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5巻

5-3

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「あれだけの無属性魔法の使い手なら、攻撃の瞬間に剣に魔力を乗せることができるはず。重力で斬撃をブーストさせれば、父さんでもダメージを負いますよね?」
「確かにそうだな。いくらヒューゴでも、戦い方を変えざるを得なくなるだろう」

 俺の疑問にアスラが答えた。ジーノさんが【念話】で口をはさんでくる。

『剣に魔法を乗せるのは俺もしないんだよねー。せっかく剣を使っているのに、切ってるって感覚がしないじゃん』
『何それ、怖いよ』
『でも実際大事なんだよ。そういう剣から伝わってくる感覚を体って覚えてるからさ。下手に目先の一撃にとらわれると……』

 ジーノさんが何やら語っているが、俺は彼のある言葉が引っかかった。
 ――体って覚えてるからさ。
 そして、別の発言を思い出す。
 ――あいつの頭って、固定されたみたいに動かないじゃん。
 ……たとえば、そもそも首から上がないとしたら?
 昨年の事件で、ジーノさんの体は生首を残して何者かによって持ち去られている。
 つまり、正体不明な黒騎士の中身が彼の死体である可能性は十分……いや、さすがにそれはないか。
 仮にアンデッドだったとしても、魔法の資質は魂に由来するのだ。ジーノさんの肉体があるだけでは、あれほどの無属性魔法は使えない。
 我ながら突飛な発想だ。
 俺は首を横に振ると、愛犬にやされるべくあたりを見回した。
 ノクスとアスラたちは、まだ剣に魔法を乗せない理由を討論しているみたいだ。
 目が合ったアモンが言う。

「なんだか剣と魔法がチグハグで、別の人みたいだね!」

 その発言で、俺の脳裏に恐ろしい想像が浮かんだ。
 ジーノさんによく似た剣術を扱う黒騎士。彼が使うのは無属性魔法のみで、その様子はアモンに「マルガネスさんのファンなんじゃない?」と言わせるほど、たくみの技だ。
 まさかそんなことが……
 ありえないと思いつつも、不安がぬぐえない。
 俺は風魔法を使い、父さんだけに聞こえるように想像を伝えた。
 父さんが観客席を振り返り、こちらに向かって頷いてみせる。
 そして今までになく大きく踏み出し、黒騎士のふところに飛び込んだ。
 防御の構えを取る双剣の間をい、父さんは剣の切っ先を鎧とかぶと隙間すきまに入れる。

「正体を見せてみろ!」

 そう叫んだ父さんが、梃子てこの原理で兜を無理やり弾き飛ばした。
 カランッと音を立てて、兜が地面に落ちた。

「キャーッ!」

 観客席から悲鳴が湧く。
 きっと父さんがリカントさんの首を切ったのだと思ったのだろう。
 だが……

「見ろ! 兜の中身はからっぽだ」

 父さんが宣言すると、観客たちがざわめく。
 それは『鋼鉄の牛車』やアモンたちも例外ではない。
【念話】から、バルカンとギンジの動揺した声が伝わってくる。

『あれ? 俺と一緒だ』
『……一緒じゃなくて逆でしょ? ジーノは首があるじゃん』

 唯一あっけらかんとしているジーノさんに、ノクスが冷静なツッコミを入れた。

『違うよ、二人とも。あれはジーノさんと……一対いっついなんだ』

 体はジーノさんのもの。そして魂はマルガネスさんのもの……死霊魔術しりょうまじゅつで魂を隷属れいぞくさせ、死体と結び付けているんだ。
 確証はないけど、それしか考えられない。
 三日前に参加した聖魔競技大会で、俺はマルガネスさんと会っている。
 生者の魂がなぜここに? 一体彼の身に何があったんだ?
 疑問はきないが、今は情報共有が先決だ。
 俺は全ての従魔に【念話】を繋ぎ、今の状況と仮説を手短に伝える。
 バトルエリアでは、父さんが首なし騎士を油断なくにらんでいた。
 正体がバレたというのに、黒騎士は当たり前のように父さんとの戦闘を再開した。
 その光景に観客が騒然とする中、会場にりんとした声が響いた。

