上 下
1 / 1

転生

しおりを挟む
『後悔先に立たず』とはよく言ったものだわ、と私は思った。

「それでは、悪事を尽くした令嬢ルネの処刑を行う!」
 処刑場に集まった人々が歓声を上げた。
「お待ちください! 王様、どうか御慈悲を!」
 聞いたことのある声だ。この声はきっと、私が陥れようとした令嬢マリスの声だ。
 もう少しで自分が殺されるところだったというのに、マリスはどこまでお人好しなのかしら。

「ならぬ! マリス様、貴方はルネ嬢のたくらみによって殺されるところだったのだぞ!?」
「でも、私は生きております」
 マリスは一生懸命、王に許しを求めている。私は惨めな気持ちでそれを眺めていた。
「マリスさん、私はもう覚悟ができております。余計な時間を使わないで頂きたいです」
「ルネ様……何か事情がお有りだったんでしょう? 今ならまだ間に合いますわ……」

「さあ! 首をはねよ!!」
 王の命令で死刑執行者の剣が振り上げられた。
 衝撃が走った。熱い痛みの中、意識が遠のく。
(ああ、私が愚かだった。何て空しい生涯だったのかしら……本当は私も、マリスさんのように清らかで優しい人間になりたかったのだわ……今更気付くなんて……。もし生まれ変われるのならば、次こそは……)

 そこで、私の意識は途切れた。

 ***

「貴方、大丈夫ですか? しっかりしてください!」
 誰かが、私を抱き起こし、頬を軽く叩いている。
 私が目を開けると、優しく抱きしめられた。
「よかった、目を開けてくださって」
 私は柔らかな声を聞きながら、ボンヤリとした意識の中で思った。
(あら? 死んだら地獄にいくとばかりおもっていたのに……。天使に抱きしめられているのかしら?)

 強い柑橘類の匂いで、私は正気を取り戻した。
「気付け薬です。目を覚ましてくださって良かったわ」
「貴方は……?」
 私は目の前で微笑んでいる年上の女性をじっと見つめた。
 その綺麗な女性は、綺麗で高価そうな衣を身にまとっている。
「聖女様、捨て子に触れてはいけません! どんな病を持っているか分かりませんよ!?」

 聖女、と呼ばれた女性はゆっくりと振り返ると、悲しそうな表情で言った。
「命に上下はありません。ジョイスさん、この子を綺麗にしてあげてください」
 ジョイスと呼ばれた若い男性は顔をしかめた。
「え!? いちいち気にしていたら、きりがありませんよ!?」
 ジョイスはウンザリした様子で言った。
「まったく……。ソーラ様は聖女とはいえ、慈悲深いにもほどがある。感謝しろ、お嬢ちゃん」

 私はその時、自分の手が小さくなっていることに気付いた。
「まだ、子どもですよ。一人でここで生きていたのですね……可哀想に」
「私、子どもではありません!」
 私は自分の声に驚いた。甲高い子どもの声だったからだ。
「あらあら、しっかりしたお嬢さんでしたね。失礼いたしました。」
 聖女ソーラは私に優しく話しかけてくれた。
「お名前を教えて頂けますか?」

「私の名前は……ネルです」
 昔の名前は名乗りたくなかったので、私はとっさに嘘をついてしまった。
「ネルさん、貴方これからもここで暮らすつもりですか?」
 聖女ソーラは心配そうに私の目を見つめている。
「あの……もしよろしければ、私を弟子にして下さい!!」
「図々しい子だな!」
 ジョイスが声を荒げた。

「ジョイス、やめなさい。……聖女見習いは大変なことも多いですが、その覚悟はありますか?」
「……はい」
 私をまっすぐに見つめた聖女ソーラは、静かに頷いた。
「分かりました。ジョイス、ネルさんを聖女見習いとして引き取りましょう」
「え!? こんな、みすぼらしい子を!?」 
 ソーラは微笑んでいった。
「この子の目の奥には、揺るぎない光が見えました」

「……聖女様がそういうのなら……分かりました」
「あ、ありがとうございます。聖女様」
 私の言葉を聞いて、ソーラは首を横に振って微笑んだ。
「聖女ではなく、ソーラで構いません」
「では、ソーラ様。これからよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくおねがいします。ネルさん」

 ジョイスは頭をかきながら、ため息をついた。
「まったく。運が良いよ、ネルちゃん。……聖女様に迷惑かけないようにね」
「はい!」
 
 こうして私は、新しい人生をやり直すことになった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

るしあん@猫部

可能なら続きが読みたいです。

面白かったです。

茜カナコ
2022.09.03 茜カナコ

書ければ書きたいと思います。

短編ばかりでごめんなさい。

解除

あなたにおすすめの小説

婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです

かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。 強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。 これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

婚約破棄されたけど、逆に断罪してやった。

ゆーぞー
ファンタジー
気がついたら乙女ゲームやラノベによくある断罪シーンだった。これはきっと夢ね。それなら好きにやらせてもらおう。

ここは乙女ゲームの世界でわたくしは悪役令嬢。卒業式で断罪される予定だけど……何故わたくしがヒロインを待たなきゃいけないの?

ラララキヲ
恋愛
 乙女ゲームを始めたヒロイン。その悪役令嬢の立場のわたくし。  学園に入学してからの3年間、ヒロインとわたくしの婚約者の第一王子は愛を育んで卒業式の日にわたくしを断罪する。  でも、ねぇ……?  何故それをわたくしが待たなきゃいけないの? ※細かい描写は一切無いけど一応『R15』指定に。 ◇テンプレ乙女ゲームモノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。