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3巻
3-1
しおりを挟む第一章 密入国は父と
日本の島で育ち、不慮の事故で命を落とした俺――ライルが、異世界に転生して十年。
世界の壁を越え、俺のあとを追ってきた前世の愛犬、アモンと再会してから七回目の春を迎えていた。
瘴気を発する謎の石によって【瘴魔化】したワイバーンゾンビを倒した俺は、バーシーヌ王立学園の三年生となり、相変わらず聖獣の森と王都を行き来する生活を送っている。
だが今年の春は、今までとは少し事情が違っていた。
まだ目さえ開いていない、生まれたての一匹のシルバーウルフ。
傍らでその両親が見守る中、聖獣となった柴犬、アモンは祈りを捧げる。
「新たな命に森の加護を」
「アモン様、ライル様、お疲れ様です」
俺とアモンが聖獣の森にある小屋から出ると、森の大樹から生まれた精霊――ヴェルデが冷たいハーブティーと果物を持って待っていた。
一緒に待っていたらしい従魔のナイトメアアポストル――ノクスが一直線に飛んできて、定位置であるアモンの頭の上に乗る。
俺は果物を手に取り、アモンの口元に持っていく。
嬉しそうに食べ始めた可愛いアモンの様子を見ながら、俺は渇いた体にハーブティーを流し込んだ。
「これで終わりなんだよね?」
「はい。無事終了でございます」
アモンの質問にヴェルデは笑顔で答えた。
何が終わったかというと、シルバーウルフのベビーラッシュだ。
この春、聖獣の森では数年ぶりにシルバーウルフの赤ちゃんが誕生した。
ウルフ種は基本的に春から夏にかけて、群れ全体で大まかな個体数と出産時期を計画して子どもを作る習性があると言われている。
自然界では群れの個体数が減りすぎることはもちろん、増えすぎることも食料確保の争いなどの原因になるので良くない。
また、産前産後は母親や生まれたばかりの子どもが外敵から狙われる危険性が高まる。群れ全体で母子を守るために、繁殖期の中でも特定の期間に集中して出産を行うのだ。
もちろん出産日は正確にコントロールできないのだが、それでも一週間で全ての出産を終えるとされる。
今回のベビーラッシュも、最初の母狼の出産が始まってから今日までの計五日間で終わった。
実は俺と従魔契約をしてから、シルバーウルフたちはずっと子作りをしていなかった。
理由は単純で群れの個体数が減らなかったから。
以前は死んでしまう個体が年間十匹前後いた他、様々な事情で群れを離れるものも少なからずいたらしい。
だが俺と従魔契約してからは亡くなった個体は一匹もいない。
群れを離れたのも、二年ほど前に東方へ旅に出たマサムネという銀狼一匹だけだ。
だからずっと子どもを作る話にならなかったのだという。
それが種族の習性ということなので、今までは俺も触れてこなかった。ところが、去年ふとシルバーウルフのカップルに子どもが欲しくはないのか聞いてみたところ、新たな家族を希望するカップルが複数いることが判明した。
種族の習性と個の願いとは必ずしも一致しないらしい。
ヴェルデに相談したら、俺が冒険者業で狩った魔物を聖獣の森にも差し入れているため、群れの個体数が今より増えても森のバランスには大きな影響がないことがわかった。そして銀狼のリーダー、シリウスもそれに同意した。
かくして、俺の契約下で初めて、シルバーウルフの計画出産が行われたというわけだ。
「結局全部で十七匹か。最初に言ってた数よりだいぶ少ないね」
ノクスの言う通りだ。
今回、出産を希望した十組のカップル全てが無事に新たな家族を迎えることができたが、一回の出産で生まれる数が、一匹か二匹だったのだ。本来シルバーウルフは一度に四、五匹、多い時は七匹生むと言われているので、平均の半分以下だったことになる。
「ライル様と従魔契約し、群れ全体の格が上がっていること、それに伴い死亡率が低下したことが要因でしょう。基本的に寿命の長い種族ほど、子どもを生む数が少ないというのが自然の摂理です。時に例外もありますが……」
ヴェルデが例外と付け足したのは、ミスリルトータスのリルハンを思い浮かべたからだろう。