「これは一体どういうことか、ご説明いただけますか? ノモッコ卿」

 この国の王太子であり、ロッテの父……マテウスさんだ。
 声の元――来賓席に、彼がいるのが見える。複数の騎士を率いているようだ。
 冒険者ギルドのギルマス、グスタフさんも一緒にいる。
 どうやら、観客が恐慌きょうこうをきたさないよう、風魔法で声を大きくしてマテウスさんが対処する様子を伝えているらしい。
 マテウスさんがノモッコ卿を問い詰める。

「リカントはベマルドーン所属の冒険者。王都にはあなた方と一緒に入られているようですね」

 多くの観客が来賓席を見つめ、息を呑んで聞いている。

「……潮時しおどきか。まぁ、十分楽しめたな。シンシア、行くぞ。早く合流しなければ」

 ノモッコ卿がそう言うと、隣に座っていたシンシアさんも立ち上がった。

「逃がすな」

 マテウスさんの指示で、控えていた騎士が動く。
 しかし二人の護衛がノモッコ卿とシンシアさんを守るように立ちはだかった。
 彼らはマテウスさんたちの行く手を阻むように、通路に向かってボールのようなものを投げつける。
 周囲にけむりが立ち上った……いや、あれはただの煙じゃない!

「離れろ、瘴気だ!」

 グスタフさんが鋭く叫ぶ。
 瘴気の煙の中から、【瘴魔化】した魔物が何匹も出現した。
 会場は一気にパニックになる。

「落ち着いて行動してください。周囲の騎士やスタッフの指示に従って!」

 マテウスさんたちが追跡をあきらめ、来賓の避難誘導を優先する。
 幸い、この会場には応援に来ていた俺の従魔が何人かいる。彼らにも手伝ってもらおう。
 一般観客席にいたバルカン、学園の生徒と家族が多いエリアにいたシオウとアサギに【念話】する。

『みんなを守りながら、会場の外へ誘導して! 俺たちは大丈夫だから』

『鋼鉄の牛車』のみんなも、素早く臨戦態勢を整える。
 ふと、俺は王家の席を眺めた。近衛騎士団団長のオーウェンさんが、国王たちをかばいながら避難させている。
 不安そうに視線をさまよわせていたロッテと、不意に目が合う。
 もの言いたげな表情だ……俺は「大丈夫だよ」と、風魔法で彼女に伝える。
 ロッテはこちらに向かって頷くと、何か決意したような顔をして去っていった。

「死をも恐れぬ勇敢ゆうかんな第三王子の肉体と、史上もっとも無属性魔法を極めた英雄の魂を持った最強の戦士……さて、どこまであらがえるかな」

 ノモッコ卿の言葉は、魂が誰のものか言っているに等しい。
 俺が気になったのは、それに対してシンシアさんが「やっぱりそうか」と呟いたことだ。

「行くな、シンシア!」
「シンシア! 待って!」

 バトルエリアにいる父さんと、いつの間にか観客席に上がってきた母さんが声をかける。

「ごめんなさい。二人とも……」

 シンシアさんは魔道具のつえを振り、足元に魔法陣を出す。
 そして顔を上げると、俺に向かって杖を放り投げた。
【拒絶の魔鏡】を使って防ごうとするノクスを制し、俺は杖を受け取る。
 一体なんのつもりなんだ?

