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34.アシュトン子爵

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「突然、こんなことを言われても困りますよね。……失礼いたしました。忘れてください、シェリー様」

「いいえ、アシュトン様……。でも、なぜ急にそんなことをおっしゃったんですか?」

 アシュトンはシェリーに向き合ったまま、口を開いた。

「実は、私は縁談をたびたびもちかけられるのですが……何しろ貴石以上に興味を持てるものもなく、誰かと生涯を共にする覚悟もないものでして……」

 アシュトンはそこまで言うとため息をついてから、シェリーに頭を下げた。


「あの、私はどうかしていたのです。本当にシェリー様に失礼なことを申し上げてしまいなんとお詫びしてよいかわかりません」

 恐縮するアシュトンに、シェリーは笑って言った。

「私も、もし今縁談をもちかけられても……しばらくは遠慮したいと思っておりますから。……面倒な気持ちはよく分かりますわ」

 シェリーの言葉を聞いて、アシュトンは泣きそうな顔でもう一度頭を下げた。


「……そのような温かい言葉をかけていただく必要はありません。私は自分のことしか考えていない愚か者でした。こんな自己中心的な考えを持ち、さらに口に出してしまうなんて……ジルのことを悪く言う資格はありませんね……。いや、それ以上に悪い」

 落ち込むアシュトンを見て、シェリーはやれやれというように首を傾げた。

「アシュトン子爵の女性嫌いは、こちらの国の社交界でも聞いたことはありますわ」


 シェリーがそう言うと、アシュトンは顔を赤く染めて呟くように言った。

「ああ、そうでしたか……。実は、親や親せきから顔を合わせるたびに縁談の話を持ち掛けられておりまして……辟易しているところでして……」

 シェリーが微笑んだまま頷くと、アシュトンは少し元気になった様子で話し続けた。


「私は結婚に興味がないと言っても、両親が縁談をすすめようとしてくるので……。知り合ったばかりのシェリー様を利用しようとした自分が恥ずかしいです」

 アシュトンはそう言うと、もう一度頭を下げてシェリーに謝罪した。

「本当に申し訳ありません。情けない男と笑ってください」

 シェリーはそこまで思いつめているアシュトンのことがかわいそうに思えた。


「アシュトン様……偽の婚約をして、もし私に本当に好きな人が出来たら、どうするおつもりでしたの?」

 アシュトンは赤い顔のまま、シェリーに言った。

「その時は、私が浮気をして婚約を破棄したと言うつもりでした」

「まあ、そんなに自分を貶めたら……立場がなくなるのではありませんか?」

 アシュトンはシェリーの言葉を聞いて、苦笑した。


「偽の婚約を提案するような不実な男が、立場など求めるわけがないでしょう?」

「……まあ、潔いこと」

 シェリーは少しあきれた様子で言葉を漏らした。

「立場が悪くなることを気にしないなら、縁談を断り続ければいいだけですのに……」

「確かに、その通りですね」

 疲れたように笑うアシュトンを見て、シェリーはなんだか憎めない気持ちになった。

「アシュトン様……。……良いですわ。もし、次に縁談を進められたら、私と恋仲だとご両親におっしゃられても」

 アシュトンは思いがけないシェリーの言葉に目を丸くした。

「シェリー様!? 今、なんとおっしゃいましたか?」

「だから、私とアシュトン様が婚約を考えている仲だと言っても構わないと申し上げました」

 シェリーはにっこりと笑って言った。


「アシュトン様は……ご自身で思っているよりも、ずっと興味深い方ですわ」

 シェリーはあっけにとられているアシュトンに、ウインクをした。


 麗しく優美な見た目とは全く異なる、アシュトンの不器用な言動にシェリーの心はいつの間にか柔らかくほぐされていた。
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