俺と従魔契約した時にリルハンのお腹にいた子どもたちは、一年ほど前に生まれていた。その後、彼女はオリハルコントータスのガラヤンとの子を再び妊娠しており、もうすぐ次の出産が迫っていた。
「前回は二十五匹だったっけ? 今回は何匹生まれるかな」
ノクスが楽しそうに言う。
通常トータス種は一回の出産で一匹しか生まないのだが、リルハンには【多産】というユニークスキルがあった。これは生まれてくる子どもの体が小さくなる代わりに、その数が多くなるというスキルだ。だから、前回の出産では小さいトータスがたくさん生まれてきた。
「もう子亀たちの名前は決めてあるの?」
アモンの問いに、俺は首を横に振る。
「でも、今回生まれてきたシルバーウルフのために用意していた名前が、まだ残っているんじゃない?」
「確かにそうだけど、なんか余りものを使うみたいで悪いし……それに名前に統一感がなくなるから」
俺はシルバーウルフたちには基本的に和風な名前を、対してトータスたちにはカメジロウとかカメンヌといったわかりやすい名前を付けている。
「私たちはライル様に名前をいただけること自体が嬉しいので、そこまでこだわらずともよいのですがね」
「うん。わかってるんだけど……なんとか考えられるうちは頑張るよ」
ヴェルデにはそう答えたものの、内心いつまでネタが持つか不安を感じる俺だった。
◆
「んーこの風! 本当に久しぶり!」
いつもより強く吹く風。それは実体を持たぬ風の小精霊たちが、風の精霊ゼフィアの聖獣様の森への帰還を喜んでいるからに他ならない。
その言葉に、俺――土の精霊のアーデは改めて驚く。
「本当に、一度も聖獣様の森へ帰ってきてなかったとはな」
「だって私が人間の子どもの身代わりをしているってバレたら、連れ戻されると思っていたし……」
聖獣様の森を不在にしていた間、ゼフィアは彼女の友達であり、六年ほど前に行方不明になった伯爵令嬢、リーナ・コラット・コラットのフリをして王都で暮らしていた。その失踪に謎が多いことや二人の容姿がそっくりだったことなどの要因が重なり、入れ替わりの事実を知るのは主君であるライル様と俺たち従魔、バーシーヌ王国第二王子にして財務卿のルイ様くらいだ。
一応この失踪事件については、ルイ様が内密に調査を進めているそうだが……もう何年も解決できていない問題らしいし、すぐにとはいかないのだろう。
「そういう子どもじみた考え方は相変わらずなのね」
「仮にも主君の通う学園で生徒会長をしておるのだろう? もう少ししっかりしてほしいものだな」
湖の精霊エレイン、火の精霊バルカンが呆れたように言うので、ゼフィアは口を尖らせた。
「むぅ……学園ではしっかりしているように見せているわよ……それにしても瘴気の封印が弱まっているなんて信じられないわね。以前よりも森の気が安定しているもの」
あからさまに話題を変えられたが、ゼフィアの指摘は正しい。
現在の聖獣様の森は、俺たちが知る限り最も安定した状態にある。
「それだけライル様の力が偉大だということですわ」
エレインがライル様を褒めるのは、決して大げさではない。
本来であれば俺たち元素精霊は、気を安定させるために森にいた方が望ましい。
元素精霊が森を離れてもこれほどの状態を保てるのは、従魔を通してライル様の上質な魔力が森を循環しているからだ。
聖獣様であるアモン様が、常にライル様と一緒にいらっしゃることも大きいだろう。
「最近は我とアーデも王都にいることが増えているのだ。その方がライル様の役に立てるからな」
バルカンの言葉に俺が頷くと、ゼフィアが聞いてきた。
「バルカンとアーデは職人ギルドの手伝いをしてるんでしょ? 結構大変じゃない?」
「我は鍛冶職人に少し助言をしたり、装備を作っているところを見学させたりするくらいだから手間はかからん。大変なのはアーデの方だな」
「大変ってほどでもないけどな。まぁ柄にないことしているっていうか……」
俺が言いよどむと、ゼフィアは「なになに?」と顔を覗き込んできた。
仕方なく話を続ける。
「来年の夏に王都で聖獣祭があるだろ? それに伴ってメインストリート沿いを再開発するんだけどな、俺はその開発顧問ってやつになっちまったんだよ」
「確かに似合わない大層な役職だけど、ようは相談に乗る役でしょ?」
