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3巻

3-3

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「ごめんね。こんな時に使わせてもらって」

 俺はリルハンに謝った。
 亜空間内にはここ以外にもいくつかシェルターがあるが、大量のオリハルコン置き場にしていたり、普通の環境では育たない薬草を育てていたりしている。実は余っているシェルターがないのだ。何かあった時に休めるようにベッドのあるせまい部屋が一部屋だけあるものの、その部屋はフィオナさんとザックさんの寝室として使ってもらうことにしている。
 なので身重みおものリルハンには悪いが、俺たち家族はこの部屋で寝泊まりすることになっている。

『何言ってはるんですか。そもそもライルはんの力で、ウチらここにいさせてもろうてるんですから。それにフィオナはんがこの子たちとお話ししてくれはるから、ウチは楽させてもろうて大助かりですわ』

 フィオナさんは【読心】を使うことで、従魔術がなくても魔物の言いたいことがわかるそうだ。
 子亀たちはそれが嬉しくてずっと話をしていたみたいだ。


 ひと息ついた後、夕食となった。

「それにしてもザックが【遠隔えんかく魔法】も【並列へいれつ魔法】も使えたとはな」

 父さんが肉を口に入れたまましゃべる。母さんが見たら確実に怒るだろうな。

「これでもチマージルの魔法師団の団長だったからな」
「俺はライル以外使えるやつを知らなかったから、驚いたよ」
「そうみたいだな。チマージルだと軍団の副官クラスならどちらかは必ず持っているんだ」

 ザックさん曰く、チマージルでは魔法師団の力が強いらしい。逆に肉体派の兵士は数が少なく、練度もすごく低いのだそうだ。

「国を出るまでは、それが普通だと思ってたんだけどな。だから、トレックでヒューゴとライルが剣の打ち合いをしているのを初めて見た時は驚いたよ。バーシーヌは個がこんなにも強いのかと」
「個が? どういう意味だ?」
「チマージルは【合体魔法ユナイトマジック】が戦術の基本にあるんだ」

 合体魔法とは、複数人で一つの魔法を発動することで、より強力な魔法を作り出す方法だ。

「例えばなんだが、バーシーヌではどれくらいの規模の合体魔法が使われているかわかるか?」
「十人くらいで訓練しているのは見たことがありますけど」

 俺は普通に答えてしまったが、よく考えたら軍の強さに関わることだ。軽々けいけいに言ってはいけなかったかもしれないな。
 ザックさんに他意はなかったようで、俺の発言を気に留めることもなく話を続ける。

「十人なら小隊級だな。チマージルではな、中隊級、大隊級、連隊級、旅団級、師団級、そして二つの魔法師団の全軍で行う全団級の合体魔法があるんだよ」
「えっ? そんな規模の魔法をコントロールできるんですか?」

 思わずそう質問してしまう。
 父さんも唖然あぜんとして、フォークが止まっていた。

「そうだ。と言っても全団級ともなると攻撃魔法とかじゃないから、安心しろ。チマージルは閉じた国だから、戦術の前提は守りなんだ」

 チマージルにとって魔法は、外敵から身を守る盾なのか。

「ライルやヒューゴに一対一で勝てるようなチマージルの兵士を俺は知らない。だけど、複数戦ならわからない。一人で勝てなければ二人。二人で勝てなければ十人。それでもダメなら三十人と人数を増やし、合体魔法を繰り出す。何よりチマージルは敵の攻撃を無効化する魔法にけている。万が一戦闘になったとしても、油断はしないでくれ」

 これから潜入する国にいるのは、俺たちが戦ったことのないタイプの相手だということがよくわかった。

『ねぇ、ごはん終わったー?』
『あそぼうよー』

 話が一段落したのを察した子亀のカメジロウとカメンヌが、ちょこちょこと歩いてきた。カメジロウはアモンとノクスが大好きだから、早く遊びたかったんだろう。
 じゃれあい始めたアモンたちを眺めていると、ザックさんから声が掛かる。

「なぁ、気になってたんだけど、こいつらって鉱物系のトータス種だよな?」
「はい。そうですよ」

 ザックさんの質問に、俺は肯定で返した。
 トータス種はその系統が甲羅こうらに現れる。例えばうちのトータスたちのように甲羅から鉱物が取れるものは鉱物系、木や草が生えるものは植物系、といった形で呼び分けられているのだ。

