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15-2.
しおりを挟む遙香とイザベルがダイニングテーブルでゆっくりしていると、程なく興奮が冷めやらぬ様子のリンジーと、ぐったりと疲れた様子のアルベルトが加わった。
リンジーは、自分の胸に手を当て深呼吸をしてから、アルベルトに向かって話し始めた。
「失礼しました。我が家の商会とつながる方法は、会長である父から権限が渡された、2人の会長代理いずれかの判断を受けることです。」
「会長代理なんて、初めて聞いたぞ。」
「はい。公にはしていません。父に比べると未熟な面があるため、それぞれ与えられた権限の中でしか決定権を持ちません。」
「まさかとは思うが、そのうちの一人は、」
「はい!私です!」
アルベルトはがっくりと脱力した。
「ここに来るまで長すぎではないの?」
イザベルは、リンジーをたしなめた。
「申し訳ありません。私が代理をする条件の一つなんです。」
「これが?」
「正確には、小娘相手に恥をかいてもお願いができるかどうか、です。」
リンジーはアルベルトを見る。
「シェリスフォード様は、私の提示した条件に逡巡なさっていました。本来であれば、我が家の商会とつなぎを作りたい方が条件を満たす必要があるのですが、その横から抜群の破壊力でハルカ様がかっさらって行きましたので。。。
今回はハルカ様ための買い物とのことなので、特別によしとさせていただきました。」
リンジーはアルベルトにお辞儀をする。
「改めまして、レクレスター商会会長代理のリンジーです。数ある商会から我が社をお選びいただき誠にありがとうございます。
お望みのものをお望みの場所へいち早く、をモットーに努めてまいります。」
リンジーは、普段の気さくな雰囲気とはうって変わり、真摯な態度でアルベルトに向き合う。
「当商会へのご要望を、このまま引き続きお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「いや、昼食の後にしてくれないか。長くなりそうだ。」
「承知しました。」
**************************************
昼食を終え、アルベルトが近衛騎士に本邸への伝言を頼んだあと、遙香達はソファに座り改めてレクレスター商会への依頼をリンジーに行うことになった。
テーブルの上には、昼食を残さざるを得なかった遙香のためにパウンドケーキと飲み物が並べられた。
いつもと変わらないメンバーにも関わらず、僅かに緊張した空気が流れている。
「まずは、当商会がシェリスフォード様のご要望に添えるかどうかを判断させていただきます。」
最初に口を開いたのはリンジーだった。
「その判断のための応答を、他者に漏らすことがあるか?」
「会長である父には伝える可能性があります。しかし、商品の契約の如何によらず、お答えいただいた内容を商会の外へ漏らすことはありません。」
「・・・わかった。」
「全部で4つの質問をいたします。お答えいただく際は、嘘偽りがないようお願いいたします。答えられない場合は、その旨をお伝え頂ければ結構です。」
アルベルトが首肯する。遙香は不安そうな顔で、二人のやり取りを見守った。
「まず、1つ目ですが、当商会を選ばれた理由をお聞かせください。」
「ハルカに関わることで、他に漏らしたくないからだ。」
「ヴァッハヴェル公爵家からの支援ではだめだと言うことでしょうか?」
リンジーは最初から際どい部分を攻めてくる。
「・・・そうだ。」
「では、2つ目、秘匿する範囲をお知らせください。」
「現段階では、ハルカ、俺、イザベル以外のすべてに対して。」
「貴族のみならず、王族も対象と言うことでよろしいでしょうか?」
「それだけじゃない。国民も対象だ。」
「わかりました。」
リンジーは、顔色を全く変えずに返事をした。
「3つ目、犯罪に関わることでしょうか。」
アルベルトは悩んだ。聖女の母を国外に連れ出すことは、犯罪になるのだろうか?王や国民が考える国益を損なうことにはなるだろう。そして、追われる身になることも重々承知だ。
だが、犯罪かと問われると答えに窮する。
「・・・わからない。」
アルベルトは絞り出すように答えた。そして、リンジーを正面から捉えてはっきりと告げた。
「だが、自分の信念に基づいた行動だ。」
リンジーは、アルベルトの視線をまっすぐに受け止めた。
「シェリスフォード様の信念とはなんでしょうか。」
「ハルカを護ることだ。」
リンジーは目を伏せた。眉間に僅かにシワがよっている。静かに、何かを考えているようだった。
暫くして、目を開いたリンジーは、先程と変わらず真剣な顔つきで、アルベルトに最後の質問をした。
「最後に、当商会が商品の提供をお断りさせていただいた場合、どうなさいますか?」
「やるべきことは変わらない。取れる手段がなくなれば、異なる方法を探すだけだ。」
「その「やるべきこと」を中止することは?」
リンジーの問いに、アルベルトは遙香を見て言った。
「中止はない。」
遙香も、アルベルトの顔を見る。アルベルトの表情には、強い決意が現れているかのようだった。
リンジーは、小さく頷いてから言った。
「お答えいただき、ありがとうございました。
私は、会長代理としてレクレスター商会で取り扱える案件と判断いたしました。ただし、想定されるリスクは金額に上乗せさせて頂きます。よろしいでしょうか?」
「あぁ、頼む。」
「リンジー、ありがとう。」
「良かったですね。」
二人の応答を見守っていた遙香とイザベルが、安堵のため息とともに声をかけた。
リンジーは、自分のコップを手に持ち傾けると、一気にそれを飲み干した。
「ぷはぁ。堅苦しいのは疲れますね。これ、私も食べていいですか?ちょっと休憩しましょう。」
遙香の部屋に笑い声が響き渡り、一気に取り巻く空気はいつもの穏やかなものに戻った。
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