「それがな。アーデは相談に答えているだけで我慢できるタイプではなかったのだ」
そう、バルカンの言う通りだ。
最初は、俺が建築や細工が得意だと聞きつけた職人ギルドマスターのドミニクに「ちょっと部下たちの相談に乗ってやってほしい」と頼まれただけだった。
だけど実際に現場を見に行ったら、あちこち気になってしまう。
ちょっと手間をかければ見栄えが良くなるのに手抜きをしているのは許せなかったし、使う相手のことが考えられていないデザインも見逃せなかった。
気付くと俺は相談に乗るだけではなく、自分から工事に参加していたのだ。
「意外だね。アーデってそういうウザいタイプだと思ってなかった」
「ウ……ウザ……」
ゼフィアの辛辣な物言いに、俺は思わず胸を押さえた。あまりのショックに、胸が張り裂けそうだ。
バルカンが苦笑しながらゼフィアを窘めた。
「そう言うな、ゼフィアよ。アーデは職人たちから慕われておるから大丈夫だ。ちゃんと理由や目的を説明してくれるから、わかりやすくて勉強になると評判だ」
「そ、そうなのか?」
俺が聞くと、バルカンはしっかりと頷いた。
「慕われておらねば、あんなに毎日のように酒場になど誘われぬであろう? お主の話を聞いていろいろ学びたいと思っておるのだよ」
言われてみればそうか。みんな俺の話を真剣に聞いてくれている。
うん、俺はウザくない。
胸を撫で下ろす俺を見て、ゼフィアが呟いた。
「ふーん。じゃあ今一番森にいるのはエレインなんだね」
「私は自分のスキルでトレックと王都をいつでも行き来できますからね。ここ最近はユキの代わりに、ライル様のお母様……リナ様の診療所をお手伝いしています」
「そっか、みんなこっち側に来ちゃったんだ」
「どういう意味ですか?」
エレインが疑問を投げかけているが、俺も同じ気持ちだ。バルカンを含め三人揃って首を傾げる。
不思議そうな顔をしている俺たちに、ゼフィアが言う。
「私はさ、元々森の外に出る機会が多かったでしょ? 友達ができたのだって、リーナが初めてってわけじゃなかった。みんなはどう?」
その質問に、俺たちは顔を見合わせて考える。
「私たちはあなたより長く森にいますからね。大昔には話したことのある森の民がいましたが、友達と呼べるのはマーサくらいでしょう」
「我の場合、長く接したのは鍛冶師のドミトス殿くらいだな」
「俺は……まぁ人と関わったことくらいあったよ」
俺は遠い昔の記憶を少しだけ思い出した。
それぞれの返事を聞いたゼフィアが口を開く。
「エレインはマーサ様が死んだ時、悲しかったでしょ?」
「それはもちろん……今までたくさんの死を見てきたけれど、あんなに辛かったのは初めてだったわ」
それはそうだ。いくら俺たちが長い時を生きる精霊であるとはいえ、親しい者の死は悲しい。悲しいからこそ、あまり他の種族と関わってこなかった。
ゼフィアが続ける。
「今、私たちにはたくさんの知り合いができた。きっとその多くが私たちより先に死ぬわ」
「それは……私たちだってわかっております」
エレインの言葉に、俺とバルカンも首肯する。
それはわかっている。エルフの血を引いているライル様でさえ、精霊より長く生きることはないだろう。いずれ別れが来ることは覚悟している。そのうえで、俺たちはライル様のそばにいて、お役に立つと決めた。
俺たちの様子を見てゼフィアが目を伏せた。
「うん。私もね、別れは覚悟してるの。でもね、外から繋がるのと、社会の中に入るのは全然違うのよ……ねぇ、みんなは元の生活に戻れる?」
俺は思わず息をのんだ。
ゼフィアの言う、「こっち側」の意味に気が付いたからだ。
俺は誰かのために何かを作る楽しさ、そして昨日とは違う今日の出来事を語らう喜びを知ってしまった。
そんな毎日は過去の何百年よりもずっと濃かった。
「時間の感覚も、幸福のあり方も、いつの間にか私たちは変わっていたのですね」
「あぁ……あの頃は森が平穏であれば十分だった。武器や防具を作るのも、持て余した時間を使っているにすぎなかった」
「まさかお前に教えられるとはな」
口々に言うエレイン、バルカン、俺に、ゼフィアが申し訳なさそうに謝る。
「私もね、気付いたのはつい最近なの。リーナの失踪事件を調べているルイ様から、私が早く森での生活に戻れるように頑張るって言われて……それで……ごめん。自分の中で抱えきれなくて」