「大爆発に巻き込まれないようにね」

 その言葉を残して、シンシアさんは姿を消した。


 シンシアさんたちが去ってしばらく。
 母さんと合流した俺とアモン、ノクスはこれからの対応をる。
 会場に放たれた瘴魔は、レグルスさんたち騎士や『鋼鉄の牛車』をはじめとする冒険者が対応している。
 彼らなら問題ないだろう。気がかりなのはジーノさんの体……黒騎士だ。
 黒騎士が【亜空間】からたてを取り出し、上空に思いっきり投げる。
 それは空を飛んでいた鳥の魔物にぶつかった。
 俺の【魔天眼】に、絶命した魔物から黒騎士に向かって魔力が飛んでいくのが映る。

「倒した魔物の魔力が、黒騎士に吸われた?」

 俺の言葉を聞いて、母さんが口を開く。

「あれは先生のユニークスキル【らわばさらまで】。殺したものの魔力を、自分のものにする能力よ」

 マルガネスさんのスキルまで使えるのか……
 すぐに父さんが押さえに向かったけど、あまり悠長ゆうちょうにしていられない。
 俺が状況を相談すると、エレインが【念話】で考察を教えてくれた。

『リナ様のおっしゃることが事実なら、彼が属性魔法を使えない理由も合点がいきますね。かの魔法使いは、自然に還るべきエネルギーを己がものにしているのですから。それほどに強力なスキルであれば、代償があるのも納得です』
「でも、体に溜め込める魔力には限度があるんじゃない? ……転生させてもらったライルほど、規格外じゃないでしょ?」

 ノクスが俺に耳打ちした。

「実は魔力をストックしておく方法があるんだ。たとえば【グラビティコントロール】で魔力を圧縮して、【亜空間】にしまっておく。それを適宜てきぎ自分の体に取り込む……みたいにね」

 かなり高い魔力操作の技能が必要だが、無属性魔法を極めたマルガネスさんならできたと思う。
 でも、それなら攻略法はある。

「ノクス、黒騎士だけを結界に閉じ込めてくれる?」
「OK!」

 ノクスが【拒絶の魔鏡】を発動し、黒騎士をドーム型のバリアに閉じ込めた。
【拒絶の魔鏡】は、バリアの内外で拒絶するものをノクスが指定可能だ。
 ついさっきまでの俺たちが、防音の結界の中にいながらも試合を観戦していたように。
 だから黒騎士のみを周囲とへだててしまえば、【亜空間】との行き来も阻むことができる。
 あとは今体内に残っている魔力が枯渇こかつすれば、動きがにぶくなるはずだ。
 すると、騎士は予想外の行動に出た。
 なんと【グラビティコントロール】を発動し、鎧を強制的に脱いだのだ。
 四方にはじけ飛んだ鎧が、ノクスのバリアにぶつかって地面に落ちる。
 鎧を脱いだ体はくさり帷子かたびらのようなものを着ていた。だが、どう見てもただの防具ではない。
 それは小さな瘴魔石しょうませき数珠じゅずつなぎにして作られていた。胸元には赤い石が付いている。
 黒騎士は右手を胸に当て、赤い石に魔力を注いでいく……彼の足元を中心に術式が描かれていくのが、【魔天眼】を通してはっきり見えた。
 俺はその術式を【思考加速】を使って、急いで読み解く。
 魔力を熱エネルギーに変換するもの、そのエネルギーを圧縮させるもの……まさか!

「アモン! フェル! バリアの内側に入るよ! ごめん、母さん。ちょっと行ってくるね!」

 アモンが体のサイズを縮めていた【縮小化】のスキルを解いた。
 俺が背に乗るや否や、風の道を作る【テュポンロード】を使って駆け出す。
 バトルエリアめがけてアモンが突っ込む。足輪に宿ったフェルが、俺たちを白炎で包んだ。

「待て、ライル!」

 父さんに説明している時間はない。
 俺は何も答えず、アモンの【透徹の清光】でバリアの内側に侵入した。

「アモンはフェルと瘴魔石を浄化して! 足元の術式は俺が解除する……!」

 この術式は熱エネルギーを収束させ、爆発を起こす【オーバーノヴァ】の魔法だ。それなら……!
 シンシアさんが投げてきた杖を使い、俺は術式を素早く書き換えた。
 その間にアモンが瘴魔石の鎖帷子を【ゲイルクロー】で引き裂き、フェルの【浄火】の力で、飛び散る石を浄化する。
 俺は氷のひつぎを作る魔法【アイスコフィン】で黒騎士……ジーノさんの胴体を動けなくしてから、バリアの外に出た。
 俺たちが出てくると、青ざめた顔の父さんと母さん、そしてノクスが駆け寄ってきた。