「さっきトレックに置いてきた、巨大なオリハルコントータスでも十分びっくりしたんだが……こいつってなんの鉱物なんだ? 見たことすらない色してるんだけど」

 確かにカメジロウたちの甲羅から生える鉱物は、オリハルコンでもミスリルでもなかった。
 その色は玉虫色たまむしいろに近く、見る角度によって色を変えた。

精霊鋼スピルナイトっていうんですよ」
「……それって精霊界にしかないってうわさの、実在するかもわからないやつじゃなかったか?」
「実在しますよ。これです」

 少し前に精霊界に行ったエレインたちは、あちらの草をお土産に持ってきてくれた。
 それをシェルターの一室で保管していたところ、見かけた子亀たちが欲しそうな目をしたので少しずつあげたら、なんと八匹がスピルナイトトータスに進化したのだ。
 鉱物に詳しいアーデやバルカンも、この進化は予想外だったようで、精霊界に行った意味があったと喜んでいた。


「……聖獣の主人で、伝説の鉱物を育てる従魔師か。ライルなら連隊級魔法ぐらいならどうにかできるかもな」
「お前もここまで関わった以上は早く慣れろよ」

 慰めのような言葉と共に、父さんがザックさんの肩に手を置いた。


 ◆


 砂漠の寒暖差は激しい。
 日が照ると気温はみるみるうちに上昇し、蜃気楼しんきろうで先の景色がゆがんでいた。
 ザックさんによれば、国境からチマージルの首都までは、馬型の魔物に騎乗しても五日から七日かかるらしい。
 さすがにアモンたちの速度で駆けても二日で行ければいい方だろう。
 実は今回、アモンお得意の風魔法【テュポンロード】で上空を駆け抜ける移動方法が封じられている。
 チマージル周辺の海域はやみ属性の魔石が取れるのだが、その闇属性の代表的な力が魔法の無効化だ。
 魔石の影響により、体外に放出された魔力は霧散むさんしてしまう。
 これもチマージルが閉じた国を維持している理由の一つだ。
 この世界では船を動かすのにも当然魔法が使われるため、船での入国も難しい。
 そしてこの砂漠にも、細かくなった闇属性の魔石の砂が混じっている。
 その砂が風によって舞い上がると、まれに魔法の発動が阻害されることがあるのだ。
【亜空間】の発動に失敗するくらいならまだいいが、もしアモンが上空を高速で移動している時に魔法が消えたら、大事故になりかねない。 
 そこで今回は、身体強化魔法で加速できる範囲のスピードで陸路を進んでいるというわけだ。これなら魔法が阻害されても大きな被害は出ない。
 戦闘は時間のロスになるので、ノクスの幻惑げんわく魔法でできる限り避けるようにしていた。
 ひたすら進み続けて昼過ぎになった頃、特殊スキル【高度察知】で周囲を偵察ていさつしていた俺は、遠くにある複数の気配を感知した。

「早いな。もうそんなところまで来たか。気をつけろ。こっから先はノクスの魔法もおそらく効かないからな」

 俺の報告を聞き、ザックさんがみんなに忠告する。
 彼の言葉の意味は、気配の正体が見えてきてわかった。
 一見するとよろいを身にまとった兵士のようだが、その顔には皮膚も目も存在しない。
 デザートソルジャー――大昔にこの砂漠で命を落とした者たちのむくろが魔物化した、スケルトン系の魔物だ。

「この先に本格的な砂漠の軍勢が待っているはずだ。気合入れていけよ」

 俺たちは数百、数千の骸骨がいこつの群れをかき分けるように進んでいく。
 こいつら一体一体は弱いのだが、とにかく数が多い。
 しかもザックさんの事前の忠告の通り、ノクスの幻惑魔法が効かない。
 こいつらは標的を目で見たり、魔力を感知したりしているわけではなく、生きる者の生命そのものを感じ取って攻撃しているのだ。
 それがなんの躊躇ためらいもなく次々と襲い掛かってくる。
 そんな中大活躍なのは、先頭を進む父さんとロウガのペアだ。
 しばらく前、ロウガは銀狼からスコルという魔物に進化し、ユニークスキル【熱喰ねつぐらい】を手に入れた。
 このスキルはその名の通り、周囲の熱を体内に取り込むことができる。
 ロウガは駆けながら砂漠の熱波を取り込み、その熱エネルギーを圧縮して吐き出した。
 すると前方のデザートソルジャーたちが、あっという間に炭化たんかしてくずれてしまった。
 それだけ高温の熱が放たれている証拠だ。
 そして父さんは器用にロウガの背中に立ち、左右の敵に斬撃ざんげきを飛ばしていく。
 父さんがすごいのは、これが肉体の力による技だということだ。
 あくまで魔法やスキルは戦況に合わせて補助的に使うものに過ぎないのだ。

