トキヒメとカゲヒコ

茜カナコ

文字の大きさ
5 / 6

5.救い

しおりを挟む
 影彦はここ二、三日、中臣氏(なかとみうじ)の館の庭を覗いても時姫を見かけないので不思議に思っていた。
「時姫は、いつも庭で日向ぼっこをしていたのに、どうしたのだろう? なにかあったのか?」

 夕暮れ、影彦が農作業から帰るときに人々が集まっていることに気づいた。影彦はなんとなく気になって人々の話に耳を澄ませた。
「……とうとう、中臣氏のお嬢様が供えられたらしい」
「……それじゃあ、この流行り病もおちつくんじゃないか?」
「……ありがたいことだ」

 影彦は胸騒ぎがして、人々に声をかけた。
「中臣氏のお嬢様が供えられたというのは本当か!?」
「おお、影彦か。お前の仲良くしていた時姫様が、われらのために身をささげてくださったそうだ」
「……なんということだ……! 時姫はどこに供えられたのか知っているか!?」
「噂では、川向こうの山の祠(ほこら)と聞いたが……」
「……時姫!」

 影彦は家に帰り小刀と松明を袋に入れると、闇に紛れて川向こうの山の祠に向かって駆けだした。道の途中で山犬や鹿とすれ違い、肝を冷やされたが影彦は歩みを止めなかった。
「時姫、すまない。無事でいてくれ!」
 影彦は山に入り、祠へと進んで行った。

 祠の入り口で松明に明かりをつけ、中に進んだ。
「……だれか、いるか?」
 影彦は祠の奥に進みながら、人の気配を探った。
「……誰か……」
 影彦の声が闇に吸い込まれる。

「……誰?」
 祠の奥から、か弱い声が聞こえた。
「時姫か?」
 影彦は早足で奥に進んだ。

 松明で照らすと、祠の奥に何かの影と神棚がうすぼんやりと見えた。
「時姫?」
「……影彦?」
 影彦は松明を影に向けた。光に照らされたのは白い髪の女性、時姫だった。
「時姫! 無事か!?」
「影彦!」

 影彦に走り寄ろうとした時姫を、黒い靄のようなものが引き留めた。
「影彦……!」
 時姫はその場に座り込み、黒い靄のようなものに包まれる。

「時姫!」
 影彦は時姫に駆け寄ると、その体を抱きしめた。破邪の腕輪が震えた。
「この黒い靄のようなものは……?」
 時姫を包む黒い靄を追い払うように、影彦は手を動かしたが靄は消えない。
「どこからこの靄は生じているのだ!?」

 影彦は靄の出所を探った。靄は細くご神体の鏡から生まれ出ていた。

「ご神体が、穢されている? どうすれば……?」
 影彦は時姫をかばうように抱きしめたまま、鏡に近づいた。
「影彦、破邪の腕輪を外して鏡にかざして。そのまま鏡にお神酒をかければ、きっと鏡の穢れが払えると思う」
「わかった。時姫、もうすこし堪えてくれ」

 影彦は時姫から離れると、破邪の腕輪を鏡にかざし、鏡にお神酒を注いだ。破邪の腕輪にはめられた勾玉が発光し、砕けると同時に靄が消えた。

「時姫! 無事か!?」
 影彦が松明の光を時姫に向ける。時姫は力ない笑みを浮かべた。
「影彦……来てくれて……良かった」
「時姫!」
 影彦が時姫を抱きしめる。ぐったりとした時姫が、鏡を指さした。

「なにか、映っているわ、影彦」
「え!?」
二人が見つめる鏡の中に、青白い炎が浮かんだかと思うと、得体のしれない声が響いた。
「人の子よ、鏡の穢れを払ったのか? それならば褒美に願いを一つかなえよう」
「貴方は?」
「我はアメノコヤネの命(みこと)の使いだ。願いはないのか?」

 影彦が言葉を失っていると、時姫が言った。
「私たちは、二人で一緒に生きていきたいのです」
「そうか」
 時姫が影彦の目をみつめる。影彦が頷いた。
「私たちの願いは、それだけです」

「分かった。その願い、かなえよう」
 時姫と影彦の胸元が光り、同じ形の赤いあざが刻まれた。
「そのあざは、魂をつないだ証だ。お前たちは共に生きることを我が命じる」
「……私たちは、どうすれば良いのですか?」
「村に戻り、共に暮らすがよい。そなたたちを分かつものには天罰を下そう」
「……ありがとうございます」

 声が消え、鏡の中の炎も消えた。
「……帰ろう、時姫」
「ええ、影彦」

 二人は手を取り合い、祠を後にした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

おめでとう。社会貢献指数が上がりました。

水井伸輔(Mizui Shinsuke)
SF
「正しく」生きれば、どこまでも優しいこの国。 17歳のシュウは、社会貢献指数を高め、平穏な未来を手に入れようとしていた。しかし、システムに疑問を抱く父のランクは最低の「D」。 国家機能維持条項が発令された夜、シュウの端末に現れたのは、父の全権利を支配するための「同意」ボタンだった。 支配か、追放か。指先ひとつで決まる、親子の、そして人間の尊厳の行方。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...