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8イノセントワールド

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「聞きまして」
「式部様の『踊れない宣言』でしょ?」
「それは今回だけ?ずっと?」
「まさか。そんな。怪我でも?」
「何回か足首を手術されてるもの」
「ところで何故、警察がうろつきまわってるのかしら。自殺したのよね?」
「あんなもの流されてお可哀想」
「本当はーーー」
「殺されたとでも?」
「彼女を嫌うひとーーー思い浮かばないわ」
「ライバルもいないし」

 
 
紫雨が未華子の自殺以来自室に籠もってクラスレッスンさえ出てこなくなった。


玲於奈は眠れない。
眠ろうとすると、
アスファルトに横顔をみせて倒れていた未華子が鮮明に蘇る。
『未華子!』呼びかけると閉じていた未華子の瞳がかっと見開いて玲於奈を睨む……『私を殺した!』般若の顔に代わって叫ぶ。
悲鳴をあげて目が覚める。
汗だくだ。毎夜中にパジャマも下着も取り替える。



私のせいなんだ。
公演が延びたのも
舞台が潰れてもオペラ座の客演ダンサーには報酬も渡航費も払った。
チケットの払い戻して事務所の職員は連日残業だ。
既に公演が可能になっても最初から赤字になるのを覚悟したうえでになる。

樹里の妙な推測。
それが事実だとしたら愛する式部様に操を立てられなくなったから?
全く。
何もかも辿れば、私の罪。

今も部屋のチェストの中には未華子から托されたダイヤの指輪が仕舞ってある。



ママの口癖。
『お前は疫病神』 
本当だ。
肌掛け布団を被ってベッドの中で丸くなる。

ああ…耐えられない。息ができない。


着替えて第三教室のドアノブに手をかけて止めた。
ラインで連絡してきたのは西園寺翔からだった。
『11半時に裏公演の合わせがある 第三スタジオへ』

あれ?鍵が内側からかかってる。

このドアはそとからも中からも施錠できる。両方鍵を使ってだが。
今のところ鍵を持っているのは葛西と翔と自分だけだ。
玲於奈は特別に合鍵を貰った。


真夜中の一時近く。廊下をうろつく生徒もいない。
 
あの時の声??

好奇心に勝てず玲於奈はそっとドアを開けて隙間から覗き込んだ。


はあ。んっ!あっあっあああーーーんん、ん、ああぅううう

両手でバーを持っているらしい女を
西園寺翔が後ろから突いていた。
女の尻が段々上へとあがってゆくのがその脚で分かった。
素足にトウシューズを履いている。 

女の尻がせり上がって来たよう。

トウシューズの足は、ア・テールで普通に床に立っていた。それが少しづつ
ドゥミ・ポアントになってかかとが上がった。 
そのままつま先立ちのポアントになった。


翔は後ろからシニヨンから次々Uピンを取ってはバラバラ床に投げ、ゴム紐も引き抜いた。
カールした癖を残して肩にも背中にも黒髪が一瞬で広がった。

「いい香りーーーちゃんーーー」
 黒髪に顔を埋めて翔がなんか囁いてる。

相手は誰?!

姿ははっきり見えない。
翔が後ろにいるからだけじゃなく女が練習用のクラシックボンを腰に着けているからだ。
平たく円を描いて広がる白いチュチュのスカートで完全に隠れている。

誰なんだろ……彼女か。


翔が身体ひっくり返しバーの上に太腿をもって持ち上げた。

大きく左右に開いている脚の股間に翔の頭が………!

あああっ!ーーーあっ。あっ。ああーーーいいっ、い

秘所を舐められ女がのけ反る。
両手で男の金が混じっている茶髪を掴む。
「翔様っ!」

偕子……だ。
信じらんない。いつの間に。
一体、
どういう趣味なの?
わざわざここに私を呼び出しておいて。
自分の情事をみせつけるため??


上下に揺すぶられ、
感極まった子犬のような喘ぎ声で眉間に皺が寄っている。

レオタードの肩は大きく落とされ露わになっている乳房を今度は自分で
揉みしだく。
 

翔は、そのままバーに押し付け偕子の太腿を持った格好で自分の腰を前に押し込んで挿入した。
35キロあるか無しかの偕子の躰は上下に揺すられた。その度に嬌声がひときわ大きく響く。
 
はあん。あん。は!んん!ああーーああん!あ


 うくっ!