「ごめん。今にも【オーバーノヴァ】が発動しそうだったから」

 瘴魔石に込められた瘴気をまき散らしながら爆発していたら、おそらく王都は壊滅的かいめつてきな打撃を受けていた。
 父さんが眉を寄せる。

「だからといって、ライルとアモンが突っ込んでいく必要はないはずだ。危ないだろ! それに無理に解除する必要があったのか? ノクスがバリアを張っていたわけだし……」

 俺は首を横に振った。

「瘴気は、ノクスの結界でも完全には防げないんだ」
「ヒューゴさん、僕もライルくんの判断は正しいと思いますよ」

 そう言ったのは、バトルエリアに降りてきたクオザさんだ。
 どうやら彼女も観戦に来ていたそうで、冒険者たちと一緒に瘴魔を倒していたらしい。
 術式を見て、慌ててこちらに来たようだ。後ろには『鋼鉄の牛車』の三人もいる。

「あれほどのエネルギーがバリア内で爆発し行き場を失ったら、一大事でした」

 王立研究所の有名な研究者である彼女のフォローで、俺が突っ込んだ件について父さんはひとまず納得してくれた。

「シンシアは……大爆発を起こしてこの国を滅ぼそうと……」

 アスラがぽつりと呟く。
 俺が口を開こうとした時、俺の従魔である土の精霊、アーデから【念話】が飛んできた。

『ライル様、事情は聞いている。リカントなる人物が使っていた魔道具を確認したい。特に赤い石を見たいんだが』

 その頼みを受けて、俺はアーデを【召喚】する。
 アーデは赤い石を拾い上げると、まじまじと観察し「なるほどな」と呟いた。

「何が『なるほど』なんだ?」

 アスラが聞くと、アーデは赤い石を見せながら話す。

「バルカンが一連の出来事を【感覚共有】してくれていてな。彼を通して術式を見た時、おかしいと思ったんだ。この石は本来、爆発の術式を発動させるための起点じゃない。周囲の魔力……つまり瘴魔石の瘴気を吸収して装備者の体内に注ぐ、【瘴魔化】させるための術式だ。それが別の術式……【オーバーノヴァ】に上書きされている。術式を書いたのはそれぞれ違う人間だな」
「もともとは【瘴魔化】させて戦わせるつもりだったんですね」
「最強の体と魂を持つ相手……実現していれば大変な被害が出ていたわね」

 クラリスとパメラが難しい顔をした。
 アスラがぼそっと呟く。

「じゃあ、なんで【オーバーノヴァ】の術式に変わっていたんだ?」
「きっと、シンシアさんが書き換えたんだと思う。去り際に『大爆発に巻き込まれないようにね』って言ってたから」

 俺の推察を聞いて、アスラは声を荒らげた。

「なんでそんなことするんだよ! 確かに、あれだけ強いやつが【瘴魔化】したら大変なことになってただろうが……瘴気と炎に王都が呑み込まれるほうが、やべぇじゃねぇか!」
「……【オーバーノヴァ】だけなら、俺が止められるって信じてたんだ」

