聖女の母と呼ばないで

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診察室にほど近い医局の中庭で、遙香はセドリックとマリアナと共に他愛のない会話をしながらお菓子を楽しんだ。マリアナが準備したのは、ドライフルーツが練り込まれたパウンドケーキで、しっとりとした食感が美味しかった。

医局から帰る馬車に乗り込む際に、マリアナは、半分になったパウンドケーキを遙香にお土産として持たせてくれた。

馬車の中で、パウンドケーキを膝に乗せながら、遙香はアルベルトに話しかけた。

「誰が診察室を盗聴していたの?」

「魔術師団が、今朝方仕掛けに来たらしい。高貴な方の依頼であることを匂わせて、セドリックが拒否できないようにしてな。」

「私の監視?」

「いや、セドリックもわからないそうだ。王族であれば監視の可能性もあるが、貴族院の誰かが権力争いのネタに仕込んだ可能性もある。」

「それで、なんで旅行なんて嘘をついたの?」

「こちらが出国の準備をしても不自然にならない様にするためだ。お前のことも、やむを得ず「聖女の母」として扱った。済まなかった。」

アルベルトは、狭い馬車の中で遙香に頭を下げた。

「それはいいの。説明してくれれば大丈夫だから。」

遙香は首を振った。

「アルベルトが態度で示してくれたから、私はセド爺の文字がわからなかったけれど、落ち着いていられた。セド爺は、どんなことをアルベルトに書いていたの?」

「さっき言った盗聴のことを知らせる内容と、俺が質問したことの本当の答えだ。」

「本当の答え?」

「誰のために診察をしているかと言う問いだ。あのじじい、「ハルカ様と儂のため」と答えやがった。」

「ふふっ。セド爺にからかわれてばかりね。」

「まぁ、医局長と言う立場から、検診結果を王に報告する義務などはあるだろうが、それでも、こちらと同じ思いで考えてくれるのはありがたい。」

アルベルトは、いつも通りの眉間に僅かにしわを寄せた表情で、窓枠に肘をついて外を眺めるでもなくそう言った。

馬車から見える城下町は、昼が近づき人の往来が多くなり賑わいを見せている。馬車も、道行く人に危険がないよう、随分とゆっくりとした速度で進んでいた。

アルベルトは思案していた。妊娠中である遙香を国外に連れて行くには万全の体制を整えるべきだと考えていた。医局で検診を受けないことのリスクについて聞いても、それが妥当だと考えられる。
しかし、医局には既に盗聴用の陣が設置されていた。遙香には怯えさせないよう貴族の可能性も伝えたが、セドリックが断れず、かつ、魔術師団が動いていることから、王族によるものであることは間違いがない。

浄化院の設置を餌に貴族同士で牽制させ、その間に遙香を王が監視する。その意図は何か。










窓の外の景色は城下町を外れ、住宅街に移っていた。

ふと、遙香を見ると、パウンドケーキを膝に乗せたままぼんやりとアルベルトを見る目と視線が合わさった。

「どうした?」

アルベルトが声をかけると、遙香は、はっと我に返ったあとそわそわと視線を彷徨わせた。

「な、何でもない。」

「気になることがあれば言え。」

「何でもないったら。」

遙香は左手をぱたぱたと振りながら、顔を下に向けた。

「・・・」

アルベルトは深く追求せず、再び視線を窓の外に戻した。

遙香はその様子を横目で確認しながら、そっと息を吐き視線を正面へ戻した。

言えるわけがない。窓の外を眺めるアルベルトの姿にみとれていたなんて。鍛えられた体躯に騎士の制服をかっちりと着こなし、少し考え込むような表情で外に向けられた横顔と顎から喉のライン。絵画を嗜む趣味はなかったが、綺麗だなとついつい見入ってしまった。

普段であれば、遙香がじっと見る間もなくアルベルトが遙香の行動、視線を観察しているが、先程のアルベルトは珍しく遙香が見ていることにしばらく気づかなかった。
よほど考え事に集中していたのか。

遙香がちらっとアルベルトを見ると、アルベルトは視線を外に向けたまま、「もう着くぞ。」と言った。

「わかった。」

遙香は、このタイミングがいつも通りだ、と内心苦笑しながら、アルベルトに返事をした。













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