「じゃあ精霊界に行くためっていうのは、この話をするための口実なのね?」
「うん」
エレインが確認すると、ゼフィアは素直に頷いた。
今回俺たちが四体揃ってこの森に集まったのは、精霊界に行くためだった。
といっても今から行くのは精霊王のいる精霊界とは少し違う、聖獣様の森の中にある精霊の隠れ里のような場所だ。
そこに行くためには元素精霊四体が揃って、特別な魔法を使う必要があるのだ。
「じゃあ行く必要はないのか?」
俺の問いかけに、ゼフィアが返事をする。
「そうだけど……せっかくだから行きましょう」
「ならさっさと行くぞ」
俺たちは精霊界へ行き、そして無事に帰った。
だがゼフィアの口実でしかなかったはずの里帰りが、のちに予想外の成果をもたらすことになると、この時は知る由もなかった。
◆
ある日の放課後。
俺――ライルが、【人化】したドラゴンのアサギ、シオウと共に冒険者ギルドへ向かっていると、空から胸がモフモフした可愛い鳥がこっちに飛んでくるのが見えた。
「チーちゃんだ! おーい」
アサギが嬉しそうに手を振ると、チーちゃんはそのまま俺たちのところまでやって来た。
クラウンバードのチーちゃんは、従魔術の第一人者であるマルコさんの従魔だ。普段は旅商人をしている彼の仕事を手伝って、小さい荷物を運んでいる。
俺たちの前に下り立ったチーちゃんの背中には、一通の手紙が括られていた。
チーちゃんは真面目で、仕事中なら呼ばれても鳴き声で応えるだけで寄り道はしないはず。ってことは……
「もしかして、俺に手紙を届けに来たの?」
「チチッ」
チーちゃんは「そうだよ」と言わんばかりに頷き、俺に手紙を取るよう促す。
そして手紙を受け取ったのを確認すると、魔法陣の中に消えてしまった。
マルコさんが俺に手紙で連絡してきたことなんて、今まで一度もなかった。
不思議に思いつつ、俺は手紙を開く。
マルコは預かっている。冥府の入口にて、聖獣の主人を待つ。そちらの王家の者には言うな。
マルコさんの身に何かあったんだ。
俺は急いで屋敷に戻り、従魔たちを部屋に集めた。
手が空いていなかったり、遠方にいたりする従魔には【念話】を繋ぎ、手紙の内容を伝える。
「ねぇ、マルコさんは大丈夫なの?」
「ウーちゃんや他のみんなは?」
アモンとノクスが口々に尋ねる。アサギやシオウも心配そうだ。
「チーちゃんは多分、【召喚】で戻ったんだと思う。従魔術が使えているなら、マルコさんも無事だ」
俺はみんなを安心させるように言う。
彼の他の従魔たちがどうなっているかはわからないが、アモンたちをこれ以上不安がらせるわけにはいかない。
シオウが俺を見上げて言った。
「父上、手紙の差出人はわからないのか?」
「あぁ、誰なのかも目的もわからない」
俺が聖獣の主人だという事実は、家族をはじめとするごく一部の人しか知らない機密情報だ。マルコさんも一応知っているけど、よっぽどのことがない限り他人に明かさないはずで……
『冥府の入口というのは聞いたことがないですね……なんだか物騒な場所な気はしますが』
「向こうの従魔の中にも知っているものはいないようですね」
ゼフィアは生徒会の仕事がまだ終わっていないようで、【念話】で対応してくれた。
聖獣の森に残ってもらっている従魔の話はヴェルデがまとめ、俺に報告する。
これまでの情報を総括し、俺は自分の考えを話す。
「バーシーヌ王国中を飛び回っていたゼフィアがわからないのであれば、冥府の入口は国外にある可能性が高いと思うんだけど……」
「召喚の際にチーちゃんに飛んでいた魔力の方向を考えると、この国の東南にあるチマージルが怪しいですね」
エレインの推察は一理あるものの、推察の域を出ない。チマージルはかなり閉鎖的な国で、隣国であるバーシーヌにさえほとんど情報が入ってこないのだ。
「とりあえず行ってみて調べるってのは……なしですね……」
精霊たちの鋭い視線が突き刺さり、俺の提案は尻すぼみになった。
ヴェルデとバルカンが冷静に諭してくる。
「ライル様に限って危険なことはないとは思いますが、それでも情報がなさすぎます」
「万が一、主君に何かあれば戦争になり得るぞ」
