3 / 11
3.成人式
しおりを挟む
あれから二年。私は大学二年生になり、20歳の誕生日を迎えようとしていた。
「七海ちゃん、そろそろ誕生日でしょ? 確か8月8日だったわよね。覚えやすいって話してたじゃない。で、成人式ってどうしたの? 休まなかったじゃない?」
「……ユウさん、私、そういうのいらないんです」
私がにっこりと笑って答えると、ユウさんの顔がぐにゃっとゆがんだ。
「あら、やだ。そんな綺麗でピチピチな時間は長くないんだから、記念に写真くらいとっておきなさいよ。私がお金出してあげるから。……うん、業務命令。着物を着て写真を撮ってきなさい。そして二枚現像して、一枚は私に頂戴」
「え? ……でも」
「業務命令!」
「……はい」
ユウさんはスマホを取り出すと、カレンダーのアプリを開いた。
「今週の土曜日の予定は?」
「ここのバイトくらいですけど……」
「じゃあ、決まりね」
渋っている私をよそに、ユウさんはスマホを取り出して写真館を予約してしまった。
「じゃ、写真館の予約内容をスマホのメッセージで送ったから。ちゃんと写真館に行ってきなさい」
「……ありがとうございます」
私はなんでユウさんはこんなに親切にしてくれるんだろうと、不思議に思った。
土曜日。予約時間の10分前に写真館に着いた。
「あの、ネットから予約した酒井ですが」
「お待ちしておりました。酒井七海様ですね。本日はお着物での撮影ですね」
「……はい」
私は写真館の衣装ブースに案内された。そこには20着くらい、色々なデザインの着物が並べられていた。
「じゃあ、これでお願いします」
私は淡い青色の着物を選んだ。
「髪飾りもありますが、お付けになりますか?」
写真館の人が、髪飾りをいくつか持ってきてくれた。私は藤の花を模した飾りのついた髪飾りを選んだ。
「……こちらをお願いします」
「はい。それではこちらでメイクをしますね」
私はメイク室に通され、化粧を施された。
「肌、お綺麗ですね」
「……ありがとうございます」
鏡の中に、メイクされた私の顔が映っている。すこし派手な気もしたが、写真を撮るのだからこのくらいはっきりと化粧をしたほうが良いのかもしれない、と思って何も言わなかった。
「それでは、スタジオへ移動お願いします」
「はい」
私は慣れない和服で緊張しながらも、写真館の人について行った。
「椅子の前に立ってください」
「はい」
私が青い背景用の布の前に立つと、カメラマンが機械を操作して背景を赤っぽい色の布に切り替えた。
「はい、にっこり!」
「……」
私はカメラマンの掛け声に合わせて微笑んだ。
「はい。いいですよ」
カシャ、カシャ、とシャッター音が何回か響いた。
「はい、お疲れさまでした」
私は少し濃いメイクのまま、着替えを済ませた。
「お着替えはお済ですか? それではこちらのパソコンでお写真をお選びください」
写真館の人がパソコンを操作すると、私の晴れ姿が画面の中にいくつか並んだ。
「……これで、お願いします」
私は一番嬉しそうに見えた写真を一枚選んだ。
「一枚でよろしいんですか?」
「はい」
「それでは、出来上がり次第ご連絡差し上げます。連絡先をこちらにお書きください」
「はい」
私はアパートの住所と携帯の番号を書いた。
「本日はありがとうございました」
「いいえ、こちらこそありがとうございました」
写真館の人はにこやかに私を送り出すと、店の中に戻っていった。
「うわ、結構時間かかっちゃったなあ……」
私は化粧を落とさずに職場に向かった。
バー『有象無象』に着いた。
重い扉を開けると、ユウさんの明るい声が響いた。
「あらー。今日は化粧が濃いわね」
「あ、あの写真館で写真撮ってもらって、そのまま来たので……すいません」
「いいのよ、あやまらなくて。でも、化粧するとちょっと老けて見えるわね」
「……あはは」
私は笑いながら、制服に着替え、店の掃除を始めた。
「ところで、ユウさんはなんで私に、こんなに親切にしてくれるんですか?」
ユウさんは炭酸水を飲んでから、ぼそっと言った。
「……大事な人を傷つけたから……親切な人のふりをしたいのよ」
私は、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれないと思って「ふうん」とだけ言った。
