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第1章 民間伝承研究部編
転生遺族のむかしむかし3
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虚家と関わるようになったのは、私が小学生の頃からだ。
「やーい、こっちだよー!」
「待ってー!かーえーしーてー!」
私の名前は原前作子、当時小学1年生。帰り道にて男子どもに教科書を盗られていた。
「返してよ!お願い!」
「やーだねー。ほーら、とってこーい!」
そう言って男子は私の教科書を明後日の方向へ投げてしまった。
「うーん。見つからないよー」
私は教科書を探していた。しかしなかなか見つからない。そんな時だ、彼女に出会ったのは。
「あの、そこのあなた」
女の子の声がした。
「もしかして、これを探してますか?」
その子が持っていたのは、私が探していた教科書だった。
「向こうに落ちてたんです。あなたのですか?」
「あ、うん。そうだよ」
「そうですか、ではどうぞ」
彼女はあっさりと教科書を返してくれた。
「えっと、ありがとう」
「いえいえ、気にしないでください。困ってる子がいたら助けてあげないと」
何だかやけに丁寧な喋り方の子だと思った。後で知ったことだが、これは絵本のお姫様を真似ていたらしく、この先ずっとこの口調だった。
この少女こそ、後の我が親友、虚愛であった。
愛と仲良くなってから1年後、愛に弟が生まれた。両親は弟の世話で忙しく、愛も両親がかまってくれなくてきっと寂しいだろうと思った。ところがそうはいかなかった。
愛も両親と共に弟(縦軸と名付けられた)を溺愛していたのだ。子どもの彼女が出来ることは少なかったが、よく縦軸に話しかけてあげたり、絵本を読んでやったりしていた。ちなみに私も愛に巻き込まれる形で縦軸にかまうようになった。
それから3年後、私と愛は5年生に、縦軸は3歳になった。縦軸もよく喋るようになり、愛と一緒に縦軸のお世話をするのが私の日課となっていた。この頃にはもう家族ぐるみで仲良くなっていた。
「縦軸ー、おいでおいでー!」
「わーい!」
縦軸が愛の元へ駆け寄っていき、思いっきり抱きついた。
「ふふ、やっぱり縦軸君は可愛いね」
「作子、何を今更?縦軸が世界一可愛いことなど証明なしでも明らかです」
「愛、それだと愛が勝手に決めたことになるよ」
そんな他愛もない会話をしていたその時だった。小さな子ども(まあ当時の私たちもまだ小学生だったが)というのは時にこちらの度肝を抜いてくる。
「ねえねえ、おねえちゃん!」
「あら、どうしたの?」
「ぼくね、おおきくなったら、おねえちゃんとけっこんする!」
「、、、、、!」
小さい子のお馴染みの台詞だった。
「あ~い~?顔が真っ赤だよ~?」
「ちょ!ま、待ってください!これはちが、もう!そんなにニヤニヤしないでくださーーーい!」
縦軸と一緒にいるとき、愛はいつだって笑顔だった。そう、縦軸と一緒のときは。
始まりは中学生になってからだった。
「え!愛、バド部に入ったの⁉︎」
「はい、私は決意しました。この運動音痴という名の呪いを、絶対に解いてやるんです!」
「いやいやいや、やめとこうよ。練習はキツいし馴染むの大変だって。私と一緒に美術部に行こ?」
「え~、私、絵下手ですし」
「だったら運動音痴はどう説明すんじゃい!」
結局愛はそのままバドミントン部に入部した。
それから数週間後のこと。体育の授業にて。
「それじゃあ今日の授業はバドミントンだ。取り敢えずバド部に見本を見せてもらおう。虚、あとええと……」
先生が愛のペアに指名したのは、ウチのバド部では最強の女子だった。
「じゃあまず基礎打ちから見せてくれ。始め!」
「ハッ!」
「わっ!あわわわわ、えいっ!」
飛んできた羽と愛のラケットがぶつかることもなく、愛は転倒した。
「プッ、やっぱ愛って天才だわ。もうオリンピック狙えるんじゃない?」
これは侮辱の表現技法の一種だ。的外れすぎる褒め言葉は、それとは反対の意味の侮辱を表す。
「……っ!」
愛も彼女の言葉の真意を悟ったのか、その顔には怒りが滲んでいた。だが何も言わなかった。彼女の教師嫌いはよく知っている。きっとあの体育教師が割り込んでくるのが嫌なのだろう。尤もあの女子と1体1の状況ならばどうにかなったとは思えないが。
