を受け流して反撃に転じたり、機転も良かったわ。でもね……」

 先程まで無邪気に笑っていたキナの顔が急に険しくなります。戦場に立つ兵士のように。

「まず自分と相手の実力をよく考えなさい。おかげで死にかけてるじゃない。あと仲間を置いてけぼりにしちゃダメ。おかげであっちは大慌てよ。1人で突っ走って無茶やって、そんな英雄譚で死ぬくらいなら物語の主人公なんて辞めた方がずっといいの」
「……っ!」

 キナの苦言が私をしつこく斬り付けてきました。彼女の言う通りです。私は1人で勝手に動いて能力が未知数の格上に挑んだ挙句、誰一人として助けられずに死のうとしています。主人公ぶったバカじゃないですか。けど……

「空間魔法 テレp……むぐっ!」

 せめて人質と思わしきあの人たちだけでも逃がそうとした私の口は、キナの左手に塞がれていました。

「魔術師封じの古典的な方法よ。だから無詠唱がいいって言ったのに」
「んー!んんーーー!」
「こらこら、暴れちゃダメ。どうせすぐ動かなくなるのに」

 そう言って刀を振り上げるキナ。

 ああ、私また死ぬんですね。いやだなあ、死にたくないなあ。前世は自殺して終わったってのに。何で今更こんなに執着してるんだろ。とんだ贅沢ですね。こんなことになるなら、前世でも生きて生きて生きてやれば良かった……そういえば、前世といえば、

「左様なら、リリィちゃん」


 元気かな、縦軸


「……!」

 その時、どこからともなく空を切って何かが飛んできました。キナの胴体目掛けて迫ってきます。反応が少し遅れ、刀で受ける余裕の無かったキナは飛び退いて回避しました。命中することなく地面に突き刺さったそれは、でした。

「リリィちゃん!」

 その声がリムノさんだと理解するのは容易でした。

「はぁ……応援来ちゃったか……」
「立ち去りなさい、吸血鬼!さもなくば死ね!」
「うーん……いいわ、引いてあげる。また会いましょう、リリィちゃん。強く生きなさい」

 キナのその言葉を最後に、私の意識は絶たれました。



 私の名前はうつろあい。今、目の前に赤信号がついています。

「赤信号だね。縦軸、青になるまでお姉ちゃんと待とうか。縦軸?」

 手を繋いでいたはずの弟が見当たりません。どこへ行ったのでしょうか?

「ここだよ、お姉ちゃん」

 良かった、声が聞こえました。

「ああ良かった。心配したんだよ……!縦軸!」

 弟は横断歩道の真ん中に立っていました。依然、歩行者信号は赤のままです。

「ダメよ縦軸、そこは危ないの!ほら、早く戻って!」
「知ってるよ。車が来るから危ないんだよね?車に轢かれたら死んじゃうかもしれないんだよね?」
「そうよ、だから早く戻って!くっ……」

 助けに行きたいのに、何故か足が動きません。これでは助けに行けません。お願い縦軸、こっちまで戻ってきて。

「嫌だよ。だってぼく、ここに立ってるんだから」
「……!」

 弟が自殺⁉︎そんな、嘘だ。ありえない。あんなにいつも楽しそうにしてた弟が死にたがるなんて。
 やがて、車のクラクションが聴こえてきました。
 いやだ、あの子が死んだら私は……

「お願い、死なないで縦軸!あなたがいないと私は生きていけない!」
「何言ってるんだい?お姉ちゃんだってぼくを置いてったじゃないか。」


「そうでしょう?リリィ」


 這いつくばって泣き叫ぶ私を見下ろす影。私に、リリィに、虚愛は皮肉めいた笑顔で問いかけてきました。



「いやあああああああああああ!!!!!!」

 絶叫しながら飛び起きる日が来るとは。何でしょう?何か悪い夢を見た気がします。

「リリィちゃん?」

 優しい声が聞こえました。横を向くと、私のことを心配そうに見つめるリムノさんがいました。

「リムノさん。こ、ここは?」
「ホシュゴーの町の宿よ。回復術士ヒーラーに傷を治してもらった後、私が連れてきたの。イデシメちゃんとカール君も他の部屋で待ってるわ」
「……あの吸血鬼は?」
「逃げたわ。ああそれと、あいつの近くに倒れてた人たち、みんな生きてたわ。訊いてみたら、あのゴブリンが連れ去った村の女性たちだったわ」

 そうか、無事だったんですね。

「ところでリリィちゃん、何か怖い夢でも見たの?」
「え?」
「だってあなた、泣いてるわよ」

 リムノさんに言われて初めて気がつきました。私の目から頬を伝って、所謂涙が静かに流れ落ちていました。



 その後は、まあ1人で動いたことをリムノさんにこってり絞られたり、イデシメさんたちに泣きつかれたり、キナの話を訊かれたり、色々大変でした。
 残りの間は、薬草採取などの簡単なクエストをこなしながら私たちの研修期間は過ぎて行きました。



「それじゃあみんなお疲れ様。明日からまた学園での授業が始まると思うから、残りの学園生活、思いっきり楽しんで頂戴。あと、卒業試験で当たっちゃったら容赦しないからよろしくね」

 リムノさんからはそんな言葉を受け取ってお別れとなりました。

 また、私の学園での日々が始まります。



「お頭、例の女の子はどうでした?」

 そう訊いてきたのは一見普通の人間の中年男性だ。だがキナは知っている。彼はその体を獣の如きものに変貌させる人狼だと。

「もう凄かったよ。11歳で空間魔法使って私の刀受け止めるなんて怖すぎるよぅ」
「へえ、お頭にそこまで言わせますかい?」
「うん、今回は圧勝したけど、苦しめられるのは時間の問題だと思う」
「それはそれは。でも気をつけてくださいよ。お頭がくたばったら……」
「分かってるわよ」

 人狼に、キナは少し文句を呟く。

「ねえ、その『お頭』って呼び方何なの?慣れないからキナで良いって言ってるのに。そもそも何で長老じゃなくて私がリーダーなのよ」
「いいじゃないですか。その長老も含めてみんなが選んだんですよ。お頭を巡る白熊のリーダーに」
「うぅ……もう無理。お腹すいたぁー!」
「へいへい。もうすぐ昼ご飯ですから待っていてください」
「はぁーい」

 どこからともなく漂ってくる匂いから今日の昼食のメニューを推測していたキナは、ふと呟いた。

「これで、いいのよね?」
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