一週間後、出来上がった写真をユウさんに渡した。
「へー」
「馬子にも衣裳、って言いたいんでしょ、ユウさん?」
「言わないわよ! 綺麗よ。良いじゃない」
「……ありがとうございます」
私は照れ隠しで自分のほっぺを引っ張る。
「ユウさんのおかげです」
そっぽを向いたまま、私はユウさんに言った。
「記念日はね、大事にしておいたほうがいいわよ」
「そんなものですかね」
「そんなもんよ。年を取ればわかるわ」
そう言って、ユウさんは私の写真を見て目を細めた。
「七海ちゃん、そろそろ誕生日でしょ? 確か8月8日だったわよね。覚えやすいって話してたじゃない。で、成人式ってどうしたの? 休まなかったじゃない?」
「……ユウさん、私、そういうのいらないんです」
私がにっこりと笑って答えると、ユウさんの顔がぐにゃっとゆがんだ。
「あら、やだ。そんな綺麗でピチピチな時間は長くないんだから、記念に写真くらいとっておきなさいよ。私がお金出してあげるから。……うん、業務命令。着物を着て写真を撮ってきなさい。そして二枚現像して、一枚は私に頂戴」
「え? ……でも」
「業務命令!」
「……はい」
ユウさんはスマホを取り出すと、カレンダーのアプリを開いた。
「今週の土曜日の予定は?」
「ここのバイトくらいですけど……」
「じゃあ、決まりね」
渋っている私をよそに、ユウさんはスマホを取り出して写真館を予約してしまった。
「じゃ、写真館の予約内容をスマホのメッセージで送ったから。ちゃんと写真館に行ってきなさい」
「……ありがとうございます」
私はなんでユウさんはこんなに親切にしてくれるんだろうと、不思議に思った。
土曜日。予約時間の10分前に写真館に着いた。
「あの、ネットから予約した酒井ですが」
「お待ちしておりました。酒井七海様ですね。本日はお着物での撮影ですね」
「……はい」
私は写真館の衣装ブースに案内された。そこには20着くらい、色々なデザインの着物が並べられていた。
「じゃあ、これでお願いします」
私は淡い青色の着物を選んだ。
「髪飾りもありますが、お付けになりますか?」
写真館の人が、髪飾りをいくつか持ってきてくれた。私は藤の花を模した飾りのついた髪飾りを選んだ。
「……こちらをお願いします」
「はい。それではこちらでメイクをしますね」
私はメイク室に通され、化粧を施された。
「肌、お綺麗ですね」
「……ありがとうございます」
鏡の中に、メイクされた私の顔が映っている。すこし派手な気もしたが、写真を撮るのだからこのくらいはっきりと化粧をしたほうが良いのかもしれない、と思って何も言わなかった。
「それでは、スタジオへ移動お願いします」
「はい」
私は慣れない和服で緊張しながらも、写真館の人について行った。
「椅子の前に立ってください」
「はい」
私が青い背景用の布の前に立つと、カメラマンが機械を操作して背景を赤っぽい色の布に切り替えた。
「はい、にっこり!」
「……」
私はカメラマンの掛け声に合わせて微笑んだ。
「はい。いいですよ」
カシャ、カシャ、とシャッター音が何回か響いた。
「はい、お疲れさまでした」
私は少し濃いメイクのまま、着替えを済ませた。
「お着替えはお済ですか? それではこちらのパソコンでお写真をお選びください」
写真館の人がパソコンを操作すると、私の晴れ姿が画面の中にいくつか並んだ。
「……これで、お願いします」
私は一番嬉しそうに見えた写真を一枚選んだ。
「一枚でよろしいんですか?」
「はい」
「それでは、出来上がり次第ご連絡差し上げます。連絡先をこちらにお書きください」
「はい」
私はアパートの住所と携帯の番号を書いた。
「本日はありがとうございました」
「いいえ、こちらこそありがとうございました」
写真館の人はにこやかに私を送り出すと、店の中に戻っていった。
「うわ、結構時間かかっちゃったなあ……」
私は化粧を落とさずに職場に向かった。
バー『有象無象』に着いた。
重い扉を開けると、ユウさんの明るい声が響いた。
「あらー。今日は化粧が濃いわね」
「あ、あの写真館で写真撮ってもらって、そのまま来たので……すいません」
