上 下
6 / 7

門出の祝砲は乾杯の音頭

しおりを挟む
「かんぱ~い」
ゴツンと木製のグラスを突き合わせる。

「いや~酒も飯も美味い。それに加えて、みんな美人と来たもんだ!! 都市部サイコー!!」
ご機嫌な声の主はジェスター。"エンチャント"という適正を持つ冒険者に成りたての青年。
初めてのご馳走に舌鼓を打ちながら、ご満悦の様子で談笑する。

「そうだろっ! 特にこの酒なんて最高だろ? どんどん飲めよ。新人への選別だぁっ!」
「あざ~す!!」
ジェスターに酒を振舞うのは、ベテラン冒険者"マルコリー"、通称"マルコさん"。
ハゲにマッチョで上半身裸の30半ばのおやじだ。
ジェスターの仕打ちに同情したのか、仲間を見つけたと思ったのか、二人はすぐに意気投合し現在に至る。

「ほれ、嬢ちゃんも飲みな!!」
「はい、頂きます」
チェルビーも場の雰囲気に飲まれたのか、柔和な笑顔を浮かべながら楽しんでいるようだ。
次々に食事を口に運び、酒で流していく二人。
中々ありつけないご馳走を前に、味わうと言うよりこれだけ食べたという量を気にし出しているようで、マナーなんて気にせず辺りを食べかすまみれにしながらどんどん口に放り込んでいく。
周りの冒険者はその様子に顔をしかめるどころか、笑いながらドンドン食べろと言わんばかりに追加で料理をご馳走していく。
楽しければそれでいいと言う冒険者全体の気風が感じられる。

「そう言えば、嬢ちゃんは"魔法"使えるんだって?」
マルコリーが思い出したかのように話を振る。

「はい。まだ、思うように操れませんけど...」
「大丈夫だって!! 坊主の手を拷問に掛けられるんだ。直に馴れるさっ!」
その言葉にジェスターは顔を青くする。

「なっ! あれは..その..無意識で...」
年相応に恥ずかしがっているようだが、やったことは人の手を燃やすという所業。

「はっはっは!! 嬢ちゃんは感覚で覚えるのが早いかもな。ここで飲んでる冒険者は普段はだらしねぇが腕はピカイチだ。魔法を使える奴らも居るから、困ったら聞いてみろよ」
酒場を見渡しながら、どこか誇らしげに言うマルコリー。
同様に見渡すと、その視線に気づいたのか、グラスを持ち上げながら笑いかけてくれる冒険者たちに、恥ずかしそうにお辞儀するチェルビー。
明るい雰囲気に受け入れられほっとしているようだ。

「だが、気を付けろよ嬢ちゃん。アンタほどの別嬪なら、教える代わりに身体で...なんて事もあるかもしれねーからな」
「べっ別嬪だなんて...そんな...」
「こいつは確かに少しばかり顔は良いかもしれないがぁ、中身が足りてねぇ。まだまだ別嬪とは呼べないっすよ」
口の中身を無くしながら、ぶすっとした表情で物言いする。
先程の件が効いているようでどこかとげとげしい。

「ほぅ、じゃぁ坊主。お前の言う別嬪とはどんな奴の事だ?」
マルコリーはこの酒場から選んでみろと視線を他のテーブルに向ける。

「う~ん....」
見渡すと、様々な装備に身を包んだ冒険者たちが。
その数と多様性は驚くほどで、未だにこの中の一人になったという事が信じられない。
すると、気になる人を発見する。

(あの、如何にも魔法使いですって衣装のおねぇさん...いいスタイルだ)
「マルコリーさん、あそこで談笑している黒い魔法使いのおねぇさんとか」
身を潜めて内緒話をするように、こっそりと指をさす。

「あぁ、あいつか。確かに顔は文句ない。スタイルも文句ない。中々に目の付け所が良いな、うん...」
「でしょう? 特に、あの零れ落ちそうなお胸が堪らないっすわ。傍で支えてあげたくなる女性ってあんな人の事を言うのでしょうね。うん」
「意味が違うってーの...」
思わずチェルビーがツッコム。

「えへへへ...」
ジェスターが件の女性に手を振ってデレデレしている所を見るに、女性が此方に気づいたのだろう。

「でもな、坊主。奴には迂闊に近づいちゃ行けねぇ」
「なんでです?」
「実はな奴は...ごふぅっ!!」
神妙な面持ちで何かを話そうとしたマルコリーは突然、横からの衝撃に身体をくの字に曲げる。

「...ぐぅぅぅ..」
吹き飛びはしなかったものの、椅子から転げ落ち脇腹を抑える。
悔し気な視線を向けるマルコリーの先には、杖を此方に向けて微笑んでいる件の魔法使いの女性が居た。

「あらあら、どうしちゃったの?マルコちゃん?」
微笑みながらマルコリーに近づき、煽るような一言。
「ワザとらしいこと言うんじゃねーよ。糞アマが!!」
地面に這いながらも罵声を浴びせるが意にも返さない様子。

「あらあら、下品な言葉遣いね。彼らに悪影響がないと良いのだけれど....困った先輩ね?」
「はははは」
更に煽る女性は、同意を求めるようにジェスター達に微笑む。
マルコリーは払ってはいるものの、その拳は震えており一触即発という状態だ。
勿論、どちらにつくことも出来ない二人は愛想笑いをするしか方法は無かった。

「ねぁ、ボウヤぁ?さっきはマルコと此方を観ながら何について話していたの?」
「え、えぇと....」
言い淀むジェスター。
それもそのはず、貴方のスタイルについて話していましたなんて言ったか暁には、初日から変態の烙印を押されてしまう。
それは避けたい。