果てた翔が偕子から離れた。


男のサポートする手が無くなった偕子は立っていられなくてしゃがみ込む。

「酷い。翔様。わたくし、まだです。まだ」
「いいじゃない。随分、愉しんだだろ」
「そんな。そんな。酷い仰り様」偕子は水平に広がるスカートを押さえて「でも。でもーーーーわたくしたち結婚するのよ。夫婦になるのでしょう?こういう事は最初からしっかりしておきなさいって、ばあやが」

「はあ」鼻白んだ翔の溜息。

偕子は手探りで近くに脱いだ白いパイル地のロングパーカーをレオタードを引き寄せレオタードの上に羽織った。黒髪が顔を縁取り肩にかかって艶めかしい。     


息ひとつ乱れていない翔はウエアを整えながら、
「いや。いや。勘違いだよ。君ほどの方ならふさわしい人が現れるよ。きっと。これから」

「この前の誘いは!?今夜のこれは!?なんでしたの!わたくしを抱いたわ。あなた。
わたくしを好きなんでしょう?愛してるんでしょう?でかなったらこんな事できないわ」

ーーーーーー凄いセリフ

偕子って多分今まで自分の思い通りにいかなかった経験ないのかも。


頭をかいて偕子に背中をむけ王子は煙草を吸いだした。
腕時計をみると12時近い。
「この前って何?もう。どうでもいいけど」

頭に血がのぼった女には男の呟きなと聞こえなかった。
「西園寺様。西園寺様は中務さんと婚約されていましたわよね。
でも中務さんはお亡くなりになったーーー次の婚約者、ご両親に決められてしまうより、
ご自分で選んだ人と結婚したいと思いませんこと?少なくともわたくしはそう。
宅の両親もわたくしに『転ばぬ先の杖』ばかり用意してくれます。
それが子供の頃は嬉しかった。でも段々、鬱陶しくなったわ。
あの酷い動画ご覧になって?未華子さんとは友人だったわ。
でもそれはもう過去のことになりましたの。あんな破廉恥な人だったなんて。西園寺様もご不快でしょう?」

偕子に背をむけて両手でバーを掴んでいた翔の広い背中が波打った。
振り向き、
「望み通りにした。お嬢様。約束は約束だ。守ってもらおう
さっさと喋って去ってくれないか。

未華子とはデートもしたことない。遠い親類で。お正月くらいしか会ってない。
でもね、少なくとも僕は彼女を尊敬していたよ。
今もそれは変わらない。
君とは百年経っても結婚なんかしない!」

 ーーーーーーああ。偕子泣いちゃうかな?

「まあ。お優しいのね。あんな人を庇うなんて。
本当は死んでくれて良かったって思っていらしゃるんじゃなくて?」

玲於奈は唇を噛んだ。

翔の顔つきが変な具合に変化した。
一気にまくしたてて怒り出すかと思いきや、

虚を突かれた表情。

 ハハハーーアハハハ 高笑いしだした。

怯んだ偕子の目の前に自分の顔を近づけて囁く。
「そうさ。ホッとしたよ。婚約は解消するつもりだった。でも彼女の傷ついた顔は見たくなかった!僕は卑怯な卑劣な男だ。

約束だ。教えろ!!
未華子を殺したのは誰だ!?
君は知ってるんだろう?」
「ええ。教えてあげる。わたくしではなくってよ」
「なに?」
「玲於奈じゃないかしら彼女。未華子さんに妬いてたわ」
翔の声が低くなって「よおく判ったよ。おまえだ。汚いおまえが未華子を襲わせて動画を撮った。そして脅した。純情な未華子は絶望。未華子は本気で僕を愛していたからね。拡散されたのをいち早く未華子におまえが教えた。だから発作的に彼女は飛び降りたんだ。
遺書もなにもないのは、自殺をずっとためらっていたからだ。でもおまえの動画拡散が背中を押したんだ!
人殺し!!おまえの実家は相当な力があるんだろう?出来るんじゃないか人殺しでも。玲於奈は給付生だ。同じダンサーとして嫉妬してても画策する、そんな力無いだろ」