愛へのいじりは日に日にエスカレートしていった。教師たちは知ってか知らずか放置していた。まあどっちにしろ無能ということだ。
愛は、教室では完全に気配を消していた。誰にも話しかけられたくなかったのだ。
そして私は、何もできなかった。下手に横槍を入れれば今度は私がターゲットだし、愛がどんな手段で解決して欲しいかも分からなかった。
私の目にはただ、延々と言葉で小突かれ続け、その痛みが消えていかない愛の姿が映っていた。あえてコミカルに例えるならば、龍が延々とダメージ1の攻撃をとめどなく与えられているような、そんな感じだった。
その日は愛も私も部活が休みだった。
「はぁー疲れました。早く帰って縦軸を愛でねば。あ、作子、今日も遊びに来ませんか?」
「……」
「ああそうだ、もうすぐ中間テストですよね?勉強会したいなー、なんて」
「……」
「にしても今日の山田先生の解説は神授業でしたよね。特に平方根が……」
「愛」
愛が立ち止まる。その顔はこの後の会話を察しているように見えた。
「愛はさ、その、苦しくないの?」
「……何の話です?」
「あいつらのことだよ」
はぐらかしてはならなかった。
「愛さ、部活で酷い目に遭ってるよね。そのせいでクラスでも笑い者にされて、苦しくないの?何で笑ってられるの?」
愛は、私や縦軸と一緒にいるときは常に笑顔だった。闇を隠していたのだ。
「……そりゃ苦しいです。でも、どうしようもないじゃないですか」
「……それは」
「あいつらと話し合って解決なんてできっこない。かといって教師には頼りたくない。分かりますか?詰んでるんですよ、私。だから耐えるしかないんです」
耐えるしかないと言わせてしまった。最悪の状況が起きてしまっていた。だからこそ、
「何で頼らないのよ」
「へ?」
「何で私を頼らないんだよ!私はあなたの親友なんだよ!困ってたら助けるもんだろ!」
「つ、作子?」
「あんた1人だったらそりゃ詰むに決まってるよ!あいつらどうにかできるわけねえだろ!でもな、あんたには私がいるだろ!」
「作子……」
「あんたは何とも思わねえのかよ?あんたそんな馬鹿じゃないから思いつくだろ、仲良い奴頼ればいいって。気づいてただろ、私に縋ればいいって」
「……」
「それで思っただろ、何で私は助けないんだって。」
「……!」
「私は今までずっと、親友が苦しむ姿をただ見てただけなんだよ?普通恨むだろ、ギルティだろ。傍観者なんて加害者とイコールなんだよ。だから、私を恨みなよ」
私は止まらなかった。
「私恨んで、そんでもって文句言いなよ。『何で助けないんだ』って。じゃないと私、私、助けてあげられないんだよぉ……」
私の方が何故か泣いていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
「作子」
泣きながら蹲る私に、愛が寄り添ってくる。
「うぐっ……ひぐっ……ごめんね、ごめんね」
「泣かないでください。作子は悪くありません。悪いのはあいつらです」
「でも、私だって、もっと何かできるかもしれないのに、なのに……」
「作子……」
「ごめんね、愛。助けてあげられなくて……」
我ながら情けなかった。今苦しいのは愛なのに、その愛に慰めてもらっていた。また1つ、彼女に苦労をさせてしまっていた。そうしてくれると信じる自分がいた。
「作子、泣かないでください。私だってまだ負けたわけじゃありません」
「……ふぇ?」
「いいですか作子、こういうのは屈したら負けなんです。こちらより先に相手の心が折れればいいんです」
「愛……!」
「だから私は明日も耐えます。私は負けないって、あいつらに分からせるために。だから作子、お願いがあります」
「お願い?」
「私の味方だって、約束してください。別に無理して行動を起こさなくてもいいんです。ただあなたという味方がいると思うだけで、私はいつまでも戦える。だからね?約束してください」
「……うん!約束する!私はぜーったい、愛の味方でいる!ずっと愛の味方でいる!」
「ありがとうございます。あなたのおかげで、私は絶対に負けません」