確かにその通りだ。俺のおじいちゃん、シャリアスは森の民の村の村長をしているハイエルフだ。何代にも渡ってバーシーヌ王族の成長を見守ってきており、国王に匹敵するほどの立場を持つ重要人物である。その身内が異国で事件に巻き込まれたとしたら、戦争は大袈裟にしても大問題にはなるだろう。
「せめて冥府の入口がチマージルにあるという確証くらいは欲しいよな」
そうぼやいたアーデに、ヴェルデが同意した。
「軍事情報として国が持ってる可能性はあります。王族には言うな、と書いてありますが、やはり王太子のマテウス様たちに相談してみては?」
ヴェルデの意見は的を射ている。バレないように王族へ連絡する方法なんていくらでもある。だけど相手が誰だかわからない不信感が、俺にその選択を躊躇させていた。
俺にとって、マルコさんは異世界でできた初めての友達だ。そんな友達を、もしかしたら俺の事情に巻き込んでしまったのかもしれない。だから絶対に選択を間違えたくなかった。
◆
トレックにて――
「お大事にね」
「うん。マリアお姉ちゃん、またね!」
母に連れられた男の子が小さな手を振りながら帰っていく。
マリア……そう名を偽るフィオナが看板を下げて診療所に戻ると、リナがお茶を飲んで小さく息を吐いた。
「リナ様。大丈夫ですか?」
「えぇ。少し疲れただけよ。今日は瘴気の治療ばかりだったから」
「すみません。私も治療ができたらよかったんですけど……」
「何言ってるのよ。こうして手伝いに来てくれているじゃない。本当に大助かりよ」
聖属性の適性がないフィオナは、瘴気の治療ができない。どうしようもないことだとわかっていても、フィオナは自分を不甲斐なく思わずにはいられなかった。
落ち込むフィオナを、リナが慰める。
「それにいつも子どもたちに勉強を教えてあげてくれているんでしょ? 村のみんなも喜んでいるわ」
「最初は年の近い子が来たから、一緒に遊んでるくらいのつもりだったんですけど……気付けばみんなから、お姉ちゃんなんて呼ばれるようになってしまいました」
瘴気の治療のため父と一緒に祖国から亡命し、偽名を名乗ってこのトレックにやって来た時、フィオナはまだ八歳だった。そんな彼女も今年で十四歳になる。
当時を思い出し、フィオナがしみじみと言った。
「でも、こんなに子どもが増えるなんて思っていませんでした」
「子どもは病気にかかりやすいからね……とくに瘴気の病には」
瘴気に関する病気が蔓延すれば、子どもの患者が増えるのは当然であった。
つい数年前までライルしか子どもがいなかったこの村には、今では二十人以上の子どもとその家族が住んでいる。
「明日はライルが帰ってくる予定だし、心配かけないように頑張らないとね」
「楽しみですね」
「マリアちゃんも楽しみなの?」
「えっ……」
フィオナは一瞬で耳まで真っ赤になった。彼女のこういうわかりやすいところを、リナは可愛いと思っているのだ。
「ふふふ。ちょっと村長のところに用事があるから。あとお願いねー」
リナは鼻歌交じりで診療所から出ていった。
それを見送ったフィオナは、その様子を庭から眺めていた一匹の銀狼がため息をついたのに気が付いた。
「どうしたんですか? コテツさん」
不審に思ったフィオナはコテツに近づき、瞳の奥まで覗き込むように彼を見つめて尋ねる。
コテツは困った。マルコが何者かに捕まって、ライルが冥府の入口とかいう場所に呼び出されているなんて、言えるわけがない。
「冥府の入口?」
『はい。その場所がわからなくてライル様も……え?』
コテツが驚いて固まる。自分が口を滑らせるより先に、フィオナが冥府の入口というワードを言い当てたからだ。
そもそもコテツは【人化】できず、アモンやノクスのように魔法で会話することもできない。
たとえ口を滑らせたとしても、フィオナにはワンと鳴いているようにしか聞こえないはずだ。
何か考え込んでいた様子のフィオナがコテツに言う。
「ライル様にお伝えください。お話ししなければならないことがあると」
コテツは戸惑いながらもライルに【念話】を飛ばした。
応援ありがとうございます!
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