『ロウガすごいね! 僕もジーノに修業してもらおうかな』
『僕も僕もー』
「やめてくれ。俺はアモンとノクスがあんな目にうのを我慢できないから」

 のほほんとしたアモンとノクスのコメントに、俺は顔をしかめた。
 ロウガの進化のきっかけになったのは、バーシーヌ王国第三王子にして、国境警備に飛ばされた軍務卿ぐんむきょう、ジーノさんとの特訓だった。
 実はこの少し前、シルバーウルフのユキがアセナという種族に進化していた。
 群れの幼馴染おさななじみが一足早く成長してしまったことで焦りを感じていたロウガとギンジを、シリウスがジーノさんのところに連れて行き、特訓させたのだが……この内容がものすごかった。
 帰ってきた彼らに【感覚共有】で見せてもらったが、あれは確かにトラウマ級だ。
 特訓方法はシンプル。ジーノさん自らが二匹の相手をし、戦闘不能になるまで叩きのめす。回復するのを待ち、回復したらまた戦闘の繰り返しだ。
 回復には、俺がシルバーウルフたちのために作った特製の回復薬が使われた。この薬には元々高いシルバーウルフの自己回復力をさらに高める効果があり、三時間ほどでどんな傷でもいやしてしまう自信作だ。だが一方で、重傷であればあるほど回復に強い痛みを伴うため、必要以上に使わないように注意していたのだが……あのバカ王子はそれをバンバン使った。そして全快する度にロウガたちを殺しかけるのだ。
 これは決して大げさに言っているのではない。
 ジーノさんはロウガたちの急所を的確に避けて、致命傷ちめいしょうを負わせないように手加減しながら、彼らを徹底的にしごいた。
 ロウガたちは戦闘不能になると回復薬をけられて激痛で意識を失い、起きたらまた痛めつけられるという地獄のループを、なんと一週間も続けたのだ。
 あとになって俺がジーノさんに苦情を入れたところ、今回ロウガたちが「平和ボケして忘れかけている死の恐怖と野性を取り戻してほしかった」と言われたとのことだったが……二匹曰く、特訓の後半は、死ぬ恐怖よりも死ねない恐怖の方が強かったらしい。

『間違いなく強くはなったんで、俺たちは感謝してますけどね……アモン様はあんな恐怖を知らなくていいっすよ』

 俺たちの横でぼそっと言ったギンジの目は、少し遠くを見ているようだった。
  

 ◆


 日が傾き始めた頃。
 永遠に続くかに思われたデザートソルジャーの軍勢が、まばらになってきた。
 やっと終わりかと安堵しかけたその瞬間、三つの影が砂の中から立ち上がった。
 それは十メートルを超える巨大な黒い骸骨――デザートジャイアントだった。

「チッ、よりにもよって一番厄介なのに当たったな」

 ザックさんが憎々にくにくしげに放ったその言葉の意味を、俺たちはすぐに理解することになった。
 デザートジャイアントには、こちらのあらゆる攻撃が通用しない。
 体の色が黒いのは、その巨躯きょくが闇属性に染まっているからであり、魔法は完全に無効化されてしまう。
 そのうえ、ロウガの灼熱の光線を受けても、父さんの斬撃を受けても、びくともしない。物理攻撃に対する耐性が高いのだ。
 避けて向こうに行こうにも、けた外れのリーチで巨大なおのを振り回され、進路を妨害ぼうがいされてしまう。
 アモンだけならユニークスキル【透徹とうてつ清光せいこう】で通り抜けられるだろうが、それでは意味がない。
 俺が考え込んでいると、ノクスが話しかけてくる。

『ねぇ、なんだか僕らを倒したくないみたいじゃない?』

 確かに相手から攻撃を仕掛けてこないのは奇妙だな。
 まるで、隙をつかれて通り抜けられてしまう可能性があることをわかっているようだ。
 それに本能で攻撃してきたデザートソルジャーたちとは違って、この三巨人はきちんと連携が取れている。
 つまりそれだけの知性があるということだ。
 膠着こうちゃく状態におちいった俺たちに、アモンが提案をしてきた。