 俺は【オーバーノヴァ】を不発にさせる方法をシンシアさんに教わっていたこと、そして書き換えに必要なこの杖を彼女が投げてきたことを説明する。

「シンシアは好きでこんなことやったわけじゃないんだな?」
「当たり前だろ? 何か事情があるんだ」

 胸を撫で下ろすアスラに父さんが答えた。

「父さんは黒騎士の正体に気付いて出場したの?」
「会場で見かけた歩き方があの馬鹿にそっくりだった。それに頭の動かない兜。まさかとは思ったがな……」

 すごい洞察力どうさつりょくだな……ジーノさんもそうだけど、きっと俺には届かない領域だと痛感する。

「シンシアはどうして不仲の父親を手伝っているのかしら……そもそもノモッコ卿の目的は?」

 母さんの言うように動機が分からない。うーん……手詰まりになってしまった。

『ライル様。ノモッコ卿の件で話をしたいと申しているものがおります。聖獣の祠近くの湖に繋いでいただけないでしょうか? 可能であれば、他の従魔にも【感覚共有】で状況を伝えてくださいませ』

 ヴェルデの眷属――スイからの【念話】が届いた。
 俺は彼女に言われた通り、全ての従魔に【感覚共有】をすると、【亜空間】からクリスタルを出した。
 このクリスタルは湖の水をアサギの【絶対零度】で固めたもの。これをエレインのユニークスキル【湖の乙女】で向こうの湖と繋げれば、双方の音と景色を届けることができるのだ。
 周りのみんなにスイから連絡があったことを告げつつ、クリスタルを設置する。
 クリスタルに映し出されたのはスイ、そして二頭のホワイトディアだった。

「……前に会ったことがある?」

 奇妙ななつかしさを覚え、俺は尋ねる。
 ホワイトディアの体が光を帯び、角が生えた女性の姿に変化した。

「ええ。ライル様が三歳になられてすぐの時に。その節は大変お世話になりました。ご立派になられて何よりです」

 その言葉ではっきり思い出した。彼らは、俺が初めて聖獣の祠に行く時に出会ったホワイトディアの親子だ。

「あなたたちも、シリウスたちのように【人化じんか】ができたんですね」

 俺の言葉に、女性は首を横に振った。

「私たちが持つのは【完全獣化かんぜんじゅうか】というスキルです。私たちは鹿人族しかじんぞくしき者から身を守るため、人ではなく、獣として生きることを決めた存在なのです」

 鹿人族……確か、その名の通り鹿の獣人で、大きな角が特徴の種族だったっけ。
 俺は本で学んだ記憶を手繰たぐり寄せる。
 鹿人族は北方に住んでいたと言われている獣人族だ。ただ現在では、その数は極めて少ないとされている。
 彼らが数を減らした原因は、その角にある。
 鹿人族の角は、魔力の伝達に優れていた。
 魔力伝達の最高峰さいこうほうと名高いオリハルコンには及ばないが、圧倒的に加工しやすい。
 そこを狙われたのが大戦の時代だ。一部の国においては鹿人族は角を取るための家畜かちくとして扱われ、幽閉ゆうへいされていたと聞く。

「私たちの祖先はベマルドーンから逃れてきました。人を信じられなくなって、聖獣様の森に辿り着き、この地で生きることを望みました。『魔物として生きるのであれば』と、我々を受け入れてくださったのが、当時の聖獣様だと聞いています」
「そんなあなたが、どうしてノモッコ卿のことを知っているんですか?」
「彼を知っているのは、私ではありません」

 女性が促すと、視界の端から一人の男が姿を見せた。
 その顔には見覚えがある。
 実際に会うのは初めてだったが……間違いない。
 彼は瘴魔石を作る組織のメンバーだ。
 今まで、俺はこの組織と幾度いくどとなく対峙たいじしてきた。
 たとえば二年前に参加した学園の課外実習において、当時七年生だったアビスペルという少年をだまし、ワイバーンゾンビを発生させた事件。そしてトーマスによる昨年の従魔師監禁事件……
 組織の全貌は未だ明らかになっておらず、捕まえたトーマスをはじめ、構成員は黙秘もくひを続けていると聞く。
 手配書を見たからわかる。この男は、数年前にアビスペルに対して「イワン」と名乗って近づいた、トーマスの仲間だ。
 でも彼については昨年、聖獣の森に入ってきたところを、森の魔物たちが始末したって聞いたような……