玲於奈はそっとドアに鍵をかけ直しその場を離れた。
部屋まで走った。

元凶を作ったのは自分でも
動画拡散は本当に偕子かもしれない。
翔への執着がえげつない。
不知火家のブレインならどうとでも出来そうにも考えられる。

財界政界法曹界総てに御祖父様の力が及びますの……なんて話していたっけ。今夜の大胆不敵さには震えた。

イノセントワールド全開だったな。
そのせいで未華子は自殺したかもしれないのに。同じく襲われ強姦されても自殺の心配全く必要なし!
蝶よ花よと育てられている割に図太い。公家の顔家系だよね。侍女の手引で入ってきた殿方に無理やりで結婚成立という平安貴族のやり様に抵抗無い血が流れてたりして。


ベッドに寝転ぶ。

自分のところに刑事が来るかもね。
警察手帳をかざして。

ああーーーお腹の底からヘドロのような嫌なものが喉まで湧き上がってきた。
これは嫉妬だろうか?
まさか!
葛西とふたりして躰を弄んだあの遊び人。

胸が締め付けられるくらい偕子が憎かった。

あんな奴大嫌い。 

長身で顔がいい。ロイアルに在籍しているほどに実力もある。西園寺家という財閥の御曹司ーーーーはあ。

カンカン音を立てて鉄さびの外階段をあがる自分の住んでいた実家のボロアパートが目に浮かんだ。
まさに住んでいる世界が違う。
そうだよ。

河上アイリの言葉通りよ。
育ちが違う者同士がうまくいくわけ無い。
いいえ。そんなの無用な心配。
やっぱり頭おかしいみたい。

小さな冷蔵庫から強い度数のワインをグラスに注いだ。


 その夜。
 妙な夢を見た。
 自分は床に寝ころんでいる。光が降りそそぐ白い砂漠だ。

 そこへ西園寺翔が足音もなく歩み寄って来た。
 金平糖と踊る王子の衣装だ。
 煌めく衣装。白いタイツ。サポーターをしてても翔の股間   
 は勃起して膨らんでいる。
 それは自分玲於奈をひとめ見たせい。
 玲於奈は目の前に立ち胸に手をあて王子のお辞儀をしてい     
 る翔の膨らみにポアントを脱いだ素足で触った。
 鍛錬したバレリーナの足指は手の指と同じように関節があ         
 って同じように動かせる。
 ぎゅっと玲於奈がタイツ越しに膨らみを足裏で掴む。
 翔は笑った。
 ピアノの鍵盤を叩くように五本の足指で翔の膨らみを指先 
 が触る。
 とってもカンジテル顔になった。

 嬉しい。


 玲於奈は、強く『嬉しい』という安堵してかつて味わった
 ことのない幸福な気持ちが溢れた。

 次の場面では膝をついた自分の口に翔の男根が咥えられて
 いた。

 キュッと口を窄める。見上げた翔はさっきよりいい気持の
 顔だ。

 もっと、もっと……

 目覚めてもしっくり覚醒しない。
 トイレに入って、
 ショーツがぐっしょり濡れていた。
 
 


ぐっすり眠った玲於奈は久しぶりにお腹が空いた。
今日はちゃんと食べよう。

渡り廊下を歩いていると掲示板の前にひとだがりがあるのが目に入った。

 「どうしたの?」ピアノの授業で隣に座るクラスメイトを見
 つけて尋ねた。 
 「キャストの変更よ!
 呑気ねぇ。金平糖の役はオーデションするのよ。
 誰でもエントリー可!誰でもよ」
 「どうして、そんな。式部様は納得してるの?」
 「流石にレッスンボイコットで校長もキレみたい。新旧交代 
 の時期なのかしら。あなたもクララじゃなかったらえ   
 んとりーできたのにね」
 「まさかーーー」
 「今日中よ。校長に直接エントリーを伝えるですって」
 「オーデションはいつなの?」
 「さあ。明日にでも?かしら」
 玲於奈にはただただ紫雨カノンが気の毒でならなかった。
 彼女が未華子の自殺以来おかしくなったのは何故なのか知
 りたかった
 あのプロとして生きて来たプリマがそう簡単に責任を放棄
 するものか?親が死んでも舞台を選ぶ人だ。
 


 腕時計を忘れた玲於奈はバッグの中のスマホを開いた。
 13時付けで
 西園寺翔からラインが来ていた。

 ーーー昨晩はちゃんと見ててくれたかい?証人になってほしかった。君の意見がききたい。カフェでーーー
 


 
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