言い淀むジェスターをしり目に、横からチェルビーが割り込んでくる。
「さっきは、おねぇさんのスタイルについて話してましたよ。特に胸がどうのこうのと!!」
「あら?そうなの? まぁ、別にいいのよ?私の身体に夢中になってくれるなら嬉しいわぁ。」
猥談のネタにされていたにも関わらず、意にも介さないその姿勢。
てっきり、ジェスターが起こられるのかと思っていたチェルビーは驚くと共にさらに絡んでいく。

「ホントですか...ジェスターは直に調子に乗るんでダメならダメって言ってくださいよ」
「ホントよ。もう、そういう視線とか慣れちゃったもの。それに、こんな可愛い坊やが夢中になってくれるなんてぇ、光栄だわ」
ワザとらしく色気たっぷりに言う彼女。
そのまま、ジェスターの隣に腰を下ろし身体を寄せる。

(この肘に当たる感触...フワフワのゴムのような弾力..軽く押し返すようなこの感触は...)
いつもは女がどうのこうのと言ってはいるが、ジェスターにそんな経験がある訳もなく、暴力的な色気に成すすべなく、借りてきた猫のように大人しい。
その様子が面白くないのか、チェルビーは勢いよく料理を口に放り込んでいく。

「ねぇ、この後、時間ある?」
「えっえぇ時間なら...ありますが..」
「じゃあぁ、一緒に二軒目に行かない? そこでぇ冒険者のイロハとか...色々教えちゃうわよ」
「えぇ、色々ですか? それって...その..」
その先は、彼女の指で塞がれる。

「私にナニ言わせる気? もう、男の子な・ん・だ・か・ら!」
「ぐぅふふふふ....」
彼女にメロメロのジェスターの顔はだらしなく鼻の下が伸びている。
極めつけに変なことを考えたのか涎も口から垂れてきている。煩悩ここに極まれり。

「じゃぁ、遠慮なく、イロイロ教えて貰っちゃおうかなぁー!!」
「嬉しいわ!! じゃぁさっそく...」
「ちょっと待った!!!」
2人の間に割って入るのは手焼き拷問のエキスパートであるチェルビー。

「ジェスターは、この後、私と予定がありますから!!すみませんがぁぁ」
「あらあら、うふふふ。そういう事ならしょうがないわね」
「えぇ~...そんなぁ」
イロイロできないと知ると気落ちするジェスターだがそうはいかない。

「ぉぃ」
「すみませんが!! 予定がありました!! すみません!!」
拷問官の睨みが効いたのかまたもや、借りてきた猫のように大人しくなる。
何かに突き動かされる男。
それを操る女。
人を支配するのは何時だって恐怖なのかもしれない。

「私は"ダニエリー"って言うの。普段はそこら辺に居るから困ったことがあったら何でも聞いてね? 特にま・ほ・うとかね?」
そう言い残し去っていく彼女。
嵐のように去っていく彼女の背中を見送りながら一息つく二人。

「なんか...大人の女性って感じだな」
「そうね..後でダニエリーに魔法について教えてもらいましょう...」
初めての大人の女性の余裕というものを目の当たりにしたが、いかんせん疲れたのかゆっくりと酒で喉を潤わせていく。

すると、床から這い上がっってきたマルコリーはジョッキに入った酒を一気に飲み干し一息つく。
「ダニエリーは一部を除くと良い奴だからなぁ、遠慮なくこき使ってやれよ。そうだ、冒険者..いやそれ以前に生きていくうえで大切なことがある、おっさんからのお節介として、聞いてくれ。」
先程までとは打って変わって真剣な顔。ベテラン冒険者の顔を見せるマルコリーの雰囲気に当てられ、思わず身を正す。

「"鉄則"とか"絶対のルール"って訳じゃないが、"誰かに頼むときは対価となる物が必要"だ。物が欲しければ金で買う。解決してほしい事があれば依頼として金を払う。簡単だろ?」
その言葉にうなずく二人。
いつの間にか騒いでいた冒険者たちもマルコリーの言葉に耳を貸しているようだ。

「要するに、"give and take(ギブアンドテイク)"ってことだ。誰かに教えを乞うなら、そいつに対して金やその他の物を差し出すこった。特に冒険者なんて人種はその辺は弁えているからタダ働きなんでしない」
「でも、私達には皆さんの欲しがるものを用意出来たりは...」
「はっはっは。安心しろ。例えば依頼の手伝いとか家の掃除とか。お前らに出来ることをすればいいのさ。それに大抵の奴は分かりやすい様に条件を出してくれるさ。それも無理のない条件って奴だ」
自分たちでは何も出来ないのではと思っていた2人は安堵した様子。
それを見てマルコリーは更に笑う。
ちょっとした脅しも含んでいたようだが。

「ここは俺のおごりだ。ジェスター、チェルビー、改めて冒険者としての門出を祝おう。お前ら!!」
その声に反応したのか酒場にいる冒険者、職員も含めて頷く。
「乾杯!」
総勢50人弱が声を揃えて音頭を取る。
二人には、その声が門出を祝う祝砲のように聞こえた。

2人に便乗して騒ぎたいだけの冒険者達との飲んで歌っての大宴会。
色んな人と話して、笑って楽しい時間が過ぎていく。
最終的には、職員たちも混じっての乱痴気騒ぎがはじまり、都市部の夜にが開けるころまで続いていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

処理中です...