これが中学1年の時の出来事。この時、私はこれでいいんだと思ってた。
そして2年後、愛は自殺した。負けるどころか、全てを手放させてしまった。
「やーい、こっちだよー!」
「待ってー!かーえーしーてー!」
私の名前は原前作子、当時小学1年生。帰り道にて男子どもに教科書を盗られていた。
「返してよ!お願い!」
「やーだねー。ほーら、とってこーい!」
そう言って男子は私の教科書を明後日の方向へ投げてしまった。
「うーん。見つからないよー」
私は教科書を探していた。しかしなかなか見つからない。そんな時だ、彼女に出会ったのは。
「あの、そこのあなた」
女の子の声がした。
「もしかして、これを探してますか?」
その子が持っていたのは、私が探していた教科書だった。
「向こうに落ちてたんです。あなたのですか?」
「あ、うん。そうだよ」
「そうですか、ではどうぞ」
彼女はあっさりと教科書を返してくれた。
「えっと、ありがとう」
「いえいえ、気にしないでください。困ってる子がいたら助けてあげないと」
何だかやけに丁寧な喋り方の子だと思った。後で知ったことだが、これは絵本のお姫様を真似ていたらしく、この先ずっとこの口調だった。
この少女こそ、後の我が親友、虚愛であった。
愛と仲良くなってから1年後、愛に弟が生まれた。両親は弟の世話で忙しく、愛も両親がかまってくれなくてきっと寂しいだろうと思った。ところがそうはいかなかった。
愛も両親と共に弟(縦軸と名付けられた)を溺愛していたのだ。子どもの彼女が出来ることは少なかったが、よく縦軸に話しかけてあげたり、絵本を読んでやったりしていた。ちなみに私も愛に巻き込まれる形で縦軸にかまうようになった。
それから3年後、私と愛は5年生に、縦軸は3歳になった。縦軸もよく喋るようになり、愛と一緒に縦軸のお世話をするのが私の日課となっていた。この頃にはもう家族ぐるみで仲良くなっていた。
「縦軸ー、おいでおいでー!」
「わーい!」
縦軸が愛の元へ駆け寄っていき、思いっきり抱きついた。
「ふふ、やっぱり縦軸君は可愛いね」
「作子、何を今更?縦軸が世界一可愛いことなど証明なしでも明らかです」
「愛、それだと愛が勝手に決めたことになるよ」
そんな他愛もない会話をしていたその時だった。小さな子ども(まあ当時の私たちもまだ小学生だったが)というのは時にこちらの度肝を抜いてくる。
「ねえねえ、おねえちゃん!」
「あら、どうしたの?」
「ぼくね、おおきくなったら、おねえちゃんとけっこんする!」
「、、、、、!」
小さい子のお馴染みの台詞だった。
「あ~い~?顔が真っ赤だよ~?」
「ちょ!ま、待ってください!これはちが、もう!そんなにニヤニヤしないでくださーーーい!」
縦軸と一緒にいるとき、愛はいつだって笑顔だった。そう、縦軸と一緒のときは。
始まりは中学生になってからだった。
「え!愛、バド部に入ったの⁉︎」
「はい、私は決意しました。この運動音痴という名の呪いを、絶対に解いてやるんです!」
「いやいやいや、やめとこうよ。練習はキツいし馴染むの大変だって。私と一緒に美術部に行こ?」
「え~、私、絵下手ですし」
「だったら運動音痴はどう説明すんじゃい!」
結局愛はそのままバドミントン部に入部した。
それから数週間後のこと。体育の授業にて。
「それじゃあ今日の授業はバドミントンだ。取り敢えずバド部に見本を見せてもらおう。虚、あとええと……」
先生が愛のペアに指名したのは、ウチのバド部では最強の女子だった。
「じゃあまず基礎打ちから見せてくれ。始め!」
「ハッ!」
「わっ!あわわわわ、えいっ!」
飛んできた羽と愛のラケットがぶつかることもなく、愛は転倒した。
「プッ、やっぱ愛って天才だわ。もうオリンピック狙えるんじゃない?」
これは侮辱の表現技法の一種だ。的外れすぎる褒め言葉は、それとは反対の意味の侮辱を表す。
「……っ!」
愛も彼女の言葉の真意を悟ったのか、その顔には怒りが滲んでいた。だが何も言わなかった。彼女の教師嫌いはよく知っている。きっとあの体育教師が割り込んでくるのが嫌なのだろう。尤もあの女子と1体1の状況ならばどうにかなったとは思えないが。
愛へのいじりは日に日にエスカレートしていった。教師たちは知ってか知らずか放置していた。まあどっちにしろ無能ということだ。
愛は、教室では完全に気配を消していた。誰にも話しかけられたくなかったのだ。
そして私は、何もできなかった。下手に横槍を入れれば今度は私がターゲットだし、愛がどんな手段で解決して欲しいかも分からなかった。
私の目にはただ、延々と言葉で小突かれ続け、その痛みが消えていかない愛の姿が映っていた。あえてコミカルに例えるならば、龍が延々とダメージ1の攻撃をとめどなく与えられているような、そんな感じだった。
その日は愛も私も部活が休みだった。
「はぁー疲れました。早く帰って縦軸を愛でねば。あ、作子、今日も遊びに来ませんか?」
「……」
「ああそうだ、もうすぐ中間テストですよね?勉強会したいなー、なんて」
「……」
「にしても今日の山田先生の解説は神授業でしたよね。特に平方根が……」
「愛」
愛が立ち止まる。その顔はこの後の会話を察しているように見えた。
「愛はさ、その、苦しくないの?」
「……何の話です?」
「あいつらのことだよ」
はぐらかしてはならなかった。
「愛さ、部活で酷い目に遭ってるよね。そのせいでクラスでも笑い者にされて、苦しくないの?何で笑ってられるの?」
愛は、私や縦軸と一緒にいるときは常に笑顔だった。闇を隠していたのだ。
「……そりゃ苦しいです。でも、どうしようもないじゃないですか」
「……それは」
「あいつらと話し合って解決なんてできっこない。かといって教師には頼りたくない。分かりますか?詰んでるんですよ、私。だから耐えるしかないんです」
耐えるしかないと言わせてしまった。最悪の状況が起きてしまっていた。だからこそ、
「何で頼らないのよ」
「へ?」
「何で私を頼らないんだよ!私はあなたの親友なんだよ!困ってたら助けるもんだろ!」
「つ、作子?」
「あんた1人だったらそりゃ詰むに決まってるよ!あいつらどうにかできるわけねえだろ!でもな、あんたには私がいるだろ!」
「作子……」
「あんたは何とも思わねえのかよ?あんたそんな馬鹿じゃないから思いつくだろ、仲良い奴頼ればいいって。気づいてただろ、私に縋ればいいって」
「……」
「それで思っただろ、何で私は助けないんだって。」
「……!」
「私は今までずっと、親友が苦しむ姿をただ見てただけなんだよ?普通恨むだろ、ギルティだろ。傍観者なんて加害者とイコールなんだよ。だから、私を恨みなよ」
私は止まらなかった。
「私恨んで、そんでもって文句言いなよ。『何で助けないんだ』って。じゃないと私、私、助けてあげられないんだよぉ……」
私の方が何故か泣いていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
「作子」
泣きながら蹲る私に、愛が寄り添ってくる。
「うぐっ……ひぐっ……ごめんね、ごめんね」
「泣かないでください。作子は悪くありません。悪いのはあいつらです」
「でも、私だって、もっと何かできるかもしれないのに、なのに……」
「作子……」
「ごめんね、愛。助けてあげられなくて……」
我ながら情けなかった。今苦しいのは愛なのに、その愛に慰めてもらっていた。また1つ、彼女に苦労をさせてしまっていた。そうしてくれると信じる自分がいた。
「作子、泣かないでください。私だってまだ負けたわけじゃありません」
「……ふぇ?」
「いいですか作子、こういうのは屈したら負けなんです。こちらより先に相手の心が折れればいいんです」
「愛……!」
「だから私は明日も耐えます。私は負けないって、あいつらに分からせるために。だから作子、お願いがあります」
「お願い?」
「私の味方だって、約束してください。別に無理して行動を起こさなくてもいいんです。ただあなたという味方がいると思うだけで、私はいつまでも戦える。だからね?約束してください」
「……うん!約束する!私はぜーったい、愛の味方でいる!ずっと愛の味方でいる!」
「ありがとうございます。あなたのおかげで、私は絶対に負けません」
これが中学1年の時の出来事。この時、私はこれでいいんだと思ってた。
そして2年後、愛は自殺した。負けるどころか、全てを手放させてしまった。
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