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間章 従魔達の日常(2.5章)

sideロウガ 忘れていた感覚

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『まずいよなぁ、ロウガ』
『あぁ。まさかユキが一番最初とはな』

 ヴェルデから俺達3匹は進化の条件を満たしつつあると言われていた。
 それを聞いた俺とギンジは気合を入れて鍛錬に励んだ。
 ライル様達が依頼に行くときは積極的に連れて行ってもらったし、騎士団の演習にも時々参加させてもらっていた。だけど最初に進化に至ったのはまさかのユキだった。
 ユキは「アセナ」という種族に進化してユニークスキルまで手に入れた。

『最近トレックでリナ様の手伝いばかりしているから、鍛えられていないだろうと思っていたのにな』
『俺達に一体なにが足りないんだと思う?』
『やっぱり【人化】じゃないのか』

 ユキは【人化】を取得したことで進化の条件を満たしたらしい。

『でもそれはってヴェルデは言っていただろ』

 そう。ヴェルデは俺達の進化の方向性として正しくないと言っていた。
 それは俺達もなんとなく分かっていた。シリウス様みたいに二足歩行で戦うスタイルは自分達では想像ができなかったからだ。

『自分達に足りないものを考えろって言われたけど……そんなもんありすぎてな』

 ギンジの言う通りだ。シリウス様のようになれないなら、アモン様のスタイルかとも思ったが、基礎的な身体能力にしても魔法にしても、実力差が開きすぎて、目標するのも烏滸がましいほどだった。
 だから騎士団の演習に参加して、自分達にできる事を1つずつ積み重ねて来たのだが、結果は思うように出ていなかった。



 そんな答えの出ない日々を悶々と過ごしていた時、シリウス様から声がかかった。
 なんでも国境警備をしているジーノ様に会いに行くらしく、一緒に来ないかと誘われたのだ。
 
「ジーノ様ってあの自由人すぎてライル様を怒らせ人だよな?」
「そうそう。ゴブリンキングの時な。俺達が召喚された時なんて、誰か死んだのかってくらい……」

 ギンジは回想しながら、当時の空気を思い出して溜息をついた。
 確かにあの時は最悪の空気だった。

「でもすごい強いってシリウス様は言っていたし、相談したら何か分かるかもしれないじゃん」
「相談って、相手はあれでも王子様だろ? しかも国境警備って緊張感のある場所なんじゃないか」
「まぁそうだけど、そこはダメ元でさ」

 正直、手詰まりで気晴らしになればいいやという気持ちもあった。
 ギンジも最終的には同じ考えに至ったのだろう。シリウス様について行くことを決めた。



 国境の砦はさすがに警備が厳しかった。王家からの紹介状を持って、物資を運ぶ一団と一緒に来たが、それでも厳重にボディチェックをされた。
 隣国を監視る者、砦内を巡回する者、物資を受け取る者。そのどの騎士からも緊張感が伝わってきた。だが、

「あ、いたいた! シリウス来てくれたんだねー。嬉しいよー」

 この緊張感に似つかわしくない声が飛んできた。
 声の主は周りの緊張感など気にもせず、嬉しそうに手を振って駆け寄ってきた。

「ジーノ。久しぶりだな。ここではジーノ様って呼んだ方がいいか?」
「いいよ。俺とシリウスの仲なんだからさ。君達も久しぶりだねー。ロウガ君とギンジ君」

 俺達は頭を垂れて挨拶した。
 相変わらず気の抜けた人だと思ったが、名前までを憶えてくれていた事にはちょっと驚いた。

「ちょうど今から演習をやるんだよー。久しぶりに手合わせしない?」
「俺達がいたら邪魔になるだろ?」
「そんな事ないよ。騎士同士の演習ってマンネリ化するから良くないんだよね」
「だったらこいつらの相手してくれないか? こいつら最近マンネリ化して煮詰まってるみたいだからさ」

 願ってもないチャンスが訪れた。
 ジーノ様が直々にしてくれるというのだ。

「とりあえず実力みるから掛かってきてー。一緒に攻撃してきていいからねー」
 
 演習場に着くなり、気の抜けた喋りでそう言われた俺達は内心カチンと来てしまった。

『いくら何でも舐めすぎだろ』
『あぁ、俺達の力見せてやろうぜ』
 
 一緒でいいと言われたので遠慮せず連携して攻めた。
 俺はファイアボールを放ち、ギンジは身体強化魔法をかけて一気に距離を詰め、爪で抉りにいく。
 しかし、ジーノはそれをいとも簡単に避けた。

 今度はギンジがアースクエイクで足元を隆起させた。
 
「おっとっと」

 狙い通りバランスが崩れた所に、俺は炎を纏って体当たりを仕掛ける。

「連携はいいんだけどね、っと」

 ジーノは軽く体を翻したかと思うと、俺の纏う炎をものともせず俺の頭に片手をついて、俺の上を飛び越えるように攻撃をかわした。

「ねぇ、もしかして君達ってレグルスに見てもらってる?」
「お、ジーノよく分かったな。そいつら王都の騎士団の演習にも参加しているんだよ」
「やっぱりね」

  俺達が持っている技を駆使して攻撃を仕掛けているのに、ジーノは雑談まで始めた。

「彼さー。真面目過ぎなんだよねー。それじゃあダメだって前に言ったのにさー。今度呼び出して思い出させないとなー」

 思い出させないとってなんだ?

