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7.すれ違い
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一樹は別れ際に、「酔った勢いで七海さんを買ったけど、酔いがさめてひどいことをしたって後悔している。本当にごめん」と言った。
私は「百万は使ってしまって返せない。だから、契約を守らせて」と言って、一樹の恋人としてふるまうことを誓った。一樹は、私の言葉を聞いて、遠慮がちに頷いた。
一樹とのデートの翌日。学校をいつも通りに終えて、バー『有象無象』に向かう。
開店準備中に「100万円君との進展はどう?」とユウさんが聞いてきた。
私は一樹とのデートの感想をかいつまんで伝えたら、ユウさんがぽつり、と言った。
「七海ちゃんは、幸せになれてないのよね」
「え? なんですか? ユウさん、そのセリフ、なんか私ディスられてる?」
ユウさんは私の頭を優しくなでて、切ない表情で言った。
「七海ちゃん、幸せは怖いけど、怖くないわよ」
私はユウさんの言った意味が分からなくて、ユウさんの目をじっと見つめた。
「やだ、そんなに見つめられたら、私の美貌が減っちゃう!」
ユウさんはけらけら笑って、奥の部屋に行ってしまった。
「……怖い? 幸せが?」
私はユウさんの言葉をもう一度考えてみたけれど、やっぱり意味が分からなかった。
ユウさんが奥から戻ってきた。
「ユウさん、前にも聞いたかもしれないけど、なんで私を拾ってくれたの?」
「拾うって……まあねえ。必死な顔で求人情報を見てる七海ちゃんを見てたら、なんか、行き場所をなくした頃の自分を思い出しちゃってね」
「え? ユウさんって、こんなに堂々としてるじゃないですか?」
「あのね……私にも若いころはあったのよ? 昔ね、私、有名な商社で働いてたのよ。スーツでばっちり決めてね」
「え? あのチャラい……いえ、カジュアルなスーツじゃなくて?」
「ネクタイを締めて、キリっとしてたんだから。私、K大出身のエリートだったのよ」
腰に手を当て胸をそらして立つユウさんを見て、私は間抜けな声を出した。
「ええっ!? ユウさん頭いいんだ!」
「まあねえ、勉強は得意ね」
ユウさんは珍しく、自分のグラスに水割りを作って飲んでいる。
「社会人になって、なんか違和感を覚えながら生きてた時に、先輩に新宿のゲイバーに連れていかれてね。なんか、知らない世界なのに、お化粧した男の人たちを見て、あ! これだ! って思っちゃって。なんていうのかな……ルービックキューブが全面きれいにそろったみたいな、心地よさっていうか……」
私は気になったことを聞いてみた。
「ユウさんって、男の人が好きなんですか?」
「そうねえ、それは秘密」
ユウさんは残った水割りをごくごくと飲み干して、ぷはあ、と息を吐きだした。
「あー。全部話したらすっきりした。七海ちゃん、驚いた?」
「ちょっとだけ」
「ちょっとかー」
ユウさんは少し笑ってから、使っていたグラスを洗った。
ドアのベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
ユウさんの優しい声が、店に響いた。
「またきたよ、ユウちゃん」
常連さんが右手を挙げて、ユウさんに挨拶する。
「あら、今日はお友達も一緒なの?」
「うん」
「どうも、はじめまして」
「いらっしゃいませ。それじゃ、テーブル席にどうぞ」
私はメニューをテーブル席に置いた。
「七海ちゃんだっけ? もう店の看板娘だね」
「……あはは」
「ちょっと、看板娘は私でしょ?」
「ユウさんは……ちょっと……ぬしって感じじゃないかな」
「ひっどい。今日の水割り、薄くしちゃおうかしら」
「勘弁してよ、ユウちゃん」
ユウさんと常連さんのやり取りを聞きながら、私は氷を砕いた。
今日も、忙しい夜になりそうだ。
私は「百万は使ってしまって返せない。だから、契約を守らせて」と言って、一樹の恋人としてふるまうことを誓った。一樹は、私の言葉を聞いて、遠慮がちに頷いた。
一樹とのデートの翌日。学校をいつも通りに終えて、バー『有象無象』に向かう。
開店準備中に「100万円君との進展はどう?」とユウさんが聞いてきた。
私は一樹とのデートの感想をかいつまんで伝えたら、ユウさんがぽつり、と言った。
「七海ちゃんは、幸せになれてないのよね」
「え? なんですか? ユウさん、そのセリフ、なんか私ディスられてる?」
ユウさんは私の頭を優しくなでて、切ない表情で言った。
「七海ちゃん、幸せは怖いけど、怖くないわよ」
私はユウさんの言った意味が分からなくて、ユウさんの目をじっと見つめた。
「やだ、そんなに見つめられたら、私の美貌が減っちゃう!」
ユウさんはけらけら笑って、奥の部屋に行ってしまった。
「……怖い? 幸せが?」
私はユウさんの言葉をもう一度考えてみたけれど、やっぱり意味が分からなかった。
ユウさんが奥から戻ってきた。
「ユウさん、前にも聞いたかもしれないけど、なんで私を拾ってくれたの?」
「拾うって……まあねえ。必死な顔で求人情報を見てる七海ちゃんを見てたら、なんか、行き場所をなくした頃の自分を思い出しちゃってね」
「え? ユウさんって、こんなに堂々としてるじゃないですか?」
「あのね……私にも若いころはあったのよ? 昔ね、私、有名な商社で働いてたのよ。スーツでばっちり決めてね」
「え? あのチャラい……いえ、カジュアルなスーツじゃなくて?」
「ネクタイを締めて、キリっとしてたんだから。私、K大出身のエリートだったのよ」
腰に手を当て胸をそらして立つユウさんを見て、私は間抜けな声を出した。
「ええっ!? ユウさん頭いいんだ!」
「まあねえ、勉強は得意ね」
ユウさんは珍しく、自分のグラスに水割りを作って飲んでいる。
「社会人になって、なんか違和感を覚えながら生きてた時に、先輩に新宿のゲイバーに連れていかれてね。なんか、知らない世界なのに、お化粧した男の人たちを見て、あ! これだ! って思っちゃって。なんていうのかな……ルービックキューブが全面きれいにそろったみたいな、心地よさっていうか……」
私は気になったことを聞いてみた。
「ユウさんって、男の人が好きなんですか?」
「そうねえ、それは秘密」
ユウさんは残った水割りをごくごくと飲み干して、ぷはあ、と息を吐きだした。
「あー。全部話したらすっきりした。七海ちゃん、驚いた?」
「ちょっとだけ」
「ちょっとかー」
ユウさんは少し笑ってから、使っていたグラスを洗った。
ドアのベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
ユウさんの優しい声が、店に響いた。
「またきたよ、ユウちゃん」
常連さんが右手を挙げて、ユウさんに挨拶する。
「あら、今日はお友達も一緒なの?」
「うん」
「どうも、はじめまして」
「いらっしゃいませ。それじゃ、テーブル席にどうぞ」
私はメニューをテーブル席に置いた。
「七海ちゃんだっけ? もう店の看板娘だね」
「……あはは」
「ちょっと、看板娘は私でしょ?」
「ユウさんは……ちょっと……ぬしって感じじゃないかな」
「ひっどい。今日の水割り、薄くしちゃおうかしら」
「勘弁してよ、ユウちゃん」
ユウさんと常連さんのやり取りを聞きながら、私は氷を砕いた。
今日も、忙しい夜になりそうだ。
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