「申し訳ございません、ライル様。私が誤った報告をしてしまったのです。手傷を負わせはしましたが、後始末を森の魔物たちに任せ、最期さいごを見届けませんでした。亡骸なきがらが出てこなかったことで死したものと判断し、ライル様にお伝えするなど……」

 スイが深く頭を下げると、鹿人族の女性が割って入った。

「いいえ、私が悪いのです。森を脅かす者だとわかっていながら、流れ込んでくる感情があまりにも悲しくて……かばってしまったのです」

 そう言いながら角を撫でる。
 女性によると、鹿人族は角を通じて同族の感情を読み取ることができるらしい。
 あの日、聖獣の森を襲おうとしたのは、このイワンをはじめとする複数の鹿人族だった。死にゆく同胞たちの恐怖やなげきに感化され、まだ生きていた男を助けずにはいられなかったそうだ。

「森の魔物として生きるとちかったにもかかわらず、このような裏切り……申し訳ございません。いかなるばつもお受けいたします」

 同胞を見殺しにできなかった気持ちはわかる。まして、その苦しみが感じ取れてしまうなら尚更だ。
 だけど、肯定こうていするわけにはいかない。それをしたら、森を守るために他の鹿人族を殺したスイや森の魔物たちの行為を否定することになるから。
 だから俺は「もう謝らなくていい」と言うに留めて、本題に入ることにする。
 俺は男を見つめた。

「今は時間が惜しいんだ。ノモッコ卿について知っていることを教えてほしい」

 そう頼むと、男はうつむきぎみだった顔を上げた。
 正直、彼がどこまで真実を教えてくれるかはわからない。だが、大人しく隠れていればよかったはずなのに、こうして姿を現した……それを信じてみよう。

「まず聞かせてくれ。ノモッコ……そいつには、魔力が極端に少ない娘がいるか?」

 男の質問に、俺たちは頷いた。

「やっぱりそうか。じゃあ、そのノモッコは5番の操り人形だ」
「5番? 操り人形?」

 俺は首を傾げる。

「俺たちは番号で呼び合うんだ。俺は17番。5番は確か……チマージルの出身で死霊魔術士だった」

 男――17番が言った。
 死霊魔術士……! 昨年の事件で取り逃がしてしまった組織の重要人物だ。
 その正体は隣国、チマージルの第一王子、ゾグラ。瘴気に侵された国民を素材とし、瘴魔石を作り出した恐るべき男である。
 そいつの人形ってことはもしかして……

「ノモッコ卿は死霊魔術によって操られているって言うのか!?」

 それは、トーマスの父親やチマージルのロイヤルナイツの人たちと同じで……死体に魂を縛り付けているってことだ。
 つまり、これまでの一連の行動も本人の意思じゃない可能性が高い。
 こうなると、ジーノさんの肉体とマルガネスさんの魂を隷属させた死霊魔術士も、きっとゾグラだ。

「そもそも、どうしてノモッコ卿と繋がっていたんだ?」
「俺も詳しくは知らない。だけど……5番が死霊魔術を習得したこととも関係しているはずだ。『これはノモッコが娘のために始めた研究だ』って言っていたような」

 シンシアさんのため? 一体どういうことだ?
 今のところ、17番は俺の質問に素直に答えてくれている。
 なんで大人しく話してくれるのか不思議だけど、今は気にしている場合じゃないな。

「ねぇ、だとしたらシンシアは危ないんじゃない?」 

 ノクスが17番に聞こえないように小声で言うと、母さんが反応する。

「そうよ。だってあの子が父親に従っている理由がわからないわ。何か危ないことをしようとしているんじゃ……」
「すぐに追いかけないと。ライル、シンシアが去っていた方向はわからないか?」

 父さんの問いに首を横に振る。
 俺は【魔天眼】で魔力の流れを見ることが可能だが、あの時は瘴気の煙が邪魔をし、痕跡こんせきを確認することができなかったのだ。


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