「まぁいいや。まずは君たちに戦う上で一番大事な事を教えてあげるね。大丈夫だよ。絶対に殺さないから」

 そう言ってジーノが腰の双剣を抜いた瞬間、ジーノの雰囲気が変わった。
 何が変わったのかは口で説明できない。だけど何かが決定的に変わった。

 そんなことを考えた次の瞬間。ジーノの冷たい目が俺の眼前にあった。
 そして2本の剣が俺の体を貫いていた。

『ロウガ!』

 俺を助けるべく飛び掛かったギンジが、軽く蹴り飛ばされた。
 そしてまた一瞬でギンジの目の前に距離を詰めて、凄まじいスピードで何度も切りつけたかと思うと、今度は俺への猛攻が始まる。
 引くことも押す事も許されず、交互に嬲られているような状態だった。
 俺もギンジも必死で抵抗して何とか致命傷を避ける。だけどそれが精一杯だ。

 段々と意識が遠のいていき、自分が何をしているのか分からなくなっていく。
 これは一体なんだ? 俺は今どういう状況だ?
 もう体に力が入らない。だけどもし今避ける事を諦めたら……死ぬ?

 

「よし! おしまーい!」

 ジーノの気の抜けた声で我に返ると、俺の口の中にはジーノの足があった。
 ギンジはジーノの左腕を噛んでいた。

「ほらよ。ライル様特性の回復薬だ」

 全身に掛けられた回復薬が沁みて激痛が走り、今度こそ俺とギンジは完全に意識を失った。


 
 次に目が覚めたのは砦にある救護班の一室だった。
 横には先に目覚めたギンジが呆然と空を眺めていた。

「おっ、お前ら起きたか?」

 そう言って入ってきたジーノ様と一緒にシリウス様が入ってきたが、シリウス様はボロボロになっていた。

「やっぱりジーノは強いなぁ。今の俺なら少しはやり合えると思ったんだけどなぁ」
「シリウスもロウガ君達と一緒だよ。技と経験値は磨かれているけど、大事な事忘れてるんだもん。まぁ最後は思い出せたみたいだけどね」

 最後に……あぁそうか。そういうことか。
 忘れていたんだ。負けたら死ぬという当たり前のことを。。
 死が頭をよぎったのなんて瘴魔化したマンティコアと対峙した時が最後だった。
 あの時を境に俺とギンジには絶対的な安心感が芽生えてしまった。
 俺達にはライル様がいるのだと、万が一の時はライル様に召喚してもらえるから大丈夫なのだと思ってしまったのだ。

「平和なのはいい事なんだけどね。平和が続かない可能性があるから僕らは鍛錬しているわけでさ。だから平和ボケしすぎは困っちゃうんだよねー」

 本当にその通りだ。俺達が鍛錬しているのはライル様の大いなる使命の役に立つためだ。
 その先にはどんな戦いが待っているか分からない。
 それなのに俺はもう何年も、そのことと向き合ってこなかった。

 思えば、だからユキは先に進化したのだろう。ユキはリナ様の手伝いをする過程できっと向き合ったのだ。自分が未熟であれば誰かが死ぬという事に。

「じゃあみんなはここで休んでて。しばらくここに滞在するんだよね?」
「一週間いる事になっているぞ」
「じゃああと20回くらいは演習できるね!」

 えっ……

「すごいよねー。本人の治癒力を活性化するライル君特性の回復薬と、君たちの高い自己回復能力があれば、致命傷以外なら3時間で治るんだってね」

 いや、でもそんなにずっと致命傷を躱しきるなんて……

「安心して。君達くらいの実力なら間違っても致命傷を与えちゃうなんてこと絶対ないから」

 ……今なんて?

「やっぱりお前はすごいよな。あんなに動いてる相手でも致命傷外すんだからさ」
「そりゃそうだよ。本当に殺しちゃったら怒られるくらいじゃ済まないもん。俺だって命がけでやってるんだよ」

 俺とギンジは震えながら見つめ合った。
 そして死の恐怖を……いや、決して死ねない恐怖を1週間味わい続ける事になった。
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