「いいのよ、あやまらなくて。でも、化粧するとちょっと老けて見えるわね」
「……あはは」
私は笑いながら、制服に着替え、店の掃除を始めた。
「ところで、ユウさんはなんで私に、こんなに親切にしてくれるんですか?」
ユウさんは炭酸水を飲んでから、ぼそっと言った。
「……大事な人を傷つけたから……親切な人のふりをしたいのよ」
私は、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれないと思って「ふうん」とだけ言った。
一週間後、出来上がった写真をユウさんに渡した。
「へー」
「馬子にも衣裳、って言いたいんでしょ、ユウさん?」
「言わないわよ! 綺麗よ。良いじゃない」
「……ありがとうございます」
私は照れ隠しで自分のほっぺを引っ張る。
「ユウさんのおかげです」
そっぽを向いたまま、私はユウさんに言った。
「記念日はね、大事にしておいたほうがいいわよ」
「そんなものですかね」
「そんなもんよ。年を取ればわかるわ」
そう言って、ユウさんは私の写真を見て目を細めた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。
戦いに行ったはずの騎士様は、女騎士を連れて帰ってきました。
新野乃花(大舟)
恋愛
健気にカサルの帰りを待ち続けていた、彼の婚約者のルミア。しかし帰還の日にカサルの隣にいたのは、同じ騎士であるミーナだった。親し気な様子をアピールしてくるミーナに加え、カサルもまた満更でもないような様子を見せ、ついにカサルはルミアに婚約破棄を告げてしまう。これで騎士としての真実の愛を手にすることができたと豪語するカサルであったものの、彼はその後すぐにあるきっかけから今夜破棄を大きく後悔することとなり…。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
敵は悪役令嬢ですか? 違います。むしろ彼が、悪役令嬢の弟でした!
「恋と憧れは別のもの――?」
平民のマリア・ヒュドールは、不運な十六歳の女の子。
その類いまれなるドジのため、なかなか簡単なアルバイトでも長続きがしない。
いよいよ雇ってくれる場所がないと絶望しながら歩いていたら、馬に蹴られて――!
死んだ……!
そう思ったマリアが次に目覚めた場所は、綺麗な貴族のお屋敷の中。
そばには、冷徹で残忍で狡猾な性格だと評判な、テオドール・ピストリークス伯爵の姿が――!
慌てふためいていると、テオドールから、住み込みメイド兼恋人役を頼まれてしまって――?
恋人が出来たことのない私に、恋人役なんて無理なんじゃ……。
だけど、不器用ながらも優しい引きこもりなテオドールのことがどんどん気になっていって……。
彼が人嫌いになった本当の理由は――?(一番上に書いてある)
悪役令嬢の弟・引きこもり伯爵×成り上がり騎士の妹メイド。
二人が結婚するまでの、勘違いで進む恋愛物語。
※全24話。4万4千字数。3年前、執筆開始したばかりの頃の拙い文章そのままです。一瞬では終わりません、耐えぬ方が身のためです。ご容赦いただける方のみご覧ください。
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
世界くんの想うツボ〜年下御曹司との甘い恋の攻防戦〜
遊野煌
恋愛
衛生陶器を扱うTONTON株式会社で見積課課長として勤務している今年35歳の源梅子(みなもとうめこ)は、五年前のトラウマから恋愛に臆病になっていた。そんなある日、梅子は新入社員として見積課に配属されたTONTON株式会社の御曹司、御堂世界(みどうせかい)と出会い、ひょんなことから三ヶ月間の契約交際をすることに。
キラキラネームにキラキラとした見た目で更に会社の御曹司である世界は、自由奔放な性格と振る舞いで完璧主義の梅子のペースを乱していく。
──あ、それツボっすね。
甘くて、ちょっぴり意地悪な年下男子に振り回されて噛みつかれて恋に落ちちゃう物語。
恋に臆病なバリキャリvsキラキラ年下御曹司
恋の軍配はどちらに?
※画像はフリー素材です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる