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「エリミヤ。私の所に来るかい?」

母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。

◈◈◈

私の母が流行り病で儚くなったのは去年の事。

葬儀を終えた次の日には、お父様は、愛人であったマリアナを屋敷に連れて戻って来た。
マリアナの横には私と一つ違いのアンナが私を睨んで立っていた。

それからの私は、家族から遠ざけられ、部屋も使用人部屋に移され、食事も使用人と同じ物になり、使用人と同じ仕事をさせられた。

お茶会やパーティーにも、もちろん参加はさせない。怪しまれる前にお父様は、私が母が儚くなったショックから塞ぎ込み、部屋から出なくなってしまった…と周りに話し、娘を心配している振りをし、どうしたら良いものか?と悩んで相談までしていた。

元々、私はお父様から愛されていた記憶がない。
と言うか、お父様は外では仲の良い家族の振りを演じていたが、家に帰れば、いや、馬車に乗れば話し掛けるなっ!触るなっ!オーラが漂う。
お母様は、私を可愛がってくれたが、お父様は、私が近寄るだけで嫌悪感を露にしていた。

「なぜお父様は、私を嫌うの?」とお母様に尋ねた事がある。
お母様は、悲しそうな顔をして「ごめんね。お母様のせいね…。」と言った。
お父様とお母様の間に何があったのかは聞けなかったけれど、子供心にお母様が悪いのでは無いと悟っていた。

お父様に愛人がいて、その人の元に行って帰ってこない事も使用人達の噂話で知っていた。

だから私は、お父様が嫌いになった。
お母様を悲しませ、執務を押し付け、仕事もせずに愛人宅で贅沢し遊んで暮らしている。
どうしても参加しなければならない公の場だけ戻ってきて、私達に仲の良い家族の振りをさせる。
お父様なんて、もう戻って来なければ良いのに!そう思っていた。

お母様が流行り病に掛かり、危篤状態になると、お父様は帰ってきた。

「……なんだ…まだ生きていたのか…早く楽になれば兄上に会えるのに…兄上は、まだお前を迎えに来てはくれないのか…」

私は「まだ生きていたのか」と言ったお父様を睨み付けた。

お父様は、お母様が亡くなる事を望んでいるのだ。

「………ハリス…お願い…エリミヤを…お願い…」

「…苦しいのだろう?もう話すな…」

「…ハ…ス……エ………ア…あ……し……」

「いやぁー!お母様、お母様ぁー!!」

お母様の最後の言葉は私達には聞き取れなかった。

◈◈◈

「エリミヤ!」

執事のヤンに言われて玄関ホールに向かえば、そこにはグレート叔父様が立っていた。

「エリミヤ!誕生日おめでとう!」

そう言ってプレゼントを差し出した。

「叔父様、ありがとうございます。」

受け取る私を見て叔父様は不快な顔をした。

あっ。私、使用人服だった。
ヤンに言われて仕事だと思って慌てて来てしまったのだ。

「はぁー。ハリスの奴、義姉上の最後の頼みを聞き入れないとは…ヤンの手紙通りだったか。ねぇエリミヤ。私は、義姉上から、エリミヤの誕生日の日に訪ねて、エリミヤに聞いて欲しいと言われていた事があるんだ。もしエミリヤが私の手を取ったなら連れ出して欲しいと言われていたんだ。ねぇエリミヤ。私の所に来るかい?」

お母様は、私の事を心配して叔父様に頼んでいたのだ。

私は泣きながら頷き「叔父様。どうか、どうか宜しくお願いします。」と言った。

執事のヤンが、玄関ホールに現れ、お父様が応接室で待っていると告げた。

「お嬢様。良かったです。どうか幸せにおなり下さい。」と言われ、ヤンはお母様から聞いていたのだと言った。
お嬢様の誕生日が来れば、バンス子爵様が迎えに来てくれる。
それまでは、自分達がお嬢様を守らねば!と思っていたと…。

応接室には、お父様の他にお義母様とアンナがお茶をしていた。

「やあ、グレート。久しいな。しかし先触れもなく訪ねて来るのは、いくら元妻の義弟で、学友であっても礼儀が欠けるのではないか?」

「悪いねぇ~。姪の誕生日だから驚かせようと思ってね。しかし可笑しいなぁ~?今日はエリミヤの誕生日だというのにパーティーも開かないんだ?去年までは朝から大騒ぎだったろう?まさかとは思うがハリス。娘の誕生日を忘れたとか言わないよな?」

叔父様の言葉にお父様は驚いていた。

もちろん私の誕生日など覚えている筈もない。
毎年、お父様は、家に居なかったのだもの。

「ハリス。君は娘のエリミヤを冷遇している様だね。私は、義姉上からエリミヤに何か有ったら頼むと言われている。こんな状況にエミリヤを居させられない。エリミヤは、我がバンス子爵家で引き取らせて貰う。」

「はあぁー!?何を勝手な事を言っているのだ?」

「あらぁ~良かったじゃない♪そんな邪魔な子、今、直ぐにでも引き取って下さいなっ!」

「そうよ、そうよっ!あいつと死んだ母親のせいで、私達は小さな家に住んでいたのよ!」

「言われなくてもエリミヤは、直ぐに我が家に連れて帰りますよ。ああ、そうだ。えっと…」

叔父様は胸ポケットから2通の手紙を取り出し、1通を元に戻すと、もう1通をお父様に渡した。

「義姉上から預かった物だ。読む読まないはハリス、お前に任せる。それと、当然だが我が家からの事業への援助金は打ち切らせて貰う。今まで貸した金は…直ぐに返せと言いたいが、私も鬼ではない。学友の好だ1年だけ待ってやる。それまでに返せなかったら領地で手を打とう。」

そう言うと、使用人が用意してくれた鞄と私を連れて叔父様はモーリス伯爵家を出た。

馬車の中で、叔父様は「はぁー。モーリス伯爵家はもう終わりだな…。ハリスの大馬鹿野郎」と呟いた。
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