『ライルの力でお話しできない?』
「【念話】も魔力のやり取りだから、俺だと話しかけても無効化されちゃうんだよ」

 闇属性の適性がない俺の【念話】は、魔法の無効化によってはばまれてしまう。

『だったら直接話しかけて……耳がないから無理だね』

 アモンは、こいつらに知性があるなら、交渉ができるのではないかと思ったようだ。
 人間と接する機会のある魔物であれば、従魔術を介さずとも人間の言葉がわかる可能性はあった。ただ、アモンの言う通り、彼らには音を感知する器官がないようで、こちらの声に反応することはなかった。
 らちが明かない上に、日も沈みそうになったため、俺たちはいったん引いて亜空間で作戦を考えることにした。


 亜空間に戻るなり、ザックさんが頭を下げた。

「すまない。ルート選択を完全に間違えた」

 突然の謝罪に、俺たちは慌てて頭を上げるよう言った。

「謝らないでくれ。俺とライルだけだったら、とっくに砂漠で迷子になってたんだから。なぁライル?」
「はい。マルコさんが心配だから、最短ルートで行きたいとお願いしたのは僕ですし」
「いや、あれが出ることを考慮すべきだったんだ。それなのに……」

 今回の旅にあたって俺たちの戦力を見たザックさんは、この編制ならほとんどの魔物はなんとかなると判断して、砂漠の中央を突っ切る最短ルートを選択してくれた。なんとかできそうにない唯一の存在が、このデザートジャイアントたちだったらしい。
 では、なぜザックさんは三巨人の出現を考慮しなかったのか。
 それは、チマージルにはこの巨人の目撃情報がほとんどなかったからだ。
 存在は確認されていたものの、なかば伝説の生き物のような扱いで、魔法師団の元団長であるザックさんでさえ今日初めて実物を見たのだという。

「いや。だとしたら俺のミスだ」

 ザックさんの話を難しい顔で聞いていた父さんの発言に、俺たちは困惑した。
 戸惑う俺たちに父さんが理由を説明する。

「実はバーシーヌのベテラン冒険者の間じゃ、砂漠の三巨人の話は有名なんだ。例えば『鋼鉄こうてつ牛車ぎっしゃ』のアスラは、実際に会ったことがあると言っていた」
「ちょっと待て。なんでバーシーヌの冒険者がこっちに来てるんだ!?」
「二十年近く前に、そういう度胸試どきょうだめしが一部の馬鹿の間で流行はやったんだよ」

 つまりアスラは馬鹿だったということだ。
 まさか父さんも……俺の冷たい視線に、父さんが気まずそうに弁解する。

「先に言っておくが、俺はチマージルに来たのは初めてだ。うちのパーティにはジーノがいたからな。王子が無断で他国の領土に侵入したら、国際問題に発展しちまうだろ」

 当たり前だ。いくらお馬鹿なジーノさんだってそれくらいはわかって――

「それなのにジーノがこっそり行こうとしていたのが見つかってな。ハンス国王が激怒して、最終的に法改正されるほどの大騒ぎになったんだ」

 さすがジーノさんだ。自分の軽率けいそつな行動で、法律まで変えてしまうとは。
 そういえば、俺がギルドに登録した時に書いた書類にもそんな記述が……ってあれ?

「ねぇ、父さん……それって許可なくチマージルに行くと、国内での冒険者資格剥奪はくだつってやつ?」
「そうだ。あいつのせいで、今回の件がバレたら俺もお前も資格剥奪だな」

 ……忘れてた。
 俺が顔を青くしている一方で、ザックさんが感心したように父さんに話しかけた。

「そんな法律があるのか。ライルはそこまでしてマルコさんを助けたいんだな」
「リスクがあっても助けに行きたいなんて言った時は驚いたけどな。でも息子が友達想いで俺は嬉しいよ」

 うん。そうだ。もし規則を覚えていたとしても、俺の行動は変わらなかった。
 俺は、絶対にマルコさんを助けに向かっていた。
 だからこの話をこれ以上広げるのはやめよう。

「それでどうしてこの話が父さんのミスになるの?」

 俺は改めて父さんの発言の真意を問うた。

「あぁ。俺の聞いた話ではな、砂漠の三巨人はチマージルの砂漠に行くと必ず現れるんだよ」
「どういうことだ? チマージルの人間ですら見たことないのに」

 ザックさんはまだわかっていないようだが、俺は父さんのヒントでピンと来た。

「デザートジャイアントは、侵入者からチマージルを守っているんだね」
「その通りだ。しかも相手を殺さない。俺の知る限り、当時度胸試しに参加したやつで、帰ってこられなかった者はいないんだ」

 そういうことか。
 砂漠の三巨人は、俺たちをバーシーヌへと追い返したいだけだから、積極的な攻撃は仕掛けてこなかったんだな。

「チマージルでの人の目撃証言がないのは当然だ。あくまでも外から来るものを通さないのが目的なんだから。なのに俺は、てっきりザックも三巨人が出ることを想定しているのだと勘違いして、そのことを言わなかった。ルートは関係ないよ。事前に情報を共有しなかった俺のミスだ」
「いや、チマージルの情報を持っているのは自分だけだと思って、きちんと相談しなかった俺が……」
「そんなこと言ったらとにかく早く行こうとした僕だって――」

 パン! 
 俺の言葉を遮るように手を打つ音が響き、俺たちは思わず音のした方向に顔を向ける。

「ここで口論になるのが一番時間の無駄です。これからのことを話しましょう」

 情けない男三人にかつを入れたのは、食事の支度をしていたフィオナさんだ。

「それでどうするんですか?」
「どうって、いったん引いて遠回りするしかないんじゃないか?」

 キビキビとした娘の様子に、若干たじたじになりながらザックさんが答えた。

「でもあいつらアモンのスピードについてきていただろ? バーシーヌ側から入ろうとすると必ず現れるって話を信じるなら、また回り込まれるんじゃないか?」

 父さんの意見に俺も頷いた。
 俺たちが迂回うかいしても、彼らは必ず邪魔してくるだろう。

「だからって海上ルートを手漕てこぎ船でってわけにもいかないからな。一ヵ月あっても着けるかわからないぞ」
「知性があるなら、話をしてみたかったんだけどね……僕だと無効化されて【念話】できないから」
「それは仕方ないさ。闇属性は対魔法においては強いからな。闇魔法に対抗できるのは闇魔法だけだ。せめて俺が闇属性を持っていればな……」

 ザックさんが悔しそうに言った。
 そもそも闇属性は珍しい属性だ。俺の従魔にも闇魔法が使えるものはいない。
 見た目だけならノクスなんかは闇属性っぽいのだが、残念ながら適性はない。
 俺たちが結論を出せないでいると、フィオナさんが手を挙げる。

「私の作戦を一度試させていただけませんか?」
「お前何を言ってるんだ!? 試すって何をだ!? 戦うなんて絶対ダメだからな」

 フィオナさんの突然の言葉に、ザックさんは慌てている。

「戦闘に参加しようなんて思っていません。過保護かほごなお父様のせいで狩りについていったことさえない私がいても、足手まといになるだけですから」
「か、過保護ってお前……俺はお前が危なくないように――」
「今はそんな話はいいのです」

 いつも穏やかな彼女だが、今日はやけにはっきりと意見を主張している。
 引き留める父親を意に介さず、フィオナさんが作戦を告げた。

「私が試したいのは従魔術です」
「従魔術なんて習ってないだろ? そんなぶっつけ本番でやって――」
「相手と魂を繋ぐ感覚はわかっています。森から出てきた小さな魔物に【念話】を試したことがあるので」
「初めて聞いたぞ。なんで俺に言わなかったんだ?」
「危ないからやめろと言われるのがわかっていたから、黙っていたんです」
「だってお前に何かあったら……」
「ライル様とお話ししたいので、お父様は少し黙っていてください」

 めげずに食らいついていたザックさんだったが、ここで完全にとどめを刺された。
 ギンジに寄りかかり「反抗期なのか」とうわ言のように呟いている。

「私は闇属性を扱うことができます。闇属性の魔力を用いて【念話】を行えば、無効化されることはないはずです。私に、【念話】だけでも試させていただけませんか?」
「相手はこちらの攻撃が通じないほど強い魔物ですよ。怖くないんですか?」
「役に立てないままの方がよっぽど怖いですから。それに……」

 フィオナさんは俺の服のそでをぎゅっとつかんだ。

「ライル様が守ってくださるでしょう?」

 フィオナさんの顔は少し赤くなり、袖を掴む手は震えている。
 怖くないわけないのに、それでも一生懸命俺を手伝おうとしてくれているのだ。
 その決意に応えるため、俺はまっすぐにフィオナさんを見て言った。

「必ず守ります」
「はい」

 返事をするフィオナさんの声は、安心したのか